2007年09月03日

1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション「よど号グループと拉致」(7)斉藤文代さん

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*写真はあおいのママの撮影です。左より拉致被害者有本恵子さんの父・明弘さん、母・嘉代子さん、拉致被害者松木薫さんの姉・斉藤文代さん、人権活動家・三浦小太郎さんです。

*講演要旨レポートです。(パネルディスカッション最終です)聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者よりレポート掲載の許可をいただいております)

*1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション(6)村尾健兒さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/53744936.html

続き

【司会・川添友幸さん】
 最後に斉藤さんの方におうかがいしたいと思うんですが。昨年5月テレビ等で報道されたのですが、ノルウェーで人権国際会議、アメリカとか韓国のNGOが支援した会議がありまして、実は私と斉藤さんの二人でノルウェーに行き国連の人権大使の方とお会いして色々とお願いしたことがありました。

 そして昨年の2月に、実は斉藤さんがこちらにあります石岡さんの写真に写っている2人のよど号妻に対して刑事告発を警視庁の方へ行いました。私も同行しまして、あれからもうすぐ1年経つんですね。告発してもう1年ということ、ノルウェーの会議など、よど号実行犯に対してどういう思いであるかをよろしくお願い致します。

【斉藤文代さん・松木薫さんの姉】
 ノルウェーの方には川添さんと行かせていただいたんですが、私は英語もしゃべれませんし、ちょっと不安な気持ちで行きましたけれども、周りに日本からたくさん来ていらっしゃいまして色々助けていただき、また私がお話する場はありませんでしたけれども斎賀大使にお会いして、「拉致問題を取り上げて欲しい」というお願いを一生懸命致しました。

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posted by あおいのママ at 17:43| 千葉 ???? | TrackBack(0) | '07 1/14 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション「よど号グループと拉致」(6)村尾健兒さん(特定失踪者問題調査会専務理事)

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*写真はあおいのママの撮影です。左よりジャーナリスト・高沢晧司さん、特定失踪者問題調査会専務理事・村尾健兒さん、拉致被害者有本恵子さんの父・明弘さん、母・嘉代子さんです。

*講演要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者よりレポート掲載の許可をいただいております)

*1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション(5)有本嘉代子さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/50381924.html

続き

【司会・川添友幸さん】
 次に村尾さん、私からのお願いというのもどうかなぁと思うんですが、しおかぜのですね、よど号の拉致被害者に対する対応はどのようになさってますかということと、これは私の意見なんですが、何かよど号グループに呼びかけみたいなことをやってみたらどうかなぁと思うんですが。例えば彼らがですね、裁判の中で「ラジオをかなり聴いている」って話が出ていましたので、ぜひその辺お願い致します。

【特定失踪者問題調査会専務理事・村尾健兒さん】
 わかりました。そのよど号関連の拉致被害者と言いますか、全体に今460名我々のリストの中にはいらっしゃいまして、(よど号に)関連しているであろうかという方々が3〜4名程度です。先ほども有本さんのお母さんの話からしてもちょっとまだ少ないと言いますか、これは当然親族がいない人とか親族が届けられない状態とか、そういう人を狙って(拉致を)やっていたということも当然あるでしょうし、実際にまだ出したくても出せないでいる方もいらっしゃると思いますので。

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posted by あおいのママ at 10:09| 千葉 ???? | TrackBack(0) | '07 1/14 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月30日

1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション「よど号グループと拉致」(4)野村旗守さん

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*写真はあおいのママの撮影です。左より拉致被害者松木薫さんの姉・斉藤文代さん、人権活動家・三浦小太郎さん、ジャーナリスト・野村旗守さんです。

*講演要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者よりレポート掲載の許可をいただいております)

*1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション(3)有本明弘さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/53137996.html

続き

【司会・川添友幸さん】
 次は野村さん、よろしくお願い致します。その先ほどの話に出ていました社民党の関与の話とかですね、あと日教組の絡みの、日教組が拉致に絡んでいたのではないかという話を方々(ほうぼう)でちょっと聞くんですが、その辺の関与の何か具体的な話とか、あるいはよど号の妻たちの思想母体であったチュチェ研と拉致の関連等をですね、その辺でぜひよろしくお願い致します。

*1/14 神奈川県民集会 野村旗守さん(ジャーナリスト)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/42534496.html

【野村旗守さん・ジャーナリスト】
 えーと、具体的な話はありません。「日教組が関与していたんではないか?」という話、これ非常に重要な話でもあったので色々と私取材かけてみたんですけども、具体的に「あった」という話は一つもありません。ただ「あったのではないか?」という方々が方々(ほうぼう)にいらっしゃって、日教組のそばにいた人たちの中にもいたと。

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posted by あおいのママ at 20:00| 千葉 ???? | TrackBack(0) | '07 1/14 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月29日

1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション「よど号グループと拉致」(3)有本明弘さん

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*写真はあおいのママの撮影です。左よりジャーナリスト・高沢晧司さん、拉致被害者有本恵子さんの父・明弘さん、母・嘉代子さんです。

*講演要旨レポートです。日頃から関西弁を聞きなれていないため、おかしな表現になっているかもしれません。どうぞご了承ください。(主催者よりレポート掲載の許可をいただいております)

*1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション(2)高沢晧司さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/44941300.html

続き

【司会・川添友幸さん】
 次ですね、有本さんのお父さん。お聞きしたい点は、お母さんの方から多少先ほどお話がありましたが、拉致事件の当初'88年に手紙が届きますが、その時の社会党の対応とか、あるいはNHKの対応ですかね、その当時の部分の話と、まぁちょっとこれは相対的な意味になってしまうかもしれませんが、今の日本政府の対応、さっきお話があったと思うんですが、日本政府の今の対応とかですね、あるいはよど号の実行犯に対して何か思いがあればぜひよろしくお願い致します。

【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
 えーと、なんやったかな?(会場笑い)

【司会・川添友幸さん】
 申し訳ないです。えーと。

【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
 いっぺんに言うたかて、一つ一つ。

【司会・川添友幸さん】
 拉致事件の発覚当初の社会党の対応ですね。

【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
 はい、それね。まぁ家内が言うたように土井さんの事務所に行った。で、○○がおった。そいでまぁ「先生に会いたいんや」と。そしたら「連絡します」と。「先生はずっと東京におって、こっちにはたまにしか帰って来ませんので、そなら伝えておきます」とそれで終わってしまった。

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posted by あおいのママ at 13:22| 千葉 ?J | TrackBack(0) | '07 1/14 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月05日

1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション「よど号グループと拉致」(5)有本嘉代子さん

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*写真はあおいのママの撮影です。左より特定失踪者問題調査会専務理事・村尾健兒さん、拉致被害者有本恵子さんの父・明弘さん、母・嘉代子さん、拉致被害者松木薫さんの姉・斉藤文代さんです。

*講演要旨レポートです。(レポートの順番は前後します)聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者よりレポート掲載の許可をいただいております)

*1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション(4)野村旗守さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/53296563.html

続き

【司会・川添友幸さん】
 次は有本さんのお母さん、ちょっと2点おうかがいしたいんですが。以前にNHKの番組でですね、よど号と拉致という番組がありまして、あの中で直接北朝鮮のよど号グループに電話をかけ、有本さんのお母さんとよど号のメンバーがやりとりをして、非常に話にならないような場面を見たんですが、あの時の話とですね、八尾恵さんの証言によって有本さんの拉致が認定になったんですが、その辺に関して八尾さんに対する何か思いみたいなものとか、あるいは他のメンバーたちに対して、今日もしかするとよど号の関係者の方が来られているかもしれませんので、ぜひその辺言っていただければと思います。よろしくお願い致します。

【有本嘉代子さん・有本恵子さんの母】
 あの(NHKの)取材の場でね、ホテルだったと思うんですけれども、富山から来られて、「北朝鮮に一度渡ったことがある」っていうよど号の方と懇意の人がいらっしゃいまして、「今日あたりだったらたぶんいらっしゃるんじゃないかなぁ」と。

 始めは赤木(恵美子)って人と話すつもりはなかったんですけどもね。その時メンバーのリーダーが小西(隆裕)さんですから「小西さんだったら話を聞いてもらえるよにしたろか」って言うて電話したところが、電話口に出たのは「赤木さん」って。つなぎで私が「有本恵子の母ですけれど」言うたらものすごく怒ってでした。「失礼な」って言われたんです。失礼な言うことは一言だけでした。何が失礼だったのかな?と思ったんですけれども。もうものも言う気もなかったので、私はそこでこの人に何も聞こうという気もなかったので、取材の方は何かを期待していたのかわからないんですけれども、そこでもう(電話を)切りました。

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posted by あおいのママ at 16:54| 千葉 ???? | TrackBack(0) | '07 1/14 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月15日

1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション「よど号グループと拉致」(2)高沢晧司さん

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*写真は福留貴美子さんの母・信子さん(故)が娘さんの生存を信じ、帰国したら娘・孫娘等と共に暮らすつもりで用意していた家です。(現在は空き家)今年4月28日、よど号グループに真相を究明する会が高知で撮影しました。

*講演要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者よりレポート掲載の許可をいただいております)

*1/14 神奈川県民集会
パネルディスカッション(1)三浦小太郎さん

http://aoinomama13.seesaa.net/article/44885986.html

続き

【司会・川添友幸さん】
 次は高沢晧司さんにおうかがいしたいと思います。高沢さんに関して私自身やはり“宿命”を98年に読みまして、当時、もう10年前になるんですが、そちらの方にも写真がありますが、福留貴美子さんとか見ましてですね、こんなかわいそうな人もいるんだなぁと思って、10年後まさか自分が救援活動をするとは思わなかったんですが。

 その高沢さんにちょっとおうかがいしたいと思ったのは、北朝鮮が4人(有本恵子さん・石岡亨さん・松木薫さん・福留貴美子さん)の「よど号グループによる拉致被害者は死亡した」というようなことを実際にも言っておりますが、例えば松木さんに関しては遺骨まで出してきております。その辺の、もちろん偽遺骨と政府は鑑定していますが、その4人が亡くなったということに関して高沢さんはどうお考えになられておられるかということと、そのよど号のメンバーと95年ぐらいまで高沢さんはお付き合いがあった、という点がありますので、メンバーから拉致被害者のことを何か聞いている部分があればという話。

 それともう1点。先ほどの野村旗守さんの話ともちょっと関連してくるんですが、旧社会党が拉致にからめたんではないか、というお話が出ておりますので、今私の言ったその意見に関してわかる範囲で教えていただければ幸いです。

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*写真はあおいのママの撮影です。

【高沢晧司さん・ジャーナリスト】
 1995年春にリーダーの田宮高麿が死ぬまで、田宮とちょっと僕は拉致被害者のことで、っていうのはつまりよど号ですけども、よど号が向こう(北朝鮮)に連れて行った人間を日本に「返す」「返さない」っていうことでだいぶ議論をしていたんですね。それで、その時に田宮は「どんなことがあっても必ず返すから」っていうふうな約束をしたんですよ。それで要するに石岡さんと松木さんに関しては「必ず返すからそのように家族に伝えてくれ」っていうふうに名言したんですよ。で、「家族と会ってくれ」っていうふうに。

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posted by あおいのママ at 18:08| 千葉 ???? | TrackBack(0) | '07 1/14 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション「よど号グループと拉致」(1)三浦小太郎さん

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*写真はすべてあおいのママの撮影です。

*1/14 神奈川県民集会 三浦小太郎さん(人権活動家)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/41663264.html

*パネルディスカッションの要旨レポートです。一部聞き取りが難しい状態ですので、これからのレポートはできる範囲で作成致します。また、当日のお話の順番通りにはできないかもしれません。それから聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。

【司会・川添友幸さん】
 これからパネルディスカッション「よど号グループと拉致」を始めたいと思います。先ほど講演されました6人の方とですね、“宿命”という本でよど号グループの拉致を暴かれて、福留貴美子さんの拉致問題を発掘されたジャーナリストの高沢晧司さんに今日特別に来ていただきましたので、高沢さんにも加わってもらいながらパネルディスカッションを進めていきたいと思っております。やり方として、私の方から講演者の方にちょっとお話を聞いて答えていただく、というような感じを考えておりますのでよろしくお願い致します。

 まず、三浦さんにおうかがいしたいと思います。よど号の拉致とは少し離れるかもしれないんですが、拉致被害者の救援のためにですね、やはりその色々な方法が必要ではないかと。先ほど萩原遼さんの話の中にも北朝鮮難民の救援の必要性という話がありました。北朝鮮難民の救援の必要性と、昨年6月に成立しました北朝鮮人権法に対して一部まだ反対する動きがあるという話を、特に保守系の反対があるとちょっとうかがいましたので、その辺をわかる範囲でお答えいただければと思いますので、よろしくお願い致します。

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【三浦小太郎さん・人権活動家】
 まずですね、北朝鮮難民に関して非常に間違った誤解がある、という気がしますのでちょっと訂正しておきます。「北朝鮮が崩壊したら大量の難民が日本に押し寄せて来るんじゃないか」とそういうふうにまずお考えの方いらっしゃると思うんですが、その可能性は非常に低いです。まず船がないですよ。

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posted by あおいのママ at 04:21| 千葉 ?J | TrackBack(0) | '07 1/14 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月22日

1/14 神奈川県民集会 野村旗守さん(ジャーナリスト)

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*写真はあおいのママの撮影です。

*1/14 神奈川県民集会レポートについてのお知らせ
http://aoinomama13.seesaa.net/article/31479029.html

*講演要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者よりレポートの許可をいただいております)

【野村旗守さん・ジャーナリスト】
 ・・チュチェ研という組織に関して話してくれと言われまして、それで今回、社会党あるいはチュチェ研といった組織がこの拉致問題にどういうふうに関わってきたのか?そういったもの等お話したいと思っています。

 日本と北朝鮮の関係で、国交がない中で、1990年に自民党を中心とした自民党と社会党の金丸訪朝団が訪朝するまでは、ほとんど傍流のルートで交渉していたのですが、その金丸が訪朝するまでの間に3つの大きな山場がありました。その第一回目が1972年に美濃部東京都知事がまず訪朝し、その後、日朝議連というのができました。中心になったのが自民党の久野忠治という議員です。それから三番目として社会党と朝鮮労働党の関係。この3つの大きな山場があります。そして90年の金丸訪朝団という事で、日本と北朝鮮の関係が劇的に変化する90年代を迎える事になりました。

 じゃあ北朝鮮と社会党はどういう関係にあったのか?という事ですが、こちらに来ていらっしゃる方は非常に拉致問題に関心のある方ばかりだと思いますので、もうほとんどの方が読まれたと思いますけれども、おそらくまだ読んでいない方も中にはいらっしゃるだろうし、結構前の話なのでもう忘れた方もいらっしゃると思います。2002年9月に第1回小泉訪朝があり、その後1ヶ月経って拉致被害者5人が帰って来た、その直後にですね、マスコミ各社に差出人のイニシャルがK.Oとだけ書いてある投書が届いたんですね。どういった投書か、最初から長くなりますけど全文読ませていただきます。ここでアルファベットになっているのは、編集部の方で「ちょっとそのまま出したらまずい」という配慮でアルファベットに置き換えたものです。

 X党には旧Y党時代、朝鮮労働党との友党関係を分掌する共和国連絡部という党の、公式組織図や正史には表れない部署があった。私は青年期にそこで勤務していたが、所属していたのは人材提供班である。人員は主にY党の青年組織から、大学で朝鮮語を専攻した学生が選ばれた。

 共和国連絡部は表向きZ党との緊密な連絡調整を業務としてきたが、最も神経を使った仕事は情報・資金・人材の3つの提供業務だった。このうち情報提供班は、日本政府の内部資料、自民党や日本共産党の党内情報をZ党に送達し、資金提供班は文字通りY党が集金した政治資金をZ党に送金するのを日常業務としていた。

 これら2班については、人材班に所属していた私には詳細はわからないが、我々人材班が実行したのは、拉致対象者の選定作業だった。わかりやすく言えば、朝鮮民主主義人民共和国の工作員が拉致しやすい、または拉致しても差し支えない日本人を、定期的にZ党に報告する仕事だった。工作員も極秘かつ速やかに日本人を拉致するためには、我々の持つ正確な情報がどうしても必要だったのである。

 当時はもちろん拉致と言う者は誰もいなかったし、むしろZ党への正当な協力(提供)業務の一環と信じていたから罪悪感はなかった。というのも、Y党本部から絶えず『いずれ金日成主席が朝鮮半島を統一して正当な社会主義国家を樹立する。この業務はそのとき神聖な協力活動として、日朝両国から高く評価されるのは疑う余地がない』と指導されてきたからである。

 さて、対象者の選定は次の5つだった。“知り合いに代議士がいないこと”“知り合いに警察関係者がいないこと”“知り合いに外国人がいないこと”“地域の名士の関係者でないこと”“格闘技経験のないこと”、これらは総じて「提供5原則」と呼ばれ、各地の人材班はこれに基づいてあらゆる手段を尽くして適任者を探し、Z党へ報告したのである。

 代議士・警察・外国人・名士を知り合いに持つ者を避けたのは、後々大きな騒動になるのを極力防止するためである。また格闘技経験者を除いたのは、できるだけ容易に誘拐できるように講じられた基準であり、選定にあたっては厳格を極めた。見るがいい、拉致被害者がいずれもこの5原則に合致した家庭であるのはその証左である。

 1970年代に多忙を極めた人材班も、1986年には党本部のまったく一方的な命令で解散した。この時、解散理由に納得できなかった我々にT議員などは、盛んに『発展的解消』という言葉を連発して、強引に幕引きを行ったのである。

 以上の事実を、私は終生秘密にして墓場まで持って行くつもりだったが、二度と日本の土を踏むことはあるまいと思っていた拉致被害者の帰国報道を見るたびに、非常に胸が痛む。同時に自分このまま永眠することなど決して許されないと、呵責や葛藤に苦しむ毎日が続く中で、少しでも救われたいと思い告発するものである。

 日付けは11月15日になっています。ここで「発展的解消」と言ったT議員というのは、金丸信を北朝鮮に連れて行った社会党の田辺誠です。という事は当然ながら最初のX党というのは社民党、旧Y党というのは旧社会党の事ですね。で、Z党は朝鮮労働党という事になります。要するに社会党という70年代、80年代通じて長らく日本の野党第一党を続け、一時は政権まで奪取したその政党の中に北朝鮮に協力する部門があった、という事です。

 ただ「これは果たして本物なのか?」「一体、誰が出したんだ?」という事ですが、大体本人の特定もできて、K.Oという人物は「ほとんどあいつだ」と、社会党関係者に聞くと「大体もうあれしかいない」とわかっているのですが、「本人が書いたものじゃない、誰かがその本人を落とし入れるために書いたものだろう」とも言われています。ただ何にしろ、差出人もわからない、そういう事で結局うやむやになってしまった、まぁ事件と言えば事件ですね。

 特にこの社会党の関わり、それからチュチェ研という組織ですけれども、拉致問題に関しても相当の事がわかってきております。例えば北朝鮮の在日組織である朝鮮総連というのがありますけども、これなんかも内部告発等によってかなりその実態がわかってきました。それから、北朝鮮を支配している金正日が手足として使っているのは朝鮮労働党という党組織ですよね。この党組織がすべてであとはもうどうでもいい、人民はどうでもいいわけであって、この党を使って国を動かすというわけです。この党の長く延びている末端のフラクションが日本に居座って、そのフラクションというのは朝鮮総連の中にある学習組という組織ですが、この組織を使って色々と対日というか在日というか日本の中での工作を行っていた、という現実があります。

 それとは別に、学習組の別動隊としてチュチェ研という組織がありますが、これは公安関係者の中の一部では非常に注目されていた組織ですけれども、結局実態はわからないという事です。公安の内部でも一時はチュチェ研を解明する組織があったらしいのですが、何て言いますか、田辺議員の「発展的解消」でちょっとわからなくなってしまい、結局「危険性はないだろう」という事で、一時棚上げにされたそうです。

 ただこの投書によって、やっぱりこのチュチェ研がかなり日本の中で対日工作の重要な役割を行っていたんじゃないかと思われます。その重要な役割というのは、例えばさっきも三浦さんの話に出てきました作家の小田実とか、あるいは美濃部知事とか、そういった議会・社会党工作といったところです。

 チュチェ研という組織が見つからないのは、彼らが表立って拉致だとかそういった荒っぽい行動をしないという事もあります。チュチェ研が何をやっていたかというと思想工作ですね。彼らがやっていた中で一番重要なのは思想工作。日本には思想・信仰の自由は憲法で保障されていますから、どんな思想を持とうとどんな信仰を持とうとそれは自由であって、それほど実際は咎めることはできません。そういった中でこのチュチェ研がどこに浸透していったのでしょう?まず大きいのが*アカデミズムの世界ですよね。学所の中では相当このチュチェ研に侵されてしまった人たちがいます。

*アカデミズム【academism】
1、大学などでの、理論を重視し、学問・芸術の純粋性・正統性を守ろうとする立場。ジャーナリズムに対比して用いられることがある。2、学問・芸術の、保守的、形式主義的傾向。官学風。

 この“チュチェ”というのは、北朝鮮の国を治める根本原理と言われている主体思想です。この主体思想というのを説明すると長くなりますから説明はしませんが、とにかく金日成・金正日親子が国の中を上手く治めるために都合のいい思想という事だけ言っておきます。この思想を日本に広める組織というのが、まずこのアカデミズムの学所の中の世界にできました。それからもう一つは教育界。非常に最も強力に浸透したのが教育界であります。その中でどういう系列で入っていったかというと、日教組の組織ですね。日教組の組織を使って、これが深く深く学校の生徒の間にまで浸透していったという事実があって、これを裏付ける証拠もあります。

 北朝鮮の平壌に行くと“主体思想塔”という、何か訳のわからないコンクリートでできた石の高い塔があります。で、上に火が燃えているような赤い提灯みたいなのがついていてですね、何か非常に不気味な塔なんですけど。その塔は一体、何を意味するのかまったくわかりませんが、とにかく高い塔があって、それが主体思想のシンボルらしいんですね。そこの下に、主体思想塔を建てるために寄付してくれた団体、あるいは個人の名前が、アーチみたいな形をしたプレートにたくさん刻まれています。

 ほとんど朝鮮語なので普通の日本人にはわからないのですけど、時々その中に日本語のプレートがちょこちょこあるんです。それを見るとですね、例えば群馬県教職員チュチェ思想研究会とか、神奈川県チュチェ思想研究会・神奈川県教育委員会チュチェ思想研究会とか、そういったような名前があります。あるいは何とか市議、横浜市議。チュチェ思想研究会があったかどうかはちょっと覚えていませんけれども、そういった各地の日教組支部のチュチェ研組織が相当寄付をしてその塔を建てたという事がわかります。雑誌「世界」にも確か編集長か何か名前もあったような気がしましたけれども。

 そんなような事でだいぶ朝鮮労働党に献金をしていて、そのチュチェ思想・主体思想塔という何のためにあるのか、我々から見るとまったくわからない塔が建っていて、その建造物を建てるのに日本の教職員団体が一生懸命支援をしたという、これは紛れもない証拠もありますから紛れもない事実で、色んな所で写真なんかも撮られているので、もしかしたら目にした事ある方もいらっしゃるかと思いますが。

 そういう思想が、教員・教師という媒介を通じて70年代・80年代、一部の学校の生徒にまで染み渡っていたという許しがたい事実があります。しかしさすがにですね、いかに教育界・日教組が北朝鮮に汚染されていたとはいえ、日本の生徒も馬鹿じゃないので、それを受け入れて向こうにかぶれちゃう生徒はそうはいなかったでしょうが、今から思えばそれは大変喜ばしい事であったんですけどね。ただ先生の中にはかぶれてちょっといっちゃった人たちも若干いました。

 そういう中で、先ほど読んだあの投書ですね、社会党関係者の間を回って取材すると「あの投書はかなり正確だよ」という事を一応言うんですよね。私、今ちょっと書いてある本の関係で、社会党と北朝鮮の関係を取材し直しているんですけども、社会党OBの話を聞くと「あの投書、あれ自体の内容はかなりと言うか、非常に正確。これ、K.Oという人が書いたとは思えないけれども、とにかくそのごく近くにいた人が書いたものに違いない」と言うんですね。

 共和国連絡部という北朝鮮の手先となった社会党の中の機関で、K.Oのそばにいた人が社会党の中に入り込み、社会党の中にある共和国連絡部という組織を操っていたという。で、その共和国連絡部に一体誰が指示を与えていたのか?これは「朝鮮総連」と言われているんですが、どうもこれは朝鮮総連ではなくて「チュチェ研という組織ではないか?」というふうに最近では見られています。

 このチュチェ研という組織ですけども、日本に広めたのは尾上健一という人で、この方は非常に謎に包まれた人物ですがまだ日本に暮らしています。東京にいて出版社の経営をしたり、そういった事をしながらチュチェ研という組織を束ねています。かなりお金持ちで、だいぶいい生活をしているようなんですけども、ただその生活実態については謎に包まれていて、これから本当に我々がやっていかなきゃならない仕事でもありますが、ちょっとまだ切りきりでなかなか進んでいないのですが。チュチェ研の実態をもうちょっと明らかにしていきたいと、今現在私の方で思っているところです。

 この尾上という人物ですけども、元々学生運動をやっていて、新左翼のつながりで中核派という組織に所属していたんですが、そこを辞めて、非常に働きが良いというので北朝鮮の方にスカウトされた、という事です。一時期、その中核派の方から送り回されていた、という話も聞こえています。それでこの人ですね、よど号の妻たちが何人か戻って来た時に、経営する出版社を警視庁の公安部がガサ入れした事があって、その時に金庫の中から朝鮮労働党から贈られた勲章が山のように出てきたそうなんです。おそらく日本人でこれだけ勲章をもらった人間は他にいないだろう、と言われているぐらい出てきたと。そうなると、そのチュチェ研のから指示を得て社会党の中で動いていたグループですね、このグループは同じようなムジナだろうと思われます。

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 それで、その思想工作以外に何かをやっていたか?と。ここから先はちょっと想像の世界になってしまいますけども、おそらく考えられるのは、彼らが仕事としてやっていたのはあれですね、拉致被害者の選定。この拉致というのも周到に仕組まれてきた犯罪で、なかなか発覚しなかったっていうのは、先ほど有本さんおっしゃられたように、もちろん日本のマスコミが報じなかったとか外務省が動かなかったというそういう事もありますけれども、なかなかこう具体的な証拠がつかめなかったからという事もあります。というのは、最初から証拠がつかまれないように周到に用意された犯罪だったから、という事が言えると思うんですけれども、見つかりにくい人物を捕らえてさらって行ったと。最初から「この人だったら怪しまれないだろう」というような人たちをさらって行ったから。

 おそらくですね、今あの拉致被害者として浮上している方々のケース、有本恵子さんですとか横田めぐみさんですとか蓮池さんですとかそういった方たちは、どちらかというと目立つ存在、発覚しやすい存在だったから発覚してきたと。まだ特定失踪者300人とか400人とか、あるいは500人以上とも言われていますけど、この人たちの名前がなかなか出てこないのは、この人たちはハッキリ言って表に出づらい人たちだからです。

 例えばこれは、シン・ガンスという実行犯が捕まったものだから名前が出てきましたけど原敕晁さん、この方は孤児院で育って両親もいない、親戚もいない。あるいは小住建蔵さんという山谷にいた身寄りのない人。そういった人たちがまだ無数にいるはずなんですよね。この人たちがなかなか出てこないのは、先に「こいつだったらさらって行ってもわからないだろう」という人たちを中心にさらって行ったからです。

 今、名前が出ている有本さんたちはわかりやすい人たちだから見つかっただけであって、おそらく他のわかりにくい人たちっていうのはまだ無数にいて、最初からわかりにくい人たちを拉致してきた。そのわかりにくい人たちを拉致するのが可能だったのは、それを調査する組織があったからじゃないかと思います。

 このチュチェ研っていう組織が主に入り込んだのはどこか?官公労(日本官公庁労働組合協議会の略称)という、最近力下りましたけれども日教組もそう。あるいは国労(国鉄労働組合)というような旧国鉄の中にあった組織。あるいは自治労(全日本自治団体労働組合)というそういった団体です。例えば、日教組の学校の先生が家庭訪問をすると、その家庭の事情がよくわかるんですよね。あるいは市の職員。普通我々一般の人間が目にしないような個人情報を、自治体の職員だからといって見る事ができる。そういったところにいる人たちが情報を洩らす。「ここは母子家庭で、今お母さんも子どもを放ったらかして毎日パチンコばっかりやっている」みたいな。あるいは「この家は非常にお父さんとお母さんの仲が悪い」というような感じで。そんな事があって非常にわかりにくい人たちが拉致されて、それでなかなか浮上してこない、っていう事があると思います。

 このチュチェ研という組織の解明が、まだ日本の公安の方も進んでいるとは言えません。もう過去の犯罪でなかなか出てこないのですけども、我々マスコミにいる側も、ちょっと微力ながら調査に力を尽くしたいと思っている昨今ですけども。すみません、時間なので終わらせていただきます。(大拍手)

終わり
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2007年05月13日

1/14 神奈川県民集会 斉藤文代さん

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*写真はあおいのママの撮影です。

*1/14 神奈川県民集会レポートについてのお知らせ
http://aoinomama13.seesaa.net/article/31479029.html

*講演内容を文字化しました。聞き取りに間違いのある可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者よりレポートの許可をいただいております)

【司会者】
 続きまして、拉致被害者・松木薫さんのお姉さんである斉藤文代さんにお話をしていただきます。それではよろしくお願い致します。(拍手)

【斉藤文代さん・松木薫さんの姉】
 皆さま、今日はありがとうございます。いつもいつも私たちの話を真剣に取り組んで聞いていただきまして本当に感謝申し上げます。本当に私たちのこの拉致問題は長い年月がきております。あの、私はまだ娘ですから、その年月に関してはそんなに戦いは短いのですけれども、有本さん、私の父母、本当に長い年月、いなくなってから苦しみぬいて現在まできております。

 本当に家族は苦しんで、このような、有本さんもそうですけどこういう場で家族が訴えるというのは、私の父はいませんけど、有本さんのお父さんを見ているとね、同じような気持ちで私はお話をさせていただいて、本当に苦しかったんだ、本当に大変だったんだね、と思います。

 私も今も苦しんでおります。母は今現在病院の方で入院しておりますけれども、やはりあの「死んでも死に切れない」という言葉はここにあるんじゃないかな、と私は思いました。昨年12月もノロウィルスが流行りまして、母も年ですから感染致しました。それで私もしばらく会う事はできませんでしたが、2日ぐらい経ってから私の方に「状態が悪くなった」という事を看護婦さんに聞かされまして、「どうしたんですか?」という事で聞きしましたら、やはり体力がないもんですから「心臓が一応止まった」と。「でもすぐ応急処置をして蘇生しました」と。「本当に早い処置ができて、また元気に息をしてよかったね」と看護婦さんたちも言ってくれます。

 家族が帰って来ることを応援してくれて、一生懸命になって取り組んでいてくれているんです、皆さんがですね。本当に「ここで今待っている家族が会えないで逝く」という事は私は耐えられません。

 やっと安倍総理が今まで色んな問題に取り組んできて立ち上がってくださいました。私も期待しております。ですから戦うべきところには、やはり昔の戦後の人間は正しいものは正しいと、悪いものは悪いと言って取り組んでまいりました。私は父や母の姿をいつも見て育ってきていましたので、優しくしてくれたり強くしかってくれたりしている姿を見ておりますから、今それが少し人間が平和になったせいか忘れられているんじゃないかなと。政治家の方々も一生懸命やってくださっているのはもう本当にわかるんですけれども、もっと正しいものは正しいと、悪いものは悪いと、突き進んで真剣に取り組んでいただかないと、この問題はもういつまで経っても私は解決しないと思っております。本当に今が正念場じゃないかと、今年が正念場じゃないかな、と私は思っております。

 私は母と弟を会わせたいという一心ですので、看護婦さんたちにお任せしていて、自分の部屋に戻って来るまでは食事を与えるのも任せておこうと思ったんですけど、やはり娘である私は母と接してきていますから、一口でも食べてもらえればまた元気になるんじゃないかと思いまして、私は全部殺菌消毒してマスクをして病室の方に行きまして、母に「今あなたが頑張らなければ。みんな頑張っているんだから、家族は。ねっ、あなただけじゃないのよ!」と「ご飯を食べてちょうだい!」と声をかけました。そして少しずつですけれども、口の中に一生懸命入れました。で、あの案外母は食べ込みが上手なもんですから、少し食べ込んでくれると戻さないで元気になるのも早いんですよ。私たち家族はこのようにみんな努力しております。

 やっと拉致対策本部も大勢の方で立ち上がりましたので、ぜひ今回は皆さんに何らかの喜びが感じ取られるようにやっていただきたいと、もう難しい事は何もいう事は私はないと思っています。政治家の方々皆さん心掛けてやられれば解決ができない問題でもないんです。色んな事に一生懸命やっていただければ私はいつか解決できると。そのいつかというのが、先を長くしてもらうと困るんですけれども、なかなか母もそんなにもう待てないという事私わかっておりますので、時間がないのはもうわかっておりますけど、一生懸命取り組んでいただきたいと。

 本当に家族が帰って来る、その1日でもいいんです、母は。私たちの弟の顔を見て、父のところに行くのと行かないのでは、私のこれからの人生にも悔いが残りますので、真実、正しい事で私も貫き通して生きたいものですから、これをやっていただきたいと政府にお願いしたい限りです。

 また皆さま方にも、本当に長い間をお願いして参ってきています。もう少し応援していただきたいと思っております。何としてでもいい日が来ますように、私たちも出来る限りの事は致します。ですから、これからも皆さま方にもお力を貸していただきたいと思っております。どうぞよろしくお願い致します。(大拍手)
posted by あおいのママ at 22:24| 千葉 | TrackBack(0) | '07 1/14 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1/14 神奈川県民集会 三浦小太郎さん(人権活動家)

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*写真はあおいのママの撮影です。

*1/14 神奈川県民集会レポートについてのお知らせ
http://aoinomama13.seesaa.net/article/31479029.html

*講演内容を文字化しました。聞き取りに間違いのある可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者よりレポートの許可をいただいております)

【司会者】
 続きまして、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会事務局長である三浦小太郎さんにお話をしていただきます。三浦さんは評論家としても「月刊諸君」等に論文を多数発表されておられます。それではよろしくお願い致します。(拍手)

【三浦小太郎さん・人権活動家】
 まずこのよど号事件について、「これは他の拉致とは違う一面がある」と救う会神奈川の会長からお言葉がありましたけれども、これはハッキリ言ってですね、日本人が日本人をさらったという、この戦後日本にとって誠に恥ずべき事件です。もちろん北朝鮮が横田めぐみさんその他の方々を金正日政権がさらった事は憎むべき国家犯罪ですけれども、日本人を同じ日本人を彼らの言いなりになって拉致したというのは最も私たちにとって恥ずべき戦後の歴史です。これは私たちが忘れてはならないことですね。

 同時にこの問題にはもう一つ重要なポイントがありまして、日本人が日本人をさらった以上、本当は他の拉致事件よりも早く解決ができなければいけない事なんです。

 そして三つ目に、これは私たちが忘れるという事が許されない事ですが、この事件はこのさらわれた3人の方々が本当に勇気と、それから知恵を振り絞って、北朝鮮から日本に最も早い段階で自分たちの力で、もちろんポーランドの人の力を借りたかもしれませんけれども、自分たちの行動でこの拉致事件を自らがご家族に伝え日本国に救援を求めたという、この最も危険な所にある人たちが行動を起して日本国がそれに応えられなかったという事件なんです。今のところはまだ応えられていないんです。この三つのポイントというのは、よど号において絶対に忘れてはいけないんです。

 私は具体的な「こうすれば助けだせる」という事が頭に浮かんでいない人間なので、こういう場に果たして来て良かったのかどうか、それすらも迷っているんですけれども。

 おそらくヨーロッパでさらわれた人たちは、この3人だけでは絶対にないんです。これはかなりの証拠が、状況証拠的にはあるはずです。調査会だけではなくて私は警察はかなり掴んでいると思う。しかしその実行犯が、現実の実行犯がですよ、すでに日本にいるわけです。

 もちろんこの国は法治国家ですから、法律に従ってしか逮捕したり捜査したりはできないんですけども。私の幼稚な考えかもしれませんが、現実にいる魚本民子氏その他のですね、拉致実行犯の人たちは、本来ならば裁判の場や、もしくは国会の喚問の場に立たされなくてはならない人たちです。私は八尾恵さんに関して、私は一応この方は罪を自白されたので「さん」という言葉をつけます。この方が、私は果たしてどのようにこの起訴について考えたらいいのか、今でも自分の中でも結論は出ませんけれどもね。

 今、よど号犯は「有本さんの拉致は自分たちは知らなかった」と言っているわけなんです。そして「北朝鮮の工作員が拉致したんでしょう」という言い方をしている。北朝鮮の方は有本さんたちはよど号犯がさらったという事は、キム・ユーチョルと共にさらったという事は当然知っているわけですから、私は日朝交渉の場でこの事はもっと強く押し出されるべきだと思います。彼らの発言の色々な矛盾点に対して、私はまだ日本の外交はそれに対する追及と捜査が足りないのではないか、日本国内に今いる実行犯に対する追及も足りないのではないかと思います。

 これは意見の違う方もいると思いますが、帰って来られた被害者の方にですね、「もっと向こうの事を語って欲しい」っていうのは確かに一つの言い方です。しかし、被害者が語る前に加害者が徹底的に調べられ、加害者から情報を引き出されなくてはいけない。そして私たちが今すぐ金正日の独裁体制を倒すとか、そういう力がここにいる私たちにあるわけではないかもしれない。ただ、この金正日独裁体制を結果的に支持している日本の中の勢力を倒す事は、私たちの力でできなくちゃいけない。

 これから少しだけその話をさせていただきたいと思います。お聞き苦しいかと思いますが。これまで北朝鮮を支持してきた人、あるいは現在日朝国交回復交渉を拉致被害者の救出よりもやや重視する傾向の人たちの論理構造というのを、ちょっとだけ説明させてもらいたいと思います。

 作家で小田実(おだまこと)という方がいらっしゃいます。この方が70年代に北朝鮮に行き、よど号犯にも会っています。私はその時の本は未だに持っておりますけれども、そこで小田さんはよど号犯の方々について「彼らは非常に反省し、また、北朝鮮で政治的に成長している」と。何が成長したのか?わかりませんけれども、そういうふうに書いておられる。

 そして小田さんがそこで北に対してまったく間違った事を書いている事は、まぁそれは人間だから間違いだとしましょう、彼はそこでですね、「北朝鮮は何故すばらしいか」と。「一つには食糧を自給しているから」と。してないよ!っていう話なんですけれども。

 もう一つ、これは間違いだとしましょう。二つ目、非常に彼が褒めているのは、「北朝鮮は非同盟だ」と。「アメリカにもソ連にも属していない」、こう言うんですね。間違ったというより彼はそこにほれ込んでしまったわけです。まだ和田(春樹)という人が例えばお金をもらってきただとか、そういう単純なことならばまだわかりやすいんです。この人は「北朝鮮はアメリカにもソ連にも中国にもそれぞれ従わずに、非同盟の国々でまとまろうとしている、これが世界の新しい動きだ!」っていうふうに小田さんは、まぁ褒め称える。

 もう一つ、それから少し時代が後になります。よど号についてはもう皆さんも多くの本で学ばれたでしょうからここでは申しませんが、実はよど号とかなり接近し対話してきた中にはですね、左翼ばかりじゃないんです。日本の、まぁ私にも耳に痛い話なんですけども、日本の一部のニューライト・新右翼のグループ、ここも非常によど号に接近しています。もちろんそこにはある種のパフォーマンスもあったでしょう。マスコミにちょっとウケたいというのもあったかもしれない。しかし彼らがそこで言ったのは、彼らが言っているのは民族主義なんです。彼らは左翼から民主党の主義に変わって、民族の渦中にいるような。もうひとつは彼らは「反米愛国だ」と。これで一部のまぁニューライトの方々はかなりそこに惹かれていった。

 そしてまた少し時代がさがります。これはちょっと半分笑い話ですが、オウム真理教という新興団体が宗教団体がありまして、今でもあるにはあるんでしょうけど彼らの中で、もう皆さんお忘れでしょうけど1995年のサリン事件の直後です、○○さんと言ったかな、当時東京大学の方だったオウム信者の方がですね、若手の批評家の浅羽通明(あさばみちあき)さんという人と対談して、そこで浅羽さんが「そんなのあなたは色々と言うけれども、今の日本の大衆の多くは今の日本の経済体制を一応支持しているんだから、それを無理矢理オウムの理想に変えるというのは無理でしょう!」という意味のことを言ったのに対して、「いや例えば、金日成将軍が平壌にやって来てですね、一気に体制が変わって思想が国民の中で変わる事があるんですよ」と、そういう例を出す必要はまったくないわけです。何でわざわざ金日成の例を出したのかな?と。まぁそれは理由があるんでしょうけれども。

 彼らは、そしてそのオウムの思想の中の極めて強烈な部分というのは、もう今彼らはそんな事信じてないかもしれませんが、徹底した反米思想、政治的には。非常に幼稚なものですけれどもね、徹底した反米思想です。

 最後に、田中均さん始め日朝国交正常化に向けて日朝交渉をやろうとした方々。ただの利権目当ての人とかね、そういう人はまぁ良いとは言えませんが・・・、もしかしたら昨日(北朝鮮から)帰って来た人(山崎拓氏)もそうかもしれませんけれども。ただの利権目当ての人もいるでしょうが、いるでしょうけどもね、かなり例えば田中さんの書いている物を読むと、やっぱり「アメリカべったりの日本、アメリカだけの日本じゃなくて、もう少しアジアに軸足を移したい」と。アジア諸国、要するにこれは中国。中国・韓国なんですけども、「こちらの東アジアに軸足を移してあげたい、アメリカからの自立した外交がしたい」と。

 こういう人たちがそれなりの考えを持ってですね、朝鮮問題を自分たちなりにアメリカ主導ではなく解決しようと試みたと、それが田中均さんたちの外交です。ですから姜尚中(カン・サンジュ)さんて方がいて、ご存知の方もいると思いますが、この人今でも田中さんの事は非常に評価しています。「優れた外交官僚を政治が潰した」というふうに言っていますけれども。あの人にとってはそうかもしれませんけど、拉致被害者にとってはまったく逆でですね、あの流れが進んでいたら大変な事になっていました。

 このすべてに共通してある、新興宗教・右翼・外務官僚・左翼・啓蒙文化人、全部に共通してあるのがですね、非常に単純なかたちでの反米思想なんです。そしてそこから北朝鮮のような国を欠点を見ないで「とにかくアメリカ帝国主義に抵抗しているんだからちょっと甘く見よう」、そういう意識が生まれてくるんです。

 私はアメリカの政治の全部が良いとはまったく思わない。しかし私たちがですね、この別世界の歴史を見る時、やはりその国が小さな国かどうかとか、これまでの日本との関係がどうかというより、最も重要なのは、やはり今その国に民主主義が根付いているか、根付きつつあるか、これが友好関係を作れるかどうかの最も重要な事なんです。(拍手)

 そして民主主義というのはですね、まぁこういう事言うと今名前を挙げた人だいたいみんな言うんですよ、「民主主義というのは、まぁそれはアメリカの一方的な価値観であって・・・」。ハッキリ言ってですね、「アジア人に民主主義ができない」なんて言うのはそれは人種差別じゃないですか?そして明らかにそのアジアで民主主義が成功する、という例を世界に示したのが明治以降の私たちの先祖じゃないですか?

 明治時代の日本の日本国憲法というのは、戦後非常に歪められた評価をされましたけど、当時の世界では極めて精神的な民主憲法だと、そういったものを実現してこれたのが私たちの先祖の歴史です。そしてやはり先駆者というのは後継者に対して、後継者と言うのは悪い意味じゃない、色んな歴史の偶然があるから、そういった国に対して良き価値を伝えていくという任務があるはずなんです。

 私たちがこのアメリカに対して色々と批判をするのはいい。ただ世界に民主主義を広げていこうという基本的な考えにおいてはアメリカの思想は間違っていない。ただあまりにも行動に単純な行き過ぎがある。アジアではアジアなりのやり方がある。しかしそのアメリカの行動の単純さを批判する事から単純な反米主義にいって、北朝鮮や中国のようなですね、独裁政権までも肯定してしまうようなそういう流れが私はこの北朝鮮問題のかなり思想的な根本にあるような気がします。

 そして私たちは「この北朝鮮の独裁政権を倒せることができれば」という事ではなくて、もう倒さなければ拉致被害者全員を助け出すのは難しいかもしれない。もちろん地道な努力をしていかなくちゃいけませんけれども、やはり基本的には「もうあの政権は打倒対象だ」という知識を日本国政府が持ち、あの政権に協力し犯罪を行ってきたこの日本の中の個人や組織を克明に捜査し、場合によっては潰していく。

 「これが今大事だ」という意識を国民と政府が持つ事が取りあえずの、取りあえず、北朝鮮から勇気を持って1988年に私たちに「助けてください!日本国なら助けてくれるでしょう!!」と信じて手紙を送ってきた人たちに対しての、遅すぎる事ではありますがスタートになると思います。ありがとうございました。(大拍手)

【司会者】
 ありがとうございました。

*北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会
http://homepage1.nifty.com/northkorea/index.htm
posted by あおいのママ at 07:12| 千葉 | TrackBack(0) | '07 1/14 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月12日

1/14 神奈川県民集会 川添友幸さん(救う会神奈川会長)

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*写真はすべてあおいのママの撮影です。

*1/14 神奈川県民集会レポートについてのお知らせ
http://aoinomama13.seesaa.net/article/31479029.html

*講演内容を文字化しました。聞き取りに間違いのある可能性もございます。どうぞご了承ください。

【川添友幸さん・救う会神奈川会長】
 本日はこのような集会にご参加いただきまして本当にありがとうございます。よど号における拉致事件、被害者の方、今日ご参加されているご家族の方を始め4家族いらっしゃいます。有本恵子さん、石岡亨さん、松木薫さん、さらに福留貴美子さん、この4人に焦点をあてた集会というのはたぶん全国では初めてではないかと思います。他のいわゆる横田めぐみさんの拉致事件とは非常にちょっとケースが違う事件でして、実行犯もわかっているような事件です。

 今、警察当局も捜査を行っているというお話もうかがいますが、皆さまの世論の中でこの問題に対して強い認識と、さらには拉致被害者の早期救出を訴えてきたいと思います。

 このよど号の拉致というのが他のですね、今日細かい話があると思いますが、例えば日本の社会党あるいは日教組の関与も実はおぼろげながら見えてきています。そういう意味で内容のある集会に私たちもしたいと思っておりますので、よろしくご賛同いただければと思っています。

 簡単に講演の内容をご説明致しますと、第一部で講演者の皆さんに15分くらいずつお話していただきまして、ちょっと休憩を入れまして、第二部はパネルディスカッションということで、私の司会で今日講演者の方々にお話をしていただきたいと思っております。午後4時半くらいをめどとしておりますので、ちょっと長時間になりますが、皆さまのご参加をお願いできればと思っております。どうぞよろしくお願い致します。(大拍手)

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posted by あおいのママ at 05:02| 千葉 | TrackBack(0) | '07 1/14 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月24日

1/14 神奈川県民集会 有本嘉代子さん

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*講演内容を文字化しました。聞き取りに間違いのある可能性もございます。どうぞご了承ください。

【拉致被害者有本恵子さんの母・嘉代子さん】
 皆さん、こんにちは。ご紹介にあずかりました有本でございます。本当にあの、先ほど三浦小太郎先生がおっしゃったように、1988年の9月6日に北海道から電話がありまして、「実はお宅より3年前に行方不明になりました息子から手紙がまいりまして、その中に『恵子さんと松木薫さんとご一緒に生活をしている。で、そのヨーロッパにいた私たちは事情あって、北朝鮮で3人が力を合わせて暮らしております』」というような内容でした。

 先生がおっしゃったように、「助けてください」という気持ちで有本と共に、このままここで命を果てるような事があったら、1983年に恵子は行方不明になりまして、88年9月6日にその連絡がありましたので、その5年間というものは、私どもはもう外国で起こった事であるし、「帰る」という手紙が来たけど、何か事故に遭って亡くなってしまったんじゃないかな、という思いで家族たちは5年間、もう「諦めよう、諦めよう」として暮らしておりましたので、恵子の事は意識的に家族は言葉には出さなかったけれども、触れないようにして5年間暮らしてきました。

 それで5年目にやっとその電話がありました時は、本当に私も「ああ、よかった、生きていた」という気持ちはありましたし、それとやはり北海道の方もかなり興奮して声もうわずっていらっしゃいました。そういう思いでそれを受け取ったんですけれども、「北朝鮮がどんな国であるか?」という事は、その時は認識しておりませんでした。本当に「ああ、無事でいてくれた」というその思いだけで一杯で、やはり運動して色々聞く間に「大変な国だな」とわかりましたんで、外務省の方に「これは伏せとく方がいいよ」と言われ、私たちは黙ってその一報を伏せておきました。

 一番最初1988年、北海道の方が司法書士をしてらっしゃいますので、非常に政治の事も詳しかったもんですから「北朝鮮とパイプがあるのは社会党だけですから。近くに社会党の議員さんがいらっしゃったら、そこへ頼みに行かれるのがいいですよ」と「私も早速、今日は社会党の議員さんのところに行ってお願いしようと思っています」という事をお母様おっしゃいました。

 それでたぶんその足で行かれたんだろうと思います。午後になりましたらね、「北海道の社会党です」言うて電話がかかってきたんです。「先ほど、石岡さんって方からお電話があったと思いますけれども、先ほど聞いた事は絶対に口外しないでください」っておっしゃったんです。

 でも、私は警察には届けを出しておりましたのでね、外国で起こった事ですけれども。一応県警の方へは届けておりましたので、色んな問い合わせが来るんですね、「こちらちょっと聞いてください」「ちょっと来てください」って。そうですね、4回くらい行きましたかね。そうしましたら「身長はいくらですか?」「足はどのくらいのもん数測りますか?」とか「どういうものを好んで着られますか?」とかいう事を聞かれるんですね。その都度に「やはりこれはひょっとしたら、外国で事故があって亡くなられた人の照会違うかな?」と思いましたので、2回目ぐらいに行った時だと思うんですけども、「これひょっとしたら事故があって亡くなられた人の照会ですか?」って聞きましたら、「そうです」っておっしゃったものですから、「それでしたらもう結構ですので」って言った記憶があります。

 それでまぁ結局そういうような感じで5年間暮らして、(北海道に届いた手紙で)初めて消息がわかりまして、土井たか子さんとこに行ったんですけどもね、土井さんとこは西宮ですから神戸から近いんです。だからすぐに行きましたけれども、秘書の方がいらして「お返事します」って言うたまま全然連絡なかったもんですから、主人がそれから色んなところであっちで聞きこっちで聞きするうちに、「やはり政権を執っているのは自民党だから、これは自民党にお願いせないかん」という事で、安倍先生のお父さんの晋太郎さんが幹事長をしてらっしゃる時だったと思います。その時に「次期総理はたぶん安倍さんだ」という噂が立っておりました。

 「やはりこういう事をお話しするのはトップのところに行かないかん」という事で、竹下登さんの所を連絡しようとしたんですけど、議員会館の中に事務所がなかったもんですから、安倍先生の所へ行ったんですね。そうしましたら、その時の秘書の方がいらして「じゃあ私が」と、「一度来てですか?手紙を持って来てですか?」って言われますので、手紙を持って行きまして、本当に半日がかりで警察庁それと外務省と回ってくださったんですけどもね、警察庁にまいりました時はやはり1時間くらいはとって、向こう(ヨーロッパ)でいなくなった時の経緯をずっとお話したんです。それをみなお一人の人がひかえて書いておりました。

 それからおっしゃるのには「これは国内で起こった事ではないので警察ではちょっと対応しかねる」という事で、外務省へ連れて行ってくださいました。で、外務省は一言、もうあの時分の対応は今もはっきりと覚えておりますけども、ここに外務省の方がいらしたら申し訳ないんですけど、本当に冷たかったですね。もう「国交がないです」のその一言です。「それだったら仕方がないでしょう」とかも言われましてね、後は赤十字しか行く所がないんだけども、それに行ってたら今日中に帰れないから、「一度帰られてまた改めて来られますか?」言われたのでまた改めて、1ヶ月も経っていなかったと思います。最初に行ったのはたぶん9月の末頃じゃないかなと思うんですけど、二度目は10月に入って行ったと思うんですね。それでそこでお話して、今度は二人で同じようなコースを回ったんですね。その時に外務省が言われるのには「これは非常に難しい国ですので、もしこの事が明らかになった場合はお嬢さんに被害がある場合がありますので、やはりこれは黙っておかれる方がいいですよ」と言われたので、私どもも黙っていました。

 もうその時点では「北朝鮮って大変な国だな」という事がわかりましたんでね、それで黙っておりまして、1990年の末に、いっぺんにこうマスコミの方が押し寄せて来られたんですね。「どこで聞いて来られたんですか?」って聞いたら、その時おっしゃらなかったんですけれども、後で警察と外務省から聞いてわかったんですけども、1990年に第一回目の訪朝で、金丸信さんが田辺誠さんと一緒に北朝鮮に行かれたんです。後に「金の延べ棒が出てきた」とか、そういうような事を聞きましたけれども、やはりきちっとした交渉をしなかったんです。

 その前に私の選挙区で出ていらっしゃる議員さんにお願いして「何とか行かれるまでに金丸さんに会わせてください」って主人がお願いに上がったんですけれども、それも叶いませんでして、結局北朝鮮に行って何も言わずに、ただあの時海部さんだったと思うんです、総理が。海部さんの親書だけを持って行かれて「戦前戦後の補償をします」いう約束をして帰って来られたんです。

 そういう経緯で、結局この問題は本当にきちっとした行動をなされなかったいうのも、やはりどこからか、報道関係の人にも「圧力をかけたらいかん」と言ってますけども、圧力がかかったのか、政治家の方・外務省・マスコミ、全部これをこぞって隠蔽したために、こんなに長い事かかったと思っております。

 それで、特定失踪者の(ご家族の)方もこの会場に来ておられますけども、この人たちも本当に大変な思いをしていらっしゃると思います。わからなかったんだったんだろうと思います。家族が突然消えてしまうんですからね。国内でも本当にいなくなるはずがない人が突然消えてしまっているから、ご両親にしてもごきょうだいにしても「どうなったのか?」本当に全然わからないまま今までこられたと思います。

 私の場合もやっと横田めぐみさんの事を、西村眞悟議員が国会の予算委員会の時に言うてくださって、初めて横田めぐみさんの事が明らかになって、これで初めてちょっと動いたんですね。それまでにも私は早い時期にね、震災のあった年ですから1995年に、お一人だけ一生懸命にこの問題に取り組んでいたマスコミの方があるんです。その方は同じ業者の方に「こういう問題がある」言う事を聞かれてね、直接私のところへ来てくださったんです。その時にここにいらっしゃる高沢さんも二度目にはその方と一緒に来てくださいました。

 色々その関係のお話も聞いたんですけどもね、その時には「よど号の人が拉致した」いう事はまぁ聞いておりませんし、それは思ってもおりませんでしたけれども、皆さんもご存知の通り、総理が北朝鮮に行かれた年の2002年の3月12日によど号犯妻の赤木恵美子っていう人が日本に帰って来て、八尾恵さんが裁判の場で証言者として出られたんですよね。その場で拉致を認めて、「私は恵子さんを北朝鮮の工作員の手に渡して北朝鮮へ送り込んだ」いう事を法廷の場で言ってくださったんです。

 だから今ここにいてらっしゃる特定失踪者家族の方も本当に不安だろうと思いますけれども、私どもも1997年3月に家族会を結成しました。それで一緒に動き出したんです。めぐみさんの場合はすぐに拉致と認めました。でも私どもだけは全然認めてなかったんです。だけどその1997年に家族会ができて、2002年の3月12日にあの方(八尾恵さん)が法廷で証言されて、その前日に、どういうわけなのかその前日に政府が初めて「拉致である」という事を認定したんです。だから、どういうわけでそうなったのか?私もやはりあの事が、実際に裁判で証言なさったからだと思いますけれども、それで明らかになって、初めて「拉致家族である」という事が認定されたんです。

 もうそれからは皆さんがご存知の通りの運動が始まって、署名活動とか色々。2002年以降は本当に報道の方もきっちりしてくださいますので、それ以降に皆さんがわかるようになってくださったんです。だからそれまでは皆さんもそんなにこの拉致問題ご存知なかったと思うんです。総理が北朝鮮に行かれて、5人の人が10月15日に帰って来て初めて「ああ、拉致はあったんだな」とみな関心を持ってくださって。翌年の5月に東京の有楽町国際フォーラムで全国大会がありました。それまでは大体、日比谷の公会堂だったら2000人ぐらいですかね、それが初めて6000人入る所で、「そんなに人が来てくださるかな?」って救う会の方も心配しもって、でも開いてくださって、その6000人入る所に1万人以上の方が来てくださったんです、全国から。

 その時私たちもこの演台に上がりまして、緞帳がパッと上がった時に、あの時の感激は今でも忘れる事ができません。本当に「こんなに大勢の方が関心を持って来てくださった」と思って、「日本人はやはり日本人だ、すばらしいな」と思いました。(拍手)

 私は大正生まれですから、教育が違いますね、今の方と。だから「日本人はすばらしい」「日本人はこんなに立派な事がある」いう事を学校でずっと教えていただきますし、家では親たちが言っていましたから。「私は日本人に生まれてよかった」といつも思っていましたけど、あの時「ああ、やはり日本人はすばらしい。これを忘れずにいてくださった」いう事と、若者たちがたくさん拉致されて、本当に自由を奪われて、長い間大変な目に遭っていますけれども、「この子たちがこの日本の国を目覚めさせてくれた」と思いました。本当にあの時の感激は今でも忘れる事ができません。

 それ以降は本当に皆さんが一生懸命に私たちに協力してくださって、行く先々で声をかけてくださるんです。今、こちらでも2〜3人の方が声をかけてくださいました。「頑張って下さいよ」「体に気いつけて、きっと帰って来られますから気をつけて頑張ってくださいね」って声をかけてくださいます。これが何よりの私たちの心の支えになっております。

 だから今ここにいらっしゃる特定失踪者家族の方も、やっと安倍政権になられて、安倍さんは本当ね、お目にかかった事なかったんです、ずっと。でもお父さんの時に私たちが寄せていただいて、その時からこの拉致問題という事は秘書をしながらずっと見てらしたんですね。だから一番に自分が総理になられた時に、教育問題、これは大変大事な事です、これと拉致問題は最優先課題という事にしてくださったんですから、「きっと安倍政権の時に私たちの子どもたちは帰って来れる」と希望を持って、きっと皆さん、国が認めている人だけ助けるという事は絶対しないと思います。

 「すべての人を返しなさい」いう事はきっちり言ってくださると思いますので、どうぞ皆さん、その安倍政権を支えてください。今ね、本当にマスコミがね、もう色んな方が安倍先生の足を引っ張ろう引っ張ろうとしていますので、本当に私は不安な気持ちで見てますけども、きっと解決してくださると信じております。

 皆さんと一緒になって、この日本の国民が連れて行かれているんですから、皆さんと力を合わせて助けてやりたいと思いますので、どうぞご協力くださいますようよろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)

*'06 2/26 TBS「報道特集」安倍晋三氏“拉致にかける思い”
http://aoinomama13.seesaa.net/article/14203249.html
*'05 12/22 国民大集会 有本恵子さんへお母さんのメッセージ
http://aoinomama13.seesaa.net/article/11130947.html
posted by あおいのママ at 12:32| 千葉 | TrackBack(0) | '07 1/14 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月23日

川合健二さん 失踪の概略

 1月14日の神奈川県民集会の際、特定失踪者「高野清文さん」の妹さんの美幸さんからいただいた「川合健二さん」の資料です。この資料は昨年12月16日、日米同時集会の一つ、甲府市で開催された集会で配布されたものだという事です。(美幸さんはその集会で登壇されました)その時の「山本美保さんの家族を支援する会」作成の資料をご紹介致します。

昭和54年(1979年)旧竜王町より失踪 川合健二さん 失踪の概略

 川合健二さん、昭和22年生まれ。三重県久居市出身。昭和54年4月4日。当時32歳。奥様と二人の子供がおり、千代田生命甲府支店韮崎営業所長として竜王町(現甲斐市)の社宅に住んでいた時に失踪。健二さん失踪後、残されたご家族は三重県にある健二さんの実家に住んでいる。

 夜間、八田村(現南アルプス市)の県道で交通事故を起こし怪我(軽傷)を負った相手を自ら病院に運び、治療の合間に「免許証を取りに行ってくる」と言って10時頃車で病院を後にしたのを最後に行方不明となった。

 失踪当時は事故を苦にした自殺と、奥さまや関係者は考えた。しかし、その時乗って出掛けた濃紺色のカローラが発見されていない事が不思議に感じられた。テレビに出演したり「たずね人」のポスターを全国の警察に2万枚貼ってもらい、情報収集をしたが何の手がかりも掴めなかった。

 拉致の可能性に思い至ったのは平成14年の拉致被害者5名の帰国がきっかけであった。

 失踪する昭和54年以前に、3回ほど「ヤマちゃん」と呼ばれていた人が竜王の社宅に来た事がある。3回目は「金を貸せ!」と夜押入ってきた。健二さんが留守で奥様が対応し、凄い恐怖を感じながら5000円渡して帰ってもらった。帰りながら玄関の植木鉢を蹴飛ばし割って出て行った。帰ってきた健二さんにその事を話すと「ヤマちゃんは朝鮮人なんだ」と言っていた。

 数百人もの日本人が拉致され北朝鮮におる可能性がある事を知り、「もしかしたらヤマちゃんは土台人(工作員の在日協力者)で、主人が事故後にヤマちゃんに相談して、しばらく身を隠せ・・・と勧められ、そのまま拉致されたのでは・・・」と奥様は思うようになった。

 「主人が日本国内にいてくれたら嬉しい。北朝鮮にいるなら救出したい!」と三重県で健二さんの帰りを待っている。

川合 健二
・身長 167cm
・体重 55s(当時)


 山梨県には昭和54年4月4日失踪の川合健二さん以外、同じく昭和54年6月4日失踪のAさん(名前非公開)、昭和59年6月4日に失踪した山本美保さんが特定失踪者リストに載っている。

 美保さんとAさんは、年は違っても6月4日と同じ失踪日である。3人とも4日という日はいずれも同じである。単なる偶然とは思えず、日本海の海岸から出港する日に合わせるため、必然的に同じ日になってしまうのかもしれない・・・と何らかの意味を想定してしまう・・・。

山本美保さんの家族を支援する会

*川合健二(かわいけんじ)さん 昭和54(1979)年4月4日失踪
 特定失踪者問題調査会公開リストより

http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=103&mode=search3
*山本美保さんの家族を支援する会
http://homepage3.nifty.com/KOFUHIGASHI-3/
posted by あおいのママ at 11:45| 千葉 ???? | TrackBack(0) | '07 1/14 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする