*写真はあおいのママの撮影です。左より特定失踪者問題調査会専務理事・村尾健兒さん、拉致被害者有本恵子さんの父・明弘さん、母・嘉代子さん、拉致被害者松木薫さんの姉・斉藤文代さんです。
*講演要旨レポートです。(レポートの順番は前後します)聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。(主催者よりレポート掲載の許可をいただいております)
*1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション(4)野村旗守さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/53296563.html
続き
【司会・川添友幸さん】
次は有本さんのお母さん、ちょっと2点おうかがいしたいんですが。以前にNHKの番組でですね、よど号と拉致という番組がありまして、あの中で直接北朝鮮のよど号グループに電話をかけ、有本さんのお母さんとよど号のメンバーがやりとりをして、非常に話にならないような場面を見たんですが、あの時の話とですね、八尾恵さんの証言によって有本さんの拉致が認定になったんですが、その辺に関して八尾さんに対する何か思いみたいなものとか、あるいは他のメンバーたちに対して、今日もしかするとよど号の関係者の方が来られているかもしれませんので、ぜひその辺言っていただければと思います。よろしくお願い致します。
【有本嘉代子さん・有本恵子さんの母】
あの(NHKの)取材の場でね、ホテルだったと思うんですけれども、富山から来られて、「北朝鮮に一度渡ったことがある」っていうよど号の方と懇意の人がいらっしゃいまして、「今日あたりだったらたぶんいらっしゃるんじゃないかなぁ」と。
始めは赤木(恵美子)って人と話すつもりはなかったんですけどもね。その時メンバーのリーダーが小西(隆裕)さんですから「小西さんだったら話を聞いてもらえるよにしたろか」って言うて電話したところが、電話口に出たのは「赤木さん」って。つなぎで私が「有本恵子の母ですけれど」言うたらものすごく怒ってでした。「失礼な」って言われたんです。失礼な言うことは一言だけでした。何が失礼だったのかな?と思ったんですけれども。もうものも言う気もなかったので、私はそこでこの人に何も聞こうという気もなかったので、取材の方は何かを期待していたのかわからないんですけれども、そこでもう(電話を)切りました。
その後よど号の、私たちが拉致と認めてもらったのは、あくまで八尾さんの法廷においての証言ですけどもね。それまでに一度八尾さんにお目にかかってたんです。そこは皆さん、テレビでご覧になったと思うんですけども。まぁ何を言おうという気持ちはあったんですけれどねぇ、とにかくあの場では言えませんでした。とにかく出て来られてね、もう部屋に入るなり、ホテルで会ったんですけど、もう土下座をして、もう本当に涙でくちゃくちゃになるくらい、顔が本当にもう涙で泣きはらして「申し訳なかった」言うて謝られたんです。だから私もその「何でもっとひどく言わなかったんですか?」って(テレビを見た)何軒かの人がお電話くださいましたけどもね。
あの時点で、主人もまだ言葉には出さなかったけど「助かった」というような気になったそうです。というのは、9年間動いてどっこも相手にしてくれなかったんです。で、「この人がこの場で証言することによって、きっとマスコミもものすごく動くだろう、政府も動くだろう」という気がありましたので、どっちがいうたら「この人が証言することになって、今までの運動助けになるんやないかな」という気がしたそうです。それであの「助けたという思いがした」と言うんですね。
私もその前から八尾さんの気持ちをマスコミの人を通じて聞いてたんですね。そしたら「テレビをずっと見ています」と言って、私がテレビの前で「連れて行った人が必ずあるはずです。この人はこの子を連れて行くことによって、親はどんな思いをするかいうことは全然考えずに連れて行かれたんでしょうかね」って言った場面があったんですね。それを聞かれて、八尾さんがもうその日は朝から晩までずっともう沈んで、ものも言うてないような状態だったいうこと聞いておりました。
あの人も2人、北朝鮮に子ども残してるんですね。あの人も結局2人の子どもを人質に取られて、で、ヨーロッパへ出て、たぶん1人じゃなかったと思うんです。何人かで出てたかなんですけれども、それは言われませんでした。でもヨーロッパへ出て、ある時期に、1970年の後半から80年の頭にかけて、“日本人獲得作戦”というのをヨーロッパでしたそうです。だから今3人(有本恵子さん・石岡亨さん・松木薫さん)だけしかわかっておりませんけれども、「(北朝鮮に)20人くらいの人は連れて入っている」ということを聞いとりますので、他の人も何人かいると思います。
だからそんなんで、八尾さんの気持ちにもちょっとなったんですね、親としての。あの人も子ども2人を向こうに人質に取られて、もういたし方がなくこれをしたんだろうなぁ、という気もありましたから、今いくらこの人を責めてなじったところでね、その時ちょうど19年経ってましたけども、19年前の恵子に戻らない。この人がこうも助けることによって、そしてそれを証言してくれることによってこの運動の助けになる、という気持ちがありましたので、そんなにひどうはあの人に対して言う気持ちはなかったんですけれども。
よど号の帰って来た人たちですよね。法廷の場で見たんです、赤木(恵美子)の裁判でしたけどね。法廷の場で自分が裁かれてるのにね、ニターっと笑ってるんですよ。本当にニターっと笑って何かメモとってましたね。そういうこと許されるのかしらって。全然反省の気持ちも微塵もないんです。だから、あの人たちは長い間北朝鮮で暮らして、日本人の心を忘れてしまったのかなと思うんです。それの方が腹立たしく思いましたのでね、私は八尾さんを見るよりも、その法廷ではずっと本当にまじろぎもしないであの赤木を見つめました。この人、どんな気持ちでここに法廷に立っているんだろうなと思って。もう日本人には返れないのかなと思ってずっと見つめてました。
今帰って生活してらっしゃるよど号の人々ですね、やはり自分が日本人の血がちょっとでも混じってるんであれば反省すべきで、してきたことは皆さんの前で言うべきだと思うんですね。とうとう田中(義三)さんも何事も言わずに亡くなられましたけれども。あの人たちはやはり気持ちが全然、もう死ぬということがわかった時点で人間に返れなかったのかと思ってます。それが本当に残念だったと思ってます。
【司会・川添友幸さん】
ありがとうございます。
【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
あのね、今NHKに行って取材を受けてきた時に、よど号と心安い人が口聞いてくれてよど号と話したんやけどね、家内が。そやけどもその時に、その「よど号の容疑者とNHKの中で話したことで重大な話がある」と。
それは何かというと、この金丸訪朝団の、金丸さんという人の訪朝のことに関しては先ほど言うた通りなんです。そしてその後にこの問題を避けてあの人は訪朝した。で、その当時新聞なんかをずっと私は注意深く見守っておったら、訪朝後しばらくして、金丸信吾いうてまぁ息子さんですね、それが「訪朝した」ということは新聞で見た。それは(北朝鮮に)行って、親のおかしな外交のための釈明に行ったんかと当時は私は、(息子は)そういう外交の現場を見とるから、息子が行ったことに関してそういうふうに思っとった。
それが、そのよど号の友だちが言うには、「あれは向こうへいって“川砂利の利権”の話をしとったんや」と、そういう話を聞いた。腹立つでしょう?
【司会・川添友幸さん】
「利権の話に行っていた」っていうんですね。
【有本明弘さん・有本恵子さんの父】
利権の話しとったんやろ。とんでもない話よ。これが日本の国の政治の実態や。そういうことです。
【司会・川添友幸さん】
ありがとうございます。まぁ“川砂利の利権”というのは北朝鮮利権の一つ、というふうに言われているもので、何かすごく純度の良い砂利だということを聞いたことがあります。
私も有本さんと一緒に行った裁判の傍聴で、斉藤さんとも一緒によど号の裁判に傍聴に行ったことがありますが、まぁまったくその、自分たちが裁かれているという認識は彼らにはありませんし、まぁ何ていうんでしょうかねぇ、大した罪にも実際ならないものですからね、まったくそのいくらこれは彼らにものを言っても無駄だなぁというふうなことを私も感じました。ぜひとも今後帰国する可能性が非常に大なよど号の関係者に関しては、徹底した捜査をしていただきたいと思う限りです。
(6)に続く
*1/14 神奈川県民集会 パネルディスカッション(6)村尾健兒さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/53744936.html
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