2005年05月06日

4/24 第7回国民大集会 市川 健一さん

2005.04.24.5.jpg

*撮影したビデオカメラから文字化しました。

◆未帰還者家族パネルディスカッション◆

《司会・西岡力さん》


 それでは、市川修一さんのお兄さん、よろしくお願い致します。

《市川健一さん・拉致被害者「市川修一さん」のお兄さん》

 あの、鹿児島から来ました、市川修一の兄です。

 私と修一とは9つ違うんですよね。あの、修一が生まれた時、私は小学校3年生でした。ですから、修一とはあまりにも歳が離れておりますもんで、あの、小学校の高学年・中学校になった時、学校から帰って来ると、家は商売やっておりますもんで、「修一を遊ばしてくれ」っていつも言われたんですよ。

 だから私は修一を背におぶってね、よく遊びに行っておりました。でもあまりにも、今は人口は少ないけれども、その時は同級生がいっぱいいて、一歩外に出れば多かったもんですから、いつも修一をおぶっていて、「自分も一生懸命に遊びたい!!」というそういう気持ちがあって、「修ちゃん、ここで待っとってよ!」って、「お兄ちゃんちょっと遊んで来るからね。ここ動いたらダメだよ〜!!」って。

 それで修一はね、ずうっとそれを守って一人で遊んでおりましたよね。今考えると「あぁ、かわいそうなことしたなぁ〜」と思っております。

 あの、修一はすごく両親を大事にして「今、両親は大丈夫だろうか?」と、そんなふうに心配しているんじゃないか、と思っております。一刻も早く、取り戻したいと思っております。(大拍手)

*'04 9/17緊急国民集会 市川龍子さん
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=60&no=52
*拉致被害者・市川修一さんの救出訴え 電脳補完録さんより
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3737

*もう一度原点に:ブルーリボン、増元さんのメール、伊藤兄妹
電脳補完録さんより

http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3748

(一部抜粋)

 中学生の佑歩君は、市川修一さんのお兄さんが鹿児島の菱田中学で講演することを知り、この中学に手紙と鶴を送ったそうです。菱田中学でも市川さんの講演、そして伊藤兄妹の折り鶴をきっかけに全校生徒で拉致問題を考え「何かをやろう」と折り鶴を折っている。

 今、秋田と鹿児島と遠く離れた中学生同士で交流も生まれている。菱田中学の生徒さんは、市川さんの「離れていてもいい、生きているなら」という言葉から、拉致された人はもちろんだが、その家族の方々の心の苦しみを痛いほど感じたという。

http://aoinomama.trycomp.net/
posted by あおいのママ at 10:45| 千葉 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | '05 4/24 第7回国民大集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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