*写真は平成16年(2004年)5月の有楽町街頭活動の際、撮影したものです。(インタビューを受ける飯塚耕一郎さん、横田拓也さん、横田哲也さん)耕一郎さんはこの年の2月から家族会の活動に参加しています。
*9/18放送の「クローズアップ現代」を文字化しました。番組は30分間だったのですが、録画を失敗してしまい残り2〜3分間分がありません。どうぞご了承ください。(本当にすみません!)
“いつまで待つのか” 〜拉致家族 5年目の夏〜
【司会者・国谷裕子さん】(スタジオにて)
「こんばんは。クローズアップ現代です。北朝鮮が日本人の拉致を認めた日朝首脳会談から5年、今拉致被害者の家族の方々の間に危機感が広がっています。」
【ナレーター】
おととい(16日)開かれた拉致被害者家族の緊急集会。拉致問題が一向に進展しない状況に苛立ちの声が相次ぎました。
【田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さん】(緊急集会にて)
「北は返す気があるのか、日本は取り戻そうという気があるのかと・・・」
【横田めぐみさんの母・横田早紀江さん】
「必ず解決するまで私たちは訴え続けてまいります。」
【ナレーター】
この夏、被害者の家族は北朝鮮をめぐる外交交渉に注目しました。核問題でアメリカと北朝鮮が接近、そして今月初めに行われた日本と北朝鮮の直接協議。「拉致問題について具体的な進展はありませんでした。」(ニュースより)家族の期待はまた裏切られました。さらに先週、拉致問題の解決を最重点課題に掲げていた安倍総理大臣が辞意を表明。
【田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さん】(家族会会見にて)
「あまりショックが大きくてですね、コメントも出ない・・・。この拉致問題の解決、どうなっていくんだろうと・・・。」
【ナレーター】
国の内外の政治の動きに翻弄される被害者の家族たち。5年目の夏、その思いを見つめました。
拉致5年 “置き去りの懸念”
【司会者・国谷裕子さん】(スタジオにて)
「未だに安否がわからず、政府が認定した拉致被害者だけで12人に上ります。生存を信じる肉親の方々は救出を求めて国や国際社会に強く訴えてきました。しかし今、被害者の家族の方々は「拉致問題が置き去りにされるのでは」という強い危機感を持っています。
その危機感の背景にあるのが国際情勢の大きな変化です。アメリカとの関係改善を望む北朝鮮は、核の放棄の見返りとしてアメリカにテロ支援国家の指定解除を求めています。これに対しアメリカは核問題を進展させようと対話を活発化させ、両者は今急接近しています。また韓国は来月7年ぶりに南北首脳会談を行う予定です。
こうした状況の中で日朝間の協議は大きな進展もなく、北朝鮮は未だに『拉致問題は解決済み』との姿勢を崩していません。それに加えまして、政権の最重要課題とこの問題をしてきました安倍総理大臣、先週突然辞意を表明したのです。国際情勢の変化や時期政権でこの拉致問題はどうなるのか、家族の方々の間に不安が広がっています。
さて、この12人の拉致被害者の中で唯一子どもを残して拉致されたのが田口八重子さんです。1978年、22歳で行方がわからなくなりました。」
拉致家族 5年目の夏
【ナレーター】
「絶対に救出するぞー!」先月初め、東京銀座で行われた拉致被害者救出を訴えるデモ行進。(映像は)田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さん(69)です。飯塚さんは核問題でアメリカと北朝鮮が接近する中、「拉致問題が置き去りにされてしまうのでは」と不安を募らせていました。
【田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さん】(デモ行進にて)
「我々のこの強い声が北まで届くというふうに信じております。まだまだこの拉致問題というのは日本の課題である、ということを諦めてはいないぞと・・・。」

*22歳の八重子さん。(『八重子と耕一郎 2つのアルバム』より)
【ナレーター】
妹の田口八重子さん(当時22歳)。29年前、22歳の時に突然消息を経ちました。その妹が北朝鮮にいることを飯塚さんは思わぬかたちで知ります。
