*写真は会場となった「ぱるるプラザ千葉」です。会場内は写真撮影禁止でした。
この講演会のレポートはこちらをご覧になってください。
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*講演要旨をレポートにしました。聞き取りに間違いのある可能性もございます。どうぞご了承ください。
【司会者】
山中先生には「拉致問題とアジア外交について」という事でお話をしていただきます。先生は国際問題の専門家と致しまして、多くの著書や論文を発表されております。また昨年、外務大臣政務官に就任をしてからは、拉致特別チームの国連担当と致しましてこの4月、横田早紀江さん等と拉致被害者家族のアメリカ訪問に同行されますと共に、訪問にあたりまして横田早紀江さんとご子息の拓也さんが、ブッシュ大統領との面会実現等のためにご尽力をされました。それでは山中先生、お願い致します。(拍手)
【山中あき子衆議院議員・前外務大臣政務官】
ただいま紹介いただきました千葉第二選挙区選出の山中あき子でございます。横田滋さん・早紀江さんご夫妻のお話をうかがった後、私はもう付け加える事は何もございません。本当に皆さまの心によく響いたと思います。本日は特定失踪者・古川了子さんのお姉さまの竹下珠路さんも駆けつけてくださいまして、誠にありがとうございます。
・・議長に大変なご尽力をしていただきまして、千葉県の県議会の皆さまにこの拉致議連を立ち上げていただきまして、その後大変活発に支援をしていただいていました事を、ここに一言御礼を申し上げたいと思っております。
私が拉致の問題と最初に縁ができたのは1997年です。私は2000年まで国会議員を衆議院議員をしておりましたが、前回議員をしておりました時に、ちょうどアメリカのキッシンジャー元の補佐官ですが、キッシンジャーさんと意見交換をした際に、「近隣諸国についてどう考えるか?」という事を聞かれまして、その時に「拉致の問題を含めた、北朝鮮のような小さな国が北東アジアの全体を揺るがして、またこれがひいては国際情勢を揺るがしております」という、これまでの冷戦時代と違った世界の動きについて自分の意見を申し上げました時に、「本当に大変な隣人がいて、日本は本当にタフにならなければ大変だな」という事をおっしゃった、この時に拉致の事についてお話をしたのが公の席でも初めてでございました。
その後、ご存知のようにテポドンが発射された時に、私は外務委員でしたので、「何故このような国に、何の条件もつけずに50万トンのおコメを日本は出すのだろうか?」という事を国会で質問致しまして、ちょっとそのあたりの時には、色々な国会議員の方の考え方があったようで、私は「ちょっと急進的だ」と言われたんですが。
「日本がコメ、あるいは色んな支援をするためには、まず一番に拉致している人を即刻解放する事、2番目に日本人妻が自由に日本と北朝鮮を往来できるようにする事、3番目にそんなに食糧が大変な所であれば農業構造を改善せよと。そのために5年間日本からの、東北・北海道からの農業指導者を500人くらい北朝鮮に入れると。そして農業構造をさせ、きちんと展開させると。こういう条件をのむのであれば、日本は例えば50万トンのおコメを支援する。そういう事がないのであれば国としてとても支援できないという条件をつけるべきである」
という質問が今も議事録に残っておりますが、そういう質問を致しました。
それから99年になりまして、「私たちがただ返せ、返せと言っても何も起こらないのであれば、制裁をする事のできる法案を立法すべきではないか?」という、その当時若手と言われていた国会議員が集まりまして、勉強会を発足しました。実はこのメンバーの一人が現在の安倍総理であり、石破元防衛長官であり、何か「女性一人入った方がいい、女性の視点も必要だ」という事で声をかけていただいて、そのメンバーで勉強会を始めました。
2000年に私は国会から離れまして、また大学教授に戻りましたものですから、そのうちに研究会はその後、ご存知のように花を開いていくわけですけども、直接そこではタッチをしませんでした。
しかし昨年6月まで私はスペインにいまして、その時に、皆さまよくご存知のようにイギリスはMI6、今のロシアの事もそうですけれども、人権問題、それからそれに関する情報、これは非常に多い所でございます。北朝鮮とも国交があり、そして昨年4月からは在ロンドンの北朝鮮大使館がオープン、大使と参事官がいて、ロンドンを自由に動いている、という状況にありますので、日本にいるよりも情報が非常に多く入るわけです。
どうもその国会の発言から私はマークされているのではないか?と思ったのは、ロンドンに近い所でアジアの問題についてスピーチするたびに、「北朝鮮の参事官が中に来ているよ」とか教えてくださる方がいまして、私は絶対会いたいと思いまして、「終わったらすぐ会わせてください」と言ったら、「終わったらスッと消えてしまう」と。たぶん全部私がしゃべっている事はテープレコーディングされていたんだと思っております。
