2008年05月15日

'08 4/5 TBS「報道特集NEXT」独占映像! 日本大使館駆け込み

*時間がだいぶ経っておりますが、4/5放送の「報道特集NEXT」の“今週の注目”の一部を文字化テキストにしました。(約30分間)この番組で取り上げられた脱北者の中に、帰還事業で北朝鮮へ渡って行った在日朝鮮人や日本人妻の子どもたちがいました。少し長めですがよろしかったらご覧になってください。

独占映像! 日本大使館駆け込み

【司会者・田丸美寿々さん】(スタジオにて)
 「さて今週も様々なニュースがありました。注目コーナーをお伝えしてまいります。報道特集ではこれまでもタイムリーな話題を独自の切り口でお伝えしてきたんですが、今日からは注目コーナーとしてよりバージョンアップしてお伝えしてきたいと思います。で、初回の今日取り上げますのは、皆さんもご覧になったかと思います、ラオスでの日本大使館への駆け込み事件です。JNNが独自の映像でお伝えしてきました。藤原さん、本当に生々しい映像ですよね。」

【藤原帰一さん・国際政治学者】
 「そうですね。よく撮りましたね。」

【司会者・田丸美寿々さん】
 「あの本当に必死で塀をよじ登っている姿、大変印象に残りますが、脱北者と称するあの男性が駆け込んだ日本大使館、何故あの塀を越えなければいけなかったのか?そして彼は何故日本大使館でならなければならなかったのか?駆け込みに至るまでの一部始終をあるジャーナリストのカメラがとらえていました。」

独占映像! 日本大使館駆け込み

【ナレーター】
 東南アジア・ラオス。首都・ビエンチャンにある日本大使館前。ピンク色のシャツを着た2人の男性が大使館の建物に歩いて行きます。突然、リュックサックを担いだ男性が走り出しました。塀にジャンプ、そのままよじ登ります。男性は鉄条網を避けるように塀をつたいます。鉄柵をまたいで敬礼のようなしぐさ。後ろを振り向いて何かを叫び、塀の中に飛び降りました。

 彼の名はパク・チョル(仮名)。1年半前に北朝鮮から国境を越え中国に潜伏していましたが、オリンピック前に脱北者の取り締まりが強化されたためラオスまで逃げ、この日、日本大使館に駆け込んだのです。実はこの前日、彼の12人の仲間も韓国大使館に駆け込んでいます。命がけの駆け込みを果たした13人の脱北者たち。そこに至るまでの一部始終をカメラはとらえていました。

日本大使館駆け込み その裏側

【ナレーター】
 映像はビエンチャン市内を走るバイクから始まります。「3月26日の早朝、亡命を希望する脱北者がビエンチャンに到着する」という情報を得て、カメラは支援者に同行しました。観光客に装った男女。

【支援者】VTR
 「こんにちは。行きましょう。」

【ナレーター】
 この男性が2日後、日本大使館に駆け込むことになるパク・チョル氏(仮名)。上手く合流できました。彼以外にも女性の脱北者が3人います。新たに購入したピンクのシャツに着替えて隠れ家に入って行くパク・チョル氏。すでに部屋には9人の脱北者がいました。パク氏と一緒にやって来た若い女性が部屋に入ったその時・・。

【脱北者 若い女性】VTR
 「おばあちゃん・・。」

【脱北者 若い女性の祖母】
 「泣かないで、泣かないんだよ・・。」

【ナレーター】
 部屋にいたのは祖母でした。ラオスへの国境越えで離れ離れになっていた2人が再会できたのです。隠れ家に揃った脱北者。男性は2人、女性は11人。最年長は66歳の女性、最年少は14歳の少女。「先に脱北し韓国で暮らす母親に会うため去年脱北した」と言います。

【脱北者 14歳の少女】VTR
 「今までお父さんお母さんがいなくて一人で生きてきたから、今度はお母さんに会いたいです・・。お母さんにひと目でも会えるように一日も早く韓国に行きたいです。」

