2007年05月17日

カチンの人たち

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*写真は'06 12/10「映像とシンポで語る北朝鮮」でのカチンの皆さんです。マイクでお話されているのは「在日カチン女性協会」のマリップ・センブさんです。(すべてあおいのママの撮影)

 あおいのママとパパは、昨年の北朝鮮人権侵害問題啓発週間('06 12月10日〜16日)に、「映像とシンポで語る北朝鮮」の集会と「北朝鮮人権大使サミット」に参加しました。

 その際、ビルマのカチン民族の皆さんが集会で人身売買の状況を訴えていました。娘さんが騙されて被害に遭い、未だに行方不明だと涙ながらに語っていたお母さんもいました。皆さんは民族衣装を身にまとって伝統舞踊を披露したり、手作りの品や小冊子等を販売して支援を求めていました。

 10日の集会終了後、私たちと友人のSさんは、たまたま帰りにカチンの皆さんと少しお話する機会がありました。当日登壇された日本語が上手な「在日カチン女性協会」のマリップ・センブさんが通訳してくださったので、私たちはカチン州という地域や、若い女性がこのような拉致とも言える被害を受けていることを初めて知ったと話しました。そして「負けないで頑張ってくださいね、応援しています」と励ましの言葉をかけました。(それしか私たちにはできないので・・・)皆さんは「ありがとうございます」とおっしゃって、私たちの姿が見えなくなるまでずっと礼をしながら手を振りながら見送ってくれました。

 2日後、12日のシンポジウムにも皆さんは参加していまして、その時にマリップ・センブさんから写真撮影やサイトへの掲載の許可をいただきました。(説明文は小冊子の一部を引用)だいぶ日は経ってしまいましたが、ご紹介致します。

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*'06 12/10「映像とシンポで語る北朝鮮」で伝統舞踊を披露するカチンの皆さん。席にいる男性もカチンの方です。

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*'06 12/12「北朝鮮人権大使サミット」会場ロビーで快く撮影に応じてくれました。(他の参加者と一緒にポーズ)

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*販売されていたブローチとストラップです。

中国―ビルマ国境で起きているカチン民族女性の人身売買(Driven Away)

ビルマのカチン民族が住む地域で警戒すべき現象が深刻化しています。政府の失策が原因で貧困が悪化し、多くの若者が仕事を求めて地元地域を離れているのです。その結果、若い女性や少女が足跡を残さずに消えています。彼女たちは、中国人男性の妻として中国へ売られたり、騙されてビルマや中国の性産業で働かされているのです。地元カチン地区の研究者は2004年5月から8月にかけてインタビューを実施しました。この報告書はその結果をまとめたものです。

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【年齢層】
 報告書のために実施されたインタビューによると、被害女性が最も多いのは14歳から20歳の年齢層です。およそ3分の2の被害者がこの年齢層に属しています。4分の1は18歳未満でした。21歳以上で被害にあった女性たちのほとんども20代前半という若さです。

【人身売買の終着点】 中国人の妻として売られる
 中国との国境沿いや中国へ売られた56件のケースのうち、半数のケースでは彼女たちが売買された目的は不明です。その理由は被害者の消息が不明であったり、売買成立の前に逃げ出したり助け出されたりしたからです。残りの半数のケースでは、ほとんどの被害者は中国人の妻として売られました。

 何件かのケースは1992年まで遡って起きており、中国での花嫁不足は最近始まった問題ではないとわかります。この現象は近年増加傾向にあり、2003年には過去最大の件数に上りました。

 妻となる女性を連れてきた引取り人に支払われる額は5,000元(625米ドル)から15,000元(1,875米ドル)までと幅があるようです。あるケースでは、中国人男性は彼の「妻」に彼女を買うため50,000元(6,250米ドル)支払ったと主張しました。

 中国人の妻として売られたあとに逃げ出してきた女性たちは、彼女たちが経験してきたことの詳細をあまり語りません。それでも、夫たちは妻が逃げ出さないように行動を厳しく管理していたことは明らかです。

 「私を買った男はいつも私を家の中に閉じ込めました。私は外へ連れ出してもらおうと、彼を喜ばせるために何でもしました。」(ケース10)

 妻となった女性たちがどのくらいの家事をやらされていたのかはわかりませんが、子供を産むように期待されていたことは明白です。妻となってすぐの数ヶ月の間に逃げようとしなかった女性たちは、その期間に夫の子を産んでいます。

 中国人男性の家族も嫁を「買う」ことに共謀しています。引取人から女性たちを引き受けにくるのは男性の母親たちであることもあります。しかし、あるケースでは女性が息子と強制的に結婚させられたと知った母親が彼女を家に帰すのに協力した例もあります。

 「3日後、彼らは結婚式についての話をしました。私はとても怖かったですが、何も言うことができず神に祈っていました。もし神が存在するなら私を助けてほしいと思いました。そうすると中国人女性が私はどうしたいのかを聞きました。私はここに働きにきたわけではなく旅行にきただけで帰りたいといいました。彼女は私が売られたと知って私に同情しました。彼女は息子に私を家へ返すように言い、私の叔母が彼女から受け取った5,000元についても返還を要求しませんでした。私は本当に嬉しくて神に何度も感謝しました。」(ケース2)

 このことは、多くの中国人家族が息子のために花嫁を「注文」はしていても、花嫁候補として来た女性が売られたのではなく中国人の妻になりたくて来たと思っている可能性を示しています。

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*'06 12/12「北朝鮮人権大使サミット」でカチンの皆さんのために守る会代表の三浦小太郎さんが書いてくれた訴えです。「日本政府はビルマ軍事政権への支援をやめよ!」(会場ロビーで撮影)

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2007年05月03日

安明哲氏の強制収容所スケッチ

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 昨年12月の北朝鮮人権大使サミット会場(JICA国際会議場)ロビーに、元強制収容所看守の安明哲(アン・ミョンチョル)氏が描いた絵がたくさん展示されていました。1枚1枚大切に額縁に入っていて、そしてわかりやすく丁寧な説明文が書いてあります。これが写真だったらとても正視できないでしょうが、絵のためか残酷な描写もちゃんと見ることができました。

 このイベントの共同主催者である北朝鮮難民救援基金より写真撮影及びサイト掲載の許可をいただいております。ありがとうございます。ぜひ一人でも多くの方に強制収容所の様子を知っていただけたらいいなと思っています。

*額のガラスに照明などが写って見にくくなっています。ご了承ください。

*安明哲(アン・ミョンチョル)氏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E6%98%8E%E5%93%B2
*「'06 12/12 北朝鮮人権大使サミット」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/2412171-1.html

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*政治囚は作業場など、どこでも警備隊、保衛員に会えば、していたことを無条件に止め、膝を曲げるか腰を90度に折って挨拶をする。違反すれば無慈悲に殴打され、拘置場に連れていかれる。「カモメ」号自転車

