【めぐみ 13年間のアルバム より】 取材・文:小山唯史(こやまただし)
*めぐみ 13年間のアルバム(3)「タッくん」と「テッちゃん」
http://aoinomama13.seesaa.net/article/58620308.html
続き
第四回 二つに結った髪
長い髪を二つに結い、リボンをつけたお下げを揺らしながら遊ぶめぐみ。いまでもバスや電車で同じ髪型の女性を見かけるとたまらなくなる。
めぐみが失踪してから、母の早紀江は、油絵を描くようになった。娘の肖像画だ。
絵でもいいから、そばにいて欲しい。そう願いながら、小さな写真をもとに、めぐみの面影をキャンパスの上に追った。壊れてしまいそうな自分の心を、辛うじて支えながら。
最初に描いたのは、長い髪を二つに結った幼い頃の姿だ。リボンをつけたお下げを揺らしながら遊ぶ、めぐみ。その姿が、早紀江にはいまでも一番懐かしい。

*昭和43年ごろ、東京・大井の行舎近くにて早紀江と(撮影・滋)
写真のように、幼稚園に入る頃から二つに結い始め、大きくなってからもいつも早紀江が髪を結ってあげていた。頭の真ん中に1本の筋をつけるようにして、後ろの髪を左右に分け、二つに結う。
早紀江のするままに任せ、めぐみはおとなしく座っていた。
そんな「母と娘」の時間・・・。
いまでも、バスや電車の中で、前の座席に、同じような髪型の女性が座ると、早紀江はたまらない気持ちになる。あのときは、あんなリボンをつけてあげた、こんな飾りをしてあげた。めぐみの髪は、もう少し茶色っぽかったかしら。さまざまな思いで胸が一杯になる。目の前の、髪の分け目を見つめながら。
幼稚園の制帽をかぶると、二つに結った髪が邪魔して、めぐみの帽子はどうしても傾いた。そのかっこうが似ているからと、一度、「ピンキー」と呼ばれたことがある。
ピンキーとキラーズ。斜めにかぶった紺のシルクハットで、カッコよくポーズをキメていた、あのピンキー。デビュー曲の『恋の季節』が大ヒットしたのは、1968年のことだ。めぐみは4歳になっていた。
小学生になってから、めぐみは、書道を習っていた早紀江のために、誕生日に小筆をプレゼントしてくれたことがある。家の近くの文房具店で買った筆を抱えて、坂の上の自宅まで、汗をかきながら帰ってきた。
坂道を一生懸命登ってくる、めぐみ。左右の髪を揺らしながら。その姿を思い浮かべるたびに、早紀江の心もまた揺れてしまう。
早紀江の誕生日は2月4日。
思えば、めぐみの失踪が「13歳少女失踪事件、北朝鮮による拉致だった」と、初めて実名入り、写真付きで一斉に報道されたのは、1997年の2月3日のことだった。その日、めぐみのことは国会でも取り上げられ、拉致の事実が初めて日本中にはっきりした形で公になった。原因不明の失踪から20年。事態が大きく一歩、動きだした日だ。
その大きな渦の始まりの中で、翌日、早紀江は61歳の誕生日を迎えていた。翌月、家族会が結成され、4月には早紀江も、生まれて初めて街頭(新潟市)でマイクを握った。
「署名をお願いします。北朝鮮に拉致された娘を取り戻すために・・・」
あれから既に8年。時間はあっという間に流れていく。拉致問題への世間の関心は当時とは比べものにならないほど大きくなったとはいえ、齢を重ねる親たちにとって、残された時間はけっして多くはない。
どんなところへでも行って訴えよう。自分の体が動くかぎり。悔いの残らないように。早紀江は、その思いで国の内外を駆けめぐっている。
必ず会える。そう信じている。自分のもとに駆け寄ってくる、めぐみに。あの日のように、髪を揺らしながら、駆け寄ってくる、めぐみに。
*第五回 やはり、めぐみなのね に続く
*めぐみ 13年間のアルバム(5)やはり、めぐみなのね
http://aoinomama13.seesaa.net/article/58826001.html
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