*撮影したビデオカメラから文字化しました。
◆未帰還者家族パネルディスカッション◆
《司会・西岡力さん》
あの、先ほど古川さんのご家族がお話された時にですね、日本政府はあるいは調査機関は、「拉致は70年代後半からあったんだ」と、だから「70年代初めの古川さんのケースはちょっと違うんじゃないのか」というお話がありましたけれども、実は「家族会」に入っていらっしゃいまして、特定失踪者問題調査会の対象ではなくて、今、「家族会」として一緒に活動していらっしゃる寺越さん、もう、拉致被害者の、拉致事件が1963年に起きているんです。
1963年に、石川県の海の磯のすぐ100メートルくらいの所で、漁業を操業中に3人の両親がいなくなった、その寺越昭二さんの3人の息子さんが、「家族会」に入ってずうっと今、活動されています。お父さんの思い出、何かありましたらお話くださいませんか?
《寺越昭男さん・「寺越昭二さん」の長男》
こんにちは。私たち兄弟3人にとって、本当に父の思い出というのは、まぁ、42年経ったせいもあるし、まぁ、本当に断片的な思い出しかないんですけれども。
父は漁師ということで「気が荒い」という一面、そしてあの、よく言えば「外面がいい」っていうんですかね、まぁ、特に女の人にはよかったみたいで、(会場から笑い)母も相当泣かされていたようです。
それで私にとっての記憶というのは、あの、遠洋漁業で東北へ行ったり、それから九州の方へ行ったりして、1年の内、何ヶ月かそういう出稼ぎの漁をしていたので、若い頃に、まぁ、私らの小さい頃にですね、その漁の帰りに土産ということで・・・。
(ビデオテープ交換のため中断)
怒って、ちゃぶ台をひっくり返すというような一面もあったりして。私は鮮明に今でも覚えているんですけれども、一握りの丸たん棒で追っかけられた、何を悪いことしたんか知らんけども、追っかけられた記憶があります。
最後に、事件の前だったと思うんですけれども、親父と2人でお風呂に、銭湯に行った、というのが、私の最後の記憶になりました。
それで、母は横浜出身なんですけれども、戦後、たぶん私が(昭和)25年生まれですから、23年か24年くらいだと思うんですけれども、まぁ、父とどこで知り合ったんか知らんけども、まぁ、何というか、あの、駆け落ちですか、駆け落ちみたいにして石川県の方に来て、父と生活するようになって、でまぁ、苦労して父も病気、心臓病を患って、出稼ぎの漁に出なくなって、叔父の外雄さんと2人で漁をするということになったんですけどね。で、まぁ、父も「真面目になってくれた」って本当に喜んだ矢先の事故だったんですね。
それから母は、私ら小さい子ども3人を育てるのに一生懸命苦労して。2002年、ちょうど小泉訪朝の年の2月にパーキンソン病を患って亡くなりました。
私たちは父と母のためにも、やっぱりこの問題、拉致問題を解決したいなと思っております。ありがとうございました。(大拍手)
*'04 11/8 緊急国民集会 寺越 昭男さん
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=40&no=81
*第8回「拉致被害者と家族の人権を考える市民集会」寺越昭男さん
救う会神奈川活動報告より
http://www.geocities.jp/sukuukai/report/08.html#1
*第8回「拉致被害者と家族の人権を考える市民集会」内田美津夫さん
救う会神奈川活動報告より
http://www.geocities.jp/sukuukai/report/08.html#2
*真相解明のため拉致認定を 寺越事件、長男らが訴え
電脳補完録さんより
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3846
(一部引用)
■寺越事件の真相究明・拉致認定等を訴え−連続集会
寺越昭男さん もう42年前のことになるが、昭和38(1963)年5月、父の寺越昭二(当時36歳)と弟の外雄(同24歳)、甥の武志(同13歳)が石川県の海岸からわずか200メートルのところで漁をしていた。そこで深夜北朝鮮の船と遭遇した。北朝鮮は3人を「救出」し、800キロも離れた清津港に連れていったと言う。これはおかしい。
18年前、昭和62(1987)年1月、外雄さんから姉の栗原豊子さん宛に「北朝鮮で暮らしている」との手紙が届いた。しかし、父のことは書いてなかった。2通目の手紙に、父は5年後に病気で死亡したと書いてあった。父は、持病の心臓病があったので、それで死んだのかと思った。長男の嫁で武志の母親である寺越友枝さんは、運動したいと、その年、嶋崎譲代議士(当時社会党)に同行し平壌を訪問した。我々は沈黙し、見守るしかなかった。また、母が昭和42年に手術をして以来、調子が悪くなり経済状況も厳しかった。
母は、平成14年2月に亡くなったが、その年の9月に小泉訪朝があった。また武志が初めて一時帰国した年でもあった。それで我々も声を挙げようということになり、なんとか父の遺骨を母と同じ墓に入れてやりたいと思った。また真相を知りたいと思った。もし殺害されたのであれば無念をはらさねばならないとの思いもあった。
武志は39年ぶりに一時帰国したが、拉致された寺越武志としてはなく、名前はキム・ヨンホで北朝鮮の偉い肩書きがついていた。我々は2、3分しか会わせてもらえなかった。墓に何と書いてあるかと聞いたのだが、そんな話をするものではないと友枝さんにさえぎられた。武志が帰って2週間後、武志の妹のまさえさんが北朝鮮に行き、墓の写真を撮ってきた。真新しい墓でおかしいと思ったが、前の墓はみすぼらしかったので武志が作り変えたという説明だった。しかし、石に刻まれた父の誕生日が1日違っていた。
明日は父の誕生日のお祝いをすると語り合った翌日、父はベッドから落ちて死んでいたという。しかし、父が誕生日を間違えるはずがない。作り話と思う。本当に墓に骨があるのであれば、遺骨を返せば「救助」で落ち着いてしまう筈だ。我々はそうならないように運動している。国会の拉致特別委員会で証言したい。また、このままでは武志が抹殺される可能性もある。もし、寺越事件が拉致と認定されれば彼らの安全保障になる。
北野政男 父の記憶の話をしたい。当時私は13歳で、父の記憶と言えば4、5年前までだ。しかも父は出稼ぎ漁師だったので、家にいるのは数か月、4、5年遡っても通算で1年分くらいの記憶しかない。例えて言えばピンポン玉くらいの大きさだ。弟の美津夫は、18歳で養子に行ったこともあり、長い間思い出すこともなくなっていたため全く記憶がないという。友枝さんの家とは隣同士で武志は土日に何回か父の船に乗っていたが、事件までの父の記憶といえばパチンコ玉くらいだろう。しかし、事件後5年間共に暮らしていたのなら記憶量はアドバルーンくらいになるはずだ。しかし、父は事件の時、武志をかばって銃殺されていると安明進氏が証言している。
武志は父に折り紙を教えてもらった等と言っているがこれは北朝鮮の命令によるアリバイ工作だ。一時帰国した時、武志からは、父の話に関して全く生活感のある話がでてこなかった。拉致を第一の被害とすれば、武志や友枝さんを脅して本当の話をさせないのは第二の被害だ。彼らも被害者だと思う。速やかに拉致と認定してほしい。
大口英夫・救う会石川事務局長 救う会石川では、寺越事件を刑事告発した、また遺骨があるのなら出せという要請、そして認定を求める活動をしている。寺越友枝さんは、武志さんの戸籍回復ができてからは、それまで拉致だと言っていたのに、救出と言い出した。また平成14年に拉致だと言ったが、すぐに変わり、「口が裂けても言えない。墓までもっていく」と言っている。彼らも北朝鮮の被害者だ。
西岡力常任副会長は、安明進による寺越事件に関する証言を詳細に報告し、たまたま操業中の場所に寺越さんたちが網をかけていたこと、高価な網に向かって巨大な船が入ってくるので寺越さんらが無謀にも近寄って大声をあげであろうこと、そこが北朝鮮工作員の侵入ルートであったと想定されること、寺越昭男さんが泣きじゃくる武志さんをかばって銃殺されたこと、その後数キロ移動して海に遺体が捨てられたことなど、寺越事件が救助ではなく拉致であることを説明した。
また、帰国した5人については、監視役と被害者を切断して一時国ではなく、帰国させることに成功したが、寺越武志さんの一時帰国を管理したのは森元首相で、武志さんを帰してしまった責任は大きい、と述べた。詳細は、安明進氏近著『新証言・拉致 横田めぐみを救出せよ!』広済堂出版に詳しい。
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2005.04.15-1)寺越事件の真相究明・拉致認定等を訴え−連続集会7より
http://aoinomama.trycomp.net/
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