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*政治犯の強制労働 チュンボン地区石材採取場

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*管理所の保衛員と性的関係を持った女性政治囚は、密かに処刑される。咸鏡北道会寧市22号政治犯収容所 秘密処刑場スゴル谷

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*医科大学を卒業した医者たちは、外科技術の向上のために、政治囚を自由に実験台に使う。麻酔や必要な医学的処置を施さずに、手術が行われる。13号、22号管理所の医者たちが関係している。

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*ネズミ捕りをする政治囚 完全統制区域では肉が与えられないので、ネズミの肉は唯一の肉補充源である。22号管理所ネズミは全滅状態である。

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*88年秋13号管理所サル岩哨所勤務当時、私の副分隊長だった姜ヨンチョル(14号管理所政治部長の息子)が潜伏勤務当時、明け方トンポ地区19班20代の政治囚が、ネズミを捕りに山に登って来たのを、逃走者だとみなし射殺した。

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*功名心のため、罪のない政治囚が生殺しにされた。1988年咸鏡南道耀徳15号管理所警備隊員二人は、山で土掘りをしていた政治囚たちに無理矢理鉄条網を越えさせ、射殺した。

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*1989年5月13号管理所でトンポ地区19班政治囚女学生(13歳)2名が学校から帰る途中、警備隊の軍用犬に食べられた。

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*1991年5月〜11月まで22号管理所の警備隊坑道工事動員されていた炭鉱地区6坑の政治囚は、毎日豚のエサを横取りしたため、豚が食べられず大きくなれなかった。 『ボクもお腹が空いているのに、グェッグェッ』

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*拘置所に入れられた政治囚は、一週間に30分ずつ日光浴ができる。老若男女を問わず坊主頭。一日100gの豆飯に塩の汁が与えられるが、それも少しだけで、下手をすると貰えない。だから警備兵にばれないように、手当たり次第に草をむしり食う。

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*肝炎、結核、らい病、精神病者は隔離病棟に収容される。22号では、2棟で100余名収容できる。

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*10歳の保衛員の子供たちに挨拶する、45歳と30歳の政治囚。政治囚が保衛員の子供たちを呼ぶ時には、「先生様の息子先生様」と呼んでいて、5歳以上の子供には必ず挨拶するようになっている。

*強制収容所・公開処刑に関する記事はこちらをご覧ください。
 ↓ ↓ ↓
*'06 11/19 TBS「報道特集」(1)〜(2)
 北朝鮮政治犯収容所の真実 〜父の命を代償に

http://aoinomama13.seesaa.net/article/27932218.html
*北収容所 恐怖の実態
http://aoinomama13.seesaa.net/article/27520297.html
*'06 9/20 テレビ朝日「報道ステーション」北朝鮮 公開処刑の全貌
http://aoinomama13.seesaa.net/article/24132616.html
*'06 9/4 フジテレビ「ニュースJAPAN」北朝鮮収容所の実態
http://aoinomama13.seesaa.net/article/23332256.html
*脱北者の証言《資料より》(1)〜(3)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/9685031.html
*'04 11/2 国際シンポジウム 小川晴久さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/10504648.html
*'04 11/2 国際シンポジウム デビット・ホークさん(1)〜(3)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/10531442.html
*'04 11/2 国際シンポジウム 金 英順さん(1)〜(3)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/10712128.html
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2007年04月20日

日本国内における脱北者支援の現状と問題点

 '06 12/12北朝鮮人権大使サミットにて配布された『脱北者支援民団センター』の資料をご紹介します。(写真はすべて資料より転写させていただきました)

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*日本から北朝鮮へ約9万3千人が送り込まれた。(写真は万景峰号)

【脱北者支援民団センター】

1、在日脱北者問題とは

 日本にいる在日出身の脱北者数は現在100余名と推定される。中国で偽造旅券を入手して入国するケースもあり、日本政府も正確な数は把握していないと思われる。一方、韓国には8,000人以上が入国している。

 韓国内の脱北者は、まれに元在日朝鮮人や日本人、その家族等が存在するが、大半が北朝鮮で生まれ育った人々だ。日本に入国した100余名は、全て元在日朝鮮人や日本人妻・夫とその家族である。

 在日脱北者問題の発端は、1959年から始められた「在日朝鮮人帰国運動」(いわゆる「北送事業」)だ。1984年までに、187回にわたり総93,340人が北朝鮮に渡った。この中には、日本人妻・夫およびその子女6,839人の日本国籍者が含まれている。

 北送事業は人道・人権の名の下に、北朝鮮赤十字会と日本赤十字社との間に「協定」が結ばれ、当時の国会で同「協定」への支持が超党派で決議されたほか、ほとんどのマスコミが賞賛する中で実施された。まさに朝野を挙げての事業であった。過去の植民地支配の清算というよりも、在日韓国・朝鮮人を治安・民生の両面から負担視する日本政府と、「地上の楽園」との宣伝によって、労働力不足を補う格好の手段とする金日成政権の狙いが、人道・人権の名によって一致した事業と言われている。(当時の日本各紙には、北送同胞の乗る新潟行きの列車を止めようと線路に集団で横たわったり、断食闘争を行うなどの反対運動を展開した在日本大韓民国民団(民団)を反動と表現した記事が目立った)

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*民団の北送反対闘争 中央民衆大会(1959.8.15 光復節)

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*線路に横たわり北送列車を防止する人民団団員

2、脱北から日本入国に至る経路

 1994年頃からと言われる食糧難などにより、10万人とも20万人とも言われる大量の脱北者が中国に入っていることは周知の事実だ。この中に、日本にゆかりの人々がいても何ら不思議はない。元在日朝鮮人のほとんどは韓国地域にルーツを持つ人々であり、北朝鮮地域には本来、縁がない人々である。日本での生活体験が思想的に問題を含んでいるとして、大多数の人が要注意者として監視の対象とされてきた。慣れない生活に不平・不満をもらしただけで、反社会分子として行方不明になったケースが多々あると伝えられている。

 脱北してから日本国内に至るまでの経路は、大別して二つある。中国国内に潜伏した後、在中国日本公館に駆け込むルート。もう一つは、中国国境から数千キロの厳しい行程を経て、東南アジアなどの第三国にある日本の公館に辿り着くルートである。現地での日本側の対応は、脱北者が元在日朝鮮人や日本人、その家族であるかどうか人定調査を行い、確認が出来た者のみ日本入国を認めている。(「支援体制がある韓国行きを暗にすすめられる」との脱北者の証言もあるが)

3、日本における支援事業の現況

 原則的に、現地の日本領事館担当官が日本の空港まで脱北者を引率してくる。そこから先は、バトンタッチされた民間団体が全ての支援活動を行っている。脱北者支援民団センター、北朝鮮難民救援基金、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会、脱北帰国者支援機構などが主となっており、在日韓国人や多くの日本の方々の善意に支えられ、定着・自立の為の支援にあたっている。

 入国に際しては外務省から事前連絡があり、支援団体の活動は、空港で脱北者を出迎えた(受け取り?)時点から本格的にスタートする。住居を事前確保したうえで、ガス・トイレ・浴室など、住居の使用方法から始まって電話のかけ方、バスの乗り方、切符の買い方、スーパーでの買い物、ゴミ分別の仕方など日常生活の全てから、北朝鮮や中国と日本との社会体制の違いなどを得心してもらう。役所での手続、銀行などの利用方法を実際に現場で説明し、理解してもらうなど、多岐にわたる。これらの仕事は、多くのボランティアの支援で成り立っている。

 脱北者の3分の1ほどがPTSD(心的外傷ストレス障害)になっている。これは当センターが行っている、精神科医によるカウンセリングで明らかになった。拉致事件やミサイル発射・核実験などにより、日本の対北朝鮮イメージは著しく悪化している中で、脱北者たちは自己の存在が周囲に知られないよう、息をひそめての生活を強いられている。また、就職もままならず、経済的にも劣悪ななかで、北朝鮮に残した家族を想い、孤独に耐えながら生活している。なかには耐え切れず、アルコールに溺れたり、行方不明になっているケースもある。当然起き得ること、と言っても過言ではない。

 脱北者の日本における法的地位でも、国籍が「無国籍」になっている人が大半で、「就業面接で無国籍が説明できない」「脱北者であることを言えない」など、意欲があっても職に就けず、悪循環に陥っているのが現状と言えよう。

4、急がれる公的支援

 日本政府は1959年当時、人道的な事業として“地上の楽園”への「北送事業」を推し進めた以上、相応の結果責任があると見なければならない。また、日本に受け入れたのであれば、支援体制を講じるのは当然のことであり、彼らが一日も早く定着し、自立する為、一刻も早く体制整備に取り組むべきであろう。

 北朝鮮の混迷は拡大こそすれ、終息するものではない。第三国で待機している日本入国希望の脱北者は、今も数多くいると言われている。今後ますます増加するであろう脱北者の為にも、彼らを一日も早く難民と認定し、今年3月まで稼動していたインドシナ難民の一時収容施設等を再度活用し、定着・自立の為の支援に動き出すべきだ。大きな意味では、この「元在日脱北者」も拉致被害者と言える。民間の善意のみに頼るのではなく、公的に対応してこそ、名実共に人道・人権を尊重する国として評価されるのではないか。

*脱北者支援民団センター
http://mindan.org/
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2007年03月15日

'06 12/12 北朝鮮人権大使サミット 小林ゆたかさん(参議院議員)

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*写真は第Uセッションの様子です。右から2番目の方が小林ゆたかさんです。

第Uセッション 大量難民流出にどう対応するか

《討論の主題》
 今夏の水害によって50万人が家を失い、10万トンの食糧が流されたとされ再び大規模な飢餓が憂慮されている。しかし、北朝鮮は先軍政治を標榜しミサイル発射、核実験へとひた走っている。

 国際社会の反発、国連決議による制裁措置の発動によって大量の難民が発生する現実的な可能性がある。又最悪の場合、北朝鮮崩壊がありうる。この問題に関する対策を急がなければならない時期が近づいているが、関係部署はどう対応するのか?


*事前に参加者に配布されました資料(講演内容)をテキストにしました。

 ご紹介いただきました自民党所属の参議院議員、小林ゆたかです。今日は演説の機会を頂き感謝を申し上げます。我が国においても近年、「北朝鮮難民と人権」に関する様々な展開があり、国民の関心が高まっているということ、また政治の分野においても様々な対応がなされていることを報告させていただきたいと思います。

 日本のすぐ近くにあって、核やミサイルの開発、拉致を含め人権の侵害を行う北朝鮮とは、そもそもどういう国家なのか?そして軍事独裁体制を指揮する金正日主席とはどういう人物なのか?こうした疑問に答える形でテレビや新聞・雑誌は北朝鮮の実情を連日大きく取り上げています。また苦しい生活を余儀なくされる、北朝鮮の国民の日々の生活風景や、中国や第3国に潜伏する脱北者の生々しい証言や映像も内外のメディアを通じて、流れています。こうした出来事をメディアが詳細に報道することで、関係者のみならず国民も、北朝鮮の人権状況についての認識を深めています。

 またこの4月から5月にかけて、拉致被害者の家族がワシントンDCを訪問し、議会で証言をし、ブッシュ大統領との面会が実現をしました。また家族が韓国を訪問し韓国の拉致被害者家族との面会も実現しました。

 こうした拉致関連のニュースも、国際社会では北朝鮮が如何に人権に対する配慮の無い国家として批判をされているかという解説と共に、報道されています。

 本年6月には、脱北者問題の背景にある北朝鮮の人権状況全般を改善するために、いわゆる「北朝鮮人権法」を成立させました。この法律の成立にあたっては、今日は中川正春議員が参加されていますが、民主党とともに議論を重ね共同提案をさせていただきました。与党と野党第一党で法律制定にあたったということも、日本において北朝鮮の人権問題が国民的な関心事となっていることを示しています。この法律では、政府に対し、脱北者の保護及び支援に関し、施策を講ずるよう努めることを義務づけています。

 また、自民党は、北朝鮮人権法の成立を踏まえ、党内に「脱北者に関する検討チーム」を設置し、日本として行うべき脱北者支援につき検討を行っています。

 さて、ご承知のように北朝鮮の人権問題を論じるにあたって、日本人として脱北者問題と共に重要な問題が、日本人拉致問題であります。

 2002年9月、拉致問題を進展させるとの決意を胸に、小泉総理大臣が、日本の総理大臣として初めて北朝鮮の地を踏んだ。小泉総理に対し、金正日国防委員長は、長年「捏造」として否定してきた日本人の拉致を認め、謝罪し、再発の防止を約束し、一部の拉致被害者及び家族の帰国も実現をしました。しかし、その後の北朝鮮の対応は不誠実といわざるを得ません。

 このような北朝鮮側の対応に対し、日本としては、引き続き、拉致問題の解決のために、北朝鮮側に対し、@生存者の帰国、A安否不明の拉致被害者の方々の真相究明、B拉致被害者の引き渡しを強く要求してきています。

 政府としては、「対話と圧力」という基本的な考えの下で、北朝鮮の誠意ある対応を引き出すべく、総合的に粘り強く努力していく考えです。

 このように、日本は、脱北者問題及び拉致問題ともに、その解決に向けた措置を講じています。しかし、多くの国々が関与する北朝鮮の人権問題の解決のためには、一国の力だけでは限界があります。すなわち、北朝鮮の人権問題の解決のためには、国際社会との連携や協力が不可欠なのは言うまでもありません。

 このような観点から、日本は、昨年12月に国連総会において初めて「北朝鮮の人権状況」決議が採択された際、決議の共同提案国として、EU等とともに採択に向けた外交努力を行いました。

 また、自民党においては北朝鮮問題に関する国際連携推進チームを設置し、広く人権状況の改善に熱心な国々、北朝鮮の人権状況の改善に積極なくに具に、外交関係を含め北朝鮮とのパイプを有する国々の政府、NPO/NGO、そして政党や議員との国際連携を様々な角度から検討し、北朝鮮の人権状況の改善、我が国にとっては特に拉致問題の全面的な解決の実現を目指すための取り組みを行っています。

 私もそのチームの事務局長として活動しておりますが、本年8月には、モンゴルにおいて開催された「北朝鮮難民と人権に関する国際議員連盟第3回総会」に自民党を代表して参加しました。この機会に多くの国々の政府や、組織、NPOが北朝鮮の人権問題に対して様々なかかわりを持ち、その状況の改善のために、努力を続けていることを、また脱北者からの証言を直接お聞きし、悲惨な現状を目の当たりにし、北朝鮮の人権問題の深刻さを改めて認識しました。

 核問題が大きくクローズアップされる一方で、現実的に、北朝鮮の国内情勢は不安定であり、更なる脱北者の発生や、食糧不足や体制の動揺などによっては、難民の大量流出も予想される状況です。

 日本は、現在北朝鮮に対して核開発を放棄させるとともに、拉致問題に対する誠意ある対応を迫るために経済制裁をはじめとする様々な働きかけを行っていますが、そのことが決して北朝鮮の人権状況を悪化させないように注意を払う必要があると考えます。

 また、難民の大量は東アジア地域に対して、大きな混乱をもたらすことになります。影響が予想される、韓国、中国といった関係国との連携はもちろんのこと、人権問題の改善に熱心な国々、国際機構、NPOなどとも、対応について協議をし、不安定性を増幅しないよう、日本としても積極的に取り組んでいくとともに、対応のための枠組みを構築する必要があると考えております。現在ある難民の受け入れの態勢も含め、人員や予算も十分でないとの指摘もあり、必要な対応を国会の場でも協議をしていきたいと考えています。

 日本としては、今回の会議の成果も一つの大きな契機として今後とも国際連携を深めつつ、北朝鮮に対し、人権状況の改善を促していく考えです。ご列席の方々からのご協力を改めてお願いをします。

終わり

*小林ゆたかのダイエット日記 12月12日(火)活動報告
http://kobayashiyutaka.blog46.fc2.com/blog-entry-323.html
*「北朝鮮難民と人権に関する国際議員連盟」第3回総会報告
http://aoinomama13.seesaa.net/article/22580591.html
*「'06 12/12 北朝鮮人権大使サミット」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/2412171-1.html
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2007年01月10日

'06 12/12 北朝鮮人権大使サミット 荒木和博さん

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*撮影したビデオカメラより文字化しました。

【司会者・加藤博さん】(北朝鮮難民救援基金事務局長)

 次は特定失踪者問題調査会の荒木和博さんですが、荒木さんは皆さんもご存知のように「しおかぜ」という(北朝鮮向け)短波放送を通じて特定失踪者に呼びかけをしております。聞いたところによりますと、昨日は実際に日本に戻られて来た脱北者たちのインタビューを録音されたと、新たにメッセージが届くのではないかと、新しい希望もまた生まれて来つつあるかな、いうふうに思います。荒木和博さんにお願いします。

【特定失踪者問題調査会代表・荒木和博さん】

 ご紹介いただきました荒木でございます。皆さん、本当にご苦労さまです。私ども特定失踪者問題調査会というのは、政府が認定していない拉致被害者について調べて、そして明らかにし救出を目指す、という団体でございます。私はこの約10年間、拉致問題の救出運動という事で進んでまいりましたけども、その前半を救う会の役員として、そして後半、今から4年前からですね、特定失踪者問題調査会を立ち上げまして、その代表という事でやってまいりました。

 最初にお話をされましたホン先生(洪ヒョン氏・元駐日韓国公使・早稲田大学)にはもう10年以上前からの付き合いなんですけども、確か拉致問題が明らかになるというか運動化される前からだと思うんですけど、「北朝鮮の体制を追い詰めるのは人権問題でいくしかない」という事を何度も言われておりました。ただ恥ずかしい話ですけども、その時は私自身そこまでの意識はありませんで、日本にとってみれば朝鮮半島というのは、やはり第一の関心は安全保障の問題でありますから、そちらの方が重要じゃないのかなと思っておりましたけども、(救出運動を)やっていく中で、自分自身もそういう理解をしてきた、という事でございます。

 10年前に横田めぐみさんの事が明らかになり、救出運動が始まりました。最初作りました署名の用紙には「横田めぐみさんを始めとして拉致された日本人を助けよう」という事で書いておりました。そしてやがて日比谷で第一回目の大集会をやったのはその2年後だったと思いますが、その時に韓国から拉致被害者のご家族がやって来られまして、初めて集会でお話をされました。それ以降救う会の署名簿は「日本人」という言葉を「拉致された人々」に置き換えて、そして「拉致された人々を救出しよう」と、つまり「日本人に限らず拉致された人はすべて助けよう」というふうにしてやってまいりました。

 そしてさらに私自身この運動でやる中で、決して問題が拉致だけではない、収容所の問題・脱北者の問題を含めまして北朝鮮の人々の人権の問題にも密接に関わるのである、という事を非常に痛感を致しまして、「この問題はやはり包括的な問題なんだなぁ」と、ホン先生から言われてからもう十何年も経っているのも本当にお恥ずかしい情けない話でございますけども、今それを痛感しております。

 そしてこの10年間、拉致の救出活動をやっておりまして、私自身はそれ以前ずっと政治活動をやってきた人間でございます、その視点から致しますと、これは被害者の方々あるいはご家族の方々に対しては大変失礼な言い方になるんですが、この拉致被害者の救出運動ほど楽な運動はまったくございません。言った事は皆さん理解していただける。やはり特に日本人という事であれば「同胞が拉致をされているんだ」という事で、運動に参加していただける方が非常にたくさんあり、あるいは報道機関の方も報道していただける。

 それに比べると、正直言いまして「一般の北朝鮮人権問題の運動」というのは、やはり非常に地味な運動でございます。ですから山田先生(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会代表)、あるいは加藤事務局長(北朝鮮難民救援基金)を始めと致しまして、そういう問題に地道に取り組んでいる方は私どもよりはるかに重要な役割を果たしている、という事を本当に実感を致しております。

 その絡みを含めて今日この後お話致しますが、先ほど斎賀大使のお話の中で、私聞いておりまして、非常に私どもの関係で重要な問題がございました。というのは、お話の中でこの拉致の事に関わった中で「現在政府は12件17名の拉致被害者が政府により被害者と認定されていますが、その他にも三十数名の方が北朝鮮により拉致された可能性が高いと考えられています」というお言葉でございます。実はこういう言葉を政府の方が話すのは今回が初めてであります。

 「三十数名というのは何を示しているか」と言いますと、これは去年の11月の日朝協議以降、外務省が北朝鮮側に安否確認をしている方々、また私ども特定失踪者問題調査会で拉致の可能性が高いと現時点で言っております1000番台リスト34人と、そして小住健蔵さん、福留貴美子さんのお二人、実質は36人です。ただし日本では1000番台リストの中の山本美保さんと福留貴美子さんについては、これは警察が「拉致ではない」という認識をしているために、まぁ省庁間の齟齬をなくすために「三十数名」という事にして、誰を安否確認したかについては公式には外務省は明らかにしておりませんが、やはり基本的にはそういう認識である、という事だろうと思います。

 この間の松本京子さんの(拉致)認定の問題で、この認定という事が非常にクローズアップされましたが、いくら認定をしても認定をされた事は被害者の解決にならない、この人権週間を設定しあるいは人権法を制定しても、しただけではその北朝鮮の人権侵害に苦しんでいる人たちを救う事にならないのと同じように、拉致認定をしただけで拉致被害者を救う事にもなりません。

 それでこの認定という問題、逆にこれは法律化されてしまったために返ってその壁を作ってしまった、特に外国の方には非常にわかりにくい状況になっていると思います。私どもは言っているんですけども、「ここでもっと基準を下げて、そしてもう色々なかたちでやったらいいのではないか」と。例えばここにマスコミの方がたくさんお見えですけども、例えば朝日新聞認定・テレビ朝日認定・TBS認定・NHK認定、みんなでそれぞれ勝手に「認定のリスト」を作ってどんどん出してしまったらどうか?(会場笑い)と。そういう事をしていくと、いつのまにか認定というのが訳がわからなくなってくる。「ともかくたくさんいるみたいだ」と感じるようになった方が実際の救出にはプラスになるであろう、という事でございます。

 この拉致問題というのは、これから先、事態が明らかになってまいりますともっと複雑になります。というのは、先ほど山田先生がお話になった「帰国者の中でも無理矢理連れて行かれた方がいる」という事がございましたけれども、拉致被害者の中にも逆に、自分の意思で入って出られなくなった方、これは有本恵子さんもそうなんですが、もっと確信犯的に北朝鮮が好きで北朝鮮に入ったと。しかし帰るつもりだったのに帰してもらえなくなったというような人、あるいは、場合によっては例えばお金で契約をして、技術者で行ってそして出られなくなった人とか、そういう様々なグレーゾーンがもう出てくる事は明らかなんです。

 しかもおそらく向こうで結婚してお子さんたちがいると。こういう方々に関しては、脱北帰国者の方々と同様なかたちの扱いがされなければいけなくなってくる。ですから問題は「ここまでが拉致した人、そしてこれから先は拉致以外」というような区別はこれからできなくなってくるだろうと思います。

 また、連れて行かれる途中で殺害されてしまった人とか、北朝鮮で命を落とした人というのも当然いる事を我々覚悟していかなければいけないわけでございまして、そういう問題にも直面していかなければならないと思います。これは我々にとっておそらく相当しんどい事になるだろうと思います。

 私、今から4年前の9.17の小泉訪朝で、横田さんたちご家族に政府が「亡くなりました」という事を伝えた現場にいた数少ない人間の一人でございますが、あの時は「私自身が今まで拉致の救出運動をやる事によって助けられると思っていたのに、逆に殺されてしまったんではないか?」と「ひょっとして自分のやってきた事は人殺しだったんではないか?」という思いをした事がございまして、あの光景はおそらく私は一生忘れないだろうと思います。

 ただ幸いにしてその後ですね、その情報が「ウソであった」という事がわかりましたのでよかったですけども、私ども調査会の人間みんなですね、やがてそれと同様の事をご家族に伝えなければいけない時が来るのではないだろうか、という事の覚悟をして、そしてしかしそれでもやはり真実に向き合っていかなければいけない、そのように思っております。

 私どもは今まで、特に日本人は非常にこういう問題について受身でございました。やられた事に対して対処をすると、そしてそのやられた事もできるだけ矮小化していく、という事でやってまいりました。まさに国の防衛方針が専守防衛ですから仕方ないんですけども、そうではなくて、このやはり自由とか人権を守るためには、我々自身がまさにそれに反するものに対して『攻撃は最大の防御である』という戦いの姿勢を持っていかなければいけない、と感じております。

 先ほど加藤さんからご紹介いただきましたように、私どもは現在1日1時間ずつ、早朝・深夜に北朝鮮に向けて短波放送を行っております。この放送も去年の10月の末から始めまして、もうすでに1年以上経ちました。やっと政府も少し協力をしてくれる、という方針が出てきたようなので、さらに「より聴こえるように、よりいい情報を送れるように」という事の努力をしてまいりたいと思っております。

 これはもう我々だけでやる事ではなくて、韓国の“自由北韓放送”、あるいは“RFA”(Radio Free Asia 自由アジア放送)ですとか、あるいは“FEN”(Far East Network極東放送)ですとか、様々なところでやっている放送とも連携をとってまいりたい。

 それから、NHKの国際放送も現時点ではせっかく朝鮮語の放送を北朝鮮に流しているんですが、「北朝鮮の一般の人は聴けない時間帯・周波数で流してしまっている」という事で、これはもう放送の内容の問題ではなくて、「今の放送で全然かまわないので、ともかくもっと聴ける時間と周波数で流してもらいたい」という事を今後要請するつもりでおります。

 でまぁ、この放送の中で私どもとしては、今日本語では「北朝鮮にいる方々・拉致被害者の方々にまず希望を持ってもらいたい」と「我々は救おうとしているんだという希望を持ってもらいたい」という事を伝えております。これは私自身のナレーションの中で言っているんですが、「北朝鮮に拉致された方々、そして様々な理由で北朝鮮に渡って戻れなくなった皆さんへ」と言っております。もちろんこれには当然帰国者の方々も含むわけでございまして、そういう方々に少しでも日本で何とか助けようとしている希望を持っていただく、という事をやっております。

 そしてもう一つは、北朝鮮の中から何とか情報を出してもらいたい。私どもの東京中央郵便局に私書箱(東京中央郵便局私書箱1022号、しおかぜ宛)を持っておりますが、この番号を繰り返し流して、中国に脱北した人を何とかどうしてでも私どものところに情報を送っていただきたい。その情報があれば政府とも連携しながら救出の活動に出て行けるのではないだろうか、というふうに考えております。

 もちろん我々はラジオをやること事態が目的ではございませんので、おとといの与野(さいたま市)の国際会議でもお見えになっておりました李ミンボクさん、韓国で風船にビラを付けて北朝鮮に流しておられるご努力を一生懸命やっておられますが、この李ミンボクさんたちの会とも協力致しまして、私どもも日本語のビラを北朝鮮に送りたいと感じております。

 それでおとといも実は申しましたのですが、8月の末にソウルに行きまして、江華島からビラを飛ばすのに一緒に手伝わさせていただいたというか実施見学をさせていただきました。それで「たまたま失敗して上空で弾けたビラが、2日ぐらい後にソウルの大統領官邸に落っこったという事で問題になった」と聞いております。この話を三浦小太郎さん(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会)に致しましたら、「まぁソウルの大統領官邸も北朝鮮みたいなもんですからいいんじゃないですか」というお話がございまして、「ひょっとしたら上手くいけば青瓦台(ソウルの大統領官邸)から亡命してくれる人が出て来るかな」という期待をしている次第でございます。

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*写真は12月10日「映像とシンポで語る北朝鮮」の集会で、ジャーナリストの萩原遼さんが李さんからいただいたビニールのビラを撮影したものです。

*風船 飛んでゆけ
http://aoinomama13.seesaa.net/article/29598445.html

 それ以外にも、あと出来るのは「北朝鮮に対してファックスを送る」という方法がございまして、これは私も前にしばらくやっていた事がございますが、平壌の場合、ファックスの使われる市外局番というのが、私がわかっている限りでは381だけでございますので、平壌の番号が02でしたかねぇ、02381のあと4桁の番号でできますから、これに0000から順番に送っていくと必ず200件くらいファックスが届きます。ファックスはもうどんな事をしてもその機械のところまでは行きますので、郵便なら止められてしまっても(ファックスは)検閲はできませんから、まぁお手間がある方はですね、1回300円でできますのでやってみられたらいいんじゃないかと思います。1回やっていましたら、向こうで「ウイウイ?」という声が聞こえましたので、「中国大使館の関係者か何かにも届いたんじゃないかな?」と思われた時がございます。

*ファックス番号につきましては、聞き取りに間違えの可能性がございます。おかけになる場合は、ご自身で事前にご確認の上お願い致します。

 ともかくそういうふうにして、こちら側から可能な情報をすべて入れていく、そして助けようとしている、という意思を伝えていく事によって、北朝鮮におられる方々に希望を持っていただくと。

 そしてまたさらに「北朝鮮にいる北朝鮮の幹部などに楔を打ち込んでいく」という事が必要であろうと思います。今朝鮮語の放送を私がやっておりますが、北朝鮮の幹部に呼びかける言葉の一つは「拉致被害者の救出に協力してください」と「救出に協力してくれたら私たちは絶対に皆さんの事を忘れません。救出に協力してくれなかったらその事も絶対に忘れません」このように言っております。(会場笑い)

 また「今この体制を打倒するために立ち上がってくれれば、皆さんは民族の英雄になりますよ」と「最後まで金正日と一緒にくっ付いていたらどうなるかわかりますね?」というふうに優しく呼びかけておりまして、まぁ、こういう事をみんなで色々とやっていけばやがて必ず私は効果が出てくると思っています。

 それで最終的にはもう(北朝鮮へ)行って捜すしかございません。拉致被害者の中でもまったく身寄りがない方の場合は、我々に届け出も警察への届け出もできません。そういう方々の場合は、もう誰も(北朝鮮に)行っている事がわからない。その人を捜すためには、向こうにみんな入って自由に向こうから出て来られるようにせざるを得ません。

 つまり「拉致の解決」というのは、それを最後までやるためには、北朝鮮にいる一人一人の方々が自由にものが言えて、自由に自分の暮らしができるようにしていかなければいけない、という事でございます。ここにお出での皆さま方、そのためにこれまでもご尽力をしてくださった方々だと思いますけども、今後一刻も早く問題を解決するために、共に手をとって頑張ってまいりたいと思います。よろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)

【司会者・加藤博さん】(北朝鮮難民救援基金事務局長)

 ありがとうございました。

*荒木和博さんのブログ
http://araki.way-nifty.com/araki/
*北朝鮮人権侵害問題啓発週間 北朝鮮難民救援基金HPより
http://www.asahi-net.or.jp/%7Efe6h-ktu/topics061121.htm
*「'06 12/12 北朝鮮人権大使サミット」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/2412171-1.html
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2006年12月15日

'06 12/12 北朝鮮人権大使サミット 増元照明さん

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*撮影したビデオカメラより文字化しました。

【家族会挨拶 増元るみ子さんの弟】

 おはようございます。ご紹介いただきました、家族会事務局長の増元です。あの、私たち1997年家族会を結成致し、そして日本の国民の皆さんに「北朝鮮による日本人拉致」を訴えて参りました。しかし、なかなかその運動も大きくなる事がなく2002年の9月17日、日朝首脳会談以降、ようやく日本の方たちが北朝鮮の非道な拉致という犯罪について多くの方が理解し、そして知っていただくようになりました。

 それ以降、北朝鮮の国内における人権侵害、さらに脱北者の問題も各メディアが取り上げるようになって、ようやくあの独裁国家、非道な独裁国家である北朝鮮の実態を多くの日本の国民の方が知るようになりました。それまでは日本の国民の方にも誤った贖罪意識の中で、北朝鮮に対し何らものを言えない状況が続いておりましたけれども、2002年9月17日以降、やはりあの国の実態を知るに至って多くの国民の方が憂い、そして日本人の拉致被害者に対する大きな同情を寄せていただき、北朝鮮批判が強くなってきていると私は感じています。

 今、私たちの家族は未だに幽閉され、そして帰国できない状況にあります。私たちが私たちの運動を通じて拉致被害者を救出すると共に、北朝鮮人民の解放をも訴えていかなければならないという強い思いでこれまで走って来ております。これからも私たちは、私たち家族の救出をしなければならないその思いと共に、金正日政権の今、金正日政権下における北朝鮮人民の人権侵害、そして大きな苦悩を解放したいと考えています。

 今、(三浦)小太郎さんがおっしゃいましたけど、六者協議、核の問題で世界中が非常な圧力をかけ始めています。まぁどういうきっかけであれ、世界中がやはり・・、北朝鮮の実態を正していかなければならないという強い流れが出来つつある事を、これは非常に喜ばしく思いますし、私たちは私たちで先々月も国連に出向き、私たちの問題として大きな人権侵害の問題として国連に訴えて、国連の第三委員会でも北朝鮮非難決議が昨年より多くの賛成を得て可決されました。

 この流れをさらに大きく強くして、そして今、拉致の問題でもそうですけれども、この問題は日本独自の問題ではなくて、韓国にも大勢の拉致被害者がいらっしゃる、タイにもいらっしゃる、中国にもいる、そしてヨーロッパの各国、すべての12カ国にも及ぶ北朝鮮による拉致被害者の救出を実現する事によって、北朝鮮の人権問題を正していっていただきたいと思っています。

 あの国の人権侵害をこのまま放置してきたのは、わが国の問題でもあると思います。わが国が隣国にあのような国がある事をいささかも懸念する事なく擁護してきて、そして支援してきた結果があの国の今の現状を作っていると思うと、私は日本人として非常に恥ずかしい思いもしておりますし、私たち家族のためにも、そして私たちの国のためにも、あの国が正常な国になる事を望んでおりますので、ぜひ皆さまにもご協力をお願い致したいと思っております。

 本日はこれから、全国から家族会のメンバーが集まり会議をしなければならないので、今日は早々にこの場を退場致しますけれども、この会議が実りある会議になる事を祈願しております。本日はありがとうございました。(大拍手)

*北朝鮮人権侵害問題啓発週間 北朝鮮難民救援基金HPより
http://www.asahi-net.or.jp/%7Efe6h-ktu/topics061121.htm
*「'06 12/12 北朝鮮人権大使サミット」カテゴリ
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2006年12月13日

12/12 北朝鮮人権大使サミット 斎賀富美子さん

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*写真は会場の国際協力総合研修所・国際会議場です。(新宿区市谷)

 あおいのママとパパは、北朝鮮人権侵害問題啓発週間(12月10日〜16日)の今週、10日の「映像とシンポで語る北朝鮮」の集会と12日の「北朝鮮人権大使サミット」に参加しました。それぞれのレポートは、主催者の方からビデオ撮影の許可をいただきましたので、出来れば少しだけ文字化をしたいと思っています。どうか気長にお待ちくださいネ!

 前後しますが、12日のサミットで斎賀富美子人権大使が基調講演をされました。そのお話は資料(案)にして事前に参加者に配布されましたので、テキストにして先にご紹介致します。

【斎賀富美子人権大使】

1.はじめに

・本年から設けられた「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」にあたり、本会合の開催に尽力された「北朝鮮難民救済基金」、「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」、「Freedom House」、「North Korean Freedom Coalition」の関係者の方々に心より敬意を表します。

・本日の私のスピーチでは「北朝鮮を取り巻く国際環境」、「拉致問題を含む北朝鮮の人権問題」、「北朝鮮からの脱北者保護」の3点に焦点をあてて、取り上げます。

2.まず、北朝鮮を取り巻く国際環境について延べます。

・北朝鮮は、ミサイル発射実験や核実験を実施し、国際的孤立を益々深めています。核実験により、北朝鮮問題は、完全に「グローバルな問題」になりました。核実験後に採択された安保理決議1718号は、北朝鮮の核は世界の安全に対する脅威であると認定し、すべての国連加盟国に制裁措置をとることを義務づけています。この決議は、中国やロシアを含む全会一致で採択されたものであり、北朝鮮が先軍政治の下に進めている、核やミサイル開発について、国際社会全体が容認できないとして、明確にNOを突きつけたものであります。既に、この決議に従い様々な措置が取られつつあります。

・また、北朝鮮が通貨偽造、偽タバコ、麻薬などの不法行為に手を染めてきたことに対し、国際的な監視や取締りは強化されており、北朝鮮がこれらの違法な手段を通じて外貨を稼ぐことは、益々困難になっています。

・来週18日から、六者会合が再開されることとなりました。日米中韓露の五カ国は、北朝鮮との歴史的、政治的、経済的に濃淡がありますが、北朝鮮の核保有を容認できないこと、再開された六者会合の早い段階で、北朝鮮の核廃絶に向けた具体的成果を達成することが必要であるとの点については明確な意見の一致があります。北朝鮮は、核実験を通じ究極の抑止力を獲得した、交渉のより強いレバレッジを持ったとの感を有している可能性もあろうかと思いますが、国際社会では、核保有が容認されないことを北朝鮮に理解させることが必要です。交渉の成り行きは、予断できないものがありますが、北朝鮮自身の将来にとって、正に大きな岐路(ターニング・ポイント)を迎えつつあると考えられます。

3.次に、北朝鮮の人権問題について述べます。

・北朝鮮国内の人権状況については、閉鎖的社会であるだけに、その実態を把握することが困難な面がありましたが、90年代後半以降、多くの脱北者の方々の証言や彼らを支えるNGOの方々の尽力により、その悲惨な状況が徐々に国際社会に認知されています。例えば、ムンタボーン国連北朝鮮人権特別報告者は、その報告書の中で、拷問、非人道的な刑罰、強制収容所の存在、強制労働の利用など組織的、広範かつ重大な人権侵害を指摘しています。また、軍事費を人権状況の改善のために再分配すること、人道支援に効果的なモニタリングを認めること、政治犯に対する制裁を廃止することなどを勧告しています。

・今年は、7月の大雨で食料生産に大きな被害が出たこと、また、ミサイル発射や核実験の影響で外国からの食糧支援が中断されていることから、今後、食糧問題がいっそう深刻化すると予測されています。WFPは、年間総需要量約500万トンの食糧に対し、約80−90万トンが不足すると予測しておりますが、もっと深刻であり、このままでは90年代後半のように、悲惨な状況が発生すると予測する人もいます。実際にどれくらいの食料が不足するかを把握するのは、困難でありますが、最近、北朝鮮が「苦難の行軍」という90年代後半に盛んに使用した言葉を使用するようになっており、国内の締め付けに躍起になっている様子が伺えます。また、北朝鮮が、食料を地方から都市部に集めている。軍の食糧備蓄ですら、満足に達成されておらず、外国からの食糧支援が来れば、北朝鮮は、優先的に軍にまわすことを計画しているという人もおり、WFPをはじめ食料支援をしている国際機関や各国政府にとっては、より効果的なモニタリングが実施できるか否かが、引き続き大きな課題であります。

・北朝鮮の経済状況については、電力不足がこの数ヶ月の間に更に深刻化しており、工場や鉱山の操業率もいっそう低下しているのではないかと見込まれています。食糧不足と電力不足があいまり、先軍政治の下で、北朝鮮国民の生活は、益々、厳しい状況になっていると考えられます。

・北朝鮮の人権問題に関して、人権委員会は、2003年から昨年まで3年連続で決議を採択しましたが、昨年12月には、国連総会で初めて「北朝鮮の人権決議」が採択されました。今年も、同様の決議案が来週には、総会の採択にかけられる予定です。日本政府は、EUとともにこの決議の共同提案国として、その採択に向け、様々な外交努力を行っています。いずれにせよ、北朝鮮の人権状況については、核の問題やミサイルの問題と同様に既にグローバルな問題になっており、国際社会として、最早放置できないと認識し、その改善を求める状況になっています。北朝鮮はそのような国際社会の動向に極めて神経質になり、反発を強めています。