【ナレーター】
 そしてこんな女性もいました。

【脱北者 女性 リ・ヨンスン氏(仮名)】VTR
 「父の故郷が北朝鮮なので行くことになり、お母さんも船に乗ったんです。」

【支援者】
 「お母さんは?」

【脱北者 女性 リ・ヨンスン氏(仮名)】
 「日本人です・・。」

【支援者】
 「日本人なの?」

【脱北者 女性 リ・ヨンスン氏(仮名)】
 「日本人。在日じゃなくて日本人です。」

【ナレーター】
 「母親が日本人だ」と話すのは10年前に脱北したリ・ヨンスン氏(仮名)です。「日本の土をあとにして、いよいよ祖国への第一歩です。」(テレビ映像)1959年から始まった帰国事業。当時、地上の楽園と宣伝された北朝鮮に在日朝鮮人やその家族およそ9万3千人が渡りました。この中には日本人妻やその子どもなど日本国籍を持つ人が6千人余りいました。リ・ヨンスン氏は「日本人妻の子どもだ」と言います。彼女は日本政府の責任についてこう話します。

【脱北者 女性 リ・ヨンスン氏(仮名)】VTR
 「地上の楽園じゃないのに国民を(北朝鮮へ)送り、その後、北朝鮮と交渉して連れ戻そうともしない。帰国者たちが北朝鮮で苦痛の中、生きているのを知りながらどうして放っておいたのか。早く助けてください。」

【ナレーター】
 リ・ヨンスン氏自身も母親の国・日本に行くことを希望しています。彼女は「瀋陽の日本総領事館に自らの保護を求めるメールを送った」と言います。

【脱北者 女性 リ・ヨンスン氏(仮名)】VTR
 「何度もメールしましたが『待て』と言われたきり連絡がありません。瀋陽の領事館です。」

大使館駆け込み なぜ日本へ?

【ナレーター】
 「両親が日本生まれだ」と話す脱北者はもう一人います。パク・チョル氏(仮名)です。

【脱北者 男性 パク・チョル氏(仮名)】VTR
 「私はお父さんとお母さんが生まれた日本に行きたいです。そしておじさんとおばさんがいる日本に行きたいです。」(日本語で話す)

【ナレーター】
 パク・チョル氏は少し日本語が話せます。「父親は死亡、関西生まれの母親はまだ北朝鮮にいますが、仕送りをしてくれた親族が今も日本で暮らしている」と言います。

【脱北者 男性 パク・チョル氏(仮名)】VTR
 「みんな見たいです。私の親戚を見たいです。会いたいです。いとこの兄弟にも会いたいです。」

【ナレーター】
 パク・チョル氏は日本に行くことを強く希望していました。ビエンチャン市内を走るオートバイ。乗っているのは脱北者や支援者。駆け込む大使館の下見をしようというのです。白い塀に沿って歩いて行く支援者。ここは日本大使館です。車を入れるため正門が開きました。常に数人の警備員が監視の目を光らせています。塀に近づく支援者。高さは2メートル以上ありました。塀の上には尖った鉄柵。鉄条網が張られている所もありました。

【脱北者 男性】VTR
 「正門があって車が入った所に刑務所みたいな扉がある。こういうふうにしてふさいでいるんだよ。お年寄りがいるからなぁ・・。」

【ナレーター】
 1人や2人ならともかく、13人が駆け込むには余りに厳しい環境でした。

駆け込み脱北者 日本への思い

【ナレーター】
 その夜、隠れ家の一室で支援者のリーダーが脱北者一人一人から「どこの国に亡命したいか?」を聞いていました。駆け込む大使館が複数なら脱北者や支援者が捕まる危険は高まります。支援者のリーダーは韓国大使館に全員を駆け込ませようと考えていました。日本行きを強く希望するパク・チョル氏にこう告げます。

【支援者】VTR
 「我々と君の立場はこうだ。韓国に行くんだったら我々は責任を持つ。しかし君が日本に行くと決め、そうすると言うのなら、明日我々はここを去る。それからは自分でやりなさい。」

【ナレーター】
 憮然とした表情で席を立つパク・チョル氏。彼は中国にいる時、自分が在日朝鮮人の子どもであるとして保護を求める嘆願書を日本政府に2回提出しましたが、こんな回答があったと言います。「あなたの両親の名前が北朝鮮の帰国者リストにあったことは確認できましたが、本当にその子どもなのか証明してください。」(外務省より)

 「日本政府から保護は受けられなかった」というパク・チョル氏。それでもこう訴えます。

【脱北者 男性 パク・チョル氏(仮名)】VTR
 「ここまで難しい・・来ました。私の心が、気持ちが、悪いです。必ず日本に行きましょ・・。」

【ナレーター】
 脱北した北朝鮮帰国者やその家族のうち、日本政府が保護し日本で暮らしている人は170人以上いるとみられます。しかし一旦韓国に入るとその後、日本政府が受け入れたケースはほとんどありません。パク・チョル氏の気持ちは揺らぎませんでした。一方、日本人妻を母に持つというリ・ヨンスン氏(仮名)。

【脱北者 女性 リ・ヨンスン氏(仮名)】VTR
 「イスで頭を殴られて頭が切れて唇も・・。」

【ナレーター】
 胸の傷痕を見せるリ・ヨンスン氏。10年前、北朝鮮で日本のラジオ放送を聴いたとして拷問を受け、その直後に脱北。そして中国で暮らしていましたが、オリンピックを前に脱北者の取り締まりが強化されたため、捕まることを恐れた彼女は「ラオスに逃げて来た」と言います。駆け込みを前にリ・ヨンスン氏は日本政府への嘆願書を書いていました。

 「日本政府は口を閉ざし、自国民を保護するための対策をまったくとっていません。数十年間、日本の消息も知らず、暗黒の中で暮らしている日本人帰国者たちを救いましょう。私は日本に行きたいです。このラオスから日本に行くことが出来なければ自殺するつもりです。」(リ・ヨンスン氏の日本政府への嘆願書)

【ナレーター】
 最後の打ち合わせが行われました。この時点で日本大使館への駆け込みを希望しているのはパク・チョル氏とリ・ヨンスン氏の2人。アメリカやヨーロッパの国の大使館に行きたいという人もいましたが・・。

【支援者のリーダー】VTR
 「韓国に行かない人がいますね。今回は韓国に行く人たちを助けるためにここに来ました。アメリカや日本に行きたいという人がいるのなら今回はその準備ができていません。」

【ナレーター】
 脱北者たちの安全を考え韓国大使館への駆け込みを説得する支援者のリーダー。結局、リ・ヨンスン氏を含む12人が説得に応じました。しかしただ一人パク・チョル氏はこの提案を拒みました。

独占映像! 韓国大使館駆け込み

【ナレーター】
 翌朝の韓国大使館。支援者が下見をしています。日本大使館ほど塀は高くありません。警備員も少ないことが分かりました。韓国大使館に駆け込む直前、準備をする脱北者たち。新しい靴を履き、化粧もしています。韓国人の観光客を装うためです。

【脱北者 女性】VTR
 「このように私たち脱北者を助けてくれる方々に感謝していますし、神様が一緒にいて無事に成功することを心から祈っています。さぁさぁ、ファイト!」

【ナレーター】
 隠れ家で再会し号泣していた脱北者の祖母と孫娘。アメリカ行きを希望していましたが諦めました。

【脱北者 孫娘】VTR
 「アメリカに行こうと覚悟し、韓国行きは考えもしなかったんですが、韓国は同じ朝鮮の国だし希望を持っています。」

【ナレーター】
 「日本人妻の子どもだ」と言うリ・ヨンスン氏。日本大使館への駆け込みは諦めましたが・・。

【脱北者 女性 リ・ヨンスン氏(仮名)】VTR
 「ひらがな、カタカナ・・。」(カードを見せながら日本語で言う)

【ナレーター】
 まだ未練はあるようです。

 「♪大いなる罪悪から救い出してくださった、主の恵みがありがたく♪」大使館への駆け込みが失敗したらみなラオスの刑務所に送られます。北朝鮮を捨て中国で怯え続けた脱北者たち。数時間後の駆け込みを前に不安を打ち消すかのように賛美歌を歌いました。「♪これから私を約束の地に、導いてくださるでしょう♪」

 韓国大使館に近づいて行くカメラ。観光客を装った12人の男女が大使館の入口に向かって歩いて来ました。その時・・。小走りで次々と駆け込みます。12人全員が中に入れたようです。ガッツポーズをする支援者。ほんの10秒ほどの出来事。脱北者たちは韓国大使館への駆け込みを果たしました。

 駆け込む直後の脱北者たちの映像。大使館内に同行した支援者から入手しました。脱北者たちは握手を交わし抱き合っています。

【支援者の女性】VTR
 「けんかをしないで。大きな声を出さないで。何でも言うことをよく聞いて『感謝しています』と言わなくてはなりません。後はみんなで団結して『大韓民国の国民だから韓国に送ってください』と堂々と堂々と話してください。」

【ナレーター】
 現在、韓国政府は、彼ら12人を受け入れる方向で動いているといいます。

独占映像! 日本大使館駆け込み

【ナレーター】
 日本大使館への駆け込みにこだわるパク・チョル氏。12人が韓国大使館に駆け込んだ後、一人になってしまいました。

【支援者】VTR
 「ここが日本大使館です。ここが塀でここは民家です。」(パソコンで説明)

【ナレーター】
 支援者たちはパク・チョル氏の日本大使館への駆け込みを助ける決断をしました。ラオスに長く留まることは支援者にとっても危険を伴いますが、パク・チョル氏を置き去りにすることはできません。

【脱北者 男性 パク・チョル氏(仮名)】VTR
 「みんな僕のために出発を延ばしてくれて感謝しています。一人でいるつもりだったので、本当に感謝です。」

【ナレーター】
 感謝し興奮するパク・チョル氏。この夜は午前2時近くまで支援者と語り合いました。日本大使館へ駆け込む日の朝(28日)、荷造りをするパク・チョル氏。駆け込みの成功を願って支援者がお祈りをしました。

【支援者】VTR
 「主が日本大使館職員の心を開いてくださり、この息子により、日本の拉致被害者、日本からの帰国者やその関係者、脱北者の問題が解決するよう、息子に知恵をください。祝福致します。イエスの御名によりお祈り致します。アーメン」「ファイト!」

【脱北者 男性 パク・チョル氏(仮名)】
 「ありがとうございます。」「何も考えられない。塀を越えなければならないという思いだけです。そこに行ったら何か思い浮かぶかもしれないけど・・。」

【ナレーター】
 こう淡々と話した後、パク・チョル氏は日本大使館に向かいました。

 在日朝鮮人の子どもで日本大使館に駆け込むという脱北者、パク・チョル氏。日本大使館に向かって歩いて来たパク・チョル氏と支援者。肩を組みながら大使館の塀に近づきます。しかし建物から20メートルほどの所で何故か引き返しています。何があったのでしょうか?

 警備員の目が厳しく光っていました。建物まで20メートルの所で引き返します。その45秒後、再び現れるパク・チョル氏と支援者。今度は肩を組まず横に距離を取りながら歩いて行きます。足取りに迷いはありません。突然走りだしたパク・チョル氏。塀にジャンプ、そのままよじ登り、鉄条網を避けるように塀をつたいます。鉄柵を越えて敬礼のようなしぐさ。振り返ります。そして塀の中に飛び降りました。姿を消す直前、パク・チョル氏は何かを叫んでいました。それは―。

【脱北者 男性 パク・チョル氏(仮名)】
 「サヨナラ!」

【ナレーター】
 パク・チョル氏が駆け込んだ翌日の日本大使館。塀の上には鉄柵と鉄条網が鈍く光っていました。警備も厳しくなったようです。パク・チョル氏は現在もビエンチャンの日本大使館にいるとみられます。

【在ラオス日本大使館・藤村和広公使】VTR
 「本件は在外公館日本大使館の警備に関わることでございますので、コメントを差し控えたいと思います。」

【ナレーター】
 JNNの取材に対し「コメントは差し控える」という大使館員。さらに―。

【小野寺正典外務副大臣】VTR
 「まぁ、(駆け込みが)あったかないかについても、今なかなか表に出せる状況ではないと思います。」

【ナレーター】
 実はパク・チョル氏は隠れ家にいる時、日本政府に対してこんな嘆願書を書いていました。

 「日本国外務大臣へ。外務大臣が私のこの手紙を受け取ってご覧になり、私の切実な希望である日本行きがかなうよう、努力してくださるようお願い致します。私は一日も早く日本に行きたいです。私は必ず日本と世界に有益な人間になります。お願い致します。」(パク・チョル氏の日本政府への嘆願書)

脱北者が日本へ 止まらない流れ

【司会者・田丸美寿々さん】(スタジオにて)
 「はい、まさに悲痛な思いで日本大使館に駆け込んだパク・チョル氏なんですが、両親は在日の朝鮮人ですね。それから韓国大使館の方に駆け込んだんですが、あのリ・ヨンスンさんはお母さんが日本人妻ということで、これだけ脱北者の数が増えてきますと、日本と関係のある脱北者が増えてきているってことですよね。」

【藤原帰一さん・国際政治学者】
 「はい、これは1950年代の終わりに“帰国事業”といって祖国・北朝鮮に帰ると言いながら、ご出身はむしろ南の方の方が多かったんですけどね。」

【司会者・田丸美寿々さん】
 「ええ。地上の楽園だと言ってみんな帰って行ったんですよね。」

【藤原帰一さん・国際政治学者】
 「ええ。日本のメディアも応援したり赤十字も関わったんですが、行った後、帰れなくなったわけですね。で、もちろん拉致被害者と違って最初自分の意思で行っているわけですが、その後、帰ろうとしても帰れない状態に置かれていった皆さんがたくさんいらっしゃるわけですね。」

【司会者・田丸美寿々さん】
 「ええ。で、その方たちの子孫と言いますか子どもたちが日本を、両親の過ごした日本に行きたくて、パク・チョルさんはまさにそういうことなんですが。でも今も大使館に留め置かれているようで、『あなたが本当に在日朝鮮人の息子かどうか証明するものを出しなさい』と言われても、パスポートを持っているわけではありませんし、どういうことなんでしょう。日本政府の対応をどうご覧になりますか?」

【藤原帰一さん・国際政治学者】
 「日本政府は引き受けるという方針を打ち出しているんですが、ただ本当にそうなのか?っていうそれを証明する書類を相手が持っていないことが多いわけですね。」

【司会者・田丸美寿々さん】
 「はい、それは難しいですよね。」

【藤原帰一さん・国際政治学者】
 「難しいですね、ええ。」

【司会者・田丸美寿々さん】
 「しかしこうなってきますと、まだまだこの流れは止められない気がしますから、日本政府としましてもある程度こうきちんとした対策と言いますか、考える時期にきているんじゃないでしょうか?」

【藤原帰一さん・国際政治学者】
 「放置をすることは正しくないだけじゃなくて、できないと思いますね。」

【司会者・田丸美寿々さん】
 「はい。脱北者の日本大使館の駆け込み事件、注目コーナーとしてお伝え致しました。」

藤原帰一さん 国際政治学者
アメリカなど国際政治に造詣が深い。映画に詳しく著書や雑誌連載も。

終わり
posted by あおいのママ at 10:52| 千葉 ?? | TrackBack(0) | 報道番組テキスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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