今日も救急車のサイレンがひびく。ああ、また誰かが運ばれて来る。あおいのママも2年前、平成15年9月8日の夜、この病院に運ばれて来た。
陣痛の苦しみと痛み、それと救急車の乗り心地の悪さに酔ってしまって、もう大変な状態だった。何故気を失わないんだろうと思ったくらい。
分娩室に運ばれたのが午後9時過ぎだった。先生が必死で子宮口が開かないように押さえていたようだったけど、程なく破水。水がパンパンに入った風船がパァーンと破裂した感じだった。その瞬間、痛みもなくなった。
あの時あおいは一度死んだ。少なくとも先生はパパにそう告げた。死産だと。
「大丈夫だよ、頑張ろうね」
いつも私に嘘をつくと必ずばれる。でもこの時はわからなかった。だけどパパは泣いていた。
しばらくしてあおいは息を吹き返したらしい。モニターから元気な心音が聞こえていたから。先生たちも驚いたようだった。
でも破水の時に、あおいはうっ血してしまったらしい。万が一無事に生まれたとしても、大きな障害が残る状態だったそうだ。
500グラムしかない超未熟児のあおい。日本で生まれた一番小さな子は490グラム台だという。
「先生、この病院で今までに、この子のような小さな子を出産された方はいますか?」と聞いてみた。
「いません」
そう言われる覚悟はしていた。出血して他の病院に緊急入院した時に「7割はだめだろう」と言われていたから。でもこの子は私たちにとって奇跡の子。きっと助かる。そう必死で信じ願い続けた。
陣痛の間隔が短くなってきた。痛みが走るたび「痛い、痛い」と叫ぶしかなかった。心の中で「お母さん、この子を助けて、守って」と亡き母にもすがった。
自分との戦いだったと思う。自分に負けそうになるのを自分なりに必死で戦ったと思う。
9日午前2時過ぎ、あおいはおぎゃあとは泣いてくれなかった。涙が流れた。
「ごめんね」
窓から見える向こうの病棟。あそこでまたあの子を産みたい。もう一度あの子に会いたい。
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