2007年10月27日

10/8 NHKスペシャル “北朝鮮帰国船” 〜知られざる半世紀の記録〜(2)

*10/8放送の特集を文字化テキストにしました。(番組は約55分間)3回に分けて掲載したいと思います。

*10/8 NHKスペシャル “北朝鮮帰国船”
 〜知られざる半世紀の記録〜”(1)

http://aoinomama13.seesaa.net/article/62545392.html

続き

【ナレーター】
 日本で帰国運動の中心となったのは朝鮮総連、在日本朝鮮人総連合会です。北朝鮮を地上の楽園と呼び、祖国の発展を伝えました。帰国者を送り出した人の多くは堅く口を閉ざしていますが、今回、自らの体験を語る決断をした人がいます。

 パク・ヨンゴンさん、79歳。東京にある朝鮮大学の副学長を20年以上に渡って務めた朝鮮総連の元幹部です。パクさんは北朝鮮の国家理念・チュチェ思想を日本で広めるのに大きな役割を果たしました。金日成(キム・イルソン)とも数多く面会できる立場にいました。

 帰国事業が始まった翌年から朝鮮大学で教鞭をとったパクさん。北朝鮮から送られてくる資料を信じ、祖国の発展を評価する論文をいくつも書きました。

「人類に変革をもたらし前進する祖国にチョンリマ(千里馬)が駆け抜ける」(映像 映画「チョンリマ(千里馬)」

*チョンリマ(千里馬)―社会主義朝鮮の記録― 1964年度作品
http://aoinomama13.seesaa.net/article/34007322.html

 当時、北朝鮮は工業生産の増大を計るチョンリマ(千里馬)運動を推進。「5ヵ年計画の目標を2年半で達成した」と発表しました。パクさんは1960年の論文で次のように記しています。

「朝鮮の勤労大衆は比類のない想像力を発揮し大成果を収めた。国民経済のすべての分野において決定的に勝利した。」

【パク・ヨンゴンさん】(元朝鮮大学副学長)
 「ああ、これだけ見事に発展しているんだと、それに対する誇りすら持ちましたし、やはり我が民族はこれだけやれる脳力と素質を持っているんだという誇りも感じていたんです。この社会主義の中でも、最も模範的な社会主義として形成されていると、こう信じた、信じて疑わなかったんです。」

【ナレーター】
 パクさんたちが信じ続けた社会主義の発展。帰国を希望する人の数は減っていきましたが、それでも途絶えることはありませんでした。

 1972年、パクさんは教え子を自ら説得し、北朝鮮に送り出しました。この年は金日成誕生60周年の年。在日の若者や学生およそ260人が金日成にお祝いの手紙を手渡すため帰国し、そのまま北朝鮮に残りました。この時、パクさんは幹部から指示され、学生たちが北朝鮮に行くよう一人一人説得して回りました。

【パク・ヨンゴンさん】(元朝鮮大学副学長)
 「『社会主義建設の先頭に立って君たちが自分たちの才能を十二分に発揮すれば、これは君たち自身にとっても良いことであり、また朝鮮の建設にも役立つ』と。私はそれは本気でその通りだと思ってそういう説得をしました。」

【ナレーター】
 教え子を送り出した2年後、パクさんの北朝鮮への訪問が初めて実現。教員訪問団の一員として求められたのです。発展した祖国を見ることができる、しかしパクさんは初めて見る祖国の現状に衝撃を受けました。土を耕すやせ細った牛。電気も水道も行き渡っていない農村。理想とかけ離れた現実を目の当たりにしたのです。

【パク・ヨンゴンさん】(元朝鮮大学副学長)
 「自分が日本で書いたあの論文と、自分の頭の中で描いたあの社会主義、これがほとんどなかったということ。言うなれば、自分があれほど模範的な社会主義建設を想像したものとは遠く及ばない現実が目の当たりにあったので、大きな大きなそれこそ衝撃と落胆と言い知れぬ悲哀、こういう様々な心情に陥ったわけであります。」

【ナレーター】
 パクさんにはさらに衝撃を受ける出来事がありました。金日成に絶対的な忠誠を誓うよう求めた10大原則を現地で告げられたのです。党の指導員から無条件に従うよう求められました。指導者を神格化したと言われる原則は、社会主義を信じるパクさんにとって受け入れ難いものでした。

「党の唯一思想体系確立の十大原則」の骨子

 金正日は、1974年2月に開催された中央委員会第5期第8次全員会議で後継者として正式に決定されるとともに、政治局委員に任命された。金正日は2月19日の演説で、「全社会の金日成主義化」を党の戦略目標として提起した。また、4月14日には「全党と前社会に唯一思想体系をよりしっかりと立てよう」と題する演説を行い、「党の唯一思想体系確立の十大原則」を提起した。

 偉大な首領金日成同志の革命思想によって全社会を一色化するため身を捧げて闘争しなければならない。

1、偉大な首領金日成同志を忠誠で高く仰ぎ奉じなければならない。
2、偉大な首領金日成同志の権威を絶対化しなければならない。
3、偉大な首領金日成同志の革命思想を信念として、首領さまの教示を信条化しなければならない。
4、偉大な首領金日成同志の教示執行において無条件性の原則を徹底して守らなければならない。
5、偉大な首領金日成同志を中心とする全党の思想意思的統一と革命的団結を強化しなければならない。
6、偉大な首領金日成同志に従い学ぶ共産主義的気風と革命的事業方法、人民的事業作風を所有しなければならない。
7、偉大な首領金日成同志が抱かせてくださった政治的生命を大切に守り、首領さまの大きな政治的信任と配慮に高い政治的自覚と技術により忠誠で報答しなければならない。
8、偉大な首領金日成同志の唯一的領導の下に全党、全国、全軍が一体となって動く強い組織規律を立てなければならない。
9、偉大な首領金日成同志が開拓された革命偉業を代を継いで最後まで継承し完成させていかなければならない。


『資料 北朝鮮研究 T政治・思想』慶應義塾大学出版会

【ナレーター】
 祖国の発展を担う人材として送り出した教え子たちはどうなっているのか?パクさんは北朝鮮で彼らと再会し言葉を失いました。教え子たちはパクさんが思い描いたような生活を送ることは許されていなかったからです。

【パク・ヨンゴンさん】(元朝鮮大学副学長)
 「彼らの置かれている現状をかなりたくさん見ました。彼らは自分たちの希望通りの大学にも行けなかったし、仮に大学を卒業しても自分たちの希望する職場にも就けなかった。そういう状況に置かれていました。帰国した学生に対して本当にこれは消すことのできない罪を犯したなと、そういう思いで・・・、悩み続けました・・・。」

【ナレーター】
 心に描いた理想とはかけ離れた帰国者の現実。日本に戻ったパクさんは誰とも話をすることができませんでした。

 北朝鮮で父親が亡くなった後、一家を支えなければならなくなったキム・チュンガンさん。父親と同じ工場で働きましたが、満足に食事もできない日々が続きました。キムさんは日本に残した親族に手紙を送り、支援を訴えました。

 キムさんが日本に送った手紙です。日本では9歳までしか教育を受けなかったため、ほとんど平仮名しか書けないキムさん。日本名の“とし広”という名前で「くすりをおくってほしい」と記しました。「くすりがあったらたのみます。めいわくになってすみません」。しかし、自分たちがいかに苦しい生活を送っているか手紙に書く事ができませんでした。

【キム・チュンガンさん】(脱北帰国者)
 「北朝鮮の体制の宣伝をしないと手紙は日本になかなか届きませんでした。だからまず最初に北朝鮮の体制について褒め、その次に『何か物を送ってください』と書かなければなりませんでした。」

【ナレーター】
 日本でキムさんの手紙を受け取り、心配を募らせた人がいます。なくなった父親の母、キム・トッキさんです。当時、北朝鮮への渡航は難しかったため、孫の身に何が起きているかハッキリとは分かりませんでした。

 1979年、トッキさんが待ち望んだ船が運航を始めました。祖国訪問の船・サムジヨン号です。それまで訪れることができなかった多くの人々が短期間だけ北朝鮮を訪問できるようになりました。キムさんとトッキさんも20年ぶりの再会を果たしました。苦境を訴えたいキムさん、北の暮らしの様子を知りたいトッキさん。しかし互いに口に出すことはできませんでした。

【キム・チュンガンさん】(脱北帰国者)
 「お祖母さんに言いたいことはたくさんありました。しかし北朝鮮の案内人がいつも一緒で話すことはできませんでした。お祖母さんも『金日成首領様のおかげで孫と会えた、会えないはずなのに会うことができた』と繰り返すばかりでした。北朝鮮の案内人を気にしていたのです。結局二人とも心の内を話すことはできませんでした。」

【ナレーター】
 それでもキムさんの表情を見てトッキさんは窮状を察しました。日本からの仕送りで孫を支えなければならない。6畳一間で生活しながら町工場のパートで得たお金を少しずつ貯金しました。北朝鮮で高く売れる日本の古着を大量に購入し、4年後、キムさんを再び訪ねました。

【キム・チュンガンさん】(脱北帰国者)
 「訪問団の団長が『あなたのお祖母さんが一番たくさん荷物を持ってきた。その恩を決して忘れてはならない』と言いました。お祖母さんが持って来てくれた荷物やお金は、私たちが北朝鮮で生きる上での命綱でした。お祖母さんの支援がなければ北朝鮮で生き抜くことはできなかったでしょう。」

【ナレーター】
 その後も祖国を訪問する人に荷物を託し仕送りを続けたトッキさん。その半生は北朝鮮に渡ったキムさんたちを支えるために捧げられました。

最終回(3)に続く

*10/8 NHKスペシャル “北朝鮮帰国船”
 〜知られざる半世紀の記録〜(3)

http://aoinomama13.seesaa.net/article/62861728.html
posted by あおいのママ at 04:54| 千葉 雨 | TrackBack(0) | 報道番組テキスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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