2007年04月20日

日本国内における脱北者支援の現状と問題点

 '06 12/12北朝鮮人権大使サミットにて配布された『脱北者支援民団センター』の資料をご紹介します。(写真はすべて資料より転写させていただきました)

北朝鮮人権大使サミット01.jpg

*日本から北朝鮮へ約9万3千人が送り込まれた。(写真は万景峰号)

【脱北者支援民団センター】

1、在日脱北者問題とは

 日本にいる在日出身の脱北者数は現在100余名と推定される。中国で偽造旅券を入手して入国するケースもあり、日本政府も正確な数は把握していないと思われる。一方、韓国には8,000人以上が入国している。

 韓国内の脱北者は、まれに元在日朝鮮人や日本人、その家族等が存在するが、大半が北朝鮮で生まれ育った人々だ。日本に入国した100余名は、全て元在日朝鮮人や日本人妻・夫とその家族である。

 在日脱北者問題の発端は、1959年から始められた「在日朝鮮人帰国運動」(いわゆる「北送事業」)だ。1984年までに、187回にわたり総93,340人が北朝鮮に渡った。この中には、日本人妻・夫およびその子女6,839人の日本国籍者が含まれている。

 北送事業は人道・人権の名の下に、北朝鮮赤十字会と日本赤十字社との間に「協定」が結ばれ、当時の国会で同「協定」への支持が超党派で決議されたほか、ほとんどのマスコミが賞賛する中で実施された。まさに朝野を挙げての事業であった。過去の植民地支配の清算というよりも、在日韓国・朝鮮人を治安・民生の両面から負担視する日本政府と、「地上の楽園」との宣伝によって、労働力不足を補う格好の手段とする金日成政権の狙いが、人道・人権の名によって一致した事業と言われている。(当時の日本各紙には、北送同胞の乗る新潟行きの列車を止めようと線路に集団で横たわったり、断食闘争を行うなどの反対運動を展開した在日本大韓民国民団(民団)を反動と表現した記事が目立った)

北朝鮮人権大使サミット02.jpg

*民団の北送反対闘争 中央民衆大会(1959.8.15 光復節)

北朝鮮人権大使サミット03.jpg

*線路に横たわり北送列車を防止する人民団団員

2、脱北から日本入国に至る経路

 1994年頃からと言われる食糧難などにより、10万人とも20万人とも言われる大量の脱北者が中国に入っていることは周知の事実だ。この中に、日本にゆかりの人々がいても何ら不思議はない。元在日朝鮮人のほとんどは韓国地域にルーツを持つ人々であり、北朝鮮地域には本来、縁がない人々である。日本での生活体験が思想的に問題を含んでいるとして、大多数の人が要注意者として監視の対象とされてきた。慣れない生活に不平・不満をもらしただけで、反社会分子として行方不明になったケースが多々あると伝えられている。

 脱北してから日本国内に至るまでの経路は、大別して二つある。中国国内に潜伏した後、在中国日本公館に駆け込むルート。もう一つは、中国国境から数千キロの厳しい行程を経て、東南アジアなどの第三国にある日本の公館に辿り着くルートである。現地での日本側の対応は、脱北者が元在日朝鮮人や日本人、その家族であるかどうか人定調査を行い、確認が出来た者のみ日本入国を認めている。(「支援体制がある韓国行きを暗にすすめられる」との脱北者の証言もあるが)

3、日本における支援事業の現況

 原則的に、現地の日本領事館担当官が日本の空港まで脱北者を引率してくる。そこから先は、バトンタッチされた民間団体が全ての支援活動を行っている。脱北者支援民団センター、北朝鮮難民救援基金、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会、脱北帰国者支援機構などが主となっており、在日韓国人や多くの日本の方々の善意に支えられ、定着・自立の為の支援にあたっている。

 入国に際しては外務省から事前連絡があり、支援団体の活動は、空港で脱北者を出迎えた(受け取り?)時点から本格的にスタートする。住居を事前確保したうえで、ガス・トイレ・浴室など、住居の使用方法から始まって電話のかけ方、バスの乗り方、切符の買い方、スーパーでの買い物、ゴミ分別の仕方など日常生活の全てから、北朝鮮や中国と日本との社会体制の違いなどを得心してもらう。役所での手続、銀行などの利用方法を実際に現場で説明し、理解してもらうなど、多岐にわたる。これらの仕事は、多くのボランティアの支援で成り立っている。

 脱北者の3分の1ほどがPTSD(心的外傷ストレス障害)になっている。これは当センターが行っている、精神科医によるカウンセリングで明らかになった。拉致事件やミサイル発射・核実験などにより、日本の対北朝鮮イメージは著しく悪化している中で、脱北者たちは自己の存在が周囲に知られないよう、息をひそめての生活を強いられている。また、就職もままならず、経済的にも劣悪ななかで、北朝鮮に残した家族を想い、孤独に耐えながら生活している。なかには耐え切れず、アルコールに溺れたり、行方不明になっているケースもある。当然起き得ること、と言っても過言ではない。

 脱北者の日本における法的地位でも、国籍が「無国籍」になっている人が大半で、「就業面接で無国籍が説明できない」「脱北者であることを言えない」など、意欲があっても職に就けず、悪循環に陥っているのが現状と言えよう。

4、急がれる公的支援

 日本政府は1959年当時、人道的な事業として“地上の楽園”への「北送事業」を推し進めた以上、相応の結果責任があると見なければならない。また、日本に受け入れたのであれば、支援体制を講じるのは当然のことであり、彼らが一日も早く定着し、自立する為、一刻も早く体制整備に取り組むべきであろう。

 北朝鮮の混迷は拡大こそすれ、終息するものではない。第三国で待機している日本入国希望の脱北者は、今も数多くいると言われている。今後ますます増加するであろう脱北者の為にも、彼らを一日も早く難民と認定し、今年3月まで稼動していたインドシナ難民の一時収容施設等を再度活用し、定着・自立の為の支援に動き出すべきだ。大きな意味では、この「元在日脱北者」も拉致被害者と言える。民間の善意のみに頼るのではなく、公的に対応してこそ、名実共に人道・人権を尊重する国として評価されるのではないか。

*脱北者支援民団センター
http://mindan.org/
posted by あおいのママ at 14:16| 千葉 晴れ | TrackBack(0) | '06 12/12 北朝鮮人権大使サミット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/39456814
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック