2005年04月26日

'05 4/24 第7回国民大集会 竹下珠路さん

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*あおいのママとパパは2005年4月24日、日比谷公会堂で行われた「小泉首相の決断を求める国民大集会」に参加しました。会場内外合わせて6000人の方々が集結されたということです。特定失踪者 古川了子(のりこ)さんの姉・竹下珠路さんの講演要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。集会では特定失踪者のご家族が約60名参加していました。皆さんは秋田県の高校生と中学生の兄妹から調査会に贈られた折り鶴を胸につけて参加されていました。(通行証だったようです)

【特定失踪者 古川了子(のりこ)さんの姉・竹下珠路さん】
 皆さま、こんにちは。(会場から「こんにちは」)1つ訂正させていただきますと“双子”ではなく、私は11歳年上の姉でございます。若く見ていただいて本当にありがとうございます。(会場は笑い・拍手)

【司会・櫻井よしこさん】
 ごめんなさい!

【特定失踪者 古川了子(のりこ)さんの姉・竹下珠路さん】
 竹下珠路と申します。私の妹・古川了子(のりこ)は、皆さま方の一番左の端の写真の、あれが私の妹・古川了子の18歳の時の写真です。失踪する3ヶ月ほど前、高校卒業したての時に仲良しの友だちと遊びに行った時の写真です。一番自然な写真だと思い、私は一番妹を感ずる写真です。

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 私の妹・古川了子は今ご紹介にもありましたように、昭和48年7月7日土曜日でしたが、その日の前日に初めてのボーナスをいただきまして、そのボーナスを手に、母と約束をしていたのですが、「私のお金で浴衣を買いたいからお母さん一緒に見てね」と言って約束していて、それから美容院に前の晩に予約をしていて、その2つの楽しみな予定を電話で急にキャンセルして、「今どこにいるの?」という美容師さんの問いかけに「千葉駅にいる」という声を最後に、連絡がまったく取れなくなりました。

 持って出たと思われる物は、ハンカチと小さな財布しか入らない程度の小さな小さなバッグ、それだけでした。そしてその後、本人の銀行口座から一切お金を引き出された様子はありません。

 母はそして私たち家族は、あらゆる可能な自分たちにできる可能な限りの捜し方をしました。母は占いにも頼りにし、テレビにも出していただき、新聞や同級生の方々に手紙で消息を尋ねるお願いをしたりしましたが一切消息はつかめず、二十数年が経った時に、元工作員の安明進さんから、あるマスメディアの方に母がお願いしていた写真を見て「この女性は見たことがある。915病院で自分が会って話をしたその女性に大変よく似ている」という証言をいただきました。それが1997年のことでした。

 そして私はその話をうかがいまして、すぐ最寄りの警察に行きましたけれども、その当時はまだ「いや、太平洋側では(拉致は)ないですよ。それから今、拉致の被害者という方々が出ているのは昭和52年・53年からですから、昭和48年はちょっと早すぎますね」というお話で、私自身も母もそんなものかなぁ、違うのかしら?と思いながら、ずっと、もしかしたらいなくなった当初から、本人が何かいけなかったのかもしれない、家族が何かいけなかったのかもしれない、という思いで、なかなかお話ができなかった、そのことをまた1997年に封印するようなかたちになりました。

 しかし次のチャンスがあれば、安明進さんにお目にかかれるものなら、「もっと話を聞いてみたい」というお願いもしていたのですが、それが具体化したのは2002年(平成14年)12月のことでした。そのきっかけは“曽我ひとみさん”という、それまで新聞に名前も載っていなかった方が2002年9月17日の時点で名前が急に浮上してきた、ということです。「これはきっと私の妹も名前が分かっていないだけに、政府も交渉してそして行方を捜してくれなかったんだ」と思い、荒木さんやその他の皆さんの「公表しましょう、そして動きましょう」という「この状況からして北朝鮮の拉致に疑いがないんだよ」という励ましをいただいて、名前を公表させていただきました。

 昨年には日弁連の人権擁護委員会に提訴も致しました。そして訴えを致しました。その結果、つい3月に「これは北朝鮮の拉致による可能性が大変強い」ということ、「政府はすぐにもこの実態が明らかにして救出に最大努めなければいけない」という報告書を出していただき、私たちは本当に「10件15人という人たちばかりでなく、もっとたくさんの人たちが拉致されているんだ」という日弁連の人権擁護委員会の方々も認めていただいたということ、つい先頃ですが大変力強く思いましたし、私たちは特定失踪者という妹に対する呼び方ではなく「拉致の被害者です」と大きく言える、と確信を持っております。(拍手)

 今現在、拉致を認定されているか、されていないか、この立場で政府の対応は大きく違っております。それは北朝鮮との交渉においても、拉致認定の方々に対しては交渉テーブルで名前がきちんとのっておりますが、特定失踪者の私たち、この会場の前方の席にたくさんおられるご家族のその特定失踪者の方々については、認定されたか、されないか、というそこの壁のところで交渉テーブルに名前も一行も出ていないのです。

 これは拉致されたというこの現実、拉致されている可能性が非常に強い、色々な条件から、そうしている中で日本政府自身が救出に向けて動いていない、ということになるのではないでしょうか?(拍手)

 曽我ひとみさんのお話の中に、日本の要人が向こうを訪ねたというニュースが流れた時に「さあ次には私を捜しに来てくれたんだろうか」と「訪問を待っていた」というお話が確かありました。今、私の妹はきっとかの国でその思いで「いつ自分を捜しに来てくれるだろうか?」と同じ気持ちを持っているのだと思います。(拍手)

 その私たち家族が、そして日本の国が、「古川了子を、拉致された全員の人々を捜しているんだよ」と北朝鮮に出すことによって、所在を要求することによって、本人たちの命が一番確保されると思います。そうしないとこのままではもしかしたら闇から闇へと葬られてしまうかもしれない。みんな大事な命なんです。(拍手)

 先だって、今荒木さんから紹介がありましたように、古川了子の拉致認定を求める行政訴訟というものを起こさせていただきました。これは古川了子を救出する手段の一つなのです。行政訴訟で拉致認定をしていただいたからといって、本人がすぐ帰