*'05 5/1にTBSで放送された「報道特集」を文字化しました。(写真はテレビより)
16人目の拉致被害者 田中実さん
【司会者・田丸美寿々さん】
「では続いての特集なんですが、この脱線事故が発生した(4月)25日の月曜日、同じ日に、日本中がこの事故で一色になっている時に、ひっそりとこんな発表がありました。」
『被害者 田中実 28歳 元飲食店店員 北朝鮮からの指示を受けた同店の店主である在日朝鮮人により、甘言により、海外に連れ出された後、北朝鮮に送り込まれたもの』
【ナレーター】
25日、警察庁は1978年に失踪した田中実さんが「北朝鮮に拉致されていた」と断定しました。同じ25日には列車脱線事故が起き、そのニュース一色になっている中での発表でした。東京・千代田区、4月25日。救う会と特定失踪者問題調査会は直ちに会見を開きました。
【西岡力さん・救う会副会長】
「田中実さんについては、誰が見ても間違えなく拉致だと今までずっと思ってきて救出を訴えてきましたが、まぁ遅きに失したという感じが強いですが、ここで「新しい供述を得た」と警察庁が言っていることについては、大変それでも良かったなぁと。」
【ナレーター】
警察庁は、「複数の証人が新たな供述をしたことで、田中実さんの拉致が明らかになったのだ」と言います。田中さんが姿を消してから実に27年。特定失踪者問題調査会の荒木和博代表はこう言いました。
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】
「まぁ(認定を)やらないよりはいいけれど、あまりにも遅すぎると。この順番でやっていたならばとてもですね、(被害者救出が)間に合わないと。(政府は)ともかく下手なへりくつを言わないで、早急に自分たちが拉致が間違いないと思っているものをですね、どんどん出していただきたい。」
【ナレーター】
日本政府から16人目の拉致被害者と認定された田中実さん。拉致はどう実行されたのでしょうか?
【岡田和典さん・特定失踪者問題調査会理事】
「これが成人になってからの唯一の私どもが入手した写真ですね。」
【ナレーター】
こう説明するのは特定失踪者問題調査会理事の岡田和典氏。関西で長年拉致問題を追い続けてきた人物です。
【取材者】
「田中実さんなんですけれども、一体どういう人物であったのでしょうか?」
【岡田和典さん・調査会理事】
「はい、(田中さんは)小さい時にですね、ご両親が離婚されまして、(神戸市)灘区内の児童養護施設に預けられました。そしてこの地元の小学校・中学校を卒業しています。」
【ナレーター】
その後、地元の工業高校を卒業した田中さん。仕事先をいくつか変えた後、友人に誘われ近くのラーメン店で働き始めましたが・・・。
【岡田和典さん・調査会理事】
「このラーメン店に半年ほど前に勤務されてですね、1978年の6月6日、ウィーンに向けて出発するということで、その後失踪していると。そのあたりのことについては大きくこのラーメン店の店主のですね、誘いが影響していると思います。」
【ナレーター】
田中さんをウィーンに誘い出したというラーメン店店主。彼は北朝鮮のある工作機関のメンバーでした。工作機関の名は“ナクトンガン”(洛東江)。韓国南部を流れる川の名が付けられた組織です。
ラーメン店店主は「オーストリアのウィーンに就職口がある」と言って田中さんを出国させました。その後、田中さんはモスクワ経由で平壌に連れて行かれたのだといいます。これが明らかになったのは、“ナクトンガン”(洛東江)のメンバーだった別の在日朝鮮人の暴露手記からでした。(朝鮮総連工作員「黒い蛇の遺言状」・張龍雲著)こんなことが書かれていました。
【岡田和典さん・調査会理事】
「(手記の筆者は)北朝鮮の指導する者(党幹部)と定期的に万景峰号でですね、そこに連絡を指示を受けに行っていたと。その折の雑談中に自分もよく知っている田中実さんの話を持ち出された。で、『田中実さんは同じく日本で拉致された女性と一緒に今平壌で暮らしている。そして子どももいる。現在はラジオ局で翻訳の仕事をしている』ということを聞かされたわけです。」
【ナレーター】
手記によると、田中さんをウィーンに出国させたラーメン店店主は当時“ナクトンガン”(洛東江)のリーダーの指示で動いていました。そのリーダーの肉声があります。
【“ナクトンガン”元リーダー】
「お前ら、よってたかってこんなことしてな、田中実と会ったこともないし、声も聞いたことがない。」
【ナレーター】
救う会は“ナクトンガン”(洛東江)元リーダーに接触、一昨年(2003年)の6月、肉声テープを公開したのです。
【“ナクトンガン”元リーダー】
「拉致問題を逃げるために言っているのではない。俺が何故田中実を拉致せなあかんのか。(田中さんは)自分の足でJALに乗って行った。」
【ナレーター】
“ナクトンガン”(洛東江)元リーダーは、田中実さん拉致への関与を否定。しかし救う会は“ナクトンガン”(洛東江)元リーダーとラーメン店店主を国外移送目的略取の疑いで刑事告発したのです。
田中実さんの拉致認定の決め手が「新たな証言」だったことについて、特定失踪者問題調査会の岡田理事は―。
【岡田和典さん・調査会理事】
「当然(拉致の)立件に足りるだけの情報が出たものだと解釈せざるを得ないです。となりますと、次は私どもが告発している特定したこの実行犯2名、当然逮捕に繋がらなければこの新たな情報というのは一体どういうものであったんだと、我々は再び問わざるを得ないということですね。」
【ナレーター】
拉致被害者 田中実さん。小さい頃に別れた両親とはもう連絡が取れないといいます。そんな田中さんの身を案じている人がいます。
ゲートボールを楽しむこの男性。田中さんの高校時代に3年間担任をしていた、渡辺友夫さん(72)です。
【恩師・渡辺友夫さん】
「田中実さんについてはですね、(人に聞かなくても)顔がはっきりわかるし、特別な子どもでしたからねぇ。そういう(養護)施設から来ている生徒だったからね。おとなしいし叱った指導もないし、まぁいわゆる普通の子だった。」
【ナレーター】
渡辺さんは、「修学旅行で九州に行った時に田中さんと交わした会話が印象に残っている」と言います。
【恩師・渡辺友夫さん】
「『施設の先生にお土産でお菓子くらい買っていかなあかんのかな?』って言うたら(田中さんは)『そんな、いいですよ』って、そんな会話しとるんですよ。(お土産を)私買った記憶があるんですけどね。」
【ナレーター】
拉致が疑われるようになってから、渡辺さんは「田中さんをウィーンに誘い出したラーメン店店主にも会いに行ったのだ」と言います。
【恩師・渡辺友夫さん】
「『田中実の担任や』って言いました。『本当のこと話してくれませんか?』って言うたんです。(ラーメン店店主は)『俺はそんなこと知らんで。俺はそんなの関係ないぞ』と。
親の愛情がない、兄弟もない、そんな子どもでしたから、ちょっとラーメン屋さんの甘い言葉、優しい言葉に、ついホロリとなってねぇ(北朝鮮に)行ったのもうなずけますわなぁ・・・。」
【ナレーター】
渡辺さんは「今後も田中さんの救出に向けて活動する」と言います。
政府の認定で動き出した田中実さんの拉致事件。その一方で、田中さんの友人に特定失踪者がいることはあまり知られていません。
金田竜光さん。田中さんと同じ養護施設で育ち、問題のラーメン店店主に田中さんを紹介した人物です。
【岡田和典さん・調査会理事】
「(一枚の写真を見せて)えーと、これは横顔なんですけれども、金田さんはですね、このラーメン店、いわゆる養護施設を出てからラーメン店店主とすぐにお付き合いが始まったようです。
(写真を指して)これ、口を突き出していますね、金田さんが。これは赤ちゃんをあやしているんです。で、私どもは(その部分を)カット致しましたが、この先にこのラーメン店店主のお子さんがいるんです。まさしく家族同然のお付き合い・存在であったというふうにそれを物語る写真だと思いますね。」
【ナレーター】
金田さんや田中さんの周辺からは「こんな証言が出てきた」と言います。
【岡田和典さん・調査会理事】
「2人が近くのお寿司屋さんに結構顔を出していたそうです。それでその折にですね、そのお寿司屋さんの中でウィーンに田中さんが先に行くか金田さんが先に行くか、という話し合いがあったと。」
【ナレーター】
田中さんは1978年にウィーンに向けて出国。しばらくすると、金田さんのところに手紙が届いたといいます。
【岡田和典さん・調査会理事】
「『ウィーンは非常にいいところである』と。そして『仕事口もありますよ』と。『こちらに来ないか?』という誘いの文面だった、というふうにその手紙を見た金田さんの友人が言っておられます。」
【ナレーター】
しかしその手紙は、「田中さんにしては不自然なほどきれいな字で書かれていた」と言います。そして金田竜光さんも1979年頃に失踪しました。友人たちはラーメン店店主のところに行き2人がどこに行ったのかを厳しく問い質しましたが、店主は知らぬ存ぜぬの一点張りでした。
港町神戸で起きた田中さん拉致と金田さんの失踪。しかし問題はそれだけではありませんでした。
【岡田和典さん・調査会理事】
「半径500メートル以内に全部で6人ですね。」
【ナレーター】
拉致被害者 田中実さんが暮らしていたのは神戸市灘区。実は「そこに関係する拉致被害者や特定失踪者が多い」と言います。
【岡田和典さん・調査会理事】
「この(神戸市)灘区内に関係のある方、順番に言います。(特定失踪者問題調査会のポスターを指しながら)ここに田中実さんがおりますね。で、金田竜光さんですね。ここに有本恵子さんですね。実は有本恵子さんが通っていた学校(神戸市立外国語大学)が当時阪急六甲駅から500メートル以内のところにありました。
ここに秋田美輪さん。この方はですね、特定失踪者問題調査会が1000番台と申しまして拉致の可能性が極めて高いという方の1人です。校門の前で友だちと別れたきり、失踪しています。」
【ナレーター】
特定失踪者問題調査会の岡田理事は、さらに2人の特定失踪者を指し示してこう言いました。(松本義明さん・加藤小百合さん)神戸市東部にある阪急六甲駅、ここを中心とした半径500メートル以内には、拉致被害者 田中実さんがいた養護施設や有本恵子さんが通う大学(神戸市立外国語大学)がありました。さらに金田竜光さんや秋田美輪さん(松本義明さん・加藤小百合さん)等の特定失踪者が暮らした場所や学校もあったのです。
狭い範囲に集中する拉致被害者や特定失踪者。それは一体何を意味するのでしょうか?
【岡田和典さん・調査会理事】
「やはりこれだけ限られた地域に6名の方がおられるということ、それは何か、何か、どこかに大きな何か別の我々がまだ発見し得ないものがあって、それがどこかでこう繋がっているのだろうと、私たちはそう判断せざるを得ないということですね。」
*特定失踪者 金田竜光さん 昭和54(1979)年頃失踪
調査会リストより
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=100&mode=search3
*特定失踪者 秋田美輪さん 昭和60(1985)年12月4日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=131&mode=search3
*特定失踪者 松本義明さん 昭和54(1979)年9月20日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=106&mode=search3
*特定失踪者 加藤小百合さん 平成9(1997)年8月18日失踪
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=171&mode=search3
【司会者・田丸美寿々さん】(スタジオにて)
「田中実さんに対する政府の拉致認定。これは小泉総理が訪朝して以来、2年半経っての初めての新たな認定ということになりまして、これで政府が認定した拉致被害者は16人となりました。
それで田中実さんが拉致された地域はご覧いただきましたように、有本恵子さんら5人が何らかのかたちで関係していた地域でもありまして、拉致が組織的に行われていた可能性がより高くなっているわけです。
特定失踪者問題調査会の岡田さんによりますと、こうして個々の拉致のケースが明らかになっていくのに伴いまして、今後は拉致がどのように組織的に行われていたのかの解明、そして当時の拉致の実行犯を逮捕するということが重要な課題になってきているわけです。
またもう一つ重要なのは、今回の田中実さんの拉致認定によりまして、今こう着状態になっております日朝交渉の、新たな糸口・突破口にすることができるのではないか、ということです。」
*田中実さん関連資料 荒木和博さんのブログより
http://araki.way-nifty.com/araki/2005/05/post_122e.html
*田中実さんの拉致認定について
http://araki.way-nifty.com/araki/2005/04/post_ff7e.html
終わり
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