そしてご縁がございまして、この千葉の2区から昨年9月の総選挙で再び国会に戻りました。これからの日本の課題は「人権」と「平和構築」この二つになるだろうと思いまして、私は平和構築をやっておりましたので、国会に戻る一つのきっかけになりました。
実はちょうど1年前の12月に、「環境大臣会議というのがパナマで行われる」という事で、その途中のニューヨークでその平和構築の方の帰り、「委員会に日本がどうも外されそうだ」という話になってまいりまして、外務省の方でも「ドナー国として十数カ国の中に入れる」と言っていたんですけども、「15カ国の内から選挙する」という事になって、「日本は入れるかどうかわからない」という事でした。
日本はこのあいだ安倍総理が中国にいらして、そして中国の高官から「戦後60年間、平和のために平和国家としての努力をした事を積極的に評価する」という文書で安倍総理は書かせた、これは大変な成果と私は思っておりますけども、その平和国家の日本が平和構築委員会に入れないのでは話になりません。
それで急遽予定を変更して、ニューヨークで総会の、それこそ議長でありますその当時のスウェーデンの外務大臣ですけれども、お会いして、そして「日本はお金だけ出すというわけではない」という事で、平和構築のための努力というものを2ページほど書いたものと、私の2000年に出した記事と2枚だけ持って行って直談判を致しました。そしたら日付けを見て、「あっ、この平和構築委員会の考え方はデンマークが最初に考えたと思っていたけれども、この日付けを見たら日本が明らかに最初だ。やはり日本にも入ってもらうようにしよう」と約束をしてくれまして、その10日後に「10のドナー国の内から5つを色々な光景をもとにして選ぶ」という事になったわけですよね。
そこに行っている時に、急に電話が日本から入りました。安倍官房長官でした。「山中さん、拉致の特命のチームに入ってもらえませんか?前に国会議員だった時も一緒にやっていたから。」もう私は一も二もなく「お手伝いさせていただきます、微力ですけども。」という事で、それから横田さんともご縁がありまして、4月にアメリカにご一緒しました。
先ほどアメリカの大統領とのお話がありましたけれども、ブッシュ大統領は「人権問題を語れないほどアメリカの大統領の仕事は忙しいわけではない」という事をおっしゃって、あの忙しい時間を割いてくださいました。
そして公聴会の時、私は本当にこれまでも胸が熱くなる思いですけれども、脱北なさった北朝鮮の工作員の方から早紀江さんがお聞きになった話、めぐみさん、13歳、小さな船の船底に入れられて、どこに行くのかわからない真っ暗闇の中で「お母さん、助けて!」とずーっと叫び続けていたと。そしてその船底を手でかきむしって、着いた時には指が真っ赤になっていた、こういう証言をなさいました時に、アメリカの国会議員はみんな本当にうつむいて涙しました。「大統領の心を動かしたんだ」と。そして「アメリカの議員の心を動かしたのは日本の母の心だろう」とその時強く思いました。
そして外務省の英語のパンフレットを増やしたのですが、翌日「滋さんが韓国に行かれる前にとにかくハングル語を」という事で、英語を作ってハングル語を作りまして、それからすぐに国連の公用語でありますスペイン語とフランス語を外務省が頑張って作りまして、そして中国語を作って、7月の国会議員が一斉に海外に行く時にできるだけ持って行っていただいて、向こうの要人に渡していただくようにとお願いしました。
*'06 9/16 柏駅東口にて 安倍晋三さん(2)より
http://aoinomama13.seesaa.net/article/24016225.html
この夏、たくさんの大臣や副大臣や政務官が色んな国に行きました。すべての国において、この北朝鮮の問題についてみんながしっかりと話をしてきました。こういう外交に取り組んだのは実は初めてなんです。アフリカにおいて、アジアにおいて、中東において、欧米においてこの問題、「やっぱり日本と一緒にこの問題を解決をするように、北朝鮮に圧力をかけましょう」そう世界中に訴えかけました。こういう外交こそちゃんと日本はやるべきだったんです。主張すべきことはしっかりと主張し、戦略的に行うべき外交はしっかりと戦略的に行っていかなければいけないと思います。
全部渡し終えてフッと気が付いたら「何か物足りないかな?」と「日本語がなかったんだ!」という事で、最後にこの日本語が夏休みをかけて作られたわけですが、これはこれからちょうど中山恭子さんが補佐官でお戻りになられまして、来年からもっとコンパクトで、もっとたくさんの言葉にできるように今予算をやっておりまして、私も予算の方の後押しをさせていただいております。
それで、「日本はこれまで海外に発信が上手くいっていなかった」というのが私が感じた事でございまして、6月の人権理事会、これも立候補して日本は当選したんですが、36カ国の大使と東京で会って、「日本を入れるように」という事でずいぶん色々とイノシェーションしましたけれども。
6月の第一回人権理事会の時に、普通は外務大臣が行かれるんですけども、私はそういう動きをしていたので「大臣の代わりに行け」という事で、ジュネーブで英語で拉致の問題と、もう一つこの時に申し上げたのは、日本では特定失踪者という事がありますが、国際的な条約の中に「強制的失踪に関する条約」というのが2001年から話し合われていたんです。
ところがその中に“拉致”という言葉が、それから“本人を解放せよ”“犯人を引渡せ”という問文がまったく入っていなかったので、ずいぶんこれも外務省がハッパをかけまして、外務省の人たちも担当者も本当によくやってくれたんですけれども、「“拉致”という言葉、それから“即時解放せよ”という事、“犯人を引渡せ”という問文を入れ込んだものを、ぜひ第一回目の人権理事会で決議して欲しい」と述べました。
この私のスピーチを「大変よかった」と感激してくれたのが、潘基文(パン・ギムン)さんという韓国の前外務大臣で、今度の国連事務総長です。それでスピーチが終わったとたん、麻生外務大臣に「拉致の事も含めてすごくいいスピーチだった」と電話をしてくれて、翌日、軍縮会議で今度は韓国の潘基文(パン・ギムン)さんのスピーチで、北朝鮮の事を憲法にない部分まで含めてよく言ってくれました。ですから逆に言えば、日本と韓国がそこで一緒に連携したかたちをとれたのは大変よかったと思います。
おかげ様で私のスピーチが6月29日にその人権理事会で決議されまして、この間11月19日に国連の第三委員会で決議されました。そして予定では(12月)19日、あと2日後くらいです。ちょうど六ヵ国会議が始まってたけなわという頃に、国連の総会でこの条約が認められる見通しとなっております。皆さんもぜひ一緒に祈っていていただきたいのです。(拍手)
この条約が通りましたら、今度はこれを日本に持って来て、国内法の中でさらに国際的な連携の中での今の決議文を条文化し、また法文化すると、そういう段取りになる予定でございます。
私はそういう事で、9月から外務政務官を終えて今は特命チームに入っておりませんし、外務省にもおりませんけれども、でもその責任の一端はあると思っていますし、そういう事で関わりたいと、そして関わりつつあるというふうに思っております。
先ほど横田早紀江さんが、日本のお父さんとしてお母さんとしておっしゃった言葉、「どうしてこの日本の国の中で、自分の子どもを殺めたり、そういう事をするのかしら?」。この30年の中に、横田さん始めご家族の皆さまのお気持ち考えたらとても、自分の子どもを大事にしなければバチが当たると。その「バチが当たるという気持ちが日本の中に薄れてきている」という事を改めて思いながら、私も母の一人として、日本の母の一人として、これからも千葉の皆さまとご一緒に、本当に微力ではございますけれども、努力をしていきたいと思っております。
そして北朝鮮に関しては、もう核の問題がクローズアップされておりますけれども、「核とミサイルと拉致とこの3点セットでいきましょう」という事は、安倍総理大臣と麻生外務大臣と私と、3人がタグをとった瞬間にお約束しています。「どの人が海外に行っても、どの政府の高官が行っても3つ一緒ですよ」と。これはミサイルの話の時も3つ、核の時も3つ。この3点は日本にとっては本当に大事なことです。
ちょうどミサイルの発射の時も、外務政務官として「とにかく北朝鮮を利するな」と。それはどういう事かというと、六ヵ国あるいは国連の常任理事国、これが二手に分かれて争えばそれは北朝鮮を利する。絶対に一致団結した姿勢をとる事。そしてそのために外務大臣が夜中をかけて、アメリカはもちろんの事、イギリスもそうですし、中国・韓国それからジュネーブの国々とも外務大臣との電話対談をしまして、ずっと私も同席しておりました。
ミサイルの時も拉致の方もしっかりと麻生外務大臣もおっしゃっていただいて、当時の安倍官房長官も大変すばらしい二人の歩調だったと思いますし、それがこの核の問題になっても同じかたちで、外務大臣と総理という事で動いていただいております。
今は先ほどもおっしゃいましたように、補佐官もとってもすばらしい中山恭子さん、私も個人的に大変ウズベクの大使をしていらしてからのご縁があります。皆さん、ご縁というのも本当に廻って来ると思っております。早紀江さんのお話、皆さまの心にとめていただきまして、そして今日この機会を与えていただきました千葉の県議会・拉致議連の皆さまに感謝申し上げながら、ぜひ一人、されど一人です。
習志野には、私が選挙区でお話していた時に「私めぐみさんの一級上なんです」という方がおり、これもご縁です。本当にそういう意味で微力ですけれども、皆さんのこのご縁を大事にして、今日のご縁でまた新たなご支援・解決への一歩としていく事を、横田さん早紀江さん、古川さんのお姉さんがここにお出でになりますけども、皆さんの前で山中あき子としてのお誓いをして、この会を閉じさせていただければと思います。本当にありがとうございます。(拍手)
そしてどうぞどうぞ、本当に日本の父として母として、特に母としてよろしくお願い申し上げます。(大拍手)
*山中あき子さん公式サイト
http://globalnet-akiko.jp/index.php
【司会者】
ありがとうございました。山中あき子さんには今後ともご活躍お願い申し上げます。(拍手)
終わり
*皆さん、最後まで読んでくださってありがとうございました。(*^^*)/~~