・拉致問題について申し上げます。拉致問題の解決は、安倍内閣の最優先課題のひとつです。12件17名の拉致被害者が政府により被害者と認定されていますが、そのほかにも30数名の方が北朝鮮によって拉致された可能性が高いと考えられています。また、拉致被害者は、日本人のみならず、韓国、タイ、レバノンなど10カ国以上に及んでいる可能性も指摘されています。安倍総理と麻生外務大臣は、拉致問題をあらゆる二国間会談、国際会議において取り上げ、解決に向けての各国からの協力を要請しています。また、安倍総理を本部長とする拉致問題対策本部を設置し、この問題に取り組む政府の体制を強化するとともに、拉致被害者の「家族会」と「救う会」、「特定失踪の会」などの民間の活動との連携も強化しています。
 拉致を含むすべての北朝鮮の人権問題について、本日、この会合に外国から出席されている方々との連携を強化できることを期待しております。


4.三点目として、北朝鮮を脱出する方の保護について述べます。

・北朝鮮から、命をかけて脱出し、中国に滞在している人の数は、正確には把握されていませんが、数万から十万人以上の方が今も中国に潜伏しているといわれています。これらの脱北者が発生した背景には、経済難、社会的困窮に加え、ムンタボーン国連特別報告者が指摘している深刻かつ広範な人権侵害も大きな要因と考えられます。

・中国は、国内に様々な問題を抱えており、自らの社会の安定を保つことを最重要課題としており、脱北者を不法入国者として扱うとの立場を堅持しています。他方で、国際社会との関係では、様々な意見はあろうかと思いますが、脱北者の入国に現実的な対応をしているのも事実です。また、脱北者の行き先は、韓国が一番多いわけですが、今年になって、アメリカが脱北者を受け入れだしたことは、注目されます。

・日本との関係では、1959年から1984年にかけて、当時日本に在住していた在日朝鮮人を中心に約93,000人もの人が、北朝鮮が「地上の楽園である」との宣伝の下、北朝鮮に渡りました。その中には、配偶者として、北朝鮮に渡った約6800名の日本人も含まれています。日本から北朝鮮に渡航したこれらの方は、北朝鮮の悲惨な境遇での生活を余儀なくされていると言われています。そして、北朝鮮からの脱北者が増加する中で、これらの日本人・元在日朝鮮人の中から、中国などを経由して日本に帰国する人も現れています。

・日本のNGOの中には、このような日本人・元在日朝鮮人の日本への帰国を支援している団体もあります。今年の春に、北朝鮮は、これらの関係者は、北朝鮮人民を誘拐する犯罪者であると主張し、その引渡しを日本側に要求してきました。勿論、日本政府は問題外のことであるということで、応じておりませんが、北朝鮮側が、脱北者の増加に手を焼いていることのひとつの表れではないかと考えます。

・日本においては、本年6月に、おわゆる「北朝鮮人権法」が、成立しました。この法律は、政府に対し、脱北者の保護及び支援に対し、施策を講ずることを義務づけています。現在、日本政府部内で検討がなされていますが、北朝鮮という特殊な国で生活していた方をどのように受け入れるかについては、各国とも様々な問題を克服する工夫が必要だと思います。今後、国際社会が、脱北者に対する支援を求められる状況は益々増えることになろうかと思います。 本日の会合では、脱北者の定着に関して、どのような問題があり、それに対して政府や地方公共団体、民間の支援団体がどのような役割を果たすべきかについて、議論が深まることを期待したいと思います。

5.最後に、本日の会合が実りあるものになるように祈念し、私のスピーチを終わらせていただきます。ご静聴、ありがとうございました。

終わり

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*写真は今年5月、ノルウェー・ベルゲンで救う会神奈川の川添会長が撮影しました。拉致被害者「松木薫さん」のお姉さんの斉藤文代さんと斎賀富美子人権担当大使です。

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*ベルゲン国際会議会場外でアメリカの某団体の方と斎賀富美子人権担当大使と雑談している北朝鮮難民救済基金の野口孝行さんです。

*「第7回北朝鮮の人権と難民国際会議」ベルゲンにて
http://aoinomama13.seesaa.net/article/17933591.html
*「'06 6/4 国際会議報告会」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/1602403-1.html

[調査会NEWS 449](18.12.13)より

■齋賀人権大使の発言について

 昨日12日、都内で開催された難民基金・守る会共催の国際会議で第1セッションの基調講演をした齋賀富美子・人権大使は講演の中で次のように語りました。

 「12件17名の拉致被害者が政府により被害者と認定されていますが、そのほかにも30数名の方が北朝鮮によって拉致された可能性が高いと考えられています」

 この「30数名」というのは昨年11月及び本年2月の日朝協議の中で日本側が北朝鮮に安否確認を求めた36名のことを指すものと思われます。

 外務省は「30数名」が誰であるのか、これまで公式的には明らかにしていませんが、実際には次の方々であることがほぼ確実です。

(調査会1000番台リスト)
徳永陽一郎・木村 かほる・加瀬テル子・坂本とし子・屋木しのぶ・水島慎一・斉藤裕・国井えり子・今井裕・大屋敷正行・加藤久美子・園田一・園田敏子・生島孝子・遠山文子・古川了子・高敬美・高剛・大澤孝司・清崎公正・藤田進・国広富子・布施範行・新木章・松本京子(当時は政府未認定)・前上昌輝・金田竜光・山田建治・辻 與一・河嶋功一・山本美保・秋田美輪・林田幸男・佐々木 悦子

(救う会認定…調査会ができる以前から拉致の疑いが濃厚とされていた人)
福留貴美子・小住健蔵

 なお、調査会の1000番台リストではその後日高信夫さんが追加されていますが、この時点ではまだゼロ番台のため入っていません。

 外務省がこれらの人の氏名を出さず、人数も「30数人」としている理由は、警察が拉致でないと判断している山本美保さん、福留貴美子さんが入っているため、省庁間の齟齬をきたさないようにしているものと推測されています。

 そのため、外務省ではこれまで安否照会を北朝鮮側にした失踪者について、家族にも伝えていませんでした。また、その「30数人」をどの程度拉致の可能性が高いと認識しているのかも分かりませんでした。今回の齋賀大使の講演は、原稿をコピーして配布しており、それとほとんど同じ内容で話しています。従って、当然担当部局のチェックが入った上でのことと思われ、その意味でも大変注目されます。
posted by あおいのママ at 08:52| 千葉 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | '06 12/12 北朝鮮人権大使サミット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする