2007年09月12日

喜びの部屋で

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*今年はこの向日葵を飾りました。

 平成15年9月9日午前4時頃、私は分娩室から車椅子でその部屋に運ばれた。疲れ切っていたのでどんな部屋かわからなかった。ただその時は真っ暗だったように思う。

 睡眠薬を飲みベッドに入ったがなかなか眠りにつけない。夫が横で心配している。早く寝なければと気を落ち着かせようとした。

 しばらくして夢を見た。小さな子を捜す夢で、歩けない私が泣きながら必死で呼んでいる。子の姿がはっきりしない真っ白な夢。悲しくて寂しくて苦しい夢だった。

 目を覚ますと青い空がまぶしく感じた。部屋は一面窓からの陽の光でいっぱいだった。ここはファミリータイプの角部屋でプライバシーも守られる。窓が大きい広くて明るい喜びの部屋だったのだ。

 本来ならここは誕生した新しい命をみんなで祝うべき部屋。そこで私はまずわが子の旅路の衣装を作らなければいけないのだ。小さな毛糸のカーディガン、まだまだ暑いこの季節には不似合いなベビー服。でもこれがわが子にできる最初で最後の母親らしいことだった。

 別れの日、せめて一口でもいいから母乳を飲ませたいと思った。私は前日に母乳を止める薬をもらっていた。お乳が出てしまってから飲んでも効かない薬だという。赤ちゃんを亡くした母親にとって、その後にお乳が出るのはつらく悲しいこと。でもこの子が生まれた時、口を開けてお乳を欲しがっているように見えた。だから私は薬を飲まない選択をした。

 喜びの部屋で必死にお乳をあげようとする母親の私。助産婦さんも一生懸命にマッサージしてくれたが、とうとう母乳は出なかった。泣いて泣いて泣き続けた。息絶えたわが子を抱きしめながら、旅立つこの子に何もしてやれないと泣き続けた。

 あれから4年、娘を想い泣かぬ日はない。自分を責め続けながら、これからも毎日を生きていくのだろう。
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2007年06月28日

千歳飴の願い

 一昨年の秋、わが娘あおいは数え年で3歳になり、本来なら七五三を迎えるはずだった。私たち夫婦の中では一生0歳のままだが、あの子は確実に歳を重ねていく。亡くなった子にお祝いなんておかしいと思われるかもしれない。でも何かちょっとでもいいから祝いたかった。

 私たちは子どもの出生届を出していない。出す前に火葬するための手続きをしなければならなかったからだ。赤ちゃんを産んだのに戸籍上は母親ですらなく、世間では親として認められていない。だからわが子が一生懸命にお腹の中で生きていた存在していたということを誰かに認めてほしかった。

 ある日小さな千歳飴を買って何人かの方にも差し上げ、娘のために一緒に祝ってもらった。涙を浮かべてくれる人もいて、本当にうれしかった記憶がある。

 人を信じる、それが難しいのはよくわかっている。でもあの時の思いやりをやはり信じたいと願う自分の心を大切にしていきたい。
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2007年05月08日

ツバメがやって来た

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 5月の連休が終わった7日の朝、リビングの窓を開けるとツバメが2羽大空を飛び回っていました。ピィピィキュルル〜ってかわいい声が外に響いています。そして我が家の前の電線に仲良く並んで休みました。よく見ると羽の色も違う、たぶん種類の違うツバメです。ベランダに出たら、私に気がついて飛んで行ってしまいました。

 「戻って来ないかなぁ」としばらく待っていると、1羽だけまた電線に来てくれました。ブルーグレイの羽のきれいなツバメちゃん。慌ててデジカメのシャッターを押して何とか写真が撮れました。オスかな?メスかな?本当にかわいい。

 「たまごクラブ」という妊婦さん用の雑誌があるのですが、2003年8月号にツバメの記事が掲載されていました。(下記にあります)我が家には文鳥がいまして、ツバメの抱卵や子育て期間は文鳥とほぼ同じで、だいたいの雰囲気はわかります。本当に卵を産むのも抱卵もひなを育てるのも見ましたが、親鳥はものすごくパワーを使います。まさに命懸けです。そして子どもが巣立つともう他人(鳥?)になります。

 この雑誌を買った頃、私は妊娠安定期でとても順調でした。付録についていた“やすらぎCD”を毎日聴いて、お腹の赤ちゃんにいっぱい声をかけていました。今思えば本当に至福の時だったんだなぁって涙が出てしまいます。

 その頃、近所のお宅の玄関先にツバメが巣を作りました。卵からかえったひなたちが親鳥の運んでくるえさを待っている姿を見て、お腹のわが子にも「かわいいね〜」って話してあげました。娘を出産しそして失って病院から帰宅したら、その巣にもうツバメの親子はいませんでした。私が入院している間に巣立っていったのでしょう。

 ツバメの記事を読んで、またそのお宅の巣に戻って来るかもしれないと待っていますが、あの年以来ツバメは帰って来ていません。もしツバメが帰って来たら、我が家にも赤ちゃんが戻ってくるかもと本気で考えたりもしました。その場所を通るたび「ツバメちゃん、早く帰って来て」と、あのかわいいひなの姿を思い出し願っています。

 おかしいかもしれないけど、大空を舞うツバメを見ていると、私たちは「あおいちゃんに再会できるのでは」という気がしてしまうのです。

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*今朝、電線に来ていたツバメちゃんです。

動物界のたまごママたち 〜ツバメ〜(2003年8月号たまごクラブより)

1年前にペアになった相手を探し出し、再び巣を作るツバメ。オスが違うメスの巣へお邪魔することもありますが、巣作りと子育ては同じペアで仲よく取り組みます。

越冬地から帰ってくると、前年と同じ相手を探して巣作り&子育て

 ツバメは人家の軒先に巣を作る。親がえさを持って帰ってくると、待っていたひなたちが一斉に顔を出す。思わず心が温まる光景である。

 よく知られているとおり、ツバメは渡り鳥だ。4月ごろになると、越冬地の東南アジアから日本に帰ってくる。

 渡るときは夫婦別々に飛んでくるらしく、たいていオスが先に帰ってくる。そしてどのようにしてかわからないが、たいていはちゃんと相手を見つけだし、前年と同じペアで巣作りを始める。

 けれど若いツバメも加わっているし、旅先や旅の途中で不幸に遭うものもいるから、前年と同じペアは半分くらいになるようだ。

巣作りは2匹の共同作業。か弱いひなを必死に育てる

 巣作りは夫婦の共同作業である。あちこちから泥や枯れ草の茎を集めてきて唾液と混ぜ、家の軒先の状態に合わせてしっかりした泥の巣を作る。丸い産座(卵を産む場所)にニワトリのやわらかい羽毛などを敷いて出来上がり。

 巣作りには約1週間ほどかかるが、古い巣を使ったときは3日もあれば十分だ。巣が完成に近づくと、夫婦は交尾を始め、オスは絶えずメスのそばにいて、近づいてくるほかのオスを追い払う。

 卵は1日1個ずつ、計5、6個産む。卵を抱くのは主にメスだが、オスも抱卵することがある。抱卵期間は約2週間。その間にオスはしばしばほかの巣へ出かけていき、そこのメスとも交尾する。

 ひながかえると夫婦でえさやりである。持ってくるえさはだいたい体長1cm以上ある比較的大きな昆虫で、トンボも多いという。素早く飛びながら、飛んでいる虫をとらえる。

 ひなが巣立つまでは20日くらいかかる。ツバメは寒さが苦手らしく、大雨の日や寒い日には、持ってくるえさの数がぐっと減る。あまり雨の日が続くと、ひなが飢え死にすることもあるとか。

 1回目のひなが巣立つと、同じペアで2回目の子づくりにとりかかる。そのときまた新居を作ることもある。

 ツバメが人家を好むのは、巣やひなに悪さをするスズメが来ないかららしい。人の出入りが多い家や店ほどツバメがよく巣をかけるのはそのためだ。ツバメが来ると店が栄えるといわれるが、実は反対で、店が繁盛しているからツバメが来るのである。

