
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
(多少読みやすいように変えております)
瀬谷区の皆さん、こんばんは。(大拍手)今日はもっと早くお伺いする予定だったのですが、急に、新潟市が今度政令指定都市になるにあたって新潟出身の作家・坂口安吾氏の生誕100周年を記念して第1回安吾賞(*下記に記事あります)、これは文学賞ではないんですが、新潟にゆかりのある人という事で、人気作家で演出家の野田秀樹さんが獲得されたんですが、私たちも、これまでも拉致の問題に関して一生懸命やって新潟市民が新潟市が支援をしているという事で、市特別賞をいただきまして、それはちょっと欠席できませんので、行ってまいりました。それでこちらの到着が遅れまして、申し訳ございませんでした。
今日10月15日ですか、今から4年前に羽田空港から5人の北朝鮮が生存を発表した方がお帰りになりました。そして当初は、2週間くらい滞在して親族に会ったりして、北朝鮮にいったん戻って子どもさんと相談した上でどうするかを決めて、「日本に行く」という事であればその後帰って来る、という事になっていたようなんですが、しかしそんな事をすればもう二度と帰って来られなくなるという事で、政府の責任でそのまま日本に留め置くという事になりました。
しかし、北朝鮮側からみれば「約束を破った」という事で、子どもさんが帰ったのは小泉総理の二度目の訪朝、平成16年の5月の小泉総理の再訪朝によって5人の方が帰って来て、そしてその後、曽我さんの家族もジャカルタ経由で帰って来ましたので、生存していた方は、本人はもとより家族の人がすべてこの日本に帰って来て、子どもさんも「日本に永住する」と決めて、もう順調に日本の生活に慣れてきております。しかし北朝鮮側はそれ以外、当初は「死亡」と発表した人、それから曽我さんのお母さんもその時は拉致かどうかわからなかったんですが、その後政府が認定していますが「そういう人は入国していない」と言っております。
それで「拉致問題は解決済みだ」という事で、保障問題等に移ろうとしたんですが、小泉総理は「それでは日本人が納得しないから」と再調査の約束を取りつけました。そしてその年の8月9月に日朝実務者協議が北京で行われましたが、まったく新しい情報は入手出来ませんでした。しかし3回目の11月の時には、めぐみの物が中心だったんですが、めぐみの学校に入った時の物だとか自筆のメモ、これは新潟市の住所・家族の名前・年齢・父親の勤務先等々を書いたメモがありました。
それから三枚の写真、一枚は拉致された直後に写されたと思われる不安そうな顔をした写真、それからもう一枚は割りあいきちっとした姿でコートを着ているもの、もう一枚は唯一のこういった笑顔の写真です。それより何より決定的なものは、めぐみの夫である金英男(キム・ヨンナム)さんが現れて遺骨も提供しました。そして「自分が直接渡したい」という事だったんですが、藪中団長は「我々は両親から任意を受けているから持って帰る」という事で、持って帰って来てくださいました。
それ(遺骨)は我々から見ますと本物かどうかわかりませんので、新潟県警が裁判所の令状を取って、証拠品として押収してDNA鑑定を行いました。そして帝京大学と科学警察研究所の2ヶ所で鑑定を行いました。
我々が心配したのは、高温で焼いたので鑑定不能と出た場合、北朝鮮の夫が「規則を破って共同墓地から妻の遺体を持って帰って、それを保存して自分の事務所に大事に保管してたものだから、もう絶対本人も間違いない」と、しかし「DNA鑑定は出来なかったけど骨はめぐみのものに間違いないんだ。こんな不安そうな顔をしている少女をわが国は立派な大人に育てて、しかし病気になって入院をして、それで自殺をしたんだ、これで納得してくれ」っていうかたちだった場合、科学的に反証する材料がないわけなんです。それを心配したのですが、日本の技術水準・科学水準の高さで「別人のもの」と判明致しました。
そしてその他の方のものも精査をしまして、これは12月8日に決まったわけです。我々は「こんなに誠意のない対応をする国には経済制裁をしてください」とお願いをしましたし、その翌日に超党派の国会議員で作る“拉致議連”というのがありますが、そちらの総会でも外務省から説明があって、こちらでも「経済制裁を」という決議がなされております。それから10日の自民党拉致対策本部、衆参両院の拉致特別委員会でも「制裁」を決議しておりますが、小泉総理が「対話の窓口が途絶える」という事で「制裁を」とは言っておりません。
そして今年の2月に、今度は日朝友好協議といって「拉致だけではなくて、核やそれから保障の問題も並行的に協議する。しかし・・保障問題が済んだとしても、拉致が解決しなければ保障には応じない」と通告した上での協議だったわけですが、その時も具体的な進展は何もなくて「次回いつ開かれる」って事は決まっておりません。その時に政府から説明がありましたが「何も政府からはなかった」という他に、その時に梅田さんという方が団長だったわけですけど、「その時感じた事が三つありました」と「北朝鮮は日本の世論を非常に気にしている」という事でした。
その一つの例としましては、2月頃にめぐみの写真展を新潟で開きまして、その事が話題に出たそうです。それで北朝鮮の代表が「新潟は拉致の問題の関心が深い所だけど、写真展には2000人の人しか来なかったそうですね」と言ったので、梅田代表が「私が行った時も超満員だったんですよ。誰がそんないいかげんな報告をしたのか知りませんけど、実際には2万5000人の人が入りました」と、その時もらってきたリーフレットを渡したそうです。それにしても「新潟のデパートで開かれた写真展もチェックしている」という事にちょっと驚かされました。
ですから今日も椅子に座りきれない方々が大勢いらっしゃいますが、これだけ大勢の方が拉致問題解決を願って来てくださったという事は、非常に我々としましては心強いですし、またこれが新聞に出たりしたら北朝鮮の耳に入ります。おそらく上の方に報告する場合はこの3分の1くらいの数しか言わないかもしれませんけど、大勢の方がこうして参加してくださるという事は、拉致問題解決のために非常に大きな力となります。
二つ目には拉致の国際化を恐れているようです。以前はレバノンの人、それから日本・韓国の被害者の事だけが話題になって「レバノンの人は解決済み」となっているわけですが、しかしジェンキンスさんがお帰りになって本を書いた事によって、「東南アジア・ヨーロッパと12ヶ国の人が拉致されていた」とわかりました。ですからそういった国からも色んな圧力がかかりますし、サミットの場とかASEAN(アセアン)の代表会議の場でも、拉致についての北に対する追求が見られますし、特に今回は最初のミサイル発射の時に、日本では万景峰号の入港を半年間止めたわけですけど、しかしその追加措置として日本に来るすべての船の入港を半年間止める、という事です。
それから「食料品等の輸入を全面禁止」としておりますが、これは従来、アメリカだけでも金融制裁が効いているわけですから、それを日本でも進めたいですし、今回国連による決議の制裁等が加わりますと、北朝鮮側は何も対応しないでいるとそれこそ自滅の道を辿る事になりますから、何らかのかたちで対応せざるを得ないかと思います。
それから今の話とだぶりますけど、「やはり経済制裁が非常に効いている」という事です。安倍内閣の誕生によりまして、従来から我々家族は「拉致の担当の大臣を任命していただきたい」とか「前に対策本部の参与もやっておられた中山恭子さんに、拉致の解決のための何か要職に就けてその能力を発揮していただきたい」とか「拉致の対策本部、今の特命チームというのがありますけど、閣僚級の拉致の対策本部を作って、それこそプツっと切れる事無く検討して欲しい」と、色んな事をお願いしておりましたが、それもすべて実現しました。拉致問題に非常に熱心だった麻生外務大臣・鈴木官房副長官と、非常に拉致の解決にはいい環境が整いまして、我々も大いに期待しております。
今年の初めの4月頃ですか、めぐみの夫が「1977年〜78年に拉致された5人の高校生の内の一人ではないか?」という情報が入って、それぞれの方のお母さんから血液とか口の粘膜等提供を受けて肉親関係を検査したところ、それは「金英男(キム・ヨンナム)さん」だという事がわかりました。
そして我々も韓国に行って、お母さん・お姉さんと対面したんですが、やはり日本とはかなり違いまして、我々も実状として「北朝鮮に行くと、北朝鮮側は『救助した』とか『本人が望んで北朝鮮にいる』と言わせる」という話をしたんですけど、ただ韓国の場合は分断国家で日本とまったく状況が違いますし、お母さんは非常に高齢で、お父さんが亡くなって早くから子育てに苦労していたので体が弱っているんです。
それで「生きているうちにぜひ会いたい」とおっしゃっていまして、それは会う事が出来て非常に良かったと思っています。そして話を聞きますと予想通り「めぐみは死んだ」とか「自分は救助された」とか色んな事を言っていますが、しかしそれに対して日本の世論は「ああ、やっぱりめぐみさんは死んだのか」という事にはならないで「それは作り話ではないか?」とあまりそれを信用しなかったので、北朝鮮側の目論みは外れたと思います。
今日も大勢の方が来てくださっていますけど、日本の“家族会”は政府認定16人でその内5人が帰って来ていますので、実質的に解決していない方は11人ですから、人数は非常に少ないわけです。しかし韓国の方は朝鮮戦争の時の被害者だけでも8万人、それから日本と同じような漁船員の方が中心ですけど、北に捕まった方が480人くらいいらっしゃるわけですが、日本と一番大きな違いというのは“救う会”というような組織がないわけなんです。日本だったら救う会神奈川が会を開く場合もありますし、それから今日の場合のように国会議員の方が主催してくださるケースとか、ロータリークラブの方とか色んなかたちで会を開いて世論を盛り上げてくださるわけです。日本の拉致問題がこれだけ進んだのは、皆さんの関心が非常に高いからこれだけの事が進んだわけなんです。
事実、アベックの拉致事件とか新聞に報じられたのは昭和55年ですけど、その時は家もあまり話題にもならなかったし、昭和63年に参議院の予算委員会で採り上げられた時も、新聞が小さく報じてテレビがまったく報じなかったので、日本の人はほとんど気がつかず、家族も名乗り上げなかったものですから救出運動も起きなかったわけです。しかし平成9年にめぐみの事が出た時は、我々も実名と写真を出して報道、産経新聞・アエラ等も大きく報道して、それから西村眞悟代議士の質問が全国でテレビ生中継されたという事があって、世論が高まったわけです。
今日会場にいらっしゃったほとんどの方は「平成9年に日本人の拉致がある」とご存知になったと思いますし、若い方でしたら「小泉総理の訪朝によって拉致がわかった」って方もいらっしゃると思います。しかし、先ほどの昭和63年の時には政府が「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚である」という事を答弁で言っておりますから、政府の関係者・議会関係者の方だとかご存知だったわけですけど、国民の世論がなかったものですから、めぐみの事が明らかになった時でも「たった10人くらいの拉致の事で騒いで日朝国交正常化交渉が進展しなければ国益に反する」なんて言う外務省の局長がいて顰蹙をかった事がありましたけど、世論の力がなければ誰よりも政府は国交正常化を急ぐという事がずっと続いてきたわけなんです。
政府認定されている人は現在16人、その内の解決していない人は11人ですが、それ以外に特定失踪者問題調査会に相談をしている人が480人くらい、警察に対して相談している人は1000人くらいいらっしゃるという事です。しかし警察に相談した方は我々がそうだったように、「必ずしも北朝鮮に行ったとは思えないけど、いなくなり方が不自然で、もしかしたら北朝鮮かもしれないから調べてほしい」という人もいるでしょうから、この1000人が全部北朝鮮の拉致とは言えないでしょうが、かなり大勢の方がいらっしゃると思います。こういった人たちを助けるためには、国内の世論・国際的な世論の高まりはもう欠かせる事は出来ません。
今は安倍内閣になって特に熱心にやってくださるので、急に世論が下火になるなんてちょっと考えられませんけど、それでもやはり解決のための最大の力というのは、皆さんがこの問題に関心を持ってくださる事です。ぜひこれからも今日のように大勢の方がこの問題に関心を持ってくださって、見守ってくださる事が大勢の人を助ける事になると思います。どうぞよろしくお願い致します。(大拍手)
終わり

*写真は講演会終了後、控え室前で報道各社のインタビューを受ける横田滋さん・早紀江さんご夫妻です。
*10/15 瀬谷区拉致問題を考える会講演会 横田早紀江さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/25892892.html
*'04 4/10 流山講演会 横田滋さん(1)〜(3)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/15144323.html
新潟市で第1回安吾賞授賞式
新潟市出身の作家、坂口安吾(1906―1955年)の生誕100周年を記念して同市が設立した「安吾賞」の第1回授賞式が15日、新潟市民芸術文化会館で開かれ、同賞の劇作家野田秀樹さん(50)と、市特別賞に決まった横田滋さん(73)、早紀江さん(70)夫妻に賞状や賞金が贈られた。
野田さんは大学時代に安吾作品に出合ったといい「大好きな作家の賞をいただき光栄だ」と喜びを語った。会場では安吾原作の舞台「贋作(にせさく)・桜の森の満開の下」のセリフを一部読み上げ、会場から大きな拍手を受けた。
新潟日報2006年10月15日










