2007年09月19日

'06 12/17 拉致問題に関する講演会 河内隆さん(拉致問題対策本部事務局総合調整室長)(1)

*かなり時間が経っておりますが河内さんの講演要旨をレポートにしました。河内さんは「拉致問題に対する政府の対応について」という資料を基にお話されました。(拉致問題について・北朝鮮情勢・拉致問題への対応・今後の展望など)約40分間の長いお話の上、非常に早口でしたので、聞き取りに間違いやカン違いのある可能性がかなりあると思います。どうかご了承ください。3回に分けて掲載致します。

この講演会のレポートはこちらをご覧になってください。
 ↓ ↓ ↓
*'06 12/17 拉致問題に関する講演会に参加しました
http://aoinomama13.seesaa.net/article/29907850.html

【司会者】
 それでは「拉致問題に対する政府の対応について」をお話いただきます。よろしくお願い致します。河内さんは安倍内閣の発足と同時に拉致問題のために設置されました対策本部現役室長としてご尽力をいただいております。それではよろしくお願い致します。

【河内隆さん・内閣官房拉致問題対策本部事務局総合調整室長】
 皆さま、こんにちは。ただ今紹介に賜りました内閣官房拉致問題対策本部事務局総合調整室長の河内隆でございます。本日は千葉県議会拉致問題早期解決の支援に関する議員連盟の主催される講演会にお招きいただきまして誠にありがとうございます。拉致問題という大切な問題、関心を持っていただいた、そして参加していただいた皆さまに敬意を表しますとともに、こうした説明会の機会を与えていただきました主催者の方々にも厚く御礼を申し上げたいと思います。

 私事ですが、私生まれは東京なんですが、2歳から小学校卒業の12歳まで県内に住んでおりました。その関係上、子どもの頃の思い出とともに懐かしく思い出す第二の故郷が千葉でございます。本日こちらに来ることを楽しみにしていた次第でございます。

*拉致問題対策本部
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ratimondai/index.html

 さて本日申し上げたいことは多々ございますが、私に与えられた時間は40分という大変限られた時間でございます。3点に絞らせていただきたいと思います。一つ目は「一体拉致問題とはどういう問題なのか?」ということです。そして二つ目は「拉致問題、今政府はどう取り組んでいるのか?」そして三つ目は「日本人として一人一人がこの問題を自分の問題として受け止め、一緒に考えていきたい、やれることをやっていきましょう」という3点でございます。

 レジュメに沿いまして話を進めさせていただきますが、本日は家族会から横田ご夫妻がお見えです。また、後ほど衆議院議員の山中先生のご講演も予定されております。したがいましてお手元のレジュメのVの1、ご家族の懸命な活動の話しにつきましては、これは横田滋様・早紀江様から直に聞いていただくことが何よりだと思います。また、Vの2の(3)(4)つまり国連の強制的失踪者決議を始め、国連・国際社会の動き、日本外交の絡みとの関係で、そしてまた核・ミサイルとの関係の話につきましては、後ほど山中先生が触れられることになっておりますので、私からは省略させていただくことになります。

*'06 12/17 拉致問題に関する講演会 山中あき子さん
 (衆議院議員・前外務大臣政務官)

http://aoinomama13.seesaa.net/article/32964852.html

 話がとっつきにくい部分やわかりにくいところもあろうかと存じますが、極力わかりやすく話を進めさせていただきますので、しばらくの間午後2時までお付き合いのほどよろしくお願いします。

北朝鮮当局による日本人拉致問題の解決に向けて
 ―拉致問題と日本政府の対応を中心として―


T拉致問題について
1、はじめに ―拉致問題とは―
2、これまでの経緯
3、「北朝鮮による日本人拉致被害者」認定事案と特定失踪者問題
4、「北朝鮮は何故、日本人を拉致し、また、その事実を認めるに至ったのか」

U北朝鮮情勢

V拉致問題への対応
1、御家族の活動
2、日本政府の取組み
(1)基本的対場
(2)拉致問題対策本部設置
(3)北朝鮮による弾道ミサイル発射及び核実験を受けての措置
(4)国際社会における取り組み
(5)調査・捜査

W今後の展望
 ―「対話と圧力」で日本人拉致被害者全員の生還を目指す―

 それではレジュメに沿って話を進めさせていただきますが、30ページほどの参考資料を用意致しましたので適宜参照していただければ幸いでございます。まず最初に私が申し上げたいことは、そして皆さまにぜひ考えていただきたいことは、拉致問題は誠に理不尽な問題だということであります。言語道断な話であります。

 資料の1ページをご覧頂きたいと思います。拉致問題の実に長い経緯がございます。ただ今、救う会の佐藤会長からもお話がありましたが、こんなにかかってはいけない問題でありました。これが事実なんです。反省を込めて申し上げますが、この1ページ、拉致問題を考える上でまず大きくこれまでの経緯を3つに分けて皆さまとらえていただくのがわかりやすいのではないかと思います。

拉致問題を考える上での大きな流れ

第1期 1970年代から80年代にかけての拉致発生
 (その拉致の事実を一貫して否定し続けてきた北朝鮮)
  〜第1回日朝首脳会談(2002年9月17日)

第2期 第1回日朝首脳会談(2002年9月17日)
 (5人の拉致被害者の帰国と滞在延長)
  〜第2回日朝首脳会談(2004年5月22日)

第3期 第2回日朝首脳会談(2004年5月22日)
 (拉致被害者家族の帰国)
  〜現在まで

 第1期、これが1970年代から80年代にかけて、まさに多くの日本人が不自然なかたちで行方不明になっている、この時から2002年9月17日の第1回日朝首脳会談まで、この20数年間でございます。そして第2期は第1回日朝首脳会談から第2回の日朝首脳会談までの1年5ヶ月、そして第3期はこの2004年5月22日の2回目の首脳会談から現在までの2年の中です。

 まず第1期、この20数年間といいますもの、ここに注目をしていただきたいと思います。この問題は1970年代から80年代後半にかけまして、ごく当たり前に日常生活を送っていた方々がある日忽然と姿を消してしまったと、そのことに端を発します。本日お越しの横田ご夫妻のお嬢さんであります横田めぐみさんは13歳、部活の帰りのご自宅への帰り道でした。そしてまた家族会副会長の飯塚繁雄さんの妹の田口八重子さんの場合には、幼子2人を残したままです。また市川修一さん・増元るみ子さんの場合には、「一緒に夕日を見に行ってくる」と出かけたまま突然行方がわからなくなってしまったんです。

 ご本人も自分自身一体自分に何が起こったのか全然わからないまま連れ去られ、また残されたご家族も、失踪の理由も生死すらもわからない。当時は北朝鮮の関与ということがまったくわかりませんでしたので、大変な不安と苦悩の中でただただいわば時が空しく過ぎ去って行ったんだろうと思います。この20年間にはご家族の本当に孤独な戦いの時だったと思います。

 もとより周囲の方々、ご家族と本当に親しい方々がご支援をされたんですが、それでもご家族の孤独な戦いを強いられた20数年間だったと私は思います。拉致されたご家族の悲しみ・苦しみというのを私たちは当時ともに分かち合っていなかったということ、これが偽らざる事実なんだろうと思います。

 もとより北朝鮮におきましては、この20数年間の間にも色んな動きがございました。後ほど時間があれば触れますが、87年には大韓航空機爆破事件がございます。そして88年には国会の委員会の場でも当時の梶山静六・国家公安委員長が国会答弁におきまして、「アベック失踪は北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚」だと答弁をされています。突然の失踪がどうも北朝鮮当局による拉致という非人道的な犯罪行為であるらしい、ということがだんだんわかってきたんです。

 ただ北朝鮮はこうした日本からの話に対して一貫して否定し、「これはでっちあげだ」と繰り返していたわけです。そしてまた日本の国内の一部の者はそれを鵜呑みにしていたのも事実でございます。この1期といいますのは、まさに政府はこの問題に積極的姿勢を示していなかった、政府に対するご家族の側は不満を持たれたことだろうと思います。

 そして第2期に至る前に、そんなに厳しい中におきましても街頭での署名活動・ビラ配り等々、ご家族は懸命になって皆さま方にこの問題を訴えられました。署名をされないばかりか、罵声を浴びせらたこともあったという雰囲気が浮かんできます。また拉致という映画を観ていただければ、署名簿をバンっと叩いて通り過ぎる、そんな人もございました。しかし97年に家族会が結成され、ご家族の懸命な努力に対して徐々に徐々に、そして救う会・調査会の努力も相まって、徐々にこの問題が認知されるようになったわけです。

 しかし何といいましても拉致問題のターニングポイントは2002年9月17日の小泉総理の訪朝、日朝首脳会談の時です。この会談におきまして、それまで一貫して否定してきた日本人拉致を北朝鮮は初めて認め謝罪をしました。そこから5人、蓮池夫妻・地村夫妻、そして曽我ひとみさんの帰国が実現し、さらにそれから1年半ほど経ってではありますが、そのご家族も帰国が実現をしたのです。この第1回から第2回目の日朝首脳会談までの間、わずか1年8ヶ月ですが、この時には拉致問題に対して政府の動きもようやく活発化するに至りました。

 2ページ3ページをご覧いただきたいと思いますが、来日以降の動きをもう少し詳細に見ていただくための資料でございます。真ん中に日本政府の取り組みと書いてございますが、2002年10月15日、5名の拉致被害者が帰国しました。皆さんもテレビでご覧になったと思います。あの飛行機のタラップから5人の方々が降りて来られる、感動的な再会がお茶の間に飛び込んだと思います。ただあの5人の後には残念ながらめぐみさんもるみ子さんも他の方々の姿はありませんでした。

 政府としては、この真ん中の日本政府の取り組みの欄にございますように、専門幹事会・内閣官房副長官をトップとする、安倍副長官でございました、専門幹事会を開催しながら各種の取り組みを進め、帰国された方々への総合的な支援を行うと同時に、安否不明の方々への情報収集活動を続けていくわけでございます。

*拉致問題に関する過去の主な動き
 (2002年9月〜2006年6月)

http://aoinomama13.seesaa.net/article/41365747.html

 そして同時にこの1年8ヶ月の間といいますのは、5人の帰国被害者とその家族をめぐる日本と北朝鮮と間との応酬の時代だというふうにも呼称付けることができます。北朝鮮側は「約束通り5人を北朝鮮に戻すんだ」と主張致しました。「一時帰国なんだ」と。それに対して日本側は、「家族揃って自由な環境のもとで意思決定を行うために、子どもたちを日本に送るべきだ」と主張をし続けているわけです。

 そしてようやく第3期目になります。この第3期目、第2回の日朝首脳会談におきまして(5月22日)、被害者のご家族は帰国をしたわけですが、その後の日朝実務者協議や日朝包括並行協議を通じましても、日本としては生存者の帰国・真相究明、拉致実行犯の引渡しを強く要求してきましたが、北朝鮮当局からは納得のできる説明は何ら得られていない、という状況であります。まさに安否不明者をめぐる日朝の対立モードに移っているというのがまさに今の局面でございます。

 日本側は北朝鮮の説明を「不自然かつ不十分極まりない、被害者の即時帰国・真相究明、そして実行犯の引渡しも行うべきだ」と強く主張しましたが、北朝鮮側は「拉致問題は解決済みだ」と、特に例えば2ページ目の11月以降、横田めぐみさんの骨とされるものが提供され、そしてその遺骨とされたものにはDNA鑑定の結果別人のDNA、異なるものが検出され、いかに北朝鮮が不誠実な対応を取ってきたか、そのまさに例でございます。

 またこの2年7ヶ月といいますのは、国内外における対北朝鮮への圧力がとられてきた時でもあります。曽我ひとみさんのご主人でありますジェンキンスさんの“告白”という本の出版を契機と致しまして、拉致というのが日本と北朝鮮の間だけの問題ではなく、タイ人でありレバノン・ルーマニア、韓国等、拉致が国際的な広がりを持っている、北朝鮮に拉致された可能性のある人たちが日本以外にも実はたくさんいるんだ、ということが認識をされた時でもあります。

 そしてこの3ページをご覧いただきたいと思いますが、細かい事は省略を致しますが2006年の4月22日からの訪米におきましては、まず横田早紀江さんがアメリカのブッシュ大統領と面会をされました。そしてまた5月の中旬には横田滋さんがめぐみさんの夫とされます金英男(キム・ヨンナム)氏のご家族と韓国で面会するという、ご家族のこうした国内だけではなく国外における活動によりまして、拉致問題が国際的な舞台に大きく認識されるよう動いていただいたわけでございます。

 4ページをご覧いただきたいと思います。私自身この仕事に携わったのは本年7月以降のことになるのですが、この7月以降でもここにございますように大変めまぐるしい動き、流動的、緊張感を強いられる北朝鮮情勢でございます。ご存知のように7月5日には北朝鮮はミサイルを発射しました。そして10月9日には北朝鮮は核実験を実施しています。9月26日安倍内閣が発足以降、そしてここには多くの首脳会談を記していますが、何故細かくかくも丁寧にひろっているかといいますと、すべてのこうした首脳会談におきまして安倍総理そして麻生外務大臣は必ず拉致問題を取り上げています。拉致問題についての国際的理解を深めようと、まさに総理自らが率先してお膳立てしてきたとだけ申し上げたいと思います。

*拉致問題に関する最近の動き(2006年7月〜)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/41504110.html

 次の5ページ以降、政府認定17名による事案でございます。ここで一つ一つのケースに触れる時間は残念ながらございません。ただ皆さん、特に注目をしていただきたいのは失踪している時期でございます。

*政府認定17名に係る事案(平成18年12月)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/rati/nintei.html#1

 宇出津(うしつ)事件・1977年9月、そして松本京子さんの拉致事件・77年10月、横田めぐみさん77年11月、78年6月には田中実さん・田口八重子さん、78年7月に地村夫妻・蓮池夫妻、78年8月に市川修一さん・増元るみ子さん、同年8月に曽我ひとみさん・ミヨシさん、みんな77年〜78年と失踪事件は集中している。そして日本の国内だけではなくて、石岡亨さん・松木薫さん・有本恵子さんとヨーロッパ等におきましても、海外におきましても日本人が拉致されているということについて留意をしていただきたいと思います。

 そしてここで大事なこと、何よりも私が強調したいことは、拉致問題といいますものが実は5人の家族が帰国されたことで終わっていない、ということであります。まだ終わっていない現在進行している問題です。政府認定17名のうち帰国者は5名ですから、残りの認定拉致被害者は12名の方になります。その認定12名の帰国は実現されていない、そしてしかも解決に向けての進展は何ら示されていないわけです。

 さらに認定された方以外にも北朝鮮に拉致された可能性のある日本人の方が多数存在する、ということです。特定失踪者問題調査会ではこれを460名リストアップしているところであります。家族が引き裂かれてもう30年、拉致問題を一日も早く解決しなければならない問題だということでありますし、またこの千葉県にも先ほど竹下さんが申しましたように、公開されている方でも県内で失踪された方々がいるわけであります。

 1000番台、調査会が申し上げている方々におきましても古川了子さん、そして加瀬テル子さん、さらには江藤健一さん、田中正道さん、鵜沢幹雄さん、岡元幸弘さん、鈴木正昭さん、佐藤剛生さん、伊藤克さん、峰島英雄さん、関谷俊子さん、遠山常子さん、こうした方々、これは今あくまで公表されている方です。公表されていない方もあろうかと思います。

 要は皆さんの身近なところで、ご出席の皆さんもひょっとしたら肉親が拉致された可能性もある、そんな日常茶飯事の生活空間の中でこういう悲惨な事件が起きている、ということについてご留意していただきたいと思います。

【特定失踪者問題調査会リストより】
 (千葉県に関係のある方々)

*加瀬テル子さん 昭和37(1962)年4月失踪 
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=12&mode=search3
*古川了子さん 昭和48(1973)年7月7日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=60&mode=search3
*江藤健一さん 昭和48(1973)年8月19日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=61&mode=search3
*峰島英雄さん 昭和49(1974)年7月11日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=258&mode=search3
*関谷俊子さん 昭和49(1974)年7月11日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=241&mode=search3
*遠山常子さん 昭和49(1974)年7月11日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=257&mode=search3
*鈴木正昭さん 昭和52(1977)年8月30日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=87&mode=search3
*鵜沢幹雄さん 昭和53(1978)年12月15日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=99&mode=search3
*伊藤克さん 昭和60(1985)年8月29日 失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=128&mode=search3
*岡元幸弘さん 昭和62(1987)年8月31日 失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=134&mode=search3
*田中正道さん 平成5(1993)年6月7日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=157&mode=search3
*佐藤剛生さん 平成9(1997)年7月29日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=169&mode=search3

(2)に続く

*'06 12/17 拉致問題に関する講演会 河内隆さん(2)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/56496074.html
posted by あおいのママ at 20:10| 千葉 晴れ | TrackBack(0) | '06 12/17 拉致問題に関する講演会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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