 不思議なことにヨーロッパでは、日本で町の人家にしか巣をかけないツバメが田園地帯に住む。そのため、ツバメの学名はヒルンド・ルスティカ(Hirundo rustica・田舎のツバメ)である。そして日本では山にしかいないイワツバメという種類が、ヨーロッパでは都会の人家に巣をかけている。

文/動物行動学者 日敏隆先生

1930年東京に生まれる。動物行動学者。京都大学教授、滋賀県立大学学長などを経て、現在は総合地球環境学研究所所長。『ネコはどうしてわがままか』(法研)、『ミジンコの都合』(晶文社)、『動物の言い分、人間の言い分』(角川書店)など著書多数。
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2006年11月10日

きつねのでんわボックス

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 一冊の本を買いました。読んだらきっと泣くだろうなと思いつつ、それでも何かに惹きつけられるように手にしました。小学校1・2年生向きの本ですが、ぜひお母さん方にも読んで欲しいなと、わが子をいとおしく思う気持ちが再確認できる本だと思います。きつねのお母さんの思いが自分の思いと重なって涙がとまりませんでした。

「あのね、かあさん、まほうがつかえたのよ、ほんとよ・・・」

 あおいにも読みきかせてあげました。あの子はどんな感想言ってくれるのかしら。

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*きつねのでんわボックス(単行本)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4323020104/sr=8-2/qid=1163139976/ref=sr_1_2/250-4279253-1433861?ie=UTF8&s=books

【どこのおはなし?】
 山のふもとにあるふるいでんわボックスでのできごとです。
【だれのおはなし?】
 子どもをなくしたかあさんぎつねとにんげんの男の子のおはなしです。
【どんなひとがでてくるの?】
 やさしいおじいさんや、とおい町ににゅういんしている男の子のおかあさん。
【そして、どんなおはなし?】
 かあさんぎつねは、とおい町にまいにちでんわをかけている男の子にであいました。
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2006年09月13日

お誕生日

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あおい、3歳おめでとう。

 平成15年9月9日午前2時6分に私たちの娘あおいは生まれた。体重504グラムの小さな小さな赤ちゃん。産声をあげることはなかった。ほんの少し前まで心音は聞こえていたのに。涙が止まらなかった。

 4日後、私は誕生日を迎えた。悲しい誕生日だった。

 あれから3年。記憶にふたをしようとしている自分がいる。思い出そうとしなければ思い出せなくなっている。すべてが夢の中の出来事だったように感じる。

 今日私はまた一つ歳をとった。私だけがどんどん歳をとっていく。
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2006年05月09日

あかちゃんごっこ

朝起きたらパジャマからベビー服に着替える
哺乳瓶のミルクをうんと飲ませて
抱っこして背中をポンポンげっぷさせる

ベビーカーでしばらくお散歩する
リビングのソファーでお座りして
ママと一緒にテレビを見ようね

おやつは何がいいかしら
ママの好きなお菓子を食べよう
歌を歌いながらちょっとお昼寝
そして夜になったら親子で寝んね

また朝が来て昼が来て夜が来て
毎日そうして過ごしていく

何年経ってもあおいちゃんは
ずっとあかちゃんのまま
お人形はちっとも大きくならない
いくつになっても私たちが年をとるだけ

悲しみだけが大きくなっていく
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2006年03月04日

ひなまつりの夜

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 3月3日ひなまつりの日に私たちはおひなさまを飾った。父が初節句に買ってくれたおひなさまと、妹が買ってくれた「つるし雛」。ひなあられと桜もちを亡き娘に捧げて手を合わせる。そして一緒に食べた。

 私たちは小さなつぼの中に眠るわが娘に声をかける。今日は女の子の日。もう3回目のひなまつりなんだね。今年3歳になるんだね。生きていたらどんなにかわいいのだろうね。

 ひなまつりの夜、私たちは泣いた。これから先も生きている限りずっと泣き続けるのだろう。わが娘を想い泣き続けるのだろう。

《'05 3/3あおいのママの日記より》

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 今日は女の子の日。あおいのママの実家でも、おひなさまが飾られています。私が子どもの頃、お友だちの家では何段飾りの立派なおひなさまを飾っていて、とてもうらやましかった記憶があります。

 私のおひなさまは、ガラスケースに入った小さなおひなさまでした。私が長女だったので、初節句に父方の祖母が買ってくれたそうです。私が生まれた頃、我が家は狭いアパート暮らしで、祖父母も孫がたくさんいたから、手ごろな小さなものにしたのだと思います。

 もうかなり傷んでいるけど、祖父母や両親の思いがこもっている大切なおひなさまです。今は亡き祖父母、母に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとう。

 写真のおひなさまは、昨年私の父が買ってくれたものです。昨年('04 3/3)は、本来なら私たちの娘あおいの初節句になるはずでした。このおひなさまをお店で見つけた時「わが子に見せてあげたい」と思いました。それで父にたのんで買ってもらいました。お父さん、本当にありがとう。

 私が祖父母におひなさまを買ってもらったように、わが娘にも唯一の祖父である父に買ってもらえたらきっと喜ぶと思いました。私たちの娘あおいは、ずうっとお空にいて、これから先もお祖父ちゃんに何もねだったりしないから・・・。

*あおいのママの田舎に伝わる「つるし飾り」(静岡県賀茂郡東伊豆町稲取)をイメージして作られた歌です。

『娘へ』 

記憶の片隅に 埋もれかけていた
母との思い出 今よみがえる

港の町に 伝わる風習
小さな飾りを 雛壇に

這い子人形 うさぎ 三番叟
はぎれで作った つるし飾り
母の想い届く 小さな贈りもの

私も祈りたい 眠りつくこの子に
幸せになるように 苦労せぬように

思いをこめて 一針一針と
やさしい面影 重ねながら

決して華やかじゃないけど
親心(こころ)で作った つるし飾り
母の想い届け 小さな贈りもの

這い子人形 うさぎ 三番叟
親心(こころ)で作った つるし飾り
母の想い届け いとしい我が娘

http://www.izu-net.com/
http://www.izu.co.jp/~hamabe/new_page_4.htm
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2006年01月09日

私も母

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毎月9日になると落ち込んでしまう
月命日と思わず 月誕生日と思おうと
一生懸命自分を励ましてみても
悲しみは止まらない

しっかりしなければ しっかりしなければ
私も母親なんだから

今まで わが娘あおいは
私たちにたくさんのことを教えてくれた
幸せもたくさん運んで来てくれた
だから泣いてちゃいけない

ごめんね 泣き虫で
だけどあともう少し許してね

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2005年11月09日

今日はいい天気

今日はとってもいい天気
陽射しも強い
ベランダで洗濯物を干していたら
肌がヒリヒリ痛くなった

布団も干したから
今晩はふかふかで眠れる
夜いい気持ちで眠りたい

毎月くるわが娘の月命日
今日本当にいい天気で良かった

数え年3歳の七五三
千歳飴のかわりに
キャンディーを食べよう

子どもの幸せを願う
ママやパパの気持ちだから

泣き虫な私だけど
今日は涙を見せたくないな
あおい空の向こう
あの子が見ているから

あおい空が目にしみる今日の日だけど
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2005年09月11日

黄色いカーディガン

 私は妊娠がわかった時から、わが子に着せたくて「黄色いカーディガン」を編み始めた。出産予定日は平成16年1月1日。冬に生まれるわが子のために編もうと決めた。

 記念すべき退院する際に着るベビードレス、帽子、靴下、手袋、おくるみを編む前に、久しぶりに編み物をするのでならす意味で、12ヶ月頃まで着れそうなカーディガンを編むことにした。

 その時点ではまだ男の子か女の子かわからなかったので、とりあえずどちらでも似合うように柔らかな色の黄色の毛糸にした。

 しばらくして「お腹の子は男の子です」と先生に言われ、「そうなのかなぁ・・・」と納得できなかったんだけど、「まぁ、男の子でも黄色は似合うから」とパパにも応援されて、何とか前身ごろ、後ろ身ごろ、袖などのパーツを編み終えた。

 後はそれぞれのパーツを縫い合わせて、そして仕上げにボタン付けをすればできあがる状態になった。

 このカーディガンを編むのは私にとって本当に大変だった。編み物が特に得意だというわけでもないし、久しぶりに編むというのに、難しい模様編みだったから。何度間違えて編み直したことだろう。本とにらめっこしながら、「もうやだ〜!!」って何度言ったことだろう。

 つわりで吐き気が続いたし、微熱や頭痛で気分がすぐれなくてつらかったし、夜はなかなか眠れなかったし。私は大柄なので「妊娠中は体重を増やしてはいけない、むしろ減らすように」と先生や栄養士さんに言われ、元の体重より1.7キロ増えた時は怒られてしまった。妊娠は病気じゃないって言うけど、私にはそう思えないほど苦しく感じた。

 そんな中、後は仕上げだけという状態になったので、ものすごくうれしかった。パーツを合わせてみると「赤ちゃんて何て小さいんだろう、こんなにかわいいんだね」って、パパと一緒にここまで仕上がったことを喜んだ。

 遅くに生まれてくるわが子。パパもママも長男長女で、父も母も25〜6歳の時の若い時の子どもだった。わが子にとって私たちは決して若くなく、この子はお友だちの若いお母さんを見てうらやましく感じるかもしれない。本当にごめんね、あと5歳若ければねぇ・・・、そんなことをずっと考えていた。

 だからせめてできるだけ手作りをしようと思った。愛情をたくさん込めて色んなものを作ろうと思った。

 平成15年9月9日、生まれたわが子は男の子ではなく女の子だった。そして誕生死。誕生日が命日となってしまった。

 2日後の11日に退院することになった。体の悪いところはこれから外来でということになった。婦長さんが「ここに入院しているのはつらいだろうから」とおっしゃって、早めに退院させてくれた。

 退院する日がわが子とお別れの日になった。婦長さんのはからいで、かたちだけでも授乳することもできた。私とわが子をつないでいたへその緒もくださった。そして業者の方に頼んで小さな棺を用意してもらった。

 50センチにも満たない小さな棺に、パパが買ってきてくれたかわいい御花を散りばめた。戌の日に水天宮で買ったお守りを持たせた。そしてわが子には、あの黄色いカーディガンをかけてあげた。

 私が初めてわが子のために編んだ黄色のベビー服。前日にそれぞれのパーツを編み合わせて仕上げた。それを旅路の衣装にした。よく晴れた青空がまぶしい、とてもとても暑い日だった。冷暗所から来たわが子は汗をかいていた。「こんな暑い日に毛糸のカーディガンでごめんね」と謝った。

 あんなに小さいと思った黄色いカーディガンは、わが子にはとても大きかった。でも不思議とよく似合っていた。

 業者の方、婦長さん、看護師さん、助産師さん、パパとママの6人で最後のお別れをした。看護師さんが「ママのカーディガンがよく似合いますね」と言ってくれた。助産師さんも一緒に泣いてくれた。

 お世話になった病院の皆さんにごあいさつをして退院した。火葬場までパパがわが子の御棺を抱いて連れて行った。火葬する際に、職員の方から「お子さんが小さいので、もしかしたらお骨が残らないかもしれません」と言われ悲しかった。

 「ずっと愛し続けるよ!!」パパが大声で叫んでいた。私はずっと「ごめんね、ごめんね」と謝っていた。

 あおいはお骨になった。マッチ棒より細いお骨になった。この世に生まれた証をちゃんと残してくれてありがとうね、あおいちゃん。

 小さな骨壷のわが子を抱いて帰路に向った。電車で下校途中の中高生が大勢乗ってきた。制服を着た女の子が楽しそうに笑っていた。この子も大きくなったら、こんなふうに楽しそうに笑うのだろうか。涙が止まらなかった。

 あおいは今もわが家にいる。ずっと赤ちゃんのままで。あの黄色いカーディガンが似合う小さな赤ちゃんのままで。

*向こうの病棟 《病院にて》
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*「あおいのページ」カテゴリ
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2005年07月11日

デジタルビデオカメラ 《'05 3月8日の日記より》

私は今感情的になっているのだろう
明日9日はわが子の月命日だから

9日で1歳6ヶ月になる
生きていたらどんなふうに成長していたのだろう

わが子の成長を撮るために買った
デジタルビデオカメラが
今では集会講演会街頭演説などの撮影と文字化レポートに活躍している

妊娠6ヶ月のときにまだ早いのに買ったもので
あおいラインが入っている

初めて使ったのは2004年1月12日の「茨城県民集会」(水戸)
私はあの日から文字化を始めた

現在もっと小さくて良い機能のものがあると思う
何もビデオカメラで撮らなくても
ボイスレコーダーを買って使った方が楽なのかもしれない

でもやはり私はこのビデオカメラを使いたい
このビデオカメラを使おうと決心するのに数ヶ月かかった
悲しみのあまりこのまま使わずに
封印してしまおうかと思ったこともある

しかし私は使い始めた
それはこのビデオカメラで撮って文字化をすることで
親子一緒にご家族への支援ができると思ったから
多くの方に講演内容を知ってもらえると思ったから

この作業やお手伝いをしていて何度もくじけそうになったけど
その度に「ママ 一緒にがんばろうよ」って
わが子がそう言って励ましてくれているような気がして
今もこれからも私は続けていくと思う

私がわが子の存在に気づいたのは拉致問題の集会で初めて参加した
2003年5月の第5回国民大集会(有楽町国際フォーラム)だった
あの日のことは忘れられない

わが子に「あおい」と名づけようと思った
そしてこの子にとって恥ずかしくないような親でありたいと思った

今まで「自己満足」だとか「偽善」「資格がない」と
言われたこともあったけど
そのたびに悲しい思いをしたけれど
でもやはり1人でも頼りにしてくれる人がいるかぎり
支えてくれる人がいるかぎり
これからも自分を信じていこうと思う
わが子がいつも守ってくれるのがわかるから

このデジタルビデオカメラでこれからも撮影して
文字化をしていこうと思う

*『誕生死』
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2005年05月09日

《H15.9/9 病院で見た夢より》

ここはどこだろう?
辺りは何だか白っぽい
遊園地かな?パレードをしている
すごい人ごみで 
私は立ちすくんでいる

ああ そうだ
私はさっき赤ちゃんを産んだばかり
入院していたから 歩くことができない
だから ただ立ちすくむだけなんだ

あんなに人がいっぱいのパレードなのに
騒いでいる声が聞こえない

人の波がすごくて
私はどうしていいのかわからない

向こうの方に乗り物が見える
あれはメリーゴーランドかな?
小さな子どもたちが楽しそう

私の足元を子どもが走り去っていく
ああ そんなに走っては見失ってしまう

私は一生懸命に捜している
あんなに多くの人の中に走って行ってしまったら
見つけ出すことができない
あの子の顔もわからないのに

待って 待って お願いよ
行ってしまわないで
行かないで
私が追いつくまで そこにいて

歩かなくちゃ
あの子が行ってしまう
まだ顔を見ていない
追いつかなかったら
きっと顔を忘れてしまう

ああ 足が動かない
追いつかなくちゃいけないのに
足が動かない

あの子が私を見ている
立ち止まって うしろを振り返っている

でも 顔がわからない
どんな子どもなのか わからない
知りたい
誰に似ているの?
小さくて
私にはわからない

微笑んでいるの?
呼んでいるの?
お願いだから 行ってしまわないで
そこにいてね
がんばって歩くから

パレードの先には
急な坂があって
歩いてみようと思うんだけど
やっぱり歩けない

私はどうしたらいいの?
あの子のところまで歩いて行けない
連れ戻すことができない

ただ 行かないで 行かないで と
泣きながら叫んでいる自分がいる 

辺りがどんどん霞んで白くなっていく
どこかからか パパの呼ぶ声が聞こえる

あけみ あけみ 大丈夫だよ

どうしてパパ泣いているの?
さっき赤ちゃんが生まれたばかり
15年待って授かった愛しいわが子
今日は私たちの幸せの日
違うの?

ああそうか
これは全部夢なんだ
私はまだ赤ちゃんを産んでいない
だってまだ7ヶ月
あと3ヶ月先なんだから

私のお腹に赤ちゃんがいる
パパ そんなに揺すってはダメよ
せっかく寝ていたのに 起きてしまう

私たちもこの子と一緒に眠りましょう
さっき睡眠薬を飲んだばかり
ぐっすり眠りたい

いつものように
私のお腹をさすってね
そうしたら 赤ちゃんが安心するから
私も安心するから

パパと私と赤ちゃんと
親子3人で休みましょうね

目覚めたくない
ずっと幸せな夢を見ていたい

病室の外から 赤ちゃんの声が聞こえる
3ヶ月後には きっとあんなふうに泣くのだろう
私たちのかわいい赤ちゃんに
ここで きっときっと会える

目覚めたくない
ずっとずっと幸せな夢を見ていたい

★あおいちゃん★
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2005年04月30日

★あおいちゃん★

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 2003年9月9日生まれ。私たちの愛しいただひとりの娘です。あおいちゃんのことは2004年9月9日の日記に書きました。写真は、ママのお腹にいた時の元気にしていた頃の最後の写真です。

《私たちの娘あおいのお誕生日》

あおいちゃんへ

 あおいちゃん、あれからもう一年経つんだね。

 平成15年9月9日午前2時6分、あなたは私たちの第一子として誕生しました。体重504グラムの超未熟児。23週と5日、7ヶ月弱の切迫早産でした。
 
 入院先の病院から、救急車で未熟児対応の病院に移送される途中、あなたは生まれそうになったけど、病院に着くまでがんばってくれたね。あれが陣痛だということも知らない、何もかもが初めての経験でした。苦しくて痛くてそして不安なママを、ずっとパパが励ましてくれたんだよ。

 「破水したらあきらめてくれ」と先生に言われていたけれど、破水してもあなたはママのお腹の中でちゃんと元気に動きまわっていましたね。ママはモニターからあおいちゃんの元気な心音をずっと聞いていたよ。トックントックンって。「ママ、私は元気にしているよ」って。
 
 パパもママも「奇跡よ、起きて!!」とずっと思い願い続けていました。

 あおいちゃん、あなたは何も悪くない。ただママの子宮ががんばれなかっただけだから。守ってあげられなくて、助けてあげられなくて本当にごめんね。どんなに苦しかっただろう。ママが代わってあげたかったよ。

 パパがね、先にあなたと会ってだっこしたんだけど、そりゃあもううれしそうに、そして涙を流しながら、「かわいい女の子だよ。ありがとう。」って言ってくれたの。あんなにうれしそうな顔を、結婚して15年経つけど初めて見たよ。
 
 ママはね、あなたがどんな姿で生まれてきたのだろうかと、対面できないのでは、と思っていたのだけど、あなたに会ってだっこして本当にびっくりしました。こんなにかわいくてきれいな赤ちゃんを初めて見たから。親バカかもしれないけど、パパとママのいいところを全部受け継いでくれたんだね。

 病院の配慮で、お別れする前にあなたに授乳することができました。でもママはおっぱいが出なくて、かわいいお口につけてあげることしかできなかった。お口を「あーん」ってあけてくれたのにごめんね。

 まるで眠っているようで、本当に天使みたいだったね。髪の毛も産毛も小さな爪も生えていて、本当にただただ小さいだけのわが子。まだ呼吸の練習中だったのにママが産んでしまったんだね。

 生まれた日が命日となってしまった。どんなに自分を責めてみても、もうあなたに会うことができない。

 あなたを失って、でも世間は何事もなかったように時が過ぎてゆく。ただ私たちだけが悲しみでいっぱいで、どこに出かけるのもつらくなってしまいました。

 そしてママは歩くことが困難になってしまったの。でもね、数ヶ月のリハビリで、12月にはもう講演会等にも行けるようになったんだよ。あなたがママの体の悪いところをみんな教えてくれたと思って、がんばったよ。

 あおいちゃんがママやパパのことをどんなに思っていてくれたのか、見守っていてくれたのか私たちは知っているから、あなたの分までしっかりしないとね。

 あなたの存在をママが知ったのは、昨年の5月7日の国民大集会の時だったね。だからあの日を忘れないように、女の子だったらずっと「あおい」と名づけようと決めていました。
 
 あおいちゃんが応援してくれるからパパもママもがんばれる。あの空の向こうに海の向こうにいる方々はみんな、私たちにとってはあおいちゃんだと思っているの。

『あなたを取り戻したい』そういう思いで、これからも出来るかぎりのことをしていきたいと思っています。

 でもしばらくはうんと泣かせてね。人生最大の喜びの日が悲しみの日となってしまいました。小さかったあなたが、もっともっと小さくなって我が家に帰って来ました。ママもパパも今はあなたを想って泣くことしかできないから。

*『誕生死』
http://homepage3.nifty.com/angel-book/
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自己紹介 ★あおいのパパ★

街頭活動(桜木町).jpg

*写真は2006年5月21日に撮影したものです。(桜木町駅前にて街頭活動)

 196?年生まれ。出身は栃木県足利市です。小学校の時に長崎県長崎市に引越しました。地元の高校卒業後、上京しました。高校はキリスト教系、大学は仏教系でした。ローマ法王のヨハネ・パウロ2世にお会いした?ことが自慢だそうです。

 趣味はママと同じスポーツ観戦です。パパは子どもの頃に少し陸上をやっていました。今は時々スポーツクラブのジムとスイミングで体を鍛えております。

 2005年・2006年には、スポーツクラブの水泳大会(千葉国際競技場)で2年連続背泳ぎの種目で栄えある『1位』になり、すばらしい盾をいただきました!(笑)あっ、これはマスターズなので、年代別です。

 あおいのパパは平凡なサラリーマン(営業マン)です。皆さま、どうぞよろしくお願い致します。
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自己紹介 ★あおいのママ★

2005年2月19日.JPG

 196?年生まれ。出身は静岡県です。現在は千葉県柏市在住です。地元の高校卒業後上京、21歳の時にあおいのパパと出会いました。お互いにひとり暮らしをしていましたが、婚約後同居。出会いから2年後に結婚しました。

 趣味はお菓子作りとスポーツ観戦です。最近は忙しくて(いいわけ)あまり作らなくなってしまいましたが、洋菓子・和菓子作って食べるのが好きです。あおいのパパにも独身時代にいっぱいプレゼントしました。(それでおとしました)「おいしいよ」って、お世辞でも言ってもらえたらとってもうれしいのです。昔から友だちにもよくプレゼントしていました。

 スポーツ観戦は主にプロ野球とサッカーが好きです。アメリカンフットボールもたまに観ます。どちらかというとテレビ観戦よりもスタジアムに行くのがとても好きです。やっぱり生観戦は感動します。近所にJリーグ「柏レイソル」のスタジアムがありまして、以前はユニフォームを着て毎試合応援に行っていました。(徒歩10分くらいなんです)

 2004年3月には、日本代表オリンピックアジア最終予選3試合を観戦しました。2005年2月9日には、ワールドカップアジア最終予選「日本vs北朝鮮」戦を埼玉スタジアムで観戦しました。写真は試合前に撮影したものです。ご一緒しましたスポーツジャーナリストの西村幸祐さん、電脳補完録の山本さん、殿下さま沸騰の日々の殿下さま、友人のSさんです。

 プロ野球は生まれた時から巨人ファンです。選手では松井秀喜選手やイチロー選手が好きで、もうずいぶん前ですが東京ドームに徹夜で並んで観戦していました。(パパに並ばせていました)メジャーリーグも大好きです。

 以前は仕事をしていましたが、現在は専業主婦です。皆さま、どうぞよろしくお願い致します。
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