115人が犠牲になった大韓航空機爆破事件。実行犯の一人、北朝鮮の元工作員(金賢姫 キム・ヒョンヒ)の供述から八重子さんが李恩恵(リ・ウネ)という名前で、元工作員の日本語教育係をさせられていたことがわかったのです。
拉致と爆破事件という2つの国家テロに巻き込まれた妹。飯塚さんは69歳になる今も工場で働き、八重子さんが帰国した時のために収入の一部を蓄えています。
【田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さん】
「(八重子さんの写真を見つめながら)あんまりジッと顔見てるとね、感情的になるんで・・・。まったくね、かわいそうに。こんな若い時に連れて行かれてね、自分の自由にならずに・・・。もう絶対生きていると思っていますけどね。」
【ナレーター】
拉致された時、八重子さんには幼い子どもがいました。当時1歳だった長男の耕一郎さん。飯塚さんは耕一郎さんを引き取り実の子として育てました。本当の親子ではないと悟られないようアルバムを作り、飯塚家の子どもとして名前を記しました。

*1歳の耕一郎さん、飯塚家での初めての写真。(『八重子と耕一郎 2つのアルバム』より)
【田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さん】
「本当に家の子だっていうふうに思い込ませるためにね・・・。」
【ナレーター】
家族の思い出をたくさん作ろうと時間を見つけては旅行に出掛けました。耕一郎さんはいつも家族の中心にいました。
【田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さん】
「ふふっ、これジッと見てるとね、ごく普通の生活をずーっとしているような場面ばかりでしょ?本来だったらば八重子の家庭でこういった風景が出てきているはずなのに・・・。」
【ナレーター】
飯塚耕一郎さん、今年30歳になりました。システムエンジニアとして働き、東京都内で一人暮らしをしています。耕一郎さんが自分の本当の生い立ちを知ったのは21歳の時でした。パスポートを作るために取り寄せた戸籍謄本に“養子”と記されていたのです。飯塚さんから事実を知らされましたが、実の母がいるという実感が持てず「八重子さん」としか呼べませんでした。
【田口八重子さんの長男・飯塚耕一郎さん】
「全然知らない人がお母さんですよと、大韓航空機爆破事件っていうのに関与している可能性があると、その事実自体を私の中でどうとらえていいのかまったくわからないわけですよね。帰って来たとしても、八重子さんに対してそのまま『お母さん』という言葉を自分の心から素直に言えるのかどうなのか正直わからないと・・・。」
【ナレーター】
3年前(平成16年2月)、耕一郎さんは初めて自分の名前を公表し、家族会の活動に参加しました。「実の母とのつながりを取り戻したい」という思いからでした。
【田口八重子さんの長男・飯塚耕一郎さん】(記者会見にて)
「母親に対する感情や思い出などが一切ないのですが、私の何かしらの一片の思い出なりがつかめればいいかなと・・・。」
【ナレーター】
(映像は)耕一郎さんが家族会の活動を記録したノートです。家族たちは北朝鮮の動向に振り回されてきました。3年前に行われた2回目の日朝首脳会談、北朝鮮は再調査を約束しました。しかし半年待たされた後の回答は「8人死亡・2人未入国」という、何ら進展のない内容でした。
家族は海外にも足を運んで協力を呼びかけ、問題解決に向けた機運は高まりました。しかし北朝鮮の核実験で国際社会の関心は一気に核問題に集中、「拉致問題が置き去りにされるのでは」という懸念が家族の間に広がりました。
一向に進展しない拉致問題。その一方で耕一郎さんは「八重子さんとのつながりを少しずつ感じられるようになってきている」といいます。
【田口八重子さんの長男・飯塚耕一郎さん】
「お母さんの写真がある、ということでいただいたんですよね。」

* 八重子さんと子供二人が一緒に写っている唯一の写真。(『八重子と耕一郎 2つのアルバム』より)
【ナレーター】
きっかけは母の知人が届けてくれた1枚の写真でした。八重子さんが拉致される1年前、知人の家族と一緒に撮った写真。生まれたばかりの耕一郎さんと2歳年上の姉。その二人を八重子さんが微笑みながら見つめていました。
耕一郎さんの発育を記録した母子手帳も見つかりました。初めて目にした八重子さんの字。我が子を思う気持ちが書かれていました。
【耕一郎さんの母子手帳より】
○育児の上で、心配なこと、記録として残したいこと、感想など自由に記入しましょう。
「立たせた状態でだいて、首のすわりを見てみると、すこしよろけながらも、首のすわりを、いじしているが、首が左にまがったままでいる様です。首のほねに異常があるのではないか」(八重子さんが書いたもの)
【田口八重子さんの長男・飯塚耕一郎さん】
「最後の部分に『首のほねに異常があるのではないか』って心配をしているんですよね。正直言って母親なので心配することは当たり前なんですけどね、私の心配をしてくれていたという、要するに私のことをちゃんと思っていてくれていたと(知るのは)本当にこれが初めてですから、すごいうれしいことだし、何かホッとすることだし、ああ本当につながっているんだなっていうふうに強く思えるものだし・・・。」
【ナレーター】
耕一郎さんは今年2月、一人で旅に出ました。行き先は韓国と北朝鮮の国境・板門店(パンムンジョム)でした。初めて見た母が拉致された国、北朝鮮。耕一郎さんは夢中でカメラのシャッターを切っていました。
【田口八重子さんの長男・飯塚耕一郎さん】
「もうこの、要するに川を挟んだ向こう側の北朝鮮という国のどこかに彼女がいるはずだと思って衝動的に動きたいんですけど、ただそれは事実としてできないし、うん、どうしようもない口惜しい気持ちにはなりましたね。助けたいという気持ちが前よりはっきりしたかなぁっていう、そこですよね・・・。」
【ナレーター】
先月中旬(8月18日)、新潟市の街頭に署名を呼びかける耕一郎さんの姿がありました。
【田口八重子さんの長男・飯塚耕一郎さん】(街頭にて)
「やはり実の母を知らないのはおかしい、当たり前の姿というのをただ単に取り戻したいだけなのです。本当に何もない普遍的なものを取り戻したいというふうに申し上げているだけなのです。」
【ナレーター】
少しずつ高まる母への思い。耕一郎さんはこの夏、政府が始めた北朝鮮に向けた短波ラジオで八重子さんに呼びかけました。
【田口八重子さんの長男・飯塚耕一郎さん】(短波ラジオにて)
「拝啓田口八重子様。私はあなたの息子の耕一郎です。正直、何を伝えていいのか戸惑っています。お母さんの腰や体の調子は大丈夫でしょうか?腰が悪いと聞いていてとても心配しています。私も繁雄さんも叔父さん、叔母さん、みんな体調が悪いことを気にしています。長い間助けられずごめんなさい。みんなで必ず助けますので、どうか無事で元気でいてください。そして必ず、必ず面と向って『お母さん』と言わせてください。必ず生きていてください。」

*写真は平成16年(2004年)10月に千葉県柏市で行われた講演会で撮影しました。(飯塚繁雄さんと耕一郎さん)
【ナレーター】
今月初め、北朝鮮をめぐる外交交渉に家族の注目が集まりました。ジュネーブで行われた米朝作業部会。北朝鮮は核施設を使えなくする無能力化を年内に行うことを示唆、アメリカも北朝鮮が見返りとして求めているテロ支援国家指定の解除に向けて何らかの対応を伝えた、と見られています。
その直後、アメリカは会見で今後の拉致問題の進展を匂わせる発言をしました。
【アメリカ・ヒル国務次官補】(会見にて)
「モンゴルで行われる日朝作業部会について、何らかの成果が得られると信じるだけの理由がある。」
【ナレーター】
この発言に家族は期待を寄せました。そして3日後、耕一郎さんは飯塚さんと一緒に日朝作業部会の結果を待ちました。
「モンゴルのウランバートルで開かれている六ヵ国協議の日朝作業部会は今日、拉致問題を中心に協議が行われましたが、北朝鮮側は新たな措置を取ることはできないと述べ、拉致問題について具体的な進展はありませんでした。」(ニュースより)
北朝鮮は「今後も協議を継続する」としながらも、「拉致は解決済み」とする姿勢を崩しませんでした。期待はまた裏切られました。
【田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さん】
「我々本当に微力な一市民がね、いくら訴えてもお願いしてもなかなか先に進まない。何となくね、こうむなしく感じる時があるんですよね。っていうのは、いつまでこんなことやっていればいいのか、やっていれば帰って来れるのか。」
【田口八重子さんの長男・飯塚耕一郎さん】
「我々は拉致をされた被害者にもかかわらず、核っていう新たなその要素に巻き込まれるかたちで、この政治の状態をチェックしなきゃいけない。いつも歯がゆいと思うし、むなしいと思うし。でも負けちゃいけない負けていられないと思います。」
【ナレーター】
さらに先週、拉致問題の解決を最重点課題に掲げていた安倍総理大臣が辞意を表明。家族の不安に追い討ちをかけました。昨日(17日)飯塚さんは東京・渋谷の街頭に立ちました。国の内外の政治の動きに翻弄されたこの夏。改めてすべての拉致被害者の救出を訴えました。
【田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さん】(街頭にて)
「まぁ残念がってばかりはいられない。これからどうなっていくかちょっと不安ですけども、心配ですけども、もうやるしかないという気持ちですね。」
拉致家族 高まる危機感
【司会者・国谷裕子さん】(スタジオにて)
「今夜は拉致問題の取材を続けています社会部の今西記者にスタジオに来てもらいました。米朝関係が急接近し、そして世界の関心が核問題に今集中している中で、今度は安倍総理大臣の突然の辞意表明。とりわけ家族の方々にとってはショックが大きかったんですか?」
【社会部・今西章記者】
「そうですね、家族はこれまでにない大きなショックを受けています。特に安倍総理の辞意表明ですけれども、私も一報を聞いた時に何人かの家族とすぐに連絡を取り合ったんですけれども、しばらくは声も出せない状況で、気持ちの整理がつくまでなかなか会話にならない状態でした。」
【司会者・国谷裕子さん】
「ただあの、めぐみさんの写真展が自発的に全国で開かれたり、あるいは今日もジェンキンスさんが出席してタイでこの拉致問題含む人権問題の国際会議が開かれていて、国内・海外でこの拉致をめぐるこの動きというのが、もう周りで行う、進んでいるといった状況にもなっていますよね。」
【社会部・今西章記者】
「その通りですね。まぁ家族はこれまで世論に訴え、政府を動かし、そして海外にも働きかけて、その積み重ねてきた努力がようやく実を結ぼうとしていたんですね。まぁ日朝首脳会談からは5年ですけれども、家族が肉親と引き裂かれてからもう30年なんですね。救出活動を始めてから10年が経っています。まぁその間の積み重ねがあるわけなんですね。
しかしこの状況に至って、国際情勢の変化、安倍総理の辞意表明で家族はこれまで積み重ねてきたものが崩れ去ることはないのか、また、先行きが見通せない状況になるのではないか、と危機感を募らせています。」
【司会者・国谷裕子さん】
「こうした状況の中で、今後どのように訴えを続けていこうとしているんでしょうか?」
【社会部・今西章記者】
「今家族はですね、その不安や焦りを振り払って、『ここで自分たちがもう一度声を上げなければならない』と考え始めています。去年、政府が拉致問題を国の最重要課題と位置づけて以降、特にこの数ヶ月横田ご夫妻を中心に集会や講演会といった活動は手控えてきました。そこには『ここまで来たんだから後は政府に託そう』という強い思いがあったわけなんですね。しかしそれがここに至って『もう一度世論に訴えかけなければならない』という思いになってきていまして、VTRにも出てきました飯塚耕一郎さんも『全国を回ってもう一度訴えたい』と話しています。
ただ家族の高齢化というのは極めて深刻な問題なんですね。私も傍で見ていましても次第にですね、体がいうことを利かなくなってきている状況がはっきりとわかります。やはり拉致問題の解決っていうのは、最後はこれ外交交渉になりますので、家族は被害者の帰国に向けた政府の全力の取り組みを強く願っています。」
*写真は平成16年(2004年)11月の東京集会(友愛会館)であおいのパパが撮影しました。
拉致問題 政府の対応は
【司会者・国谷裕子さん】
「家族の間で危機感が募る中で、その外交交渉に委ねる担当する政府はどう対応しようとしているのか、拉致問題担当の中山恭子首相補佐官と今夜は中継がつながっています。中山さん、お忙しい中ありがとうございます。家族の方々の焦りや不安というのが非常に今大きいわけですけれども、日朝間の間のその目立った進展がない中で、ウランバートルでの作業部会で、日朝の間で頻繁に協議をこれからしていこうということでは合意があった、この頻繁に協議をしていくという道筋、あるいはその頻度というのは具体的に今見えてきているのでしょうか?」
【中山恭子首相補佐官】
「いえ、まだ、あの、どのようなタイミングで開いていくか、という具体的な打合せはできていないと思っています。」
【司会者・国谷裕子さん】
「ご家族の方々の高齢化ということで時間もないわけですけども、例えば次の協議の日程もまだ見えていないのでしょうか?」
【中山恭子首相補佐官】
「まったく見えていないということだと思っています。前回の作業部会でも今映像がありましたように、拉致問題についてはこれまで通りの態度を北朝鮮は取っていたと言うことですから、これから日本としてあらゆる手段を使って北朝鮮に態度を変えるように、拉致問題についてすべての被害者を解放するように強く働きかけていかなければいけない、更に更に強く働きかけていかなければいけないと、今思っているところです。」
【司会者・国谷裕子さん】
「あの、今後の六ヵ国協議でやはりその注目されている核問題で、そちらの方に関心がいわば集中するかたちになっているんですけども、例えば核の無能力化で進展があって、それを受けて国際社会の間で北朝鮮に対する経済支援を行う段階に入っていくということも考えられるかと思いますけども、拉致問題が進展しない中で経済支援を日本が求められるといったような局面が出てくるとすれば、非常に日本としては厳しい状況に置かれることになりませんか?」
【中山恭子首相補佐官】
「そうですね、日本としては北朝鮮がしっかりした行動で拉致問題について誠実な対応をしない限り、日本から経済支援、それから人道支援もしないという対応を取っておりますから、そのことをしっかり説明しないといけないと思いますし、また六者会合の中では、アメリカも中国も韓国もロシアもこの拉致問題で進展がない限り日本が支援に入れないということをすでに了解していますから、そういった意味で日本が支援に入れるためにこれらの国も北朝鮮に対して拉致問題に真剣に取り組むように促してもらいたい、とそういったお願いもして、今もしていますけれども、さらに強くそこを勧めていくっていうことも大切だろうと思っています。」
【司会者・国谷裕子さん】
「北朝鮮はアメリカによるそのテロ支援国家指定解除というのを望んでいるわけですけれども、アメリカはその様々な解除の条件を設けている中で、その一つとしていわば『拉致問題の進展があれば』という条件も付けているわけですね。で、そうなってきますと、今後その何をもって拉致問題が進展をしたか、その定義というものが重要になってくるかと思います。日本政府としてはこの進展というのは『被害者の帰国を前提とした話し合いや手続きが進むこと』っていうふうにしているわけですよね?これはアメリカが見るその進展の定義とのギャップはありませんか?」
【中山恭子首相補佐官】
「それはどういった動きがあれば進展かというのは、これは拉致の被害者を抱えている日本がしっかり見なければいけないということは、それは当たり前のことだと思っていますので、進展がない限り支援に入れないということは、あっそれから、テロ支援国家の解除をしない・・・」
*ここで録画が終わってしまいました。番組終了まであと2〜3分で大事な部分だったのですが・・・。(泣)これで終わりとなります。本当にすみません!
*八重子と耕一郎 2つのアルバム(1)〜(6)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/46188690.html
*'05 4/24 第7回国民大集会 飯塚耕一郎さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3464964.html
*'04 10/2 麗澤大学特別講演会
http://aoinomama13.seesaa.net/article/16115758.html
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