
*昨年春に東京・日比谷公会堂で行われた「拉致被害者全員の即時返還を求める国民大集会」での、拉致被害者 有本恵子さんの母・嘉代子さんの訴え要旨レポートです。(約13分間)聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。有本さんはこの日、腕を治療中とのことで三角巾をしていましたが、檀上にいる間は外していました。集会後にお聞きしたら「歳だからね、腕も痛くなるんですよ。明日やっと包帯が取れるんですよ」とおっしゃっていました。一日も早くこのような集会に参加しなくてもすむように祈ることしかできません。
【拉致被害者 有本恵子さんの母・嘉代子さん】
皆さん、こんにちは。(会場から「こんにちは」拍手)有本恵子の母でございます。本当にたくさんお出でくださいましてありがとうございます。
1988年に北海道の石岡亨さんのお宅へ北朝鮮から手紙がまいりまして、私どもの娘と、今ここにいらっしゃった斉藤さんの弟さんの松木薫さんとその石岡さんと「3人が故あって北朝鮮で今力を合わせて暮らしております」というような内容でした。
*北朝鮮から届いた手紙 石岡亨さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/61079614.html
そのことによって、1988年その時点から私たちはこの問題に取り組んでまいりました。それで色々とコンタクトを取ったんですけども、どこもつながらなくて、今お見えになっていました安倍総理のお父さんの安倍晋太郎さんの事務所だけがコンタクトが取れまして、「とにかくそれだったら手紙を持って一度来られますか?」いうことでおうかがいしたのがこの運動の始まりです。
その時に今もいらっしゃる飯塚さんという秘書の方が警察庁・外務省と付いて周ってくださったんですけれども、「まぁ国内のことならば何とかなるんですけれども、外国のことですから」ということで警察はダメでした。で、外務省も「国交がないですから」という一言でその場は終わりました。
そのことによって色々運動始めたんですけれども、家族会ができるまでの9年間というものはどこも取り合っていただけませんでした。だから本当に私ども、政治家の方はまったく存じ上げておりませんし、どうしたらいいのか分からないまま無我夢中で、皆さんご存知だと思いますけれど、一番最初に「北朝鮮と非常に太いパイプを持っている社会党いけばいいよ」って石岡さんのお母さんがおっしゃいましたので、即行ったんですけれども、何の返事もなく終わりました。
とにかく、どうしたらいいのか分からないまま9年間は本当に色んな所にまいりました。弁護士会にも行きました。もう外務省は何度も訪ねました。政治家の方とも接触したのですけれども、なかなか私たちが思うような動きは取れませんでした。
*有本さんが外務省に提出した請願書('95年3月10日)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/66839089.html
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