2006年02月23日

'05 5/30 「よど号犯妻」第五回公判(判決)

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 あおいのママは5/30の午前10時から東京地方裁判所429号法廷で行われた「よど号妻・田中協子被告」の第五回公判(旅券法違反)判決を傍聴してきました。(八尾恵証言によれば、田中協子被告は拉致された有本恵子さんの教育係だったということです)

 救う会神奈川及び支援者の皆さんの計5人で傍聴しました。いつものようによど号犯妻やその子どもたち、支援者が何人も来ていました。田中協子被告が入廷しましたが、ちょっと緊張しているような感じがありました。いつも堂々として胸張ってニッコリ笑うのですが、今回はその微笑みも少し強張っているように感じました。

 始まってすぐに裁判長から判決が言い渡され、求刑通り懲役1年6ヶ月、執行猶予4年の有罪判決でした。傍聴席に座っていた報道関係者がサァーっと退席して各社に連絡をしていました。田中協子被告は始終ブスッとした表情をして判決文を聞いていました。どうやら判決に納得できなかったようです。

 裁判は短い時間で終わりました。予想していた通りの執行猶予付きの判決ですから、実質無罪のような気がしますが、でも今までのよど号犯妻たちに比べて検察側の言い分がかなり採用された判決になったようです。旅券法違反の裁判にもかかわらず、裁判中拉致の件にもかなり触れていました。また、救う会神奈川を始めとする拉致被害者支援者がブルーリボンを身につけて、毎回裁判を傍聴し続けたのも判決に少なからず影響を及ぼしたようです。

 しかし拉致事件で裁かれたわけではないので、結局自由を手に入れたことになります。彼女が言っていたように、田舎に帰って自分の娘たちと一緒に住み、現在刑務所に入っている夫・田中義三の刑期終了を待ち、年老いた両親に親孝行するのでしょう。よど号犯妻たちに拉致された被害者は、どんなに家族のもとに帰りたいと願っていても、現在帰ることができないでいるのに・・・。本当に理不尽です。

 よど号犯のリーダー田宮高麿は「自分たちの手で20人くらい拉致した」と高沢皓司さん(「宿命」著者・今回の裁判でも重要視されました)に告白して、その後亡くなっています。粛清されたのではないかという疑いがあります。よど号犯の妻たちが海外で実際に拉致を行っていたのは間違いなく、まだまだ公表されていない被害者が多くいるものと思われます。本当にやり切れない思いでいっぱいです。

*'05 2/10 東京集会5 有本嘉代子さん
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=160&no=102

 それは、先ほども申し上げました「高沢皓司さん」という方が、初めて私どものところに訪ねて来られて、まぁ、震災の年なんですけれども、その時に「その手紙は私が託りました」とおっしゃいました。

 「私が平壌に行きまして、田宮さんの手までは渡してきましたよ」って、田宮さんというのは「よど号」乗っ取り犯のリーダーですけれども、「この方までは渡してきましたよ」と。「それから先、娘さんの手に入ったかどうかはわかりませんけれども、田宮さんまでは届けてきました」っておっしゃいました。

 それでその時に田宮さんは、「よど号の私たちの手で、20人くらいはこの国に連れて入っている。だからこれは私たちがここにおる間に、絶対に日本の国へ帰すようにせないかん!」っていうことを、田宮さんが言われたんですよ、ということは聞いております。それからまもなくして田宮さんは心臓麻痺で亡くなられました。私は「粛清されたのでは?」と今でも思っていますけどね。

 裁判終了後、弁護士会館でマスコミ各社を集めて救う会神奈川の会見をしました。声明文・レポートは救う会神奈川「救いのカモメニュース」(メルマガ)及び電脳補完録さんなどに詳しく掲載されておりますので、どうぞそちらをご覧になってください。

*よど号犯妻に有罪判決 救う会が声明発表 電脳補完録さんより
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4000
*救う会神奈川HP
http://www.geocities.jp/sukuukai/

 あおいのママは第一回から第五回まで「よど号犯妻・田中協子被告」の裁判はすべて傍聴してきました。レポートや傍聴記録はこちらをご覧になってください。仕上がりまで1年近くもかかってしまいましたが、ようやくすべて終わりました。(涙)

*'04 12/24「よど号犯妻」第一回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3292611.html
*'05 1/27「よど号犯妻」第二回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3337465.html
*'05 1/27「よど号犯妻」第二回公判 傍聴記録
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3489719.html
*'05 2/24「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*'05 2/24「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(1)〜(18)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/4181628.html
*'05 4/12「よど号犯妻」第四回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/13636423.html
*'05 5/30 「よど号犯妻」第五回公判(判決)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/13665900.html

*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html

 1/19に行われた「東京集会14 よど号犯人と拉致」にて、救う会神奈川会長の川添友幸さんが講演をしております。そちらで“よど号裁判を通して見た拉致事件”について詳しく説明してくださっております。講演内容と資料を文字化テキストにしておりますので、よろしかったらどうぞご覧になってください。

*1/19 東京集会14 川添友幸さん(1)〜(3)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/12003304.html
*よど号裁判を通して見た拉致事件(1)〜(3)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/12579615.html

 あおいのママは裁判を傍聴するのは「よど号犯妻」裁判が初めてでした。この裁判の傍聴をするまで、裁判所なんてあまりお世話になりたくない場所であるし、「よど号ハイジャック事件」は自分が小さい頃の事件、そして「日本赤軍」とか言われても、そういう言葉があるということしか知りませんでした。毎回裁判所に行って、支援者の皆さんに色々と教えてもらいながら、レポートを作成しながら勉強してきました。裁判用語もわからなくて本当に四苦八苦しました。ですからレポートもトンチンカンなものになっていると思います。

 この裁判を通じてあるジャーナリストの方と知り合いました。プロの方に読まれるのはすごく恥ずかしいのですが・・・。いつもありがとうございます。それから、ある筋?から、警察公安関係者やよど号支援者の方々もご覧くださっているという情報をいただきました。

 またレポートを作成するにあたって、よど号をやっつけるバルタン星人さんに大変お世話になり、支えていただきました。一緒に裁判を傍聴してきた皆さん、そして情報をくださった皆さん、レポートを紹介してくださった電脳補完録の山本さん、本当にありがとうございました。感謝申し上げます。
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'05 4/12 「よど号犯妻」第四回公判

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 あおいのママは4/12の午前10時から東京地方裁判所で行われた「よど号妻・田中協子被告」の第四回公判(旅券法違反)を傍聴してきました。(八尾恵証言によれば、田中協子被告は拉致された有本恵子さんの教育係だったということです)

*'04 12/24「よど号犯妻」第一回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3292611.html
*'05 1/27「よど号犯妻」第二回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3337465.html
*'05 1/27「よど号犯妻」第二回公判 傍聴記録
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3489719.html
*'05 2/24「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*'05 2/24「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(1)〜(18)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/4181628.html
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html

 救う会神奈川を始めとする支援者5人が集まりました。いつものように外で傍聴券を得るために並び、その後ボディチェックや手荷物を預けて法廷に入りました。この日はよど号犯妻やその子どもたち、そして田中(水谷)協子被告の実母がよど号支援者と一緒に来ておりました。

 被告はすでに保釈金を払って保釈されていたそうで、入廷して来た姿を見て私は驚きました。今まではジャージ姿で化粧気もまるでなかったのに、この日はきれいに化粧をして、髪も染めてセットして、クリーム色のパンツスーツをピシッと着こなして、そしてブルーに光る大きめのネックレス・・・。

 傍聴席の実母や子どもたち、支援者にいつものようにニッコリ微笑む田中協子被告。私は一瞬「ここはどこなのか」と、法廷であることがわからなくなるような錯覚に陥りました。別にどんな格好をしていてもいいけど・・・、私がとても目に付いたのは、そのニッコリ笑う唇にきれいにぬられた口紅でした。そしてブルーのネックレス。何故ブルーなの?なんて思ってしまいました。

 いつも着ていたジャージも、よく考えてみたら、あるスポーツメーカー(多分アメリカ)のブランドでした。元々おしゃれ(支援者も?)だったのかもしれませんが・・・。しかし私はこの日の様子はやはり場違いのような気がしました。

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 裁判の間、メモをしながら被告の絵を書きました。下手で本当に恥ずかしいのですが、こんな雰囲気でしたという意味で載せます。(笑わないでくださいね〜)もう一度ちゃんと描き直そうかとも思ったのですが、やはり現場で描いたものが一番だと思いますので・・・。

 この裁判もいよいよ最終段階に入ってきたようで、検察官が“懲役1年6ヶ月の求刑”を言いました。そして弁護士側は“無罪”を主張しました。(裁判用語はわからないので、自分の言葉で表現します)

 その後は田中協子被告が色々と主張していました。それをメモしましたので、わかる範囲でレポートしたものが下記にあります。間違いやカン違いがあるかもしれませんが、どうぞご了承ください。

 裁判終了後、被告はうれしそうに楽しげに傍聴席にいた家族や支援者たちと集まっていました。何ともやり切れません。この場に拉致被害者のご家族はいらっしゃいませんでしたが、どんな気持ちでいるのだろうかと思うと怒りの気持ちを禁じ得ませんでした。

 次回5月30日は午前10時より429号法廷にて判決となります。この裁判が始まる前からある程度わかっていた結果になると思いますが、それでも少しでも彼らにプレッシャーになるように、私たちは胸にブルーリボンをつけて、ブルーリボンの気持ちを心を表して傍聴したいと思います。参加された皆さん、本当にお疲れさまでした。

【田中協子被告の主張】(あおいのママのメモより)

・私は無罪を主張します。この裁判が終了したら、両親そして3人の娘たちと一緒に住みたいです。

・裁判ではずっと拉致問題に絡めて検察側から責められ続けました。そのような関係の事実はありません。拉致問題はこの裁判の審議の対象ではありません。

・私は4ヶ月間勾留されました。帰国して4半世紀ぶりの日本、変わらないのは人情でした。故郷の皆さんは涙ながらに私の帰郷を喜んでくれました。それなのに、何故私が極悪人としてこのように裁判で裁かれなければならないのでしょうか?私にはわかりません。

・私が「旅券返納命令」を知った時(1988年8月)にはすでに返納期限が過ぎていました。ですから旅券を返納するのは無理なのです。その頃東海岸にいたのですから。それなのに日本国からは「テロをする恐れがある」と言われました。92年によど号犯(田中義三)の妻であることを公表した後、93年5月には国際指名手配をされました。

・私は今ここにいらっしゃる皆さんに3つのことをお話したいと思います。

@現時点の公正な判断をお願い致します。私たちがソウルオリンピックテロと関係があると思い込み、それが十数年に及びました。しかしそれらに関して何も証拠は出ていません。私は何でも誠実に答えました。

A皆さんは北の生活について理解できないのではないでしょうか。検察側も「旅券返納命令」を知らないはずはないと思い込んでいました。日本にいる感覚で言っていると感じました。

 北は一般的に電話がありません。私たちの住んでいた村にも管理の方の所にしかありませんでした。当時そこは郊外でしたから、新聞などの情報手段がいつ到着するかわからない状況でした。88年8月にその記事の載った新聞が来たのかもしれませんが、遅れた可能性もあります。それに私はずいぶん後になって「旅券返納命令」の載った「かんぽう」が届いて知ったのです。

B意図的・政治的日朝の敵対に、私たちよど号関係者は利用されていると感じました。何故私たちが突然指名手配されなければならないのでしょうか?「旅券返納命令」は外務省がいち早く私たちに言ってくれればそれでいいのです。北=よど号という図式で広く国民に敵対感情を持たせるためだと思っています。北=ならずもの国家としたいのでしょう。ですから“チマチョゴリ切り裂き事件”などが日本で起きるのです。

 夫・田中義三もアメリカ主導の偽ドル事件で捕らえられました。タイでアメリカのシークレットサービスの手によって、偽ドルに指紋をつけるという捏造によって捕まりました。よど号関係者が拉致問題に関わっているという言われなき証言によって陥れられていると感じています。イラクへの自衛隊派遣問題を含めて日本がおかしくなってきていると思います。夫・田中義三は本当に日本を愛する人なんです。私たちは何かと言えば「テロを起こす」とか「拉致実行犯」だとか言われ、困惑しております。

 私は24年間の北での生活、共和国での生活を後悔しておりません。日本人としてとても貴重な体験をしたと思っております。この共和国での体験は、これからのアジアの平和のために活かせると考えています。現在、日本のアジアに対する侵略戦争を問い直すことが求められています。戦後60年の平和と歴史の再検証を求めていこうと思っています。私はテロを起こす危険分子だと、拉致した人間だというふうに利用されていると感じます。

 傍聴席にいる皆さん、この裁判を最後まで見守ってください。よろしくお願い致します。

【裁判官】(敬称省きます)
小川正持(裁判長) 水上周 川尻恵理子 斉藤早苗(裁判書記官)
【検察官】
石井隆 遠藤伸子 大塚雄毅

*「よど号」ハイジャック事件 無限回廊さんより
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/yodo.htm

*'05 5/30 「よど号犯妻」第五回公判(判決)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/13665900.html
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2006年02月22日

'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(18)最終です

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 あおいのママのメモから、裁判の様子を再現しました。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。

*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html

*2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(17)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/13374785.html

続き

【検察官】
 1988年8月6日発令の「旅券返納命令」の件について田宮をどのように思いましたか?

【田中協子被告】
・田宮さんを悪く思うことはありませんでした。

【検察官】
 88年9月によど号犯妻たちは田宮から「旅券返納命令」を聞いたんですよね。その時、村であなたと一緒に聞いたのは誰ですか?

【田中協子被告】
・魚本(民子)さんが村にいました。
・赤木(金子恵美子)さんはその時に村にはいませんでした。海外から9月中旬頃に帰って来ていたようなので。

【検察官】
 魚本はどう言っていましたか?

【田中協子被告】
・旅券返納について「教えてくれなかった」「自分は審査請求しているのに」と言っていました。
・私は魚本さんに対して、この件について9月5日以降に「そうだったんだね」(旅券返納命令が出ていたと)二人で話した記憶があります。

【検察官】
 当時、魚本・赤木以外に村にいたのは誰ですか?

【田中協子被告】
・たしか若林(黒田佐喜子)さんと森順子さんです。
・小西(福井タカ子)さんはその時に日本に帰国していました。顛末書を出しています。

【検察官】
 小西はあなたと違って「旅券返納命令」を田宮から聞いたのではなく、赤木・魚本から知らされていますね。

【田中協子被告】
・それはわかりません。

【検察官】
 あなたは村で北朝鮮工作員と接触しましたか?

【田中協子被告】
・工作員と接触していません。
・このように思われるのは怒りの気持ちでいっぱいです。

【検察官】
 あなたは「旅券返納命令」が発令される前でも、返納する意思はなかったのではありませんか?

【田中協子被告】
・そんなことはありません。日本外務省に連絡して、事情を話して、そして自分が納得すれば返納しようと思っていました。
・私は日本が不利益になるような、公安上、法に反することは何もしていません。

【検察官】
 今回の日本への帰国は誰が決めたんですか?

【田中協子被告】
・それは自分です。それから「かりの会」が話し合って決めました。

*「かりの会」帰国支援センター
http://www.karihayuku.ecnet.jp/

【検察官】
 あなたは1982年(オランダのハイム)と87年(コペンハーゲン)に旅券を更新していますね。どうして違う場所で更新したのですか?意図的に変えたのですか?

【田中協子被告】
・意図的にではありません。コペンハーゲンでいいだろうと思っただけです。

【検察官】
 コペンハーゲンにした理由があったのではありませんか?

【田中協子被告】
・別にありません。

【検察官】
 あなたはユーゴスラビアでキム・ユーチョルとチェなる人物と会っています。これらは北朝鮮の工作員と思われますが、ユーゴスラビアはよど号犯たちの前線基地であったのではありませんか?

【田中協子被告】
・知りません。

【検察官】
 あなたはこの前線基地のユーゴスラビアで八尾恵と会ったことがありますね?

【田中協子被告】
・ありません。

【検察官】
 そうですか?高沢晧司氏の「宿命」によると「田中義三・水谷協子夫婦に民宿で会った」と書いてありますが。

【田中協子被告】
・会っていません。
・1980年5月韓国で起きた光州事件の際も村にいませんでした。フランスのパリにいました。八尾証言はまったくの嘘です。

*光州事件 ウィキペディア(Wikipedia)より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6

【検察官】
 あなたは本当にソンダンに行っている間に正確な日付を聞いていないのですか?

【田中協子被告】
・それは聞いたかもしれませんが・・・記憶にありません。

【検察官】
 これで答弁を終わります。

*「よど号」ハイジャック事件 無限回廊さんより
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/yodo.htm

【皆さんへ】
 第三回公判傍聴記録がやっと終わりました。(涙)時間がかかりまして申し訳ございませんでした。第四回・第五回公判のレポートは、なるべく早めに仕上げるようにしますので、しばらくお待ちくださいね。

 最後まで読んでくださって本当にありがとうございました〜!!
(*^^*)/~~
posted by あおいのママ at 00:38| 千葉 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | よど号犯妻公判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(17)

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 あおいのママのメモから、裁判の様子を少しずつ再現したいと思います。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。

*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html

*2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(16)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/13323012.html

続き

【検察官】
 それで「旅券返納命令」のニュースについて他のよど号犯妻はどのようにして知ったのですか?

【田中協子被告】
・金子(恵美子)さんはユーゴスラビアから、魚本(民子)さんはフランスから村に帰って来ていました。
・魚本さんは88年の8月29日か30日に田宮さんに会った後に聞いたようです。

【検察官】
 小西(福井)タカ子はあなたと違う証言をしています。あなたは「ソンダンから平壌に帰る途中、大雨で交通遮断となり帰れなかった」、しかし小西は別のことを言っています。「電車(汽車)が動かなくて帰省が延期になった」と。あなたの言っている「雨が降った」とは言っていません。これはどういうことですか?

【田中協子被告】
・大きく同じだと思っています・・・。

【検察官】
 そうですか?それで足止めを食って、「帰省が遅れる」という連絡を村にしたんですか?案内の人が連絡したんですか?

【田中協子被告】
・私たちは案内の人が「村に連絡を当然した」という認識です。

【検察官】
 8月20日から村に戻るまでに「連絡してある」と思っていたんですね?では20日過ぎ頃に田宮はもちろん足止めのことを知っていたんですね?

【田中協子被告】
・知っていたのでは、と思います。

【検察官】
 田宮からソンダンの宿舎に連絡はあったんですか?

【田中協子被告】
・別にありません。

【検察官】
 足止めを食らって村に戻れなかったのに?

【田中協子被告】
・汽車が不通となっていたので・・・。そういう判断で連絡がなかったのだと思います。

【検察官】
 あなたは北朝鮮からヨーロッパにまで行って、旅券の更新をしています。それなのに「旅券返納命令」のニュースを知りながら当の本人に連絡しなかったのは何故だと思いますか?緊急時ですよね?

【田中協子被告】
・(しばらく沈黙)・・・。
・状況が難しいと判断されたのではないでしょうか・・・。

【検察官】
 あなた方はすべてリーダーの田宮の決定に従うんですか?

【田中協子被告】
・私は旅券返納が期日より遅れるのが犯罪とは認識していませんでした。村の方でもそう考えたのではないでしょうか。

【検察官】
 それでソンダンから村に帰って来て、田宮から「旅券返納命令」の件をすぐに知らされたんですか?

【田中協子被告】
・私たちが村に帰って来てすぐには知らせてくれませんでした。それは田宮さんの奥さんの森(順子)さんがちょうど入院中だったので、後で知らせようとしたのではないでしょうか。

【検察官】
 そうですか?「旅券返納命令」ですよ。

【田中協子被告】
・田宮さんが「旅券返納命令」のニュースを聞いても、私たちが村に帰った8月29日か30日では、すぐに対応できないので仕方がなかったのではと思っています。

【検察官】
 当時あなたは田宮に対して「何故早く教えてくれなかったのか?」と思わなかったんですか?

【田中協子被告】
・思い出せません。

(18)に続く

*2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(18)最終です
http://aoinomama13.seesaa.net/article/13588379.html
posted by あおいのママ at 06:26| 千葉 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | よど号犯妻公判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(16)

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 あおいのママのメモから、裁判の様子を少しずつ再現したいと思います。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。

*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html

*2/24「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(15)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/13207176.html

続き

【検察官】
 あなたはソンダンの宿舎にラジオを持って行きましたか?

【田中協子被告】
・はい、持って行きました。
・私はいつも朝7時のニュースだけを聴いていました。

【検察官】
 何故、朝だけなのですか?

【田中協子被告】
・夕食後子どもを寝かしつけていたので、夜はラジオを聴いていません。

【検察官】
 あなた方がソンダンの宿舎に行った88年8月以前の5月に、日本でよど号犯仲間の柴田泰弘が逮捕されていますね。ですからその当時、日本の状況には深い関心があったのではありませんか?あなた方はラジオで情報を得ていたのでしょう?

【田中協子被告】
・それは・・・、救援の方たちが柴田さんを助けるために動いていましたから・・・。救援の方から連絡はありました。

【検察官】
 8月6日に「旅券返納命令が発令された」と午後9時のニュースで報道されています。その後ラジオで聴いていないのですか?

【田中協子被告】
・「旅券返納命令」のニュース・・・、ラジオで聴いていないと思います。

【検察官】
 ソンダンの宿舎でもラジオを聴いていたのでしょう?聴いていたのではありませんか?

【田中協子被告】
・それは、ラジオは聴こえましたけど、午後9時に聴いたりできるのは村でのことです。ソンダンの宿舎では受信状況が悪いんだと思います。ソンダンは平壌から18時間もかかる場所にありますから。

【検察官】
 では、平壌で夜「旅券返納命令」のニュースを聴いていたのではありませんか?

【田中協子被告】
・ラジオで聴いていません。
・夜は子どもを寝かしつけるんです。ラジオを聴く時間はありません。

【検察官】
 ソンダンでニュースが流れたかどうかわからないんですね?

【田中協子被告】
・さぁ?わかりません。

【検察官】
 新聞はいつ頃から読んでいましたか?また、それは何新聞ですか?複数ですか?

【田中協子被告】
・87年8月頃から村に日本の新聞が届けられるようになりました。「朝日新聞」「日経新聞」その他何社かありましたが、発売日から10日くらい遅れて届きました。

【検察官】
 ソンダンの宿舎に行く前の6月〜7月の夕刊で「旅券返納命令」についてのニュースが報道されていますが、あなたはソンダンに行く前に村で新聞を読んでいたんですね?

【田中協子被告】
・村で見ていたと思うんですけど・・・。

【検察官】
 当時、村に田宮高麿はいましたか?

【田中協子被告】
・いたと思います・・・。

【検察官】
 では田宮高麿は「旅券返納命令」のニュースを知っていたのではありませんか?10日後には村に新聞が届くのでしょう?

【田中協子被告】
・(沈黙)・・・それは田宮さんが「旅券返納命令」を知ったのは知人から「かんぽう」のコピーが送られてきて、それで知ったんです。知ったのは先の話です。

【検察官】
 先の話と言いますが、前回あなたは「田宮さんが知ったのは8月20日過ぎ頃ではないかと思う」と言いましたね?

【田中協子被告】
・それは、だいたいの推測の話です。新聞がいつ届いたのかわからなかったから・・・。
・実際はいつ田宮さんが知ったのかわかりません。

【検察官】
 当時「旅券返納命令」のニュースを知っていたら、あなたは異議申し立てをしましたか?

【田中協子被告】
・心情的には「したいな」とは思っていました。しかし「よど号妻」と世間に公表していなかったので・・・。

【検察官】
 「できなかったであろう」と言うことですか?

【田中協子被告】
・はい・・・。

(17)に続く

*2/24「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(17)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/13374785.html
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2006年02月12日

'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(15)

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 あおいのママのメモから、裁判の様子を少しずつ再現したいと思います。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。

*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html

*2/24「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(14)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/12518214.html

続き

【検察官】
 1988年8月6日に旅券返納命令が出ましたが、あなたはその時にソンダンという海水浴に行っていて知らなかったんですね?

【田中協子被告】
・はい、そうです。私たち家族はソンダンに行っていました。

【検察官】
 ソンダンの場所を教えてください。

【田中協子被告】
・場所は東海岸の元山(ウォンサン)から汽車で3時間くらいの所にあります。

【検察官】
 それではこちらに朝鮮半島と日本が載っている地図があります。ソンダンの場所を赤ペンで印してください。だいたいの場所でいいですから。

【田中協子被告】
・(動揺しているように見えました)・・・地図オンチなので正確な場所はわかりません。

【検察官】
 では、あなた方の泊まったソンダンの宿舎の予約は誰がしたのですか?

【田中協子被告】
・それは・・・、予約は田宮さんがしました。田宮さん経由で北の人に、そして最終的には政府関係者がしたと思います。

【検察官】
 あなた方家族以外に何人で行ったのですか?

【田中協子被告】
・黒田(若林佐喜子)さん、小西(福井タカ子)さんたちと一緒に行きました。よど号妻の子どもたち、当時生れていた子どもたちと合わせて15人くらいで行きました。

【検察官】
 このソンダンの宿舎には1988年8月以外にも行ったことがありますか?

【田中協子被告】
・はい、あります。

【検察官】
 宿泊料金はいくらですか?

【田中協子被告】
・聞いたことありません。

【検察官】
 宿舎には食堂がありますか?

【田中協子被告】
・(しばらく沈黙)・・・わかりません。

【検察官】
 その宿泊所はあなた方以外、どういう人たちが利用していましたか?

【田中協子被告】
・他の人たちがその時にいなかったので、それはわかりません。

【検察官】
 その宿泊所は、あなた方のような特別待遇の人たちだけが利用できるのですか?

【田中協子被告】
・そんなこと知りません。

【検察官】
 例えば緊急事態が起きた場合、その宿舎から村へ連絡できましたか?

【田中協子被告】
・わかりません。

【検察官】
 宿舎へ着いたとか、遅れたとか、そういった連絡の方法を教えてください。

【田中協子被告】
・案内の方が電話で連絡していたと思います。
・それは村の方で何か起きればの話です。

【検察官】
 88年以外にもソンダンに行ったと言いましたね。その時は村と連絡を取りましたか?

【田中協子被告】
・私たちは連絡をしたことはありません。一緒に行った仲間もないと思います。
・案内の方が急があれば何らかの方法で連絡を取ったのではないでしょうか。

(16)に続く

*2/24「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(16)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/13323012.html
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2006年01月30日

'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(14)

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 あおいのママのメモから、裁判の様子を少しずつ再現したいと思います。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。

*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html

*2/24「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(13)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/12488573.html

続き

【検察官】
 82年と87年に海外で旅券を更新したわけですが、そのパスポートの保管はどうしていたんですか?

【田中協子被告】
・水谷協子名義の時点では自分で保管していました。村に戻ってからは田宮さんが保管していました。

【検察官】
 他のよど号犯妻たちも出国していますが、それらを知っていますか?

【田中協子被告】
・いいえ、知りません。

【検察官】
 では、よど号犯妻たちは度々日本に複数回来ていますが、そのことは知っていますか?

【田中協子被告】
・知っています・・・。でもよく覚えていません。

【検察官】
 それは何のためにですか?何故度々なんですか?

【田中協子被告】
・それは、よど号のみんなの帰国のためにです。将来日本での地盤作りのためです。

【検察官】
 日本での、日本人獲得のためではありませんか?

【田中協子被告】
・知りません。

【検察官】
 八尾恵は証言で「有本恵子さんを北朝鮮に連れて行った」と言っています。そうではありませんか?

【田中協子被告】
・八尾さんがそのように言っているのは知っています。しかしそのような事実はありません。

【検察官】
 この写真を見てください。(西側情報機関に撮影されたデンマークコペンハーゲンの空港での写真)どうですか?

【田中協子被告】
・この写真は後で見たことがあります。しかし、北では見たことがありません。
・有本恵子さんに見覚えはありません。会ったこともありません。

【検察官】
 八尾証言によれば、83年7月に有本さんは安部公博とキム・ユーチョルに会って、そして北朝鮮に連れて行ったということですが、あなたは何も知らないんですか?聞いていないんですか?

【田中協子被告】
・聞いたことありません。

【検察官】
 あなたは有本さんの北朝鮮での教育係だったのではありませんか?

【田中協子被告】
・そのような事実はございません。

【検察官】
 有本恵子さんに対して、何か思うことはありませんか?

【田中協子被告】
・有本恵子さんは拉致被害者として非常にかわいそうだと思います。

*東京地裁で2002年3月12日に開かれた「赤木恵美子被告」の旅券法違反事件の公判で、「八尾恵証人」が証言した要旨などはこちらに載っています。
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3484
*有本恵子さん 電脳補完録さんより
http://trycomp.oc.to/jokyo/10.html

(15)に続く

*2/24「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(15)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/13207176.html
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'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(13)

100PENTX-IMGP0888_IMGP0888.JPG

 あおいのママのメモから、裁判の様子を少しずつ再現したいと思います。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。

*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html

*2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(12)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/11898105.html

続き

【検察官】
 北朝鮮の村であなたは、田宮高麿(たかまろ)に“戻ってきた理由”をどのように説明したのですか?

【田中協子被告】
・お話できませんでした・・・。

【検察官】
 1982年と87年にヨーロッパで旅券を更新していますね。北朝鮮から出国してヨーロッパで更新しています。その時小西(福井タカ子?)があなたに同行していますね?

【田中協子被告】
・そうでしたか?・・・わかりません。たぶんあの時アクシデント(自殺未遂?)があったので、心配して同行したんだと思います。
・まず北京かモスクワに行き、その後オランダに入国しました。

【検察官】
 旅券の更新のためにオランダまで行ったのですか?

【田中協子被告】
・はい。ヨーロッパで更新したかったからです。
・北→モスクワか北京→オランダに行きました。

【検察官】
 オランダで旅券更新することを決めたのは誰ですか?

【田中協子被告】
・それはもちろん私です。私が田宮さんに申し出ました。
・諸々のことはすべて仲間に任せました。

【検察官】
 田宮は海外に一緒に行かなかったんですか?

【田中協子被告】
・それはありません。

【検察官】
 旅券更新の際、他に何か予定はなかったんですか?

【田中協子被告】
・具体的な予定はありませんでした。

【検察官】
 あなたは82年に旅券を更新した時、書面に「数度にわたる海外旅行あり」と書いています。そしてその海外旅行先は「スペイン」とありました。八尾恵はスペインでよど号犯の妻たち(森順子・黒田佐喜子)が活動していたと言っています。そのことについてあなたはどう思いますか?

【田中協子被告】
・八尾さんがそう言っているのは知っています。

【検察官】
 この写真を見てください。(証拠の旅行写真を見せる)これは森順子(よりこ)と黒田(若林)佐喜子ですね?スペインのバルセロナの動物園で撮った写真です。

【田中協子被告】
・この写真のことはあとから聞きました。でも私はまったく関係がありません。

【検察官】
 あなたは82年にコペンハーゲンを経由しています。何か用事があったんですか?

【田中協子被告】
・色々と便宜を図ってもらうために寄ったのだと思います。

【検察官】
 森順子は83年にコペンハーゲンに行っていますね。彼女に会いましたか?

【田中協子被告】
・いいえ、会っていません。そのことは後で知りましたから。私はコペンハーゲンで会っていません。

【検察官】
 あなたは82年にウィーン(オーストリア)を出国した際、同行者はキムかチェのどちらかだと言いました。キム・ユーチョルに会いましたか?

【田中協子被告】
・会ったことはあります。

【検察官】
 会う連絡はどのようにして取っていたんですか?

【田中協子被告】
・「どこそこで会います」と田宮さん経由で連絡がきました。

【検察官】
 それでその時間に行った場所はどこですか?

【田中協子被告】
・それは・・・空港だったと思います。

【検察官】
 コペンハーゲンで会った外交官のチェやキム・ユーチョルは、海外で活動する北朝鮮工作員ではありませんか?

【田中協子被告】
・それは私にはわかりません。

【検察官】
 あなたは87年に北朝鮮を出国して、コペンハーゲンで旅券を更新しています。その手続きは誰がしたのですか?キムないしチェですか?

【田中協子被告】
・そうだと思います。

【検察官】
 これはキム・ユーチョルの写真です。(証拠の写真を見せる)本人ですか?どうですか?

【田中協子被告】
・似ていると思いますけど、はっきりはわかりません。その外交官と会ったとき、この写真のようにメガネをしていませんでしたから。

【検察官】
 キムは朝鮮労働党の人間ですか?

【田中協子被告】
・そんなことわかりません。

(14)に続く

*2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(14)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/12518214.html
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2006年01月19日

'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(12)

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 しばらくレポートをほったらかしにしてしまいましたが、また少しずつゆっくりと再開していきます。時間がかかるかもしれませんがお許しください。

*よど号事件、実行犯の14歳姪が北朝鮮から帰国
 電脳補完録さんより

http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4717

 あおいのママのメモから、裁判の様子を少しずつ再現したいと思います。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。

*'04 12/24 「よど号犯妻」第一回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3292611.html
*'05 1/27 「よど号犯妻」第二回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3337465.html
*'05 1/27 「よど号犯妻」第二回公判 傍聴記録
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3489719.html
*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*「よど号犯妻」第五回公判(判決)についてのお知らせです
http://aoinomama13.seesaa.net/article/4019948.html
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html

*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(11)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/11837026.html

続き

【検察官】
 あなたはフランスの病院に入院していたことがありましたね。それは自殺を図ったのではありませんか?

【田中協子被告】
・それは・・・答えられません・・・。

【検察官】
 自殺の原因は夫の田中義三ですか?

【田中協子被告】
・関係ありません。違います。

【検察官】
 入院していたことは事実ですよね?証明できますが?

【田中協子被告】
・この質問については答えません。

【検察官】
 あなたはその後日本に帰国しています。(1980年7月)夫や子どものいる北朝鮮に何故帰らなかったのですか?

【田中協子被告】
・(しばらく沈黙)・・・。
・フランス⇔北、日本⇔北、行ったり来たりしたいと思っていました・・、ビジネスで・・・。(しばらく沈黙)

【検察官】
 日本に行ったり来たりしなかったんですか?

【田中協子被告】
・(しばらく沈黙)・・・、フランスで・・考えたこと挫折したから・・・。

【検察官】
 それではあなたは家族のいる北朝鮮に戻らず、日本に戻る選択をした理由を言ってください。

【田中協子被告】
・それは・・・、(しばらく沈黙)・・・アクシデントがあったからです・・・。
・フランスでは語学に集中していました・・・。(かなり動揺していたようで、質問に対する答えがかみ合っていませんでした)

【検察官】
 日本では友だちに連絡しましたか?また、北朝鮮の村にはこのことを知らせましたか?

【田中協子被告】
・していません・・・。

【検察官】
 フランスの病院を退院して日本に帰国して、その後どこの病院に通ったんですか?

【田中協子被告】
・豊橋市民病院です。

【検察官】
 あなたは9月に日本を出国して、またフランスに行こうとしましたね。

【田中協子被告】
・はい。ウィーンで北の外交官に会いました。

【検察官】
 キムまたはチェですか?

【田中協子被告】
・ユーゴスラビアの北の外交官です。

【検察官】
 その外交官に会うのに、あなたはどうやって連絡をとったんですか?

【田中協子被告】
・電話をかけました。ユーゴスラビアに電話をかけました。

【検察官】
 その外交官はずっと同行したのですか?北朝鮮に戻るまで?

【田中協子被告】
・はい、ずっとです。

【検察官】
 その同行者は、他のよど号妻たちにもついていた同じ人物ですか?

【田中協子被告】
・たぶん・・・同じ人物だと思います・・・。

(13)に続く

*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(13)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/12488573.html
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2006年01月17日

'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(11)

100PENTX-IMGP0994_IMGP0994.JPG

 今夜“よど号をやっつけるバルタン星人さん”から連絡をいただいて、このニュースを知りました。しばらくレポートをほったらかしにしてしまいましたが、また少しずつゆっくりと再開していきます。時間がかかるかもしれませんがお許しください。

*よど号事件、実行犯の14歳姪が北朝鮮から帰国
 電脳補完録さんより

http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4717

 あおいのママのメモから、裁判の様子を少しずつ再現したいと思います。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。

*'04 12/24 「よど号犯妻」第一回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3292611.html
*'05 1/27 「よど号犯妻」第二回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3337465.html
*'05 1/27 「よど号犯妻」第二回公判 傍聴記録
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3489719.html
*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*「よど号犯妻」第五回公判(判決)についてのお知らせです
http://aoinomama13.seesaa.net/article/4019948.html
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html

*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(10)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/4716940.html

続き

【検察官】
 北朝鮮→ベオグラードへの出国方法を教えてください。

【田中協子被告】
・外交官に日本の旅券を預けていましたので、北を出国の時に旅券をもらいました。

【検察官】
 それは北朝鮮の旅券ですか?

【田中協子被告】
・そうだと思います。

【検察官】
 北朝鮮の旅券はいつ返してもらえるのですか?旅券を持っている人物は誰ですか?「キム・ユーチョル」か「チェ」ですか?

【田中協子被告】
・その質問に答えるつもりはありません。

【検察官】
 同行者はどこまで一緒でしたか?

【田中協子被告】
・ベオグラードまでです。

【検察官】
 チェ外交官ですか?

【田中協子被告】
・はい。ユーゴスラビアの外交官です。

【検察官】
 キム・ユーチョルと同じザグレブ外交官ですか?

【田中協子被告】
・それは知りません。

【検察官】
 フランスではラジオを携帯していましたか?

【田中協子被告】
・ラジオは携帯していません。ですから現地で買いました。

【検察官】
 そのラジオは短波放送は聞けましたか?

【田中協子被告】
・いいえ。短波は入っていません。海外で新たに買うことはありませんでした。

【検察官】
 ではあなたはフランスにいる間、日本の情報を入手しなくてよかったのですか?

【田中協子被告】
・どういう意味かわかりません。あまり詳しくは覚えていません。

【検察官】
 あなたはその間、フランスから北朝鮮の村との連絡はどうしていたのですか?

【田中協子被告】
・連絡はしていません。

【検察官】
 生れたばかりの子どもの対処はどうしたのですか?

【田中協子被告】
・仲間にすべてまかせています・・・。

【検察官】
 八尾恵は「フランスで短波放送のモールス信号で連絡をとった」と証言していますが?

【田中協子被告】
・そんなことしていません。

【検察官】
 フランスにはその当時日本人留学生がいたようですね。八尾と日本人を確認し合ったのではありませんか?

【田中協子被告】
・そんな事実はありません。

【検察官】
 あなたがフランスに行くことになった理由を教えてください。

【田中協子被告】
・よど号グループの経済的な理由です。地盤作りです。フランスでビジネスチャンスがあると思ったからです。
・そして私の家族に連絡をして、フランスにいることがわかれば安心してもらえるからです。

【検察官】
 '79年12月に八尾恵がフランスから出国しましたね。彼女のスペインでの活動を知っていますか?

【田中協子被告】
・知りません。

【検察官】
 八尾恵は「'83年にロンドンで有本さんと知り合った」と証言していますが、どうですか?

【田中協子被告】
・何も知りません。

*東京地裁で2002年3月12日に開かれた「赤木恵美子被告」の旅券法違反事件の公判で、「八尾恵証人」が証言した要旨などはこちらに載っています。
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3484

(12)に続く

*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(12)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/11898105.html
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2005年10月30日

よど号犯家族が帰国します

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 あおいのママは昨夜遅く、よど号をやっつけるバルタン星人さんから連絡をいただき、近くよど号犯家族が帰国するというニュースを知りました。

 昨年暮れから「よど号犯妻田中(水谷)協子」の裁判(東京地裁)に、救う会神奈川及びよど号犯妻による拉致被害者ご家族、そして支援者の皆さんと一緒に傍聴してきました。

 その時に、先に帰国している他のよど号犯妻やその子どもたち、その支援者たちも傍聴しており、今回のニュースで名前が出ている「山中幸男氏」とも何度も顔を合わせております。

 傍聴券を得るために東京地裁の外で並ぶのですが、彼らは割り込みなどを平気でしていました。嫌味を言ったら少し控えるようになりましたけど、そんな姿を目にしたりもしています。

 よど号犯妻たち子どもたちも、外見は今のファッション、若い子たちと何も変わらないファッションで、言われなきゃ「よど号犯の家族」なんてわかりません。子どもたちは今でも使命をおびて日本と北朝鮮を行き来しているとか。そういう人たちが日本国内で普通に生活をしています。歩いています。

 拉致被害者の皆さんは現在、どんなに日本を恋しく想っていても帰ることができません。そのような中、彼らは堂々と行き来しているのだというのです。とても許せることではありません!!

*1/15 第9回藤沢市民集会 松木信宏さん
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=60&no=97

 ヨーロッパから「石岡亨さん」と「松木薫さん」を拉致したと思われる若林(旧姓・黒田)佐喜子容疑者と森順子容疑者が近く帰国する予定だということですので、また近いうちに旅券法違反の裁判が始まると思います。

 旅券法違反では実質罰することができませんけど、少しでも彼らにプレッシャーになるように、私たちはこれからもブルーリボンを身につけて傍聴していこうと思っています。

*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html
*救う会神奈川のホームページ
http://www.geocities.jp/sukuukai/

 次回藤沢市民集会は、平成18年1月7日に「よど号拉致事件を考える市民集会」と銘打って開催されます。どうぞよろしくお願いいたします。

<よど号>家族の帰国再開へ 支援者が11月初め訪朝

 北朝鮮に滞在する日航機「よど号」乗っ取り事件メンバーが、家族の帰国を近く再開させる方針でいることが分かった。支援者が来月初めに訪朝し、メンバーらと日程などを打ち合わせる。今も残る家族は6人いるが、欧州での拉致事件への関与が指摘される妻2人も含まれている。警視庁は2人が帰国すれば旅券法違反容疑で逮捕し、拉致事件についても捜査を進める。

 家族の帰国は、昨年10月の田中義三服役囚(57)の妻以来となる。メンバーらは昨年暮れまでの段階では、家族を今年5月末ごろまでに順次帰国させる方針だった。昨年12月の横田めぐみさんの偽遺骨問題の発覚で悪化した日朝関係だが、来月3日に両政府間対話の開催が決まるなど改善の兆しが出てきたことが、帰国再開の背景にあるとみられる。

 訪朝するのは、これまで妻子の帰国を進めてきた支援団体「人道帰国の会」の山中幸男代表で、来月5〜8日に滞在する。家族は01年5月から22人が帰国した。残るのは乗っ取り事件メンバー4人と家族6人。

 このうち、80年に欧州で失跡した石岡亨さんと松木薫さん拉致事件への関与が疑われているのは、メンバーの若林盛亮容疑者(58)の妻の若林(旧姓・黒田)佐喜子容疑者(50)と、死亡した田宮高麿最高幹部の妻、森順子容疑者(52)=いずれも旅券法違反容疑で手配=だ。2人は、石岡さんらの失跡直前に一緒に行動していたことが分かっている。

 関係者によると、メンバーらは昨年末には、子供3人の後、黒田、森の両容疑者と、メンバーの赤木志郎容疑者(57)の妹の夫を帰国させる方針だったとされる。山中代表は「最近になってメンバーから家族の帰国準備のために来てほしいと連絡があった。年明けのなるべく早い時期に、まず子供1人を帰国させたい」と話している。

<解説>日朝対話と連動か

 日本と北朝鮮の政府間対話の開催に合わせた時期の「よど号」グループ帰国再開の動きには、北朝鮮の対日戦略が透けて見える。米国の「テロ支援国家」指定の根拠の一つであるメンバーの存在は、北朝鮮にとっては「重荷」だけでなく、「外交カード」としての側面もあるようだ。

 グループの帰国を巡って、北朝鮮がその姿勢を表明した例では、昨年7月の朝鮮中央通信の報道がある。メンバーから帰国への協力を求める手紙を受けた北朝鮮政府が「帰国には反対しない。日本政府とメンバーらが直接協議すべき問題」とし、北朝鮮とは直接的には無関係との見解を示したものだ。

 ただ、その後、横田めぐみさんの偽遺骨問題で日朝協議が滞ると、家族の帰国の動きが止まっただけでなく、メンバーの帰国準備のために今春訪朝予定だった弁護士にも「延期」通告があった。だが理由についての詳しい説明はなかったという。こうした状況から、メンバーらの動向は、やはり依然として北朝鮮当局の強い意向によると類推される。今回の動きも、時期からみて日朝政府間対話の再開と無関係ではないだろう。

 打ち合わせで訪朝する山中幸男氏は「これからの帰国がどうなるかは、日朝関係次第」と話している。北朝鮮は今後、メンバーらを何らかの形で日本や米国に対する「外交カード」として利用するものと考えられる。

(毎日新聞) - 10月30日3時4分更新
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2005年06月29日

'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(10)

100PENTX-IMGP0888_IMGP0888.JPG

 あおいのママのメモから、裁判の様子を少しずつ再現したいと思います。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。

*'05 1/27 「よど号犯妻」第二回公判 傍聴記録
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3489719.html
*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*「よど号犯妻」第五回公判(判決)についてのお知らせです
http://aoinomama13.seesaa.net/article/4019948.html
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html

*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(9)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/4463837.html

続き

【検察官】
 あなたは「フランスにビジネスチャンスがあると思って入国した」と言いましたが、フランス語はどの程度できたのですか?

【田中協子被告】
・私は北朝鮮でフランス語を少し勉強しましたので、日常会話程度ならしゃべれました。

【検察官】
 フランスでどのようなビジネスをするつもりだったのですか?

【田中協子被告】
・文学作品、童話や詩の翻訳です。また、絵画などの紹介などです。

【検察官】
 それであなたは本気でビジネスができると思っていたのですか?

【田中協子被告】
・たしかにすぐは無理だと、1〜2年はかかると思いました。

【検察官】
 あなたの生まれたばかりの長女の育児はどうしましたか?

【田中協子被告】
・夫の田中義三と仲間に任せました。
・そしてすぐにフランスでのスポンサーを探しました。

【検察官】
 スポンサーは見つかりましたか?

【田中協子被告】
・いいえ、具体的にはいませんでした。

【検察官】
 それでその後どうしたんですか?

【田中協子被告】
・私は語学をしっかりと習得しようと思いました。
・フランスの美術館などを周って勉強しました。

【検察官】
 あなたの帰国日程は決まっていたのですか?

【田中協子被告】
・いいえ、決まっていませんでした。

【検察官】
 ところで、このフランスでの生活費用はどうしていたのですか?

【田中協子被告】
・生活費用は日本から持参して来ました。自分のアルバイトで得たものと両親からの支援です。

【検察官】
 それで足りましたか?

【田中協子被告】
・たしか足りなくなりそうな時に、フランスのパリから手紙を出して、両親から仕送りしてもらった記憶があります。

【検察官】
 その仕送りの金額と、何ヶ月分送ってきたのかを教えてください。

【田中協子被告】
・覚えていません。

【検察官】
 だいたいでいいですから。

【田中協子被告】
・(しばらく沈黙)2〜3ヶ月くらい・・・。100万円以下だったと思います。

【検察官】
 その仕送りのお金の入手方法を教えてください。

【田中協子被告】
・郵便為替だったと思います。

【検察官】
 仕送りは、北朝鮮政府からの支給だったのではありませんか?

【田中協子被告】
・いいえ、違います。そのような北からの支給はありませんでした。

(11)に続く

*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(11)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/11837026.html
posted by あおいのママ at 16:55| 千葉 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | よど号犯妻公判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする