2007年03月04日

2/11 四市協議会講演会 荒木和博さん

四市協議会04.jpg

*写真はあおいのパパの撮影です。

この講演会のレポートはこちらをご覧になってください。
 ↓ ↓ ↓
*2/11 四市協議会講演会
http://aoinomama13.seesaa.net/article/33505993.html

*講演要旨をレポートにしました。(40分くらいのお話でした)聞き取りに間違いのある可能性もございます。どうぞご了承ください。また、人名・地名・駅名を教えてくださったAさんに感謝申し上げます。

《拉致と最近の朝鮮半島情勢》

【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表 拓殖大学教授】

 ご紹介いただきました荒木でございます。本日は連休の中日(なかび)で皆さんお忙しい、それぞれ御用のある時にもかかわらず多数の皆様方お出でいただきまして本当にありがとうございます。講師の一人と致しまして心より御礼を申し上げます。

 今、増元さんと司会の河村さんも安倍政権に対して「何とか頑張ってもらいたい」という期待を述べられました。私も「期待を持っている」という意味では同じなのですが、必ずしも「今の状況でいい」ということは思っておりません。ですから、そういう意味では厳しいこともたびたび申し上げておりますし、実は今日もこれからそういうことについても申し上げるつもりでございます。

 大体そういうふうに言うと「あいつは意見が違うんじゃないか」「家族会と違うんじゃないか」「救う会と違うんじゃないか」とか色んなことを言われるのですが、こういうのは、色んな違いもぶつけながらやっていくことで物事前に進んでいくわけでありまして、みんながみんな同じような意見を持つ必要はないと。決まったらその方向に向って進めばいいいわけですが、その他には色んな意見があるのであろうと思っております。

 意見が一つ一致するのは、増元さんのことは大変おめでたいということ、これは一致した話でございますので、みんなでお祝いするべきことでございますが、それ以外は色々とあるということです。特に特定失踪者問題調査会というのは、あちらからもこちらからも恨まれる団体でございまして、何か全然危険も何もないのですが、何かがあったとしても恨まれる相手が多すぎて、一体誰から恨まれているのかよくわからないという状況でございます。その一つを申し上げます。

 去年の暮れに“週刊現代”で、「私は蓮池薫さんに拉致をされかけた」という記事が出ていたのをご覧になった方もおられるかと思います。今出ています一番新しい週刊現代、明日また次の号が出ますが、今出ている週刊現代と月刊誌の「諸君」に私はこのことについて書いております。結論から申し上げますが、あの話は私は7割から8割は本当だと思っております。

 間違いなく蓮池さんは拉致をされ帰って来る5年前までの間に、日本に工作目的で入って来ています。何らかの工作活動をやっています。そしておそらく他の拉致された方々、何十人かわかりませんけれども、少なくともやっぱり何十人とか、あるいは十何人とか、そのくらいの単位の拉致被害者も日本の中に帰って来て工作活動をしていたであろう、ということが推測されます。

*『週刊現代』の「蓮池薫さんに拉致されかけた」証言を全面否定した政府への公開質問状
http://aoinomama13.seesaa.net/article/34461809.html 

 週刊現代でその証言をした横井さんという元小学校の先生ですが、この方と私、先月の末に東京で会いました。会って話を聞いていて、やはり色んなことが矛盾なく感じられる。もちろん本人の写真を撮ったわけでもないし、あるいは音をテープレコーダーで録音したわけでもないので証拠はないのです。蓮池さんは否定をしている。ついでに言えば、政府の拉致問題内閣府の連絡調整室長もわざわざこれに対して「そういうことはありえない」という声明まで出しています。私はこれはウソだと思っています。

 ただしそのことについてこれからお話しますが、その前にぜひご理解いただきたいのは、もし蓮池さんが日本に戻って来て工作活動に関与していたとしても、それが彼を非難するということには少なくとも直接には結びつかない、ということであります。

