2005年05月12日

'05 3/13 TBS「報道特集」特定失踪者のご家族『時間がない』(3)

2005.04.24.jpg
*写真は、4/24第7回国民大集会にて講演された特定失踪者「古川了子(のりこ)」さんのお姉さんです。

*3/13にTBSで放送された「報道特集」を、ビデオに撮ったものから文字化しました。

*'05 3/13 TBS「報道特集」特定失踪者のご家族『時間がない』(1)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3537239.html
*'05 3/13 TBS「報道特集」特定失踪者のご家族『時間がない』(2)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3552129.html

続き

《特定失踪者『古川了子さん』のご家族》

【ナレーター】
 それだけではありません。戦いはもう1つあります。2ヶ月にいっぺんくらいのペースで開かれている調査会の会見。

【特定失踪者問題調査会代表・荒木和博さん】
 「本日発表するのは18名の方でございまして、このうち13人がこれまで非公開だった方が公開に切り替えたケースでございます。」(2005年2月25日)

【ナレーター】
 増え続ける特定失踪者。その数はおよそ430人となり、このうち231人が公開に踏み切っています。拉致に結びつくような情報も増えていますが、日本政府はこれまでの10件15人以外に、新たな拉致被害者としての認定をしていません。特定失踪者問題調査会と家族はこの現状を変えようと動いています。

【特定失踪者問題調査会・真鍋貞樹さん】
 「支援法に基づく拉致被害者としての認定を求める訴訟ということになります。」

【ナレーター】
 特定失踪者の家族が政府に対し、拉致被害者として認定するよう求める訴訟を起こすというのです。その家族を訪ねました。

【古川了子さんの母・朗子さん】
 「おはようございます。ご苦労さまでございます。」(深々と頭を下げる・千葉市)

【ナレーター】
 古川朗子(さえこ)さん、88歳。特定失踪者「古川了子(のりこ)さん」の母親です。千葉県市原市に住んでいた古川了子さんは、1973年の7月7日、美容院に行ってから母親の朗子さんと買い物に行く約束をしていました。しかし了子さんは美容院には現れなかったといいます。

【古川了子さんの母・朗子さん】
 「美容院の先生から電話があって、『のりちゃんからこういう連絡を受けましたから』って言って『今日は行かれなくなった。他に用事ができて行かれなくなったから』という電話をよこしましたのでね。それじゃあしょうがない。会うことないと思って、いずれお友だちと遊びに行くんだろうと思ってたんですけど、それが夕方になっても夜になっても帰って来ないんですよね。」

【ナレーター】
 それ以来32年間、了子さんの行方はわからないままです。

【古川了子さんの姉・竹下珠路さん】
 「了子に関しての物はこれだけになりましたけどね。」

【ナレーター】
 了子さんが着ていた服などを持って来たのは姉の竹下珠路さん(65)です。

【古川了子さんの母・朗子さん】
 「これはね、一番しまいに着ていた服なんです。」

【古川了子さんの姉・竹下珠路さん】
 「いなくなくなった直前に、好んで着ていた服です。」

【ナレーター】
 1973年の失踪当時を思わせるチェックのジャケット。

【古川了子さんの姉・竹下珠路さん】
 「これが(失踪)前の日まで通勤で使っていたバッグで、ここの中に財布は入ってなかったんですけども、こういう針(裁縫)のセットとか、櫛(くし)だとか・・・。」

【ナレーター】
 失踪前日に、会社から支給されたボーナスもそのまま残されていました。さらにこんなものまで・・・。

【古川了子さんの姉・竹下珠路さん】
 「『へその緒』が取ってありました。」

【ナレーター】
 『へその緒』と『髪の毛』。了子さん本人のDNA情報となります。身の回りのものをすべて残しての失踪。いつも明るく、活動的だったという了子さんの生存を信じて、家族は捜しまわりましたが、手がかりはつかめません。

【古川了子さんの母・朗子さん】
 「あの、こういうようなお話(失踪)があると、人によってはもうどっかで死んだものと思って、お葬式まで出しちゃう人もいるんですってね。でも私は全然そんな気にはなれないから(声を詰まらせながら)、きっと帰って来るに違いない、きっとどっかから、いなくなった時と同じように、ひょこんと出てくるかもしれない。それだけ信じていましたからね。」

【ナレーター】
 2002年に新たな情報がもたらされました。元北朝鮮工作員で、横田めぐみさんを目撃したという安明進氏が、平壌の病院で「古川了子さんに極めて似ている女性を見た」というのです。去年の1月、家族は千葉県警に告発状を提出。さらに同級生が中心となり、拉致認定を求める14万8千人の署名を集めました。これで政府が動かなければ、来月にも提訴するつもりです。

*古川了子さんを救う会
http://www012.upp.so-net.ne.jp/Furukawa-Noriko/

【古川了子さんの母・朗子さん】
 「こっちから一生懸命『拉致認定してくれ』って、何べんも言ってるらしいですけれども、政府の方が、それが『うん』と言わないんですよね。だから拉致被害者っていう仲間に入れていただけないんです、古川了子は・・・。どういう訳なのかしら?って思って、こっちが聞きたいくらいですよ。何故そうやってほったらかしにしておくのかしら?と思いますよねぇ。」

【ナレーター】
 有力な証言が次々と出てきているのに、10件15人以外に拉致認定がされないのは何故か?特定失踪者の家族の間には政府への不信感が芽生え始めています。

【特定失踪者問題調査会代表・荒木和博さん】
 「えー、今度のポスター、これで5代目のポスターになるんですが、『拉致被害者・特定失踪者ポスター』というふうにいたしまして・・・」

【ナレーター】
 特定失踪者問題調査会が新たに作ったポスター。政府が認定している拉致被害者も初めて加えました。その理由は・・・。

【特定失踪者問題調査会代表・荒木和博さん】
 「政府が認定しようが認定しまいが、拉致被害者は拉致被害者ですから。この中に入っている写真以外の方だって当然いるわけで、それを助けるというのは、その拉致をされている人を助けるということで、政府に認定されたから助けるのではない、ということをですね、やはり1人でも多くの方に理解していただきたいと。」

【ナレーター】
 こう話す荒木代表。これまでに集めた情報から「まだ明らかになっていない拉致被害者が大勢いる」という確信を抱いています。

【特定失踪者問題調査会代表・荒木和博さん】
 「どう少なくみても『100人以上はやられているだろう』と。おそらくは、それよりはるかに多くの数の人が向こう(北朝鮮)へ、自分の意思に反して連れて行かれたか、あるいは騙されて向こう(北朝鮮)に入って出られなくなったと。ともかく今やはり国民の前に、拉致被害者というのがこんな数ではないんだ、ということをわかってもらうためには、やはり政府が責任を持って、その認定をしていくということが絶対に必要だと思います。」

【ナレーター】
 特定失踪者問題調査会では、拉致問題を調べるために「政府が専門の機関を設けるべきだ」と主張しています。何故なら、遥か昔の失踪に関する情報が、今になって寄せられることもあるからです。例えばこんなふうに・・・。

【生島孝子さんの姉・馨子さん】
 「テレビを見た方が、調査会にお電話をくださったようですね。」

【ナレーター】
 1972年、東京渋谷で失踪した「生島孝子さん」。私たちはその姉・馨子さんを今月(3月)7日に訪ねました。99歳の母・うらさんが亡くなってちょうど1ヶ月のこの日、馨子さんは妹に関する新たな情報があったことを明らかにしました。

【生島孝子さんの姉・馨子さん】
 「テレビを見た方が、調査会にお電話をくださったようですね。その当時、何か『怪しい車を見かけた』という方がいらしたようですね。普段そこにいる車ではなかったようなお話でしたけど。」

【取材者】
 「それは孝子さんの職場の周りで、ということですか?」

【生島孝子さんの姉・馨子さん】
 「いえ、あの(住んでいた)アパートの近くのようですね。」

【ナレーター】
 新たな情報が寄せられたのは、うらさんが亡くなる2日前のこと。うらさんは「その情報提供者に会いたい」と話していました。馨子さんはうらさんのこんな姿がまぶたに焼き付いているといいます。

【生島孝子さんの姉・馨子さん】
 「特定失踪者問題調査会の大きい(ポスター)写真ね、あれを自分の『車イスで見える低い所に貼ってくれ』って言うわけですよね。毎日そこを通りますからね。時々こうやって自分で車イスでずずっと寄ってって、こうして色んな人の(写真)見てるんですよね。『こんなにいるんだねぇ・・・』何て言いながら。だから単純に自分の娘がいなくなった、拉致されたっていうだけじゃなくて、やっぱり『こんなに大勢いるんだ』って心配していたから、問題の大きさも少しは感じてたんじゃないかなと思いますよね。」

【ナレーター】
 拉致と向き合い続けた99歳の母。家族の願いがかなう日はいつ来るのでしょうか?

【司会者】(スタジオにて)
 突然いなくなってしまった子どもに「何とか生きて会いたい」、そんな気持ちを支えに30年余りも待ち続けてきたお父さんやお母さんたち。

 生島うらさんは残念ながら100歳を目前に亡くなってしまわれましたが、うらさんの出棺の直前、家族はうらさんの髪の毛を切って取っておいたそうです。将来、孝子さんらしき人が見つかった時に、DNA鑑定ができるように、ということなんだそうですが、家族の皆さんはこうして亡くなっていく親たちのものを大切に保存しながら、いつかその無念の思いを晴らそうとしています。特定失踪者の家族にとっては「政府に拉致認定してもらえない」という事実も、その無念の気持ちを強くさせています。

 今回「古川了子さん」の家族は、やむにやまれず国を相手に訴訟に踏み切ったわけですが、今後はこうした提訴のケースもさらに出てくるのかもしれません。

*特定失踪者問題調査会
http://www.chosa-kai.jp/

終わり
posted by あおいのママ at 01:37| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 報道番組テキスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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