
*写真は参加したあおいのパパの撮影です。
*撮影したビデオカメラより文字化しました。
(調査会より撮影許可を得ております)
*'06 12/16 しおかぜの韻(ひびき) 来場者全員参加収録(2)
「故郷」「七つの子」
http://aoinomama13.seesaa.net/article/30794397.html
続き
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】
今、「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」名誉代表の小川晴久先生が見えられましたので、みんな一言ずつメッセージをいただいておりますので、小川先生からは帰国者の方々に対するメッセージをちょっとこの場でお願いしたいと思います。すみませんがこちらにお願いします。
「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の代表と致しまして、この帰国者の問題をずーっと一生懸命に取り組んでこられました。特に今、強制収容所の問題を一生懸命にやっておられます。この間(12月)13日にも、姜哲煥(カン・チョルファン)さん、あの北朝鮮の収容所におられた姜哲煥さんなどを招きましての講演会等を開催されておられます。
ちょっと収容所の中ではさすがにラジオは聴けないと思いますが、北朝鮮の一般の地域におられる帰国者の方々に「ぜひ希望を持ってもらいたい」という事を込めまして、メッセージをお願い致します。
【小川晴久さん・北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会名誉代表】
北朝鮮に40数年前に帰国された帰国者の皆さんとそのご家族の皆さん、私は今から13年前に作りました「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の現在名誉共同代表をしております小川と申します。
皆さんが1959年12月14日、新潟港から清津(チョンジン)に向けて第一陣の帰国船が出て以来1984年まで、25年に渡って9万3千人の方が日本から北朝鮮へ渡られ、その中には日本人妻も、5千人近い日本人妻の方たちも子どもたちと一緒に、愛する夫と一緒に北に渡られました。
日本人妻は、3年後の里帰りを約束し信じて渡ったんですけど、その約束も一切反故にされて未だに里帰りができません。数年前に一部、合わせて50名にも満たない人たちが3回に分けて里帰りできましたけど、その何倍もの人たちがまだ里帰りも果たせない、そういう中でこの40数年、ひもじさと寒さと、そしてまた差別を受けながら生活されてきた事と思います。
私はあの、1959年12月の段階ではまだ帰国運動に参加しておりませんでしたけれども、1960年代に大学生活を送りまして、北朝鮮を支持するようになっておりました。そういう意味では、帰国運動にも私なりに責任を感じております。
北に帰った人たちが帰ったその清津(チョンジン)に足を降ろした瞬間から、「しまった」と「帰って来るんではなかった」と後悔した人がたくさんいたそうですけども、もう後の祭りで、日本から送った人たち、北朝鮮に送った人たちは「いい事をした」と思っていたと思います。だけども、北朝鮮はその後どんどんどんどん悪くなりまして、1967年には主体(チュチェ)思想が出てきてですね、その主体(チュチェ)思想が出てくる頃に日本から帰った若い人たち、知識人たち、大学生たちが大量に強制収容所に送られた、という事が後でわかりました。
私たちは本当に恥ずかしい事だったんですが、今から13年前にその帰国者の家族から、「息子が収容所で殺された」話、「お兄さんが政治犯として射殺された」話、そういう話を初めて聞きまして、北朝鮮の山の中に恐ろしい強制収容所があるという事を知りました。そして日本から帰った帰国者たちがたくさんそこに入れられ、そこで死んでいった、たくさんの人が行方不明になっている、という事も知りました。それ以来、「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」という名前を作って、今日まで支援運動をしてまいりました。
その人たちの中から、脱北してやっと日本にたどり着いている方たちが120名ほどにもなっている、と最近皆さんお聞きになっていると思いますが、いずれにしましてもまだ帰れない、日本に帰れないたくさんの帰国者たちがおられる。そういう事を私たちは忘れないで運動しております。
おそらく、北の中で日本に里帰りするとか、日本に帰るっていう希望をですね、今抱く事はできていないと思いますけども、私たちはその帰国者の方たちの状況を、できるだけ広く今後も訴えてまいりたいと思います。希望を捨てないで、その日がくるまで頑張っていただきたいと思います。
その中でも私たちは、日本の帰国者が大量に犠牲となった強制収容所の撤廃をですね、特にそれを中心に訴えておりますし、今後も訴えていきたいと思います。
日本から帰った帰国者たちは、日本で生まれた人たちが多いですから、自由な空気をいっぱい吸って帰ったわけです。北から脱出したある在日の帰国者に聞きますと、「日本から帰った帰国者たちは最初から監視の対象にあった」と聞きました。それは何故かといったら「自由の空気を北の社会に伝える大変危険な存在だという事で監視を受けた」と聞きました。
その事は私たち日本に住んでいる者にはわかりません。ですからこれは今、北で頑張っておられる皆さんに訴えるメッセージではありますけれども、自由が有り余っているこの日本社会の我々にも、「北朝鮮帰国者の人たちの事を忘れないで」というよりも、世代がもう変わってしまっていますから知らない人たちいっぱいいると思いますけど、これからも運動を続けて皆さんのために頑張りたいと思いますので、どうか希望を捨てないで頑張ってください。メッセージは以上です。(大拍手)
【荒木和博さん・特定失踪者問題調査会代表】
ありがとうございました。今お話をメッセージをいただきましたのは「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の名誉代表であります小川晴久先生でした。「希望を捨てないでください」というのは、もちろん北朝鮮の拉致被害者もそうですし、そして帰国者、さらには北朝鮮の一般の人たちに対しても同じ言葉であろうと思います。「希望を捨てないでください」「我々が必ず助け出します」という意味では、どなたも同じ事であろうと私どもは考えています。ありがとうございました。
*北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会
http://homepage1.nifty.com/northkorea/index.htm
(質疑応答と閉会のあいさつに続く)
*'06 12/16 しおかぜの韻(ひびき) 質疑応答と閉会のあいさつ
http://aoinomama13.seesaa.net/article/32667885.html




