2004年12月24日クリスマスイブの午後、あおいのママは東京地方裁判所で行われた「よど号妻・田中協子被告」の初公判(旅券法違反)を傍聴してきました。
(八尾恵証言によれば、田中協子被告は拉致された有本恵子さんの教育係だった、ということです。)
前日に拉致被害者「松木薫さん」のご家族の支援者の方から連絡があり、ご家族の皆さんが傍聴されるとのことで、意外に少ない傍聴券(30人分くらい?)を求めて並ぶことになりました。
当日、いつもボランティアにがんばるSさんと待ち合わせをして、松木さんや有本さんの支援者の方々と一緒に並びました。すでに何人か並んでいましたが、聞くところによると、その中に他のよど号妻や子どもやその支援者たちがいたようです。(誰が誰だかよくわかりませんでした。)私たちもきっとしっかり顔チェックされたと思います。
しばらくして、拉致被害者「松木薫さん」の弟さんの松木信宏さん、お姉さんの斉藤文代さん、「有本恵子さん」のご両親、「石岡亨さん」のお兄さんの石岡章さんが並ばれました。
私たちは傍聴券を得てから、○○○号法廷にボディチェックと荷物を預けて入りました。報道カメラ?の撮影を済ませた後、警察官に手錠と縄をかけられた「田中協子被告」が入って来ました。ニッコリと、傍聴席にいる支援者や子どもたちに微笑みながら・・・。
裁判長に「職業は?」と聞かれて「かりの会の成員」と言っていました。
*「かりの会」帰国支援センター
http://www.karihayuku.ecnet.jp/
悪びれた様子もなく、淡々と用意された資料?を読んで無罪を主張していました。「旅券を返納しなかったのは認めるが、やむを得ない事情で返納命令を知らなかったのだから、逮捕は不当」というようなことを言っていました。
私は裁判の傍聴は初めてで、詳しいことはわからないのですが、検事さんはまだ若い女性で、何となく頼りなさそうな気がしました。(東大出のエリートさんではと支援者の方が言っていました。)それに引き換え、「田中協子被告」の弁護士は、髪を染めた年配の女性で、とても気が強そうでした。(当たり前なんでしょうけど・・・。)
テレビドラマで見るような「異議あり!!」って対決があるわけでもなく、前もって用意された資料を読むばかりの、不謹慎ですが眠くなるような裁判でした。実際、こっくりしている方がいたようで、注意されていました。(よど号妻の支援者の方だと思います。)
斉藤さん、石岡さん、有本さんご夫妻は、終了前に席を立ちました。それは、外務省から実務者協議の時に北朝鮮から持ち帰ってきたものの精査報告があり、その後家族会の記者会見があるためとお聞きしました。
裁判終了後に支援者の方に、今回の「田中協子被告」の罪はどのくらいになるのか聞いてみましたが、「旅券法違反」ではたぶん執行猶予付きの判決になるだろうとのことです。
ご家族の皆さんはこの日とてもお疲れのご様子でした。私は諸々のことを考えると、とても切なくて、何ともやりきれない思いでいっぱいになりました。これからもご家族の皆さんを陰ながら支えていかなければ、と強く思いました。
次回の公判は、1月27日(木)の予定です。
*'05 1/27「よど号犯妻」第二回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3337465.html
★こぼれ話★
東京地方裁判所に入る時、手荷物検査と飛行機に乗るときにチェックされるのと同じようなチェックがありました。(金属探知機みたいなもの)
正面のテーブルには、この日の裁判(民事・刑事)の一覧表がありました。Sさんと時間がある時にのぞいてみましたが、膨大な数で驚きました。特に刑事事件の裁判の方は、「強盗殺人」とか「窃盗」とか「脅迫」「麻薬売買」「密入国」とか、罪状を見るだけでも生なましいものばかりでした。しかも被告の名前を見ると、外国人ばかり・・・。(中国人・韓国人らしき人ばかり・・・。)
「田中協子被告」の初公判を含む4〜5件は、傍聴券が必要だと貼り出してありました。
*返納命令は不当と無罪主張 よど号メンバーの妻
電脳補完録さんより
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3484
24日、東京地裁(小川正持裁判長)で開かれ、田中被告は「旅券を返納しなかったのは事実だが、命令は根拠がなく不当」と無罪を主張した。
検察側は冒頭陳述で「よど号グループは組織を拡大するため、欧州の日本人旅行者らに接触。北朝鮮に入国させる活動を組織的に行った」と指摘。「外務当局は北朝鮮工作員との接触が公安を害すると判断し、命令を出した」と述べた。
弁護側は「接触したのは北朝鮮の外交官で、工作員ではない」と反論した。
法廷には、欧州で拉致された有本恵子さん=失跡当時(23)=ら3人の親族も傍聴に訪れた。(ニュースより)
*東京地裁で2002年3月12日に開かれた「赤木恵美子被告」の旅券法違反事件の公判で、「八尾恵証人」が証言した要旨などはこちらに載っています。
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3484
◆「主席、田宮に日本人獲得指示」
赤木被告はよく知っている。1977年5月、北朝鮮の平壌にある「日本革命村」で、被告人と出会った。日本革命村を本拠地に、「よど号」のハイジャック事件実行犯とその8人の妻が、思想や目的を同じくする「よど号」グループとして組織的な活動をしていた。被告人は赤木志郎の妻だった。
私は79年以降、北朝鮮の工作員と接触し、活動していたという理由で88年に旅券返納命令を受けた。同年5月25日には、アパートを借りる際、偽名を使ったとして有印私文書偽造などで逮捕され、その後、略式起訴され、罰金刑を受けた。
メンバーの一員となったのは、77年3月。私は関西の出身で、在日朝鮮人の友人が多く、彼らが差別を受けていたため、日本青年主体思想研究会で活動した。その研究会をやめた後、在日朝鮮人でマツヤマと名乗る活動家に、北朝鮮へ3か月くらいの短期留学をしないかと誘われ、77年2月、香港やマカオを経由して平壌に入った。
平壌では、最初、教育や映画、芸術鑑賞などをしていたが、「よど号」グループのメンバーと結婚させられた。ほかのメンバーも全員が5月初旬までに結婚し、日本革命村のアパートで家族単位で暮らしていた。田宮高麿(故人)が指導者で、次が小西(隆裕)だった。女性は当初、教育組織を作り、主体思想や朝鮮労働党の歴史、朝鮮語などの教育を受けた。
私は77年5月14日、日本革命村で、金日成主席に会った。しかし、直接話は出来ず、後から田宮から内容を聞いた。田宮は主席から「代を継いで革命を行え」との教示を受けたという。
日本革命を具体的に指示したもので、よど号グループが結婚して子供を産み、将来は日本で党を創建するなど革命を起こせという内容だった。同時に、主席は、「革命の中核となる日本人を発掘、獲得しなければならない」と指示したという。
その後、よど号グループは78年ごろから、子供を産んだメンバーは任務を与えられ、ヨーロッパや日本へ向かった。
日本人を獲得するため、いろいろな口実を作った。「いいバイトがある」「世界を見せてあげる」などと持ちかけた。当時は正しいと信じていた。日本の革命のためにだますことは仕方ない。いいことをしていると思っていた。
日本人獲得の担当だったのはキム・ユーチョルとチョー、チェ。キムと最初に会ったのは77年3月か4月。肩書は、朝鮮労働党対外連絡部「56課」の副課長と聞いた。
キムは日本のほか、旧ユーゴスラビアのザグレブ、オーストリア、デンマーク、フランスにも行っている。キムはザグレブの北朝鮮領事館副領事も務め、よど号グループの活動を手伝っていた。ザグレブには、よど号グループの「前線基地」があった。自分が神奈川県警に逮捕された時、取り調べでキムの写真を見せられ、「中国人のリューさん」と言った。その時はよど号グループと関係あるのは秘密だったので、ウソをついた。
キムは「ウツノミヤ・オサム」という日本人の偽名を使い、日本のパスポートも持っていた。日本語がとても流ちょうだった。
チョーとは77年5月か6月ごろ、初めて会った。下の名前は知らない。チョー先生と呼んでいた。ザグレブの副領事で、よど号グループの手伝いをしていた。日本語は最初片言だったが上手になった。
◆条件は思想的に無色で、素直
私は79年12月から80年1月まで、スペインで活動していた。ヨーロッパには83年末まで。84年1月からは日本に行った。
田宮からの指示は、日本革命村の本部にある田宮の執務室で受けた。活動資金は田宮から与えられた。拉致(らち)する日本人については、「思想的に無色で、正直で素直。義理堅く、親類に警察関係の人がいない人で、自由に行動できる人」という条件が挙げられた。
日本人の拉致では、グループ内で男女の役割があった。男は国際手配されているため、女性が中心になって活動した。直接の接触は女性中心だった。
83年1月、日本革命村の田宮の執務室に呼び出され、ロンドンに行って日本人の若い女性を獲得して欲しいという任務を与えられた。
これまでは獲得者の性別は指示されなかったが、今回は「25歳までの女性。何人でもいい」だった。田宮は「女性も獲得せなあかんやろ」と言っていた。日本の革命のため、これまで獲得した男性と結婚させるためだと思った。森(順子)さんや黒田(佐喜子)さんが獲得した男性2人が平壌にいることは知っていた。
83年3月、福井(タカ子)さんとロンドンに行って対象者を探した後、1度ザグレブに呼び戻された。5月、田宮から「この前の続きをやって欲しい。出来るか」と言われた。「出来ます」と答え、1人でロンドンに入った。
有本さんとは5月の半ばか下旬に、語学学校で知り合った。このころ、私は「ヤノ・ムツミ」か「ヤダ・ムツミ」という偽名を使っていた。
有本さんは、獲得対象として有望だった。条件にぴったりで、自由に行動できた。有本さんが「せっかく日本から外国に出てきたので、働きながら世界を見て回れたらいいな」と話していたので、ロンドンで私が借りていたアパートで「いい市場調査のアルバイトがあるので、一緒にやろう」と誘った。「私もアルバイトをしながら各国を回っている。私は貿易会社の市場調査のアルバイトをするためにロンドンを離れるが、有本さんも行ってみないか」と持ちかけると、有本さんは「面白そう。やってみたいな」と関心を示してくれた。その結果を、ザグレブに「いい人が獲得できそうだ」と電話で報告した。電話に出たのは当時ザグレブにいた安部公博だった。
有本さんとは、北朝鮮と国交のあるデンマークのコペンハーゲンで落ち合って北朝鮮に連れて行くことに決めた。ただ、田宮が有本さんを拉致の対象として了承しない場合に備えて、有本さんにはまず、「貿易会社の社長がドイツのハンブルクにいるから会いに行こう」と言っておいた。
有本さんはハンブルクに行くことを了承し、次に私は、具体的な拉致方法を打ち合わせるため1度ザグレブに行った。打ち合わせの相手は安部と、朝鮮労働党員で外交官の肩書を持つキム・ユーチョルら3人で、この時は田宮はいなかった。
◆「社会主義の国だから面白いよ」 有本さんだまし、連れて行った
田宮にはテレックスで連絡し、有本さんを獲得することについて了承を得た。ザグレブの打ち合わせでは、安部が貿易会社の社長に扮(ふん)し、キムが北朝鮮で貿易の仕事をしている人物に扮して有本さんと会い、「北朝鮮で仕事をしてみないか」と誘うことに決まった。9月中旬、有本さんに電話をして、行き先がコペンハーゲンに変更になったと告げた。有本さんは了承した。
コペンハーゲンでは、安部と中華料理のレストランで待ち合わせた。安部は有本さんに「貿易の仕事で市場調査をやって欲しい。北朝鮮で仕事があるが行ってくれないか」と話した。キムは遅れて到着し、安部が有本さんに「北朝鮮で貿易の仕事をしている人だ」と紹介した。キムは「朝鮮人参などを外国で売っている」と話した。
安部は有本さんに「北朝鮮での市場調査は、滞在費や食費はただ」「日本と違って社会主義の国だから面白いよ。見学や勉強をしてきたら」と説明した。私はこの話を初めて聞くようなふりをして、有本さんに「面白そう。行ってみようか」などと話した。有本さんも「(私が)一緒に来てくれるならいいかな」と言っていた。
有本さんが決心した後、安部は私に「別の仕事があるから後から(北朝鮮に)行ってもらいたい」と言ったが、有本さんは「必ず後から来てくれるなら」と安心した顔で言った。この後、キムが有本さんに「北朝鮮に行くにはビザが必要なのでパスポートを預からせて欲しい」と言い、有本さんはパスポートを手渡した。
その場はいったん別れ、次の日に私たちは有本さんとコペンハーゲンの空港で待ち合わせた。私と安部が見送り、有本さんとキムが(経由地の)モスクワに向けて飛行機に乗った。私はまた日本人を「発掘」するため、ロンドンに戻った。
仕事をしながら世界を見て回れると思っていた有本さんを、田宮の指示でだまし、獲得した男性と結婚させるために北朝鮮に連れて行った。北朝鮮に戻ってから有本さんと会ったことはない。田宮から聞いたところでは、元気に暮らし、一生懸命勉強しているとのことだった。
自分たちの勝手な思いで有本さんを連れていき、ご家族にもつらい思いをさせてしまい、大変申し訳なく思っている。人としてやってはいけないことをやってしまった。1日も早く帰国できるよう、証言台に立った。
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html
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