*写真は、東京地方裁判所正面門外から撮ったものです。入口付近に報道関係者が大勢いました。
あおいのママのメモから、裁判の様子を少しずつ再現したいと思います。聞きもれやカン違いなどもあるかもしれません。後ほど加筆・訂正する場合もあります。どうぞ皆さまご了承ください。
*'05 1/27 「よど号犯妻」第二回公判 傍聴記録
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3489719.html
*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*「よど号犯妻」第五回公判(判決)についてのお知らせです
http://aoinomama13.seesaa.net/article/4019948.html
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html
*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(2)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/4188157.html
続き
《日本を出国する準備》
【検察官】
あなたは1977年3月29日に日本を出国しましたね。ご両親には「ブルガリアへ行く」と言ったのですか?
【田中協子被告】
・はい、そう言いました。
【検察官】
しかし実際はスイスに行きましたね?1ヶ月くらい住んでいたんですよね?家族に何故「スイスへ行く」と説明しなかったのですか?
【田中協子被告】
・(しばらく沈黙)私は最終的に「ブルガリアに行く」つもりでした。ですから「スイスへ行く」と言わなかったのかもしれません。
・この時のことはよく覚えていませんが、もしかしたら家族に「スイスに行く」と言ったのかもしれません。よく覚えていません。
【検察官】
あなたは日本を出国することをいつ頃から具体的に考えていたのですか?
【田中協子被告】
・具体的に決めたのは、大学2年生の後半になってからです。1976年の冬くらいから、だいたい日本を出国する4ヶ月前くらい前から考えていました。
【検察官】
4ヶ月前なんですか?4ヶ月で留学する資金は貯まるのですか?どうやって資金を集めたのですか?
【田中協子被告】
・(しばらく沈黙)考えたのはその時(4ヶ月前)で・・・。1977年3月16日に旅券を取得しました。
・資金は家族からの援助と、私がアルバイトをして貯めたものから出しました。
【検察官】
あなたはたった4ヶ月前から「ブルガリアに行く」準備をして、そして急いで旅券を取得したのは何故ですか?
【田中協子被告】
・(しばらく沈黙)決心したのが3月です・・・。(答えになっていませんでした)
【検察官】
1977年当時、一般の方が海外にそう簡単に行ける時代じゃなかったですよね?それなのにあなたは旅券を取っています。急に申請したのはどうしてですか?普通の感覚ですと、急に思い立って行動するというのはそれなりに心配になりますよね?
【田中協子被告】
・私はその時、心配に思っていませんでした。
【検察官】
日本を出国する直前になって旅券を取得するというのは、私は不自然のように思うのですが。急に出国しなければいけなくなったのではありませんか?
【田中協子被告】
・それはありません。もともと、私が大学3年生になる前に東欧へ行きたかったんですから。
【検察官】
それでは、あなたは旅券取得の時の申請書に何て書いたか覚えていますか?
【田中協子被告】
・覚えていません・・・。スイスかブルガリアではなかったのでしょうか・・・。
【検察官】
実際には、その時あなたは「香港」と書いていましたよ。何故「スイス」「ブルガリア」と思ったのですか?
【田中協子被告】
・(しばらく沈黙)覚えていません・・・。
【検察官】
あなたが「覚えていない」と答えたのは、まず「香港に行った」からではありませんか?このことを明らかにできない事情があったのではありませんか?
【田中協子被告】
・そんなことはありません。(答えになっていませんでした)
【検察官】
それでは、あなたのご両親は、あなたのこの行動、「ブルガリア」もしくは「スイス」に行くことをどういうふうに思っていたのですか?また、兄姉はどうだったんですか?
【田中協子被告】
・両親はとにかく反対していました。「とんでもない」と。
・兄と姉は、私が「東欧に留学したい」と言っていたのを知っていました。どちらも「若い頃はいいんじゃないのか」と賛成してくれました。
(3)に続く
*'05 2/24 「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(3)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/4199411.html






