*写真はあおいのママの撮影です。左よりジャーナリスト・高沢晧司さん、拉致被害者有本恵子さんの父・明弘さん、母・嘉代子さんです。
*講演要旨レポートです。日頃から関西弁を聞きなれていないため、おかしな表現になっているかもしれません。どうぞご了承ください。(主催者よりレポート掲載の許可をいただいております)
*1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション(2)高沢晧司さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/44941300.html
続き
【司会・川添友幸さん】
次ですね、有本さんのお父さん。お聞きしたい点は、お母さんの方から多少先ほどお話がありましたが、拉致事件の当初'88年に手紙が届きますが、その時の社会党の対応とか、あるいはNHKの対応ですかね、その当時の部分の話と、まぁちょっとこれは相対的な意味になってしまうかもしれませんが、今の日本政府の対応、さっきお話があったと思うんですが、日本政府の今の対応とかですね、あるいはよど号の実行犯に対して何か思いがあればぜひよろしくお願い致します。
【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
えーと、なんやったかな?(会場笑い)
【司会・川添友幸さん】
申し訳ないです。えーと。
【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
いっぺんに言うたかて、一つ一つ。
【司会・川添友幸さん】
拉致事件の発覚当初の社会党の対応ですね。
【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
はい、それね。まぁ家内が言うたように土井さんの事務所に行った。で、○○がおった。そいでまぁ「先生に会いたいんや」と。そしたら「連絡します」と。「先生はずっと東京におって、こっちにはたまにしか帰って来ませんので、そなら伝えておきます」とそれで終わってしまった。
【司会・川添友幸さん】
その後、何もなかった?
【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
うーん、それもこっちも行けへんしな。そいで社会党で言うなら、家の近くにKさんていう議員がおった、当時。もう辞めたんだけどな。その先生は恵子と学年が一緒かな?そのKさんの娘はんが。で、そこへ訪ねて行った。まぁそれはどうせ私ら行っても会われへんから、一応外務省とコンタクト取って、外務省にひとこと言うてもろうて、会いに行ったんです。だから会えた。
そしたらその先生は・・この問題は向こうに言うのが一度も・・と、向こうから来た手紙も中も封筒も見せおったわ。「こんなんのある」という意味で「封筒来た」と。そやけれども、日本のまぁ政府やな、「この問題を向こうへ持って行った時にどう対応してくれるか、それがハッキリせんかぎりは動かれへんので、まぁ預からせてください」と言うた。それで終わり。
というのは、そのKさんは土井たかこさんがこっちで人気が出た時点で、社会党がKさんの区域から2人擁立しようとしたわけね。で、その時にトラブル起こって、そいでその先生は・・言うて社会党辞めてしまった。うん、それっきり終わり。はい。
【司会・川添友幸さん】
まぁ非常に無責任な対応と言わざるを得ないですね。で、その後、土井さんからは本当に何も?
【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
ない、ない、ない。
【司会・川添友幸さん】
いわゆる小泉さんの訪朝の後も?
【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
なし。で、全然縁切り。
【司会・川添友幸さん】
わかりました。次はNHKの問題を。
【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
このNHKは話したらもう長い話になんのよ、これ。うん。ものすごい長い話なんねん。(会場笑い)
【司会・川添友幸さん】
まぁ、あの、NHKの会見を妨害した話がありましたよね?
【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
これね、NHKさんの話も、NHKさんの名誉のためか、今まぁそういう意味で言うとくと、これを言い出したら家族の連中が「お父さん、お父さん、言うな、言うな」と言うて、今まで止められてきたわけ。
それやけど、まぁ一番最初にこの問題がボンと私たちの問題が表に出たのは、1990年の12月の中頃から末まで。その時点でマスコミが家の大阪行ったわけ。'88年に持って行った時には、これはちょっと秘密に一言外務省に言ったわけだ。そやから私らは黙って秘密にしとったわけよ。
1990年の9月に訪朝してんからな、金丸訪朝団。それが帰って来た時点で、この問題がマスコミの知るところとなって家ら押し寄せて来たわけね。そやけど、行く前に○○という地元の国会議員と会うて「この手紙を金丸さんに渡す」と「私ももう厳しくこれは訴えて来る」とそういう話でわかっとった。わかっとったけれども、念のためにあの人が先見団で行った、そいで帰って来た、で、まぁ訪朝する前に、もう1週間ほどしかなかったわけね、その時点で会いに行った。
そしたら向こう言うてなかったのよ。そいで「これは大変だ」という思いがあって、その時ホンマになぁ、あそこの事務所でガラス2〜3枚割って暴れたろうかと思ったで。(会場笑い)あの山村新治郎いうのもその部屋におってんからな。そういう気持ちも一時沸いたよ。これやったら・・こうなるからな。
いかんと自重して、すぐその足で外務省行って、「あの人らはこの問題を避けて行こうとしている」と「これは大変なことや」と。「こんなものが後から出てくるようじゃあ大変なことなる」と言うて外務省・・やで、やって来た。その時は来ない。後から出て来たんや。それが警察が出して来たわけよ。うん。そしたら遠藤いうのが出て来た。
【司会・川添友幸さん】
ウニタ書房の遠藤忠夫さん?
【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
これが手先や、この・・系のな、手先。その後ろにどんなんのおったからはわからへん。これが出て来て「訪朝のためにこの1年余半、色々私は努力してきた。今この問題が警察より出て来たいうことは、もう何もかも自分らがやったことは水の泡になるから黙ってくれ」と。「1〜2ヶ月待ってもろうたら何とかいい返事を持って来るから」とそういうことを遠藤が言うて、なっ、それが私らちゃんとしゃべる、北海道の人(石岡さん)もおった。
そいでNHKの神戸の記者と東京の記者と一緒に立ち会うとるのんよ。話も聞いとるわけよ。なっ、その時点でNHKを通じてその話を来たわけよ。「・・まぁこの外交、手がけとんやからまだ放っておけ」と言うてそれを委託したわけ。それがまぁこちらを口封じのために来ただけで、何もええ返事はなかったわけや。
*NHK 拉致事件解決を妨害 有本明弘氏、報道姿勢に質問状
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H13/1306/130621nhk.html
それで何ヶ月か経った時点で、今度は田口八重子さんのことがドーンとまぁマスコミから出て来たわけ。これも警察がハッキリとおっしゃった。韓国まで行ってそれを確認して公表したわけ。そしたら新しい情報が出て来たやろ?だからこんだけ新しい情報が出て来たから、「もういっぺん記者会見したいから協力してほしい」と言ってNHKにそれをお願いしたわけよ。一時管理者になっとったからな、断る理由がないはずよ。
それを「もう一回出て来た問題は優遇性がないから協力でけん」とこうきたわけ。立ち会ったのに、一緒に立ち会っおっとったのが言うんやで。これは大きなケンカやってもおかしないで。わいは何言っとんたんやて。俺はそこまでも言われてもジーっと我慢したんやで。そこから話が始まっていくねん。(会場笑い)とんでもない話だった、そりゃ。
ほんで、それだったらしゃあない、「記者会見したいから」言うても「もう協力でけん」言うから、「それやったらどんな方法したら記者会見できんのや?」ということ聞かなしゃあないやろ。で、聞いた。そこまでわしらあの全然何もわからん無知の人間やったわけや。仕事だけしかでけんやな。
ほいで話聞いて、行く場所とな、それから「どういうことで記者会見したいから」ということを各社に送ったら、「そこへ記者が集まってくれるから、記者会見できる」と、まぁそういうことを言うてくれたわけや。そんなことぐらいじゃどうしようもないからビラをこさえて、そいで色々仲裁してくれというビラをこさえて、ずーっと各社に配ったわけ、500枚。500枚やで。それ全部・・わけよ。そいでも中にはそれをお願いしても送らん人がおるかもわからへん。なっ、そやけども、念のために私の手から送った。マスコミ全部。
それの結果がどうやったか。石高さんが一人来ただけ。それもその石高さんが来たいうのは、警察庁の記者クラブに30枚ほど送ったわけ、「協力してくれ」と。そしたらその警察庁の記者クラブの誰か知らんけど、一人が石高さんとこにファックス入れた。それで石高さんが私とこに来た。それが正月の4日。それで、「それやったら私ら一緒なって外務省にもう1回行きましょう」という話になって、ほな行く日にち決めて、「ちょうど大阪から一緒に乗ったるから」という話まで出ておった。それがその日になったら大地震。ガタガタっと。
【司会・川添友幸さん】
あっ、阪神大震災ですね。
【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
うん、それでその話はちょっとの間ストップした。ほいで東京まで新幹線に乗れるという時になるまで3ヶ月までかかった。これで初めて外務省に行って記者会見した。で、その時も外務省の記者クラブでね、この問題を30枚ほどビラを提供して記者会見したら2社だけやで、取り上げたのは2社だけ。共同通信と産経さんと、この2社が取り上げただけ。あとはみーんな逃げてしもうた。
問題は毎日新聞。毎日新聞はスクープしたんや、これ。大阪の毎日新聞がスクープしたんや。ほんなら東京の毎日新聞逃げる必要ないやろ?何でこう逃げ回るの?連絡とってるかどうか知らんけど、俺はその記者に言うたで。「この大きな記事やな、毎日新聞が一番にいた時、これはあんたんとこの誰それがスクープしたんや」と。・・そういう経緯があって、毎日新聞が逃げたいうのはわしら腹が納まらん。だから大阪から転勤した○○さんいう人がおったわけ。テレビなんかよう出よったわ。それに電話入れて「ちょっとおかしいやないか」と。なっ、文句言ってん。そしたら効果があったか、大阪からじきにこっちに電話があった。うん、まぁそいでまぁよしと来て話を納めた。それが始めの経緯。
【司会・川添友幸さん】
わかりました、ありがとうございます。あの阪神大震災からもう12年、もうすごい歳月が経つ話だなぁというふうに思いますが、この報道の責任というのも今の話を聞いて非常に色々と感じました。
(4)に続く
*1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション(4)野村旗守さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/53296563.html
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