2008年03月20日

政治犯と関連した金日成・金正日の教示

*あおいのママは2007年12月15日、東京・永田町の星稜会館で行われた証言と提言の集会(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会主催)に参加しました。その際に配布された資料をテキストにしてご紹介しております。よろしかったらご覧になってください。

●金日成の教示

☆階級的な仇共にはプロレタリア独裁がどんなものか、きつく知らしめねばならない。

☆宗派分子(セクト主義者)共は、我々の革命につっかかった石であり、徹底して除去せねばならない革命の対象である。

☆宗派主義者、階級的仇共は、その誰であろうと問わず三代を皆殺しせねばならない。

☆毒草は除去すべき時に除去し、根絶やしにせねばならない。

☆過ぎ去りし時期、我々人民達の血の汗を絞り取り肥大した搾取分子共と宗派分子共は容赦無く皆殺しせねばならず、再び頭をもたげられないようにせねばならない。

☆管理所(収容所)内で、階級的仇共が暴動を頻繁に引き起こすなら、軍隊を配置し、再び暴動が発生しないようにせねばならない。(1968年の教示)

☆警備隊・軍人達が逃走者を捕らえたら大きく表彰し、軍人達の中で宗派分子共に対する敵傷心を持つように思想教養を強化せねばならない。

☆保衛員達は階級的仇共を管理しながら、些少な人情と同情心を持たず、常に革命的自覚性を持って彼らの統制事業を遂行し、プロレタリア独裁の真骨頂を厳しく見せ付けねばならない。

●金正日の教示

★逃走した者共は、無条件に捕らえ殺さねばならない。逃走は首領様の対外的権威と威信に関連する最も重要な問題であり、逃走した者は容赦無く殺してしまわねばならない。

★首領様に心配を掛けないように同務達(保衛員・警備隊)が統制と監視を徹底して行ない、一人も逃走させてはならない。

★国家保衛部7局は生産が基本ではなく、熾烈な階級闘争が基本である。階級的仇共と宗派分子共に対しては、非妥協的闘争を強化せねばならない。

★農場指導局の保衛員と警備隊は階級の前哨線に立っているという誇りを持ち、移住民(政治犯)収容事業と逃走を徹底して防止する事により、首領様に喜びをさし上げねばならない。
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2008年03月14日

政治犯収容所で政治犯として生まれた私 脱北者 シン・ドンヒョク氏

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*あおいのママは2007年12月15日、東京・永田町の星稜会館で行われた証言と提言の集会(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会主催)に参加しました。その際に配布された資料をテキストにしましたのでご紹介致します。よろしかったらご覧になってください。

 以下の文章は、タイの国際会議で発表されたシン・ドンヒョク青年=写真右=の証言です。まとめたのは韓国人の人権運動家、金尚憲さん。

 シン・ドンヒョク青年は1982年11月19日に政治犯収容所で政治犯の息子として生まれました。収容所内で母と兄の公開処刑に立ち会ったり、強制労働につかされて育ったつらい体験を証言しました。証言を半分に縮めて紹介します。(かるめぎ編集部)

火あぶりによる拷問

 1996年4月6日午前8時ごろ、私は学校に着くと、車が学校に来て数人の人が、私のところに来て、何も言わずいきなり手錠を掛けたうえ目隠しをして車に乗せて見知らぬ場所へ連れて行きました。私は、エレベーターで下に降ろされ、目隠しを解かれて、灯りが一つだけ灯った暗い部屋にいることが分かりました。

 何もないこの部屋では、私の前の机に男が一人座っていました。この男は、一枚の紙を渡し、読むように言いました。この紙には、朝鮮戦争で韓国に協力し、韓国に逃れた父の二人の兄弟の名前が書いてありました。私は、これを見て、父と兄弟がこの収容所に連れて来られた意味が初めて分かりました。私は、この紙に署名し、指印を押しました。

 ここは、地下にある秘密となっている拷問をする第14政治犯収容所第7室で、小さな電灯が一つだけ天井にあるだけで、他には何もない、小さく暗い部屋でした。その日の明け方、母と兄が収容所から逃げようとして捕まったが、これは、家族が共謀して行ったことであると言われました。恐ろしく思いもよらぬ犯罪で、聞いた時には非常に驚きました。翌日私は、ありとあらゆる拷問道具が備えられた部屋に連れて行かれました。

 私はこの部屋で裸にさせられ、両足に手錠を掛けられたうえ両腕をロープで縛られてから、両手、両足を天井から吊らされました。一人の男が誰が逃亡計画を考えたのか、本当のことを自白しろと言いましたが、私は何も知らないと言いました。不思議なことに、この時は恐怖というものを感じませんでした。今でも不思議に思っています。

 私は、腰部に熱さを感じて悲鳴をあげ、本能的に火から逃れようとしました。拷問は、股の付け根近くを金属製留め金で止められて身もだえも出来ず、大声で叫びましたが、直ぐに意識を失いました。

 どのくらいの間無意識でいたかは分かりませんが、気がつくと大便と小便を垂れ流しの状態で体を揺すられていました。私は力を振り絞って起き上がろうとしましたが、腰部に非常な痛みを感じました。私の下腹部は、傷つき、出血していました。数日後、痛みは酷くなり、体も弱わり、酷く悪臭をはなっていることから、警備員は、部屋に入ろうとしませんでした。警備員は、私を向かいの老齢の人が一人いる部屋に移しました。

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2008年02月11日

北朝鮮強制収容所 价川第14号管理所規則

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*あおいのママは2007年12月15日、東京・永田町の星稜会館で行われた証言と提言の集会(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会主催)に参加しました。その際に配布された資料(申東赫さんが収容所で暗誦させられていたもの)をテキストにしましたのでご紹介致します。よろしかったらご覧になってください。

 「即時銃殺する」という言葉が多くて本当に驚きます。罪なき罪で生涯出ることもできない完全統制区域の強制収容所で、人としての自由な生活がまったくできなかったことがよく分かる資料だと思います。(写真は各所であおいのママが撮影したもので、資料に掲載されていたものではありません)


*「北」収容所生まれ脱北者激白 「眼前で母と兄は処刑された」
 (読売ウイークリー '07年12月30日号より)

http://aoinomama13.seesaa.net/article/78290985.html

「管理所の10大法と規定」 价川(ケチョン)第14号管理所規則
申東赫(シン・ドンヒョク)氏が暗誦させられていたもの

第1、逃走はできない。
@逃走時には即時銃殺する。
A逃走企図を目撃したのに申告しない者は即時銃殺する。
B逃走目撃時は担当保衛員先生に即時申告しなければならない。
C2名以上集まって謀略を企んだり逃走企図はできない。

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*88年秋13号管理所サル岩哨所勤務当時、私の副分隊長だった姜ヨンチョル(14号管理所政治部長の息子)が潜伏勤務当時、明け方トンポ地区19班20代の政治囚が、ネズミを捕りに山に登って来たのを、逃走者だとみなし射殺した。(元強制収容所看守・安明哲氏のスケッチより)

第2、3人以上集まれない。
@担当保衛員先生の承認なく他の地域に無断移動した場合は即時銃殺する。
A保衛員の村に承認なく無断侵入したり施設物を破壊した者は即時銃殺する。
B担当保衛員先生が定めてくれた人員の外は集まれない。
C作業外に承認なく群れをなして集まれない。
D夜には担当保衛員先生の承認なく3人以上共には通行できない。
E作業関係者外で3人以上集まって対話はできない。

第3、盗みはできない。
@武器類を盗んだり所持している者は即時銃殺する。
A武器類を盗んだり所持している者を申告せずあるいは共謀した者は即時銃殺する。
B管理所内のすべての食糧を盗んだり隠す者は即時銃殺する。
C管理所内のすべての機資材を故意に破損したり盗んだ者は即時銃殺する。

第4、保衛指導員に絶対服従しなければならない。
@担当保衛員先生に不満を抱いたり殴打した場合は即時銃殺する。
A担当保衛員先生の指示に不誠実な者、不服従な者は即時銃殺する。
B担当保衛員先生に口答えしたり楯突いてはならない。
C担当保衛員先生に会った時は丁重にあいさつしなければならない。

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*政治囚は作業場など、どこでも警備隊、保衛員に会えば、していたことを無条件に止め、膝を曲げるか腰を90度に折って挨拶をする。違反すれば無慈悲に殴打され、拘置場に連れていかれる。「カモメ」号自転車(元強制収容所看守・安明哲氏のスケッチより)

第5、外部人を見たり怪しい者を見た場合は即時申告しなければならない。
@外部人を隠したり保護した者は即時銃殺する。
A外部の物品を所持したり隠していた者、共謀した者、申告しなかった者は即時銃殺する。
B外部の各種物品を所持したり隠し持ってはならない。

第6、互いが互いを監視し、異常な行動を発見した際は即ちに申告しなければならない。
@互いが互いを監視し警戒心を高めなければならない。
A他の人の言葉と行動を注意深く聞き、異常がある場合は担当保衛員先生に即時申告しなければならない。
B思想闘争会議と生活総括に誠実に参加し、自己批判はもちろん他人の批判も誠実にしなければならない。
C思想闘争会議と生活総括を理由なく抜けたり欠席してはならない。

第7、自らに任された課題は超過遂行しなければならない。
@自らに任された課題に怠慢であったり遂行しない場合は、法に不満を抱いたものとみなして即時銃殺する。
A自らに任された課題は自ら責任を負わなければならない。
B自らに任された課題を遂行することは自らの罪を償う道であり、自らを容赦してくれた法に報いる道である。
C担当保衛員先生が指示した課題は勝手に変更できない。

第8、作業以外で個人的に男女は接触できない。
@承認なく男女間で身体接触がある場合は即時銃殺する。
A作業外に承認なく男女間で対話はできない。
B承認なく異性の化粧室には立ち入れない。
C特別な理由なく男女が手をつないで歩いたり同じ寝床に入れない。
D承認なく異性の部屋に立ち入れない。

第9、自らの過ちを深く悔いなければならない。
@自らの罪を認めず、自らの罪について服従せず意見を持つ者は即時銃殺する。
A自ら自身が国家と社会に犯した罪を深く反省し、罪を拭うために努力しなければならない。
B自らの罪を認めて深く反省する者のみが新たに出発し得る。

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*功名心のため、罪のない政治囚が生殺しにされた。1988年咸鏡南道耀徳15号管理所警備隊員二人は、山で土掘りをしていた政治囚たちに無理矢理鉄条網を越えさせ、射殺した。(元強制収容所看守・安明哲氏のスケッチより)

第10、管理所の法と規定に背いた場合は即時銃殺する。
管理所の全収容者たちは保衛指導員を自らの真なる先生と考え、管理所の10大法と規定を徹底して守り、自分たちがかつて犯した過ちを拭うのに誠実な労働と規律でもって貢献しなければならない。

訳:宋允復さん(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会事務局長)

*その他のスケッチがこちらにあります。ぜひご覧になってみてください。
↓ ↓ ↓
*安明哲氏の強制収容所スケッチ
http://aoinomama13.seesaa.net/article/40672336.html
posted by あおいのママ at 21:48| 千葉 ???? | TrackBack(0) | '07 12/15 証言と提言の集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月29日

本をいただきました

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 写真の本は12月15日の証言と提言の集会で、主催の北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会代表の三浦小太郎さんからいただいた本です。当日、あおいのママは集会(東京・永田町の星稜会館)に参加したのですが、終了後に会の皆さんが大変そうだったので、書籍販売と後片付けを手伝いました。

 その時、三浦さんが「手伝ってくれたから」とおっしゃって一冊の本をくださいました。ありがとうございます。遠慮なくいただきました。持っていない本だったので、とてもうれしかったです。

*田月仙(チョン・ウォルソン)「海峡のアリア」特設サイト
http://www.iaw.co.jp/wolson/books/wolson-Aria.html

 三浦さんには北朝鮮人権侵害問題啓発週間(平成19年12月10日〜16日)の前夜9日の藤沢市民集会、14日の4団体主催の国際会議、15日の証言集会、16日のしおかぜの集いで大変お世話になり、また色々と教えていただきました。本当にとても優しい方です。

 現在発売中の「正論2月号」(25日発売)に、“「日本兵」として戦った朝鮮人の追憶”という三浦さんの文章が掲載されています。よろしかったらご覧になってみてください。(http://www.sankei.co.jp/seiron/

 三浦さん、本当にありがとうございました。

*北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会
http://homepage1.nifty.com/northkorea/
*三浦小太郎寄稿集2 「声よ届け 波濤の彼方に!!」さんより
http://www11.ocn.ne.jp/~rachi/miura2.htm
posted by あおいのママ at 17:04| 千葉 ?? | TrackBack(0) | '07 12/15 証言と提言の集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月23日

12/15 証言集会 強制収容所の食事

収容所の食事.jpg

 あおいのママは12月15日、東京・永田町の星稜会館で行われた証言と提言の集会(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会主催)に参加しました。写真はその集会で証言をされた申東赫(シン・ドンヒョク)さんが北朝鮮の強制収容所で日常食べていた食事を再現して作られたものです。

*12/15 証言と提言の集会について 心の痛みと切なる願い
http://aoinomama13.seesaa.net/article/72470053.html

 申さんは収容所の中でも生涯出ることのできないという完全統制区域に生まれ育ち、2005年に脱出に成功、2006年に韓国に亡命したそうです。(現在25歳)

 この食事を再現するため、材料を韓国で探したそうなんですが、なかなか同じものが見つからなかったということで、材料に近い物で代用したと韓国の人権活動家の方がおっしゃっていました。詳しい材料は分かりませんが、トウモロコシの粉の混ざったご飯と白菜などの野菜の入ったスープのようで、肉や魚類は入っていません。この食事を毎日3回食べるそうです。意外に多めに感じるかもしれませんが、収容所では肉体労働をするからだということです。でもこれだけでは足りなかったそうです。

 休憩時間に多くの方が写真を撮ったり味見してみたりしていました。でも私はとても口に入れる気持ちになれませんでした。申さんのように収容所内で生まれ育った子どもたちがこの食事で大きく育つわけはなく、もっと食べたいと思うのは当たり前だと思いました。

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 今現在も奴隷として扱われる人々(日本人も含む)がすぐ近くの国に大勢いるという事実に、私たちはどうしたらいいのか分かりませんが、少しでも知り広めることが大事だと思いますので、これからも強制収容所についての記事などがあれば紹介していきたいと思っています。

*この集会でもう一人証言してくださった元収容所警備兵の安明哲(アン・ミョンチョル)さんの描いた収容所内の絵です。ご覧になってください。
 ↓ ↓ ↓
*安明哲氏の強制収容所スケッチ
http://aoinomama13.seesaa.net/article/40672336.html
posted by あおいのママ at 13:24| 千葉 ?J | TrackBack(0) | '07 12/15 証言と提言の集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする