2007年11月04日

3/31 第16回藤沢市民集会 三野由美子さん(藤沢市議会議員)

三野由美子さん01.jpg

*写真はあおいのママの撮影です。(左から横田拓也さん、ジャーナリスト・惠谷治さん、北朝鮮難民救援基金理事長・加藤博さん、藤沢市議会議員・三野由美子さん)

*三野さんの挨拶要旨レポートです。(約5分間)聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者より掲載許可をいただいております)

【三野由美子さん・藤沢市議会議員】
 こんにちは。藤沢市議会議員の三野由美子と申します。ちょっと花粉症が喉にきてしまいお聞き苦しいかと思います。私は拉致問題について、まだ1期目なんですけれども、この4年間「何か地方議員の立場でできることはないだろうか」とずっと考えてまいりました。もちろんこういった集会に参加させていただいたり、本などで勉強させていただいたり、あとボランティアというかたちでそれはもちろんあると思うんですけれども、皆さまに信託をいただいた公職地方議員という立場で何かできることはないかと考えてまいりましたが、なかなかその答えが見つからないまま、まもなく1期目を終わろうとしております。

 ところが数ヶ月前にあるきっかけがございまして、「ああ、こういったことをしなければならない」と確信したことがございました。それはある初対面の方とお話をしておりました時に、雑談の中で拉致問題がどちらからともなく出てまいりました。で、その人は「まぁ拉致は問題なんだけれども、拉致した側にもそれなりに理由があるんだろう」と言うんですね。「何かあるのだろう。日本も悪いことばかりしていたから・・・」と言ってですね、私はちょっととんでもないと思いまして、「あの、あなたは横田めぐみさん始め被害者のご家族の方のお話を聞いたり、ご本を読んだりされたことはありますか?」と聞いたところ「それはない」ということだったのですが。

 「ないにしても、家族が突然さらわれて何十年も助けに行くこともできないという人にもし直接あった時に、『ああ、お気の毒だけど、それはある側にも理由があったから仕方ないよね』なんて直接言えますか?」って聞いたら、ハッとなさって、「ああ・・・」と黙ってしまわれて、最後別れる時には「済みませんでした」と「僕も勉強します」っておっしゃってくださったんですけれども。

 長年、日本のマスコミを始め日本の中の空気に、この方は悪気はなかったんでしょうが、何となくこのような空気が知らず知らずのうちに蔓延してしまっていたということが、今、家族の方々がこんなにも長い間苦しまなければならないことの原因なのではないか、と私はその時思いました。

 その後、それに先駆けてたまたま櫻井よしこさんから私たち地方議員に対するメッセージをいただきまして、その中に「これから私たちが何をしなければならないか」という答えがある、とやっと確信することができました。櫻井先生のお言葉を直接引用させていただきます。これは“地方から誇りある国づくりを”ということで、地方議員が30人弱集まって原稿を持ち寄って出した本なんですけれども、その中で「地方議員の人たちに期待すること」ということで、櫻井よしこさんがメッセージをくださっています。

 まずは「日本が直面している諸問題の根底には、歴史の勉強をしていないことがある」と語られた後、最後に「地方議員に期待することは、韓国に比べて歴史をまったく知らないという、自分の国の歴史を知らないということがある」知らないという日本の現状ですね。それに対して「大事な国民教育というものを力を合わせてやっていくような国にして欲しい」ということ、「国会議員の皆さんも頑張っていらっしゃいますが、国会議員よりもっと国民に近いところで政治に携わっている地方議員の皆さま方には日々の活動の中で、日々のスピーチの中で、日本国の足跡・歴史、私たちの先輩たち・祖先たちがどのような思いでこの国を築いてきたのか、ということを語り、次の世代に伝えていって欲しい。もしそれができなければ未来永劫この国はまともな国になることはないと思っております。」

 櫻井よしこさん、このように述べられております。私はこれ拉致問題も同じで、おそらく根底にある問題なのではないかと考えました。

 まもなく私も市民の皆さんからの審判をいただくわけですけれども、皆さまそれぞれのお住まいの場所で地方議員をお選びになると思うのですが、ぜひその時には、この国の問題を解決する、拉致問題を解決することを始め様々な問題の根底にある私たちの国がどのような国であるかということ、しっかりと認識していこうという気概を持った人を選んでいただきたい、と思います。

 私もそのような仲間を増やしていって、拉致の問題のように、被害者の方々・家族の方々がこんなに長く苦しまなくてもいいはずなのに、余りにも長い時間、こんなにも多くの方が苦しまなければならなかったこのような間違いを、これから正していかなければならないと考えます。

 ちょっと取り留めのない話になってしまいましたが、皆さんもぜひそういった目で地方議員を選んでいっていただきたいと思います。藤沢市議会議員の三野由美子でした。ありがとうございました。(大拍手)

*三野由美子藤沢市議会議員の公式ウェブサイト
http://y-mino.net/index.html
posted by あおいのママ at 12:12| 千葉 ???? | TrackBack(0) | '07 3/31 第16回藤沢市民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月30日

3/31 第16回藤沢市民集会 惠谷治さん(ジャーナリスト)

100PENTX-IMGP4495_IMGP4495.JPG

*写真はあおいのママの撮影です。(左から横田拓也さん、ジャーナリスト・惠谷治さん、北朝鮮難民救援基金理事長・加藤博さん)

*講演要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。講演は約23分間でした。(主催者より掲載許可をいただいております)

【惠谷治さん・ジャーナリスト】
 惠谷です。座らせて話をさせていただきます。今、加藤さんが指摘された内容と私の情勢認識が180度違いますけれど、お話したいと思います。

*3/31 第16回藤沢市民集会 加藤博さん(北朝鮮難民救援基金理事長)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/62372846.html

 この六者協議というものをどう考えるかという時にですね、実は六ヵ国協議が行われている間、私は韓国におりました。韓国の論調は加藤さんがお話されたのとまったく一緒です。「ブッシュは譲歩した、我々は勝利した」と韓国左翼政権、あるいは左翼マスコミはもう大騒ぎです。

 それでまず六者協議の合意に至るまでの経過を簡単にお話したいと思います。この合意に至る前提である2005年9月の六者協議の共同宣言、その直後にBDA、バンコ・デルタ・アジアのいわゆる制裁が始まりました。この制裁というのはどういうことかと言うと、「その銀行の口座に出入りする金が怪しい金である、ついてはそういう金を預かっている銀行は取り引き停止ということにするぞ」という懸念指定だったわけですね、この2005年9月の段階では。「懸念がある」というだけで取り引きが停止された。この停止はバンコ・デルタ・アジア自身が行ったわけで、アメリカはいわば脅したという状況です。

 しかし現実的にはもう口座取り引きができなくなって、北朝鮮は慌てたと。その数日前には「核の完全廃棄に合意する」というサインをしたにもかかわらず、アメリカがそういうことをしたので「六者協議には出ない」ということで、それから2006年7月にミサイル発射がありました。その少し前、2005年10月に警察庁・警視庁は科協・在日本朝鮮人科学技術協会というものをターゲットにガサ入れをやったと。これはいわば技術制裁と言いますか、「ミサイルあるいは核を開発させるその支援を科協がしている」ということで提訴をしました。

 ですから2005年の9月から10月にかけて日米が金融および技術で北朝鮮を追い込んだ。その回答が金正日は暮れに抵抗してミサイルを発射しました。このミサイルもテポドンは失敗してその他は成功、7発のうち6発が成功しました。この6発はすでに実践配備している朝鮮人民軍管轄のミサイルです。これはすべて成功というか通常に設計通り飛んだと。その中には日本をターゲットにしているノドンというものが含まれました。しかしアメリカに届くスカッド、アラスカに届くテポドン2号というのは失敗しました。

 そのミサイル発射によって日本独自の経済制裁を行ったと。で、アメリカに届くミサイルが失敗したがゆえに、金正日は次なる手を考えたのが地下核実験です。

 2005年の2月に北朝鮮は核保有宣言をして「我々は持っている」と口だけは言っていました。しかしミサイルがもし成功していれば、アメリカに届くミサイルができれば、その宣言で「アメリカに対するミサイル攻撃が可能になる」とこう大宣伝ができたはずです。そうするとアメリカの民主党の議員あたりは「やっぱり米朝に二国間協議をすべきだ」といったような論調が出たかも分かりませんが、とにかくテポドン2号は失敗しました。

 それで核実験はやったところがこれもまた見事に失敗しました。ある解説者が言っていましたが「核を持ってなくて、通常爆弾を大量に爆発させたんじゃないか」っていう程度の爆発力しか発揮できませんでしたが、これは間違いなく核実験でした。この核実験によって今度は国連制裁決議が行われています。

 とにかく北朝鮮はどんどん追い込まれていく。それ以前も大変な状況で皆さんもご存知の中で制裁が次々とかかっているのが現状です。そうした中で去年の12月に一度六者協議に復帰しましたが、結果的にこの2.13の六者協議の合意が出ました。これももっと一つ言えば、その間に11月のアメリカの中間選挙がありました。これによって共和党は負けて、ブッシュ大統領はある程度の転換を余儀なくされたことは事実です。

*第5回六者会合第3セッションの概要 外務省より
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/n_korea/6kaigo/6kaigo5_3g.html

続きを読む
posted by あおいのママ at 06:17| 千葉 | TrackBack(1) | '07 3/31 第16回藤沢市民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月25日

3/31 第16回藤沢市民集会 加藤博さん(北朝鮮難民救援基金理事長)

加藤博さん01.jpg

*写真はあおいのママの撮影です。(左から横田拓也さん、ジャーナリスト・惠谷治さん、北朝鮮難民救援基金理事長・加藤博さん)

*講演要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。講演は約20分間でした。(主催者より掲載許可をいただいております)

【加藤博さん・北朝鮮難民救援基金理事長】
 ご紹介いただきました北朝鮮難民救援基金の加藤でございます。(拍手)貴重な場を提供していただきました救う会神奈川に厚く御礼を申し上げます。

 今日はですね、普段と違って私は少々辛口な話をするかと思います。皆さんももうすでにご存知の通り、拉致問題を巡る状況は非常に容易ならざる状況だというふうに思います。それは先日の六者協議の中身を見てもわかる通り、アメリカが大きく変身をしました。これは身が変わるという意味でもありますし、気持ちが変わったという意味でもあります。この辺の事情については私よりもはるかに詳しい方がたくさんいらっしゃるかと思いますので詳しくは申しませんが、実際にはそのようになっていると思います。

 その典型的な例は“バンコ・デルタ・アジア”(BDA マカオの銀行)で、これは偽札のマネーロンダリングをした張本人なのですが、ここと取り引きをしたと。ここの資金、不法資金の凍結を解除しました。これは北朝鮮にとっては非常に大きなプラスですね。逆に言えばこれがあるために北朝鮮は息の根を止められそうになっていましたが、そういうことがあるにもかかわらずアメリカは直接六者協議のテーマである“核問題”とは関係のない“不正資金の問題”と取り引きをした、ということですね。

 これは全体的に今、北朝鮮の核問題やその他の人権問題を解決するための大きな制裁決議が、世界的な規模で行われようとしている制裁決議が、大きく綻んできたということだと思います。綻んだということは、これは昨年の12月の国連総会で北朝鮮に対する人権非難決議案が通りましたが、これは世界が合意して北朝鮮に対する制裁が始まった、という意味でした。

 しかしアメリカが六者協議の中で変身をしたことによって、これは非常に有名無実になりかねないという方向に大きく流れていると理解すべきだろうと思います。

続きを読む
posted by あおいのママ at 16:27| 千葉 ???? | TrackBack(0) | '07 3/31 第16回藤沢市民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月07日

3/31 第16回藤沢市民集会 川添友幸さん(救う会神奈川会長)

100PENTX-IMGP4491_IMGP4491.JPG

*写真はあおいのママの撮影です。(左から川添友幸さん、拉致被害者 横田めぐみさんの弟・拓也さん、ジャーナリスト・惠谷治さん)

*川添さんの挨拶要旨です。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。

【川添友幸さん・救う会神奈川会長】
 こちら藤沢での集会は半年ぶりですが、横浜の方で今年1月に神奈川県民集会をやりました。あれ以降に色々と動きがありまして、これはご存知の方もいると思うのですが、TBSの報道特集に福留貴美子さんの問題で私もちょっと出させていただきお話したという経緯がありました。

 実はちょっと福留さんの話で気になる告白がありまして、先週、平壌のよど号グループが報道機関の方に“福留さんに関する見解”とかいう文章を送りつけてきました。(*下記にあり)ちょっとまだ現物を見ていないのですが、その中に何かうちの会のことが書いてあったということで、ついによど号グループから名指しされてしまったかなという感じです。

 昨年6月にこちらで福留貴美子さん救出の集会をやりまして、皆さんに来ていただいたのですが、あの時でも会場の中によど号関係者がいたような様子で、あの時のやりとりが少し出てくるようですけど、よど号の連中から名指しされたことは光栄なことだと思っております。拉致問題解決のために我々も活動していきますので、皆さま、今後とも支援の方よろしくお願い致します。(大拍手)

*'06 6/3 福留貴美子さん拉致事件を考える集い
http://aoinomama13.seesaa.net/article/19002268.html
*'07 1/14 神奈川県民集会レポートについてのお知らせ
http://aoinomama13.seesaa.net/article/31479029.html

*平壌 かりの会からの見解は下記にあります。その中で指摘している報道特集やAERAの記事をテキストにしております。ご参考にしてください。
 ↓ ↓ ↓
*'06 11/12 TBS「報道特集」“拉致”なのか よど号犯の妻
http://aoinomama13.seesaa.net/article/27453995.html
*もう一つの拉致 福留事件の30年 〜「よど号犯」の妻になった24歳〜('07 1/15 AERAより)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/34173424.html
*よど号グループと北朝鮮 福留貴美子さんの軌跡
 ('07 1/15 AERAより)

http://aoinomama13.seesaa.net/article/35614172.html
*拉致問題で新事実 福留さんに北との接点 ('07 3/12 AERAより)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/36333834.html

続きを読む
posted by あおいのママ at 15:39| 千葉 ???? | TrackBack(0) | '07 3/31 第16回藤沢市民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月12日

3/31 第16回藤沢市民集会 横田拓也さん(拉致被害者横田めぐみさんの弟)

3.31藤沢市民集会01.jpg

*写真はあおいのママの撮影です。(左から横田拓也さん、ジャーナリスト・惠谷治さん、北朝鮮難民救援基金理事長・加藤博さん)

*講演要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。講演は約23分でした。(主催者よりレポート掲載の許可をいただいております)

【横田拓也さん・拉致被害者 横田めぐみさんの弟】
 皆さん、こんにちは。ただ今ご紹介いただきました、家族会、横田めぐみの弟であります横田拓也でございます。どうぞよろしくお願い致します。座らせてお話させていただきます。本当に日頃から私どもの拉致問題に関しまして、皆さま方の深いご理解と温かいご支援を賜りますこと、改めて御礼申し上げます。ありがとうございます。

 すでにご承知の通り、私の姉は13歳で日本から連れ去られました。1977年の11月です。当時、今もそうだと思いますけども、新潟の11月の夜というのは本当に海鳴りの音と風で空は真っ黒、雲が黒いといったような季節でありまして、小さい子が行くとすぐにでも逃げ出したいような真っ暗な地域であります。引越しをして数ヵ月後に姉は連れ去られました。中学校のバトミントンクラブから友だちと一緒に帰って、その下校途中に別れた後に無残にも連れ去られたわけであります。

 昨年の誕生日で42歳を迎えましたから、本当にもう30年間北朝鮮という食料も着る物も暖かい暖もない、そして一番問題なのは自由と明るい明日が保証されていない、まったく過酷な環境下で今日も生活を強いられていることであります。

続きを読む
posted by あおいのママ at 06:28| 千葉 ?J | TrackBack(0) | '07 3/31 第16回藤沢市民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月14日

3/31 第16回藤沢市民集会 特定失踪者ご家族の訴え(大澤茂樹さん 高野美幸さん 寺島さん)

100PENTX-IMGP4505_IMGP4505.JPG

*写真はすべてあおいのママの撮影です。(左から大澤茂樹さん、高野美幸さん・寺島さんご夫妻)

*講演要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者より掲載許可を得ております)

【特定失踪者 大澤孝司さんの兄・大澤茂樹さん】
 皆さん、こんにちは。ただ今ご紹介にあずかりました、私、今から33年前の2月24日に新潟県の佐渡島で北朝鮮国によって拉致された疑いが濃厚な特定失踪者大澤孝司の兄でございます。

(調査会公開リストより)
*特定失踪者 大澤孝司さん 昭和49(1974)年2月24日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=69&mode=search3

 本日このセミナーに、昭和51年7月30日に東京都の神津島で電気通信大学の旅行中に忽然と拉致された疑いが濃厚な高野清文さんのご家族と、それからもうひと方、昭和54年の8月10日、某銀行の親睦会で鎌倉の花火大会に参加し、その後同僚と別れ、帰宅途中に忽然と北朝鮮国によって拉致された疑いが濃厚な寺島佐津子さんのお父さんとお母さんも本日参加させていただいておりますので、簡単に自己紹介をさせていただきます。では高野さん、どうぞよろしくお願いします。

東京へ、帰せ!.jpg

*あおいのパパが都内地下鉄でポスターを見かけて撮影したものです。

【特定失踪者 高野清文さんの妹・高野美幸さん】
 今ご紹介にあずかりました、兄は調布市の電気通信大学の寮の旅行で、神津島から行方不明になりました。出身が長野県になります。そして今度東京都で、都内の関係の特定失踪者のポスターを作成していただきまして、会場内に「東京へ、帰せ!」のポスターを貼り出しています。そちらの方にも私の兄の名前が載っており、紹介されております。

(調査会公開リストより)
*特定失踪者 高野清文さん 昭和51(1976)年7月30日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=80&mode=search3

(この後のお母さんが事故に遭われた時のお話は省略させていただきます。詳しくは美幸さんのブログをお読みになってください。)
 ↓ ↓ ↓
*大した事無く、生きていて良かった。 美幸さんのブログより
http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/36422622.html

 私はまだこういう所で言えますけども、言えない家族がまだたくさんいます。本当に一刻も早く帰って来て、解決してほしいと思っております。(大拍手)

【特定失踪者 寺島佐津子さんのご両親】
 皆さん、こんにちは。私は皆さま方のすぐ隣の横浜・戸塚から参りました、寺島です。事件の概要は、今、大澤さんからご説明があった通り、昭和54年の8月10日、夜遅くに事件が発生したわけです。この会場の中の皆さま方には、もしかしたら事件当時の内容などはテレビ・新聞等でご記憶の方もおられるかと思いますが、あれから早いものでもう28年近く経ちました。

 私たちは何もできることなく、ただ悲しみに明け暮れておりましたが、皆さま方もご記憶の通り、5年前に新潟県の曽我さんが帰って来られまして、私たちも特定失踪者問題調査会の方へお世話になり、現在に至っているわけです。

 私たちは何もできませんので、関係者の方々または特定失踪者のご家族、皆さま方の力と温かいご支援が不可欠でございます。どうか一日も早い事件の解決を見るまで皆さま方の温かいご支援よろしくお願い致します。(大拍手)

(調査会公開リストより)
*特定失踪者 寺島佐津子さん 昭和54(1979)年8月10日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=228&mode=search3

100PENTX-IMGP4503_IMGP4503.JPG

【特定失踪者 大澤孝司さんの兄・大澤茂樹さん】
 ありがとうございました。後ほど特定失踪者問題調査会の代表であります荒木先生がご講演される予定となっております。まだ見えておりませんが、私たち、荒木先生のもとに5年間お世話になりました。

 それで私たちの方針・活動と致しましてこの5年間は、一刻も早い真相究明と一日も早い拉致被害者の救出を日本政府に訴えてまいりましたが、今までとして1回も取り合っていただいておりませんでした。ところが、皆さま方のご支援とお力によりまして、昨年の10月安倍新政権が誕生し、安倍政権の活動として「拉致問題を最優先最重要課題」として取り組んでいただき、今現在も日本政府には一生懸命に取り組んでいただいております。

 昨年の11月9日、私ども特定失踪者家族は初めて日本政府と接触することができ、塩崎官房長官と面会することができました。そこの席におきまして塩崎官房長官は「拉致事件、特定失踪者を含めてすべての拉致被害者を奪還するまではこの問題は終結しない」とはっきりと名言していただきました。今、巷では、また、評論家の先生方々から色んなご意見がありますが、私は今しばらく日本政府を信じてまいりたいと思っております。

 どうか皆さま方のお力で私どもの家族、特定失踪者を含めた拉致被害者が一刻も早く帰国できるよう、さらなる皆さま方のご支援とご協力をよろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)

*官房長官への要請については、調査会ニュース2006年11月のバックナンバー、427〜430をご覧になってください。
http://chosa-kai.jp/kakonews.html

 最後になりましたが、「しおかぜ」のお話をちょっとさせていただきます。

【特定失踪者 高野清文さんの妹・高野美幸さん】
 後ほど荒木代表から詳しいお話があるかもしれませんが、「しおかぜ」がこの3月26日から八俣のKDDIさんの通信所から、国内からの短波放送を総務省に許可をいただきまして放送が始まったのですが、29日の時点ですでに妨害電波が入ったというお話を先ほど(北朝鮮難民救援基金の)加藤先生からあったと思うんですけども、そういったことで色んな意味で大変な苦労を調査会にしていただいて、私たち家族、支えてきてもらってきています。

 そうした調査会の支援グッズも本日会場内で販売しております。署名活動の方もしております。カンパももちろん募っておりますので、どうか皆さまのご協力をお願いしたいと思います。(大拍手)

【特定失踪者 大澤孝司さんの兄・大澤茂樹さん】
 どうもありがとうございました。(大拍手)

*特定失踪者問題調査会
http://chosa-kai.jp/
*'07 3/31 第16回藤沢市民集会 荒木和博さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/43315700.html
posted by あおいのママ at 18:21| 千葉 ?J | TrackBack(0) | '07 3/31 第16回藤沢市民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月30日

3/31 第16回藤沢市民集会 荒木和博さん

100PENTX-IMGP4520_IMGP4520.JPG

*写真はすべてあおいのママの撮影です。(左から荒木和博さん、横田拓也さん、惠谷治さん、加藤博さん)

*講演要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。講演は約26分でした。

【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】
 特定失踪者問題調査会の荒木です。大変遅れて参りました。実は今日は東京都との境、埼玉県朝霞市で、陸上自衛隊の“中央即応集団”という部隊の編成完結式というのがございまして、ご招待を受けそちらに行って参りました。“中央即応集団”というのは、国際協力業務が今回自衛隊法の改正で本隊業務になり、それと各種のテロですとか緊急の事態に対応できるようにするための部隊でございます。

 それでその部隊、一番トップの人は今回、陸上自衛隊始まって以来50年で初めて“司令官”という肩書きになっております。“方面総監”“師団長”“余団長”とか、あるいは“駐屯地の指令”という肩書きなんですが、“司令官”という肩書きをしている部隊というのは今回これが初めてでございまして、この司令官っていうのはどういうものかというと、大成軍の長という事でございます。この部隊は外に出すための部隊、基本的には。後は外国からの特殊部隊ですとか、それらが入った時のための部隊でございまして、つまりこれは北朝鮮に拉致被害者を救出しに行く時には、この中央即応集団が動きその中の隷下(れいか)部隊が動く、という事で私としては一歩進んだという感じが致しております。

 すでにもう何人もの方がお話をされておりますので、おそらく私の話は重複するのではないかと思うのですが、今までやはり日本は常にやられっぱなしで参りました。専守防衛という、絶対にできるはずがない事を国の防衛の基本にしてやってきたおかげですべての事がおかしくなっていった、拉致問題はまさにその一つでございます。

 皆さん、陸上自衛隊は今全部で約15万人弱です。この陸上自衛隊の総力を挙げて海岸線を守るとするとどれくらいの人数かわかりますか?色んな計算の仕方があるんですが、ある計算の仕方では「青森県一つでお終い」っていうふうに言われます。

 この間、鹿児島県の南端にあります徳之島で集会がありまして、そちらに行って参りましたが、徳之島というのは周囲84キロの島です。行ってからふと単純計算をしてみましたけれども、84キロの島を周辺を例えば100メートル間隔で守ったとして840人要ります。これに交代要員とかを加えると、もし海岸を守ろうと思ったなら100メートルの間隔じゃ絶対できるはずはありません。もっと縮めなきゃいけないんですが、例えば100メートルで置いたとしても、おそらく後方支援まで入れたら数千人が必要であろうと。数千人の部隊を例えば九州より西を管轄している西部方面隊から抜き出して送るとですね、これで西部方面隊のほとんどの機能が停止します。こういう状態です。これはどういう事を意味しているのかと。つまり「日本という国は絶対に水際で守る事はできない」という事です。

続きを読む
posted by あおいのママ at 07:27| 千葉 ???? | TrackBack(0) | '07 3/31 第16回藤沢市民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月18日

3/31 藤沢でいただきました

 あおいのママとパパは3月31日、救う会神奈川主催の藤沢市民集会(藤沢産業センター)にボランティアスタッフとして参加しました。会場内は多くの皆さんでいっぱいになり、大変熱気が感じられました。(詳しい様子はできましたら後ほど・・・)

 私たちはいつものように書籍販売と署名活動担当でしたが、今回も何人かの方々から声をかけられまして、差し入れ等いただき感謝の気持ちでいっぱいです。皆さん、心づくしを本当にありがとうございました。その中の一部をご紹介したいと思います。

100PENTX-IMGP4533_IMGP4533.JPG

 写真はかわいい小鳩のかたちをした和三盆のお菓子です。「豆の香りを楽しみ、また、マメに楽しく過ごせるように」という願いが込められているお菓子ということです。すっきりとした甘さで、心や体の疲れを癒してくれました。

 いつも藤沢に来てくれるKさん。署名も必ず進んでしてくれる方です。毎回「ご家族・スタッフの皆さんへ」と差し入れしてくださいましてありがとうございます。おいしくいただきました。(^^)

100PENTX-IMGP4525_IMGP4525.JPG

 こちらはご夫婦で参加の方からいただいた葛餅です。「パパと食べてね」といつも何かとおいしいものを持って来てくださるお二人に感謝です。今回たくさんいただいたので、友人宅で一緒においしくいただきました。ありがとうございました。

 ボランティアをしていれば色んなことがあります。でもこんなふうにちょっとしたことでも人の優しさに触れることもあり、私たちは励まされたりしています。これからも何かとあるでしょうが、自分たちにできる支援を無理なく続けていきたいと思っております。

*'06 10/7 藤沢でいただきました
http://aoinomama13.seesaa.net/article/25112780.html
posted by あおいのママ at 15:57| 千葉 ???? | TrackBack(0) | '07 3/31 第16回藤沢市民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする