
*写真は新津市民さんの撮影です。
*新津市民さん撮影の映像より要旨レポートを作成しました。聞き取りに間違いのある可能性もございます。ご了承ください。
【司会者】
北朝鮮に拉致された可能性が濃厚な特定失踪者の大澤孝司さんのお兄様、大澤昭一様からメッセージをいただきたいと存じます。弟の孝司さんは、旧佐渡新穂村の県佐渡農地事務所勤務だった1974年2月24日夜、飲食店で食事後、友人宅に立ち寄ったのを最後に行方不明になりました。それでは大澤さん、よろしくお願い致します。
*特定失踪者・大澤孝司さん 昭和49(1974)年2月24日失踪
特定失踪者問題調査会リストより
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=69&mode=search3
【特定失踪者大澤孝司さんの兄・昭一さん】
皆さん、こんばんは。お忙しい中、こんなにたくさんの多くの方々が集まってくださって感謝しております。これだけの方から拉致問題のためのご支援をもらっている、私ども感謝の気持ちでいっぱいです。また、今横田さんの熱弁の後に私が話すのは雰囲気を壊すのではないかと心配ではございますが、私は一応特定失踪者の家族の立場として、現在の特定失踪者の状況だけちょっとお話させていただきます。
私たち特定失踪者の家族は先日初めて政府の総理大臣官邸に呼ばれまして、塩崎官房長官が面会してくださいました。(11月9日)特定失踪者家族として運動を始めて4年、政府がやっと私たちの家族が拉致被害者であると認めてくださったのです。家族として一番の気がかりの「拉致問題の解決はこれまで認定された16人で終わるものでないか」という心配に対して官房長官は「特定失踪者を含むすべての拉致被害者の救出をするまで終わりはない」と言明してくださいました。
また同時に、結局ここに結びつくんですけども「拉致認定」の問題については、これまで認定者が16人にとどまっているのは証拠を第一、韓国の目撃者証言、いわゆる証拠第一のものなので、認定被害者が拉致でなかった場合の責任問題などを、という気持ちでなかなか認定されませんでした。しかし20年〜30年前のこと、そうそう証拠もあるわけではありません。認定条件の見直しもお願いしました。これについても、一応日本政府も見直しについては今後、政府と調査会で話し合いの場所を作ってこの問題に対する、ということです。私たちにとっては大きな前進だと思います。
また「情報開示等その他現在、政府ではなく民間のマスコミ・特定失踪者問題調査会が行っている韓国の目撃者との対談、そういう作業を私たちに任せないで何とかひとつ政府の方でやっていただきたい」とお願いしました。
認定問題ですが、私の弟は現在日本でも証拠もなく、北朝鮮での目撃情報もないので認定されておりません。拉致されたと思われる日を思い出しますと、弟は昭和49年2月24日、新穂村(にいぼむら)の隣町の金井村(かないまち)に行って、仏像を買い、それを風呂敷に包んで抱えて、夕方新穂村のバス停で降り、日曜日のせいか寮で夕食が食べられないため、町の焼肉店で酒少量と焼肉を食べ「女将に仏像を見せる」と言うと「見てもわからない」と断られ、食べ終わって「飲んだし食ったし、帰って寝るか」とそういう言葉を残して店を出て寮に向いました。
その中間点にある蕎麦屋さんのタバコ販売所のガラス窓越しで、狩猟免許証を奥さんに返し、「あんたも入ったら?」という誘いを断って歩き出そうとすると、2〜3人の男性が店内に入ろうとして入らずに出て行きました。その後、急発進のタイヤの軋む音がして車が走り去ったということで、寮には翌朝になっても孝司の姿はなかったのです。これが当時の状況です。
私も佐渡中、警察を始め同僚・部落の人、多数の応援で長時間捜しましたが見つかりません。そうしていると、弟は自分から命を絶ったんだろうか、他所の土地で暮らしているんだろうか、という気持ちになりました。しかしよく考えてみると、自分で命を絶つ者が観賞用の品物を買って来るものだろうか?また焼肉店を出る時「飲んだし、食ったし、帰って寝るか」という言葉が出てくるのか?と思いました。
また翌日の25日以降、日本海も荒れていて、小船での島外脱出も考えられず、佐渡汽船も貨物船も乗った形跡もなく、その後数年間島の内外で遺体も発見されませんでした。佐渡を離れて他所へ行ったんじゃないか?という推測も考えられました。しかし、寮では金も衣類も持ち出された形跡はなく、後日、通帳から金を引き出した形跡もありませんでした。
この運動を始めて、特定失踪者用の公開したポスターを見て、国内では「十数人の方が家族のもとへ帰られた、家族のもとへ連絡があった」という話がございますが、私は「それでもいい、恥をかいてもいいから家に連絡が来ないか」と希望を持ちましたが、現在まで連絡はございません。私もすでに4年間、テレビ・新聞等に出させてもらって、「弟が日本に暮らしていれば何かの連絡がある」と思ってずっと待ち続けましたが、連絡はありません。
という事は、弟は自分を殺めた、または島外での生活、というようなかたちの消息不明ではないような気がします。結局、その頃も「神隠し」という言葉、「神隠ししかもう考えられない」という状態に陥りました。
しかしその後、第一次小泉訪朝で曽我さんが帰って来ました。「弟も同じ佐渡だし、失踪の理由もないし、これ以外はない」という気になりました。しかし証拠はありません。でも新潟県警は「大澤孝司は拉致の疑いが濃厚である」と発表してくださいました。また、先日新潟県警は曽我ひとみさんの拉致の実行犯として、北朝鮮工作員キム・ミョンスクを指名手配してくださいました。感謝の気持ちでいっぱいです。これからその他拉致実行犯の特定を一刻も早くお願いして、これが佐渡内外の拉致問題の真相究明に大きくつながるものと考えております。
また、一連の報道の中で、ジェンキンスさんの話しとして、曽我さんを拉致するのが一番難しかったと言われています。ということは、北朝鮮は佐渡でも拉致を何件か実行しているということです。私の弟は曽我さん・横田さんの拉致より数年前でした。その頃より拉致があったものと思われます。政府も今後、特定失踪者等の拉致認定に対しては、数十年前の証拠とか韓国の目撃証人たちなどにこだわらず、私の弟のようなケースにも一刻も早く拉致認定してもらい、その方向に進んでくださるようにお願い致します。
私の親父は明日12日が97歳の誕生日です。まだその歳にしては元気です。昨日も新聞・テレビを見て、六ヵ国協議の再開などをまだ気にしています。でも97歳です。政府には一刻も早く対応してもらわないと再会ももう間に合いません。日本国家も交渉など次々と実行してくれています。どうぞこれからも「どうしたらこの拉致問題が一刻も早く解決するのか」と全力で考えて交渉されることをお願い致します。
私たちは、今後は安倍総理もやってくれそうだと日本国を信じています。どうぞ政府の皆さん、一刻も早い解決をお願いします。
今日はこうして多数の方から支援をしていただきました。この問題の解決には国民の世論、これを大きくして政府に迫ることが一番大事な条件です。ひとつ、今後とも一層のご支援をお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)
*大澤孝司さんと再会を果たす会
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/
*こちらで写真と映像がご覧になれます。
↓ ↓ ↓
*11.15 県民集会 新津市民さんのアルバムより
http://www.photohighway.co.jp/AlbumPage.asp?un=53702&key=1858601&m=0
終わり