 今日ここに田口八重子さんのお兄さんお二人、飯塚さんと本間さんがお見えでございますけれども、田口八重子さんの事件が明らかになった時に、この事件に対するマスコミの見方がどうだったかと。田口八重子さんは拉致をされた被害者です。それにもかかわらず「大韓航空機事件の共犯者のような目で見られた」と、これは前に飯塚さんからお聞きしたことでございましたけれども、そうであったと。

 「何で被害者であるはずの妹が犯罪者のように取り扱われなければいけないのか、と思った」ということでございましたが、まったくその通りでございまして、それは向こうで拉致をされて生きていくために、どうしてもやらなければいけなかったことで、言うことを聞かなければ自分の命、場合によってはもし向こうで例えば結婚していたとすれば、その家族の命まで危なくなっていた可能性がある、そういう中で行われた一種の緊急避難のようなものであったであろうと思います。

 ですから蓮池さんが日本に戻って来ていたとしても、当然ご家族はみんな北朝鮮に戻っている。これは別に日本人の拉致被害者だけではなくて、北朝鮮の工作員でさえ必ず結婚させて、独身の時に出すっていうことはまずありえません。必ず結婚させて家族を残させて出しているということでありまして、それはもう二重三重に逃げられないような足かせをかけているわけであります。

 ですから、それはもう私は仕方のないことであると思っています。一番悪いのは、拉致をしていった人間を自分の国の工作目的、しかも自分の、拉致をしていった人間の祖国に対するある意味では裏切り行為にもなるようなことに就かせる、ということをやっているあの北朝鮮の体制が悪い。そしてその次に悪いのは、その人でたちを助け出すことができなかった日本のこの国家にあるということでございます。

 あの、お兄さんの蓮池透さんの書いた本の中に、蓮池薫さんに対して日本の警察、新潟県警と警察庁が事情聴取をし、聞いた話の中に「どうもあなた日本に戻って来ていたでしょう」という話が書いてある。で、「何をとんでもないことを言っているんだ」と「あなた方は取り返しに来てくれたのか」と言って、蓮池薫さんは激昂したということが書いてあります。

 「北朝鮮のパスポートを所有していますね。日本国内へ工作活動に来たのはいつですか?誰にも言いませんから」

 「北朝鮮で日本語教育というある意味でスパイ養成に加担したわけですが、どういうお気持ちで?」

 弟は、「日本国内になんて、入れるわけがないだろう。日本語教育は、われわれが生き残るためにやったまでなのに・・・あなた方は助けに来てくれたのか?」と激怒したそうです。状況を聞いた私は開いた口が塞がりませんでした。

蓮池透著『奪還 第二章』より

 皆さん、今、拉致されて帰って来ている5人の方々はどういう扱いだかお分かりになりますか?増元さんを始めとする家族会の方でもまったくすぐに簡単に会うことはできないのです。いわんやマスコミの人たちは報道規制がありまして、例えば曽我さんであれば佐渡市役所の支援室とか、そういうところを必ず通さなければいけない。直接取材に行くということを許そうとはしていないのです。

 そういう状態で、しかも何かあればすぐに大騒ぎになる。直接内閣府の方に電話があって「こういうことがあった」と言われるわけです。警察というのはあくまで行政官庁ですから、そういうふうに言われて上から、例えば首相官邸から「お前ら警察のやり方何かおかしいんじゃないか」と言われれば、これは非常に困るわけです。ですからお役人がそんなことを簡単に言うか?と。絶対に言うわけありません。これは警察の人にも私は確認をしました。そんなことを言うはずがない。じゃあ何で、あれはウソではないですよ、そういうふうに言ったのでしょう。何でそういう言い方をしたのか?と。警察はそれを掴んでいるからです。

 我々のところに、また私が聞いている話でも、あの週刊現代に載った横井さん以外に複数の目撃者がいます。「蓮池薫さんに極めてよく似た人を見た」という言い方をしています。あの、横井さんはその後ずっとわからなかったんですね。「5年前の10月に被害者5人が羽田空港でタラップから降りて来るところを見て『あっ、彼だ!』と気がついた」と言っていました。

 まったく同じことを言っていたのが安明進(アン・ミョンジン)氏です。安明進氏は、北朝鮮の金正日政治軍事大学でやはり彼を見ていました。ただ大学生の時の蓮池さんの顔つきと、そして帰って来た時の顔つきは全然違います。安明進氏が見ていたのは、北朝鮮にいる時の今の顔つきと似た蓮池薫さんであったわけですね。ですから本人はやっぱり「この人でないか」と思っていたそうです。実際にそれを警察には言ったそうですが、蓮池さんのご家族にはそこまでははっきり言っていなかったそうですが、その安明進氏はやはりあのタラップを降りて来る姿を見て「あっ、間違いなくあの人だ」と言ったと。「まったく同じことを感じた人が他にも複数いた」という話を私は聞いております。

 彼らは残念ながら未だにほとんど核心に迫る話はしてくれません。帰って来た時に言っていた話は何かというと、横田めぐみさんの話ばっかりです。その後ポツリポツリと出てくるわけですけれども、我々が聞こえる話はほとんど情報操作によるものではないだろうか?と思われるような内容なものだけです。

 今年の1月11日、蓮池さんが拉致をされた時に、二人は「指導員から『実は祐木子さんの方を連れて来ようとしたけども、お前も一緒にいたからついでに連れて来たんだ』というようなことを言われた」という情報が流れておりました。この話が一体どこから流れたのか?本人たちはマスコミにはしゃべりません。そしてこの話をじゃあ誰か聞いていたのか?と。横から聞いていた人間がいるわけがない。その指導員が自白したわけでもない。蓮池薫さんがしゃべったとしか思えないわけであります。だとすると、これはどういうことだ?と。ウソです。

 1970年代というのは、特定失踪者でアベックないし夫婦で拉致をされている人がここに全部集中しています。あと80年代に一人、60年代に一人くらいです。ほとんどが全部70年代に集中する、絶対に偶然でも何でもありません。あの当時「二人で連れて来れば、安定した状態で自分たちの北朝鮮の命令に従うだろう」という意図があったから、そういうことを北朝鮮はやってきている。

 だから「ついでにやった」ということはありえないのです。しかも、女性一人を連れて来ようと思った時にもう一人いたので連れて来る。連れて来る時に、例えばどういうやり方をしたのか今はわかりませんが、袋にでも詰め込んで連れて来たとすれば、その袋、予備の袋をもう一つ持って来て、要員ももう一人分余計に連れて来るということになります。そんなことは絶対にありえないことでありまして、つまりこれは要は「蓮池さんが工作活動をやった」ということを打ち消すための情報操作だとしか思えない。その情報操作を誰がやっているかというと、決して彼らだけではない。

 もちろん今、彼らだってじゃべられないわけです。北朝鮮から電話がかかってきて指示を仰いで、その範囲でしか基本的には動けない。もしその指示に従わなければ、自分たちの命まで危なくなるかもしれないし、自分たちの家族まで危なくなるかもしれない。

 ただ、しかしそれだけではないのです。間違いなくこの国の政府が情報操作をやっています。今までずっと何年間も私は見てきて、国家権力というのはこんなに恐ろしいものかと本当に肌身に沁みて感じました。拉致問題というのはこんなに小さい問題なのだと。こんなにわずかな人数でやっているのだと。そして家族の問題としてどんどん小さくしてしまう。「この人たちだけ帰ればもうこれで話は進展したとしてしまおう」と、そういう動きを、これは別に何も安倍さんの内閣になったからというわけではありません、もう何十年もの間ずーっと続けてきた、ということでございます。

 ですから、この問題の根は深いということであります。安倍さんになったから問題解決するなんてものではない。この問題は本当の意味ですべてがわかって解決するためには、内閣が二つや三つは絶対にすっ飛びます。そして場合によったら総理大臣とか担当している大臣の数人は政治生命どころか、物理的生命まで失うことを覚悟していただかなければいけない、それくらい大きな問題です。

 今、六者協議をやっているわけですが、六者協議で今増元さん言われた「孤立」ということが出てきます。日本は孤立しています。当たり前です。拉致問題を言っているのは日本だけ。もっとたくさん拉致をされている韓国は何も言わない、もう北朝鮮の言いなりになっている。アメリカや中国にとってみれば拉致問題というのはまったくのよそ事です。人の話です。協力するはずがない。

 アメリカは日本との同盟関係があります。今、日本と関係を悪くすれば自分たちにとってマイナスになる。そしてまたアメリカという国は、やはり人権というものが前に出てくると、それを「そんなものはどうでもいい」と正面から切って言える国ではありません。だからやはり協力はします。

 中国は日本の経済力が今でも必要です。日本からの金がなくなってしまったら、日本との関係が悪くなって、例えば「日本の企業が撤退する」ということになったら、一発で今の政権は吹っ飛んでしまう。絶対にそんなことはできない。だから口だけは協力をするようなことを言ったりします。

 しかし、あくまでもこの問題というのは日本の問題です。皆さん、例えばこの場所にアメリカ人のお母さんでもやって来て、「実は家の息子はキューバに拉致をされたのです、助けてください」と言われたらどう思うでしょう。それは同盟国です。「かわいそうだな、何とかしてあげたいな」と思うわけですけれども、それは例えば「じゃあみんなでキューバの大使館に手紙を書きましょうね」とそれくらいのことはできたとしても、「まぁでもやっぱり助けるのはアメリカ政府がやることでしょう」ということになる。この問題もまったくひっくり返せば同じことでありまして、日本が正面からこれに向っていって取り返す以外に方法はない。

 じゃあ六者協議は何のために続けるのか?と。これはもう北朝鮮を圧迫して追い詰めるためです。日本が孤立をしている、いくら孤立をしたって大丈夫です。日本が頑張っている限り絶対に話は前には進みません。もし、「どうしてもいやだ」っていうのなら、日本は六者協議から離脱してしまえばよい。そんなことは絶対アメリカも中国もさせられるはずがないのです。日本はそれだけの力を持っているわけでありまして、それを行使しなければいけない。

 おそらくこの六者協議は結局どのようになるかよくわかりません。放っておけば、もし日本が「まぁしょうがない、妥協しよう」と言ってしまえば、アメリカと中国でも今、手打ちしていますから、要は「適当に核の話でごまかして終わりにしよう」としてしまう可能性がある。あるいはそこまでいかなくても、「さらに引き延ばしていこう」とする可能性があります。

 北朝鮮は内部に色んな爆弾を抱えてしまっていますので、それができなくなるかもしれませんけれども、放っておけばアメリカと中国で手打ちをしてしまう可能性はあります。あの北朝鮮の金桂冠(キムゲグァン)という代表は、最近何かやたらとニコニコした顔をしていますけども、おそらくそういうものが裏にあるのだろうと思っております。

 しかし日本が言うことを聞かないでさらに制裁を強めれば、そんなことは言っていられなくなるわけでありまして、そういうふうにしていく中で、北朝鮮がいざどこかに逃げようと思っても、逆に六者協議が続いていれば逃げる場所がなくなっていく。アメリカも中国もその枠の中に入っていれば絶対にそこから逃げることはできない、ということになるわけで、我々がいかに六者協議を使うかということにすべてはかかっている、と思います。

 かつて私の自衛隊の友人が言った言葉ですけれども、「これまでずっと日米安保条約で日本はアメリカの戦争に巻き込まれるという言い方をされてきた。しかし拉致問題は違う。拉致問題は日本の戦争である。日本の戦争に日米安保条約でアメリカを巻き込むのだ」と言っておりましたが、まさにそういう時期がきている。我々が「一体何がしたいのか」ということをはっきりさせて、そしてそこに向けてアメリカも中国も引きずり回していく時期であろう、と私は思っているわけでございます。

 それで先ほども申しましたように、この拉致問題というのは主権の問題、つまり日朝二国間で解決をする最終的な根本的な問題が一つある。しかし忘れてはいけないのはもう一つ「人権問題としての拉致問題がある」ということであります。これは日本人の拉致だけでは片付かないですね。日本人の拉致は、例えば場合によったら自衛隊の特殊部隊を入れて圧力をかけて取り返す、あるいは中国へ拉致被害者を脱出させて外務省が保護する、というようなことはできますけれども、人権問題としての拉致というものになると、これでは解決はできません。

 北朝鮮に関わる人権問題すべてを包括的に解決していくしかない。どういうことがあるかと。同じ拉致問題といっても、日本人だけではなく韓国人、あるいは他の国々の人たちの拉致被害者を取り返さなければいけない。そして北朝鮮に帰国して行った帰国者及びその日本人妻たち、日本人の家族、もうすでに日本にはそういう人たち100人以上の方が戻って来ていますけども、そういう人たちの人権の問題を保障してあげなければいけない。また北朝鮮を逃れて出て行っている数十万の脱北者の問題、そして北朝鮮の人口の100人に1人を入れている政治犯収容所の問題。こういう問題をすべて解決していかなければいけないのだと思います。

 私ども、今北朝鮮に向けまして「しおかぜ」という短波放送を流しております。これは日本語・英語・中国語・朝鮮語で流しておりまして、日本語と英語と朝鮮語はニュース、あるいは解説なども入れておりますその中で、朝鮮語の時間に、今、北朝鮮から脱北した人で、これはペンネームですけれども、“ヘドン”という名前で時事解説をしてくださっている方がおられます。(ヘドンさんは漢字に直すと「解冬」、つまり冬の状態の北朝鮮を春にしていくという意味だということです)

 その方のその解説の中で1月に流したものでこういうものがございます。これは「1994年に金正日の父親・金日成が亡くなってその後3年間の喪に服した。この意味は一体どういうことがあるのか」ということについて解説をしたものですけども、その中でこういうような言葉があります。

 「金日成の死亡・哀悼3年の喪をした1995年から97年の期間は、北朝鮮で数百万人が餓死した最も残酷な時期でした。この期間中、平壌市と黄海北道(ファンヘプット 平壌の近くの道。道は日本の県にあたります)の一部を除いた地域、咸興(ハムフン)・清津(チョンジン)など全国各地の駅前と市場と道端では、毎日のように数十数百人ずつ飢え死にしました。

 高原(コウォン)駅・沙里院(サリウォン)駅を始めとした重要な駅では、毎朝待合室と駅前周辺で飢え死にした人々の死体を積み出すのが日課でした。北朝鮮建国以後50年、初めて発生した残酷で悲劇的な国家最高の非常事態でした。

 しかし当時金正日国防委員長は、毎日数百数千人が飢え死にすることよりも、父・金日成の死体を永久保存することにのみ国家のすべての力量を集中しました。そして飢え死にしていく人民に食糧を供給するのではなく、金日成のために『涙を流して悲しめ』と強要しました。」

 この当時、「北朝鮮の飢餓状態は最悪の状態」だと私どもは何回も聞きました。「人の肉を食べた」なんて話はざらにあった時代です。しかしあの時にそんな飢餓はまったく起きなくて済んだのです。この解説の中でこういう言葉があります。

 「金日成の死体をレーニンや毛沢東のように処理するために、ロシアから技術者を呼んで来て、錦繻山(クムッサン)記念宮殿を豪華絢爛に整備しました。」

 この錦繻山(クムッサン)記念宮殿というのは、今でも金日成の死体、あれは実際は「蝋人形ではないか」と言われているのですが、それを安置した場所です。

 「全国各地でとうもろこし何粒かがないために、数十・数百人ずつ死んでいく中で、金日成主席の死体を永久保存するのにかかった金だけでも8億9千万ドルにもなりました。1995年当時、国際市場価格でとうもろこし1トンの価格が146ドルでした。

 したがって8億9千万ドルと言えば、わが人民が2年間は腹一杯食べることができるとうもろこし600万トンを買うことができたのです。ですから金正日は死んだ父親・金日成一人の死体を処理するために、300万人を超える人々を飢え死にさせたことになります。」

 自分の父親の個人崇拝、この自分の父親も実際は事実上金正日が殺したのと同じようなものなのですが、その父親の権威を自分のものにするために父親を祀ったということで、それに使った金をもし人民に振り分ければ、一人の餓死者も出さずに済んだという現状を、まったく気にしないでやったのが金正日という人であります。

 だから拉致でも何でも簡単にできるんです。平気なことができる。「拉致した人間を工作員として使う」何ていうことも平気な顔をしてできるわけです。それがすべてあの政治犯収容所ですとか、様々な北朝鮮の人権問題に関わってきている。この問題もやはり我々は解決しなければいけない問題だと思います。

 私はもちろん拉致のことをやっているわけですけれども、毎年冬が来ると「また北朝鮮の寒い所で子どもたちが死んでいくのだろうなぁ」という思いをせざるを得ないのです。私はおとといまでソウルに行っていまして、向こうで聞いた話なのですが、今北朝鮮と韓国で、子どもの身長は同じ歳で15センチ違うそうです。以前、10センチくらいというのは聞いたのですが、もう今、15センチくらいになってしまっているそうです。

 先ほど読み上げましたヘドンさんの解説、あの95年あるいは97年くらいを中心としても「大飢餓の中で死んでいった人間の半分くらいは10歳未満の子どもだった」そうです。残っている子どもたちでも「学校にまともに通ったのは3分の1くらいしかいなかった」と。当然体格も小さい、健康状態も悪い。ですから知能障害とかそういうことも起きているはずです。やがて北朝鮮がまともな国になったとしても、この先半世紀くらいの間、それによるショックが後遺症がずっと北朝鮮を苦しめることになる、ということでございます。

(ビデオテープ交換のため中断)

 ・・当然そこには自衛隊の活動が必要になるわけでございまして、私もそのために予備自衛官になっているわけであります。我々は予備自衛官ですから、予備自衛官としての宣誓というのは別にありますが、一応防衛講習を受ければ本職と同じことになるわけで、その場合は「事に臨んでは危険を顧みず」という宣誓がございます。「事に臨んでは危険を顧みず」というのは、当然軍人ですから「戦死することは覚悟せよ」ということの意味であります。

 幸いにして今まで日本は戦争に関わっていませんから、この自衛隊ができて以来、いわゆる戦死者というのはいませんが、しかし、例えばこの間の東上線の踏み切りで人を助けようとして重体になっているお巡りさんを始めとして、警察官であれ消防士であれ、その仕事で命を落としていくということになる、という人は当然出るわけでございます。

 あの新潟の中越地震の時に長岡で、落ちてきた岩に挟まれてお母さんとお嬢さんは亡くなってしまい、一人だけ男の子を助けた、ということを今でも覚えている方がおられると思います。あの時別にもし命が一番大事だったら助けに行く必要なんて何もないですよね。その助けに行った救助隊の人だって二次災害で死んでしまう可能性は十分にあったわけです。残っているのは男の子一人で救助隊が数人で、その救助隊の人たちが一気に岩盤が崩れて何人も死んでしまったとする。そしたら一人と数人とだったらどっちが大事か?と言ったら、数人の方が大事だということになるでしょう。そしてその人たちには当然ご家族がいたわけです。

 しかし助けに行ったのです。何故助けに行くかと。もうそこに行ったら助けざるを得ないではないかという、やむにやまれぬ思い、これはもうもちろん職業的な使命感ということにもなるのでしょうが、そういうことにもなる。もちろん自衛官だってその場に行けば当然そういうことになるわけでございまして、これはその数が多いとか少ないとかの問題ではないのです。

 そしてもしそういうことをやっても(拉致被害者を)取り返すことができなかったら、また次にはここにおられる皆さんやそのご家族かはわかりませんけども、何をされるかわかりません。「日本という国は何をやっても大丈夫、こんな国いくらやったって何も怒りもしない」と思ったら平気な顔をして、これは別に北朝鮮に限らず周りの国からやられていくわけでありまして、海岸線も長い、領海まで入れればものすごく広い地域を持った日本という国が何とか生きていくためには、やはり「もし日本に変な手を出したならば一体何をされるかわからない」というふうに、拉致をされたら最後の最後まで取り返しに行く、そして「そのつけをどれだけ払わされるかわからない」と思わせない限りは、これから先も拉致は続いていくだろうと思います。そういうことを我々は正面からやっていかなければいけない。

 そしてそれをやっていくためには何が必要かというと、国民に対して政府は「実は拉致問題というのはこれこれこういうような問題でした」と「少なくとも政府が知っているのはここまでです」ということを、もっとはっきり言わなければいけません。今、日本政府が明らかにしているこの拉致問題というのは本当に氷山の一角です。とんでもないことも今も日本政府は知っていて間違いなく隠しています。

 昨日まで米子に行っていたわけですが、拉致被害者・松本京子さんの事件について、2000年12月にこの埼玉出身の金子善次郎衆議院議員が質問趣意書を出してくれました。この質問趣意書に対して政府の答弁は「松本京子さんについて拉致を思わせるものはなかった、疑わせるものはなかった」と言っております。最近になってから「いや実はもっと前からわかっていた」みたいな話を警察がしたり、言っていることが二転三転してきている。

 挙げ句の果てに、私が聞いた話では「もう今一切所轄の米子署ではこの問題についての質問等には答えない、全部東京の警察庁に聞いてくれ」という話になっていまして、要は「一体そこにどういう矛盾があったのか」ということが明らかにされるのは怖いのであろうと思います。

 横田めぐみさんの事件も「あの事件が起きた昭和52年11月15日から遠くないうちにすでに明らかになっていた」というように聞いております。そしてその後、安明進氏が亡命をして90年代の半ばまでには、新潟まではわかっておりませんけれど「日本海側のどこかの県で1970年代の後半に、中学1年生の女の子がバトミントンの帰りに拉致をされた」という情報は、韓国の国家安全企画部から日本の警察に届いている。しかしそれを調べなかったのか、あるいは調べていたけれど隠していたのかは知りませんが、いずれにしてもとんでもない不手際をやって、そしてこれが明らかになったのが今から10年前の2月3日、西村眞悟衆議院議員の国会での質問によるものだというぐらいです。それ以外にも非常にたくさんのことを今この国の政府は隠しています。

 最初ほんのちょっとのウソをつくと、そのウソを塗り固めるためにまた次のウソをつかなければいけなくなる。何十年も経っています。小泉さん(元総理)という人は、もともと外交に全然関心がない人です。「拉致問題のことで何か進めれば業績になる」というように思ったのでしょう。それまであまり知らなかった。やってみたらパンドラの箱をちょっと開けてしまったと。で、パッと見て「これはまずい、もともとオレがやった話じゃない」ということで慌てて蓋を閉めた。しかしもう蓋は閉め切れなかったというのが今の状況だと思います。

 隠していることが今全部出てくればやがて大変なことになると私は思っています。拉致問題の本質がわかった時に、私は日本の現代史での書き換えを迫られると思っておりまして、それほどこの問題は重い問題であります。

 そしてはっきり言えば、この問題に絶対にハッピーエンドというのはありません。皆さん、拉致被害者がみんな帰って来て「ああ、よかったですね」と言ってみんなで大喜びをしてお終い、なんていうことには絶対になりません。それはもう覚悟していただくしかない。それは増元るみ子さんが帰って来る、あるいは田口八重子さんが帰って来る、そういう意味での個別のハッピーエンドはあるかもしれません。全体から言えば、もっととんでもないことが山ほど出てきてしまう、もう見なければ良かったということに我々はおそらく直面しなければいけないのだろうと思います。

 しかし、もし私たちがここでそれから目をそらして次の世代に送ってしまったならば、一種のキャリーオーバーでありまして、また荷物を多くして次の世代に渡してしまうことになります。そんなことは絶対にさせてはならない。我々の、今ここにいる皆さん、我々の世代の中でこの問題を何とかして解決をしてしまわなければいけないと思うのです。

 今日はちょうど建国記念の日ですけども、この国は国ができて、できる前からですけども、ものすごい数の我々の祖先がこの国を創ってくださいました。だからこそ今ここにこうやって我々が集まって来られるわけですし、この日本という国で誇りを持って住むことができる。そしてこの国にこれから後また新しい命が生まれて、そして我々の後を引き継いでいくわけであります。我々の世代というのはあくまで中継ぎの世代でしかない。中継ぎを立派にやってこそ、我々はその生きていた価値をまっとうすることができるのではないだろうか、と思うわけでございます。

 ですからこの問題にやはり正面から何とか向き合っていただきたいと思います。マスコミに出てくるような情報、特に一番怖いのは、この中にNHKの人はいないと思いますが、NHKのニュースの中で“特ダネ”として流れることっていうのは、私はほとんどそういう情報操作であると思っております。そしてそれ以外の社の人たちもこれに対して正面から切って戦おうという人は残念ながらあまりいない。一生懸命拉致問題をやってくれる記者はたくさんいるのですが、しかしそれだけでは問題は解決をしない。ある意味でいうと、自分も返り血を浴びるつもりでやっていくしか方法がない、と確信をしている次第でございます。

 日本は何だかんだ言っても世界第二位の経済大国、アジアの中心です。日本の国家主権の問題はもちろんとして、人権の問題でも日本がこのアジアのことをやるしかないのです。アメリカはアジアの国ではない。都合が悪ければいつか出ていきます。我々はここから逃げて行くことはできないのです。中国に人権の問題を言えるはずはない。中国にいくら拉致問題で「あなたのところの中国人が拉致をされている」と言ったところで、中国政府はあの法輪功(ほうりんこう)・チベットその他に対する弾圧なんかを見ていただければわかるように、人権なんていうことは何とも思っていない、そういう国であります。そこに人権問題を任せることはできないのです。

 我々がやるしかない。そして我々にはその力が間違いなくあるわけでありまして、我々はその力を行使していかなければいけないのだと思います。動けば必ず反発も起きます。しかしその反発を恐れていたなら物事は前には進みません。

 私自身、「昨年の12月までにこの問題を解決をする」と何度も繰り返し言ってまいりました。しかし解決できませんでした。責任は必ず取らなければいけないと思っております。それはこの問題が解決をした後か、あるいはする過程でかはわかりませんけれども、それなりの責任の取り方を私はしていくつもりでおります。

 一刻も早い解決、そしてまたその後、重い荷物を我々は背負わなければいけませんけれども、そこに向って我々は進んでいくしかないであろうと思う次第でございます。そうは言いながら、そういうふうにやっていますと増元さんのご結婚とかいい話もありますので、そういうこともあると期待をしながら前に進んでまいりたいと思います。今後ともよろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)

*荒木和博さんのブログ
http://araki.way-nifty.com/araki/
*'06 12/16 「しおかぜの韻(ひびき)」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/2439255-1.html

終わり

*皆さん、最後まで読んでくださってありがとうございました。(*^^*)/~~
【'07 2/11 四市協議会講演会の最新記事】
posted by あおいのママ at 10:39| 千葉 霧 | TrackBack(0) | '07 2/11 四市協議会講演会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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