2005年05月06日

4/24 第7回国民大集会 横田 早紀江さん

2005.04.24.7.jpg

*撮影したビデオカメラから文字化しました。

◆未帰還者家族パネルディスカッション◆

《司会・西岡力さん》


 ありがとうございました。えー、最近報道がありましたけれども、めぐみさんは、「お母さんから買ってもらった小さな『爪きり』を大切にしていた。そして弟さんの拓也さんと哲也さんの二人の名前を書いていた」という報道がありました。

 蓮池さんたちが、それを見ていて教えてくれたということですが、早紀江さん、めぐみさんが今、どんなふうに家族のことを思い出しているか、どういう楽しい思い出を思い出しているのか、何かありますか?

《横田早紀江さん・拉致被害者「横田めぐみさん」のお母さん》

 私たちはよく旅行をしました。弟たちも連れて5人で、5人家族の旅行をよくいたしましたので、いろんな所で、海に行ったり、貝がらを拾ったりして、あの岩をのけると?小さなカニが出てきた、そうあそこに何がいるって、もうキャアキャア言いながら、それを獲って騒いだりしていた時とか。

 そして、そうですね、もっとめぐみが小さい時はあの、お友だちはみんな、下に弟とか妹とかがもういらしたんですね。それで家はめぐみが4歳ちょっとなる前まで、まだ下に弟たちがいなかったので、『みーちゃん』って自分のことを呼んでいたんですけれども、「みーちゃんとこには、どうして赤ちゃんがいないの?」っていつも言われました。

 そして幼稚園に通っている時に、いつもバスで通っていまして、そのバスが、通園バスがちょうど鹿島神社?っていう所の前で止まって、そこで降りるんですけれども、もう帰って来ると、迎えに行くと、すぐにそのままパァ〜っと走って行って、神社の中に駆け上がって、そして神社の前に行って、あの小さな手を合わせて、「みーちゃんとこにも赤ちゃんをください!みーちゃんとこにも赤ちゃんください!!」って、もう必ず言っていたんですね。(笑い)それを近所のお母さんと一緒に噴出して笑っていたんですけれども。

 あんまりにもお祈りしすぎて、後に生まれてきたのが二人も赤ちゃんが生まれてきまして、思いがけなく。

 そうしましたら今度は、そのことを日本銀行の(住宅の?)庭を大きな声で歩いて、「みーちゃんとこは赤ちゃんが二人も来たんだよ〜!!」って言って、「もうすごい大きな声で喜んで、もうしゃべりまくって歩いていたよ」ということをよく聞きまして、とても元気な明るい子どもでした。

 あの『爪きり』とかっていうのもハッキリとは覚えていないんですけれども、めぐみの誕生日の時には必ず小さなものを、キティちゃんのところで買ったりしながら、小さい袋とかを必ずあげていたので、その中の一つだと思います。

 色んな、ああいうふうな寂しいところで、「どんなふうに耐えてきたのかなぁ・・・」って、向こうが出してくるような「うつ病で入院した」って言われても、「私だったらもう、とっくにどうにかなっていたかもしれない」と思うほど「苦しかっただろうなぁ」と「寂しかっただろうなぁ」と思いますので、そういった小さなものを見ながら、「どんなにか泣いたんじゃないか・・・」と思います。(大拍手)

*'04 4/10 流山講演会 横田 早紀江さん
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=100&no=21
*個別的疑問点・矛盾点【1】横田めぐみさん 電脳補完録さんより
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3375

《司会・西岡力さん》

 そのお祈りして生まれたという双子の弟さんが来ていらっしゃるんですけれども、拓也さんか哲也さん、どんなお姉さんだったかひと言どうですか?

《横田哲也さん・拉致被害者「横田めぐみさん」の弟さん》

 弟の哲也でございます。まぁ、どこにでもある風景でありますけれども、当時新潟の前に広島にいたわけでありますが、非常にあの、明るく楽しく一緒に通学、手をつないで学校に行った思いでもあります。

 また、当時新潟に転勤・引越しした時にですね、まぁ、本にも書いてありますけれども、当時私と兄の拓也は非常に仲が悪かったわけでありますけれども(笑い)、私がどちらかといえば劣勢だったわけなんですが、非常に味方をしてくれたのがまぁ姉だったということです。

 明るく楽しく、しかも優しい姉であったということで、まぁ非常に両親だけじゃなく、双子の我々のことも非常に思ってくれていればなぁ、と思っております。

 一刻も早く、この家族5人で、また平和な日本の、この素晴しい風景を味わいたい、と思っております。(大拍手)

*'04 11/8 緊急国民集会 横田 拓也さん
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=40&no=82

(一部抜粋)

 私の両親がここにおりますけれども、本当に待ちわびています。27年間めぐみと会えない。本当に父はめぐみをかわいがっておりました。母もかわいがっておりました。私たち弟も本当にかわいがってもらいました。

 突然彼らによって「暴力的」に「一方的」に「強制的」に「拉致」されたんです。家庭の中の「太陽のような存在」は一瞬にして北朝鮮によって、そして金正日という独裁者によって奪われてしまった。私たちは本当に悲しい!!そして許すことができない!!

http://aoinomama.trycomp.net/
posted by あおいのママ at 11:01| 千葉 曇り| Comment(2) | TrackBack(1) | '05 4/24 第7回国民大集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お疲れ様
トラックバックありがとうございます。
Posted by 西村幸祐 at 2005年05月07日 03:55
西村さん、コメントとトラックバックありがとうございました。

またどこかでお会いできたらいいですね。
Posted by あおいのママ at 2005年05月08日 09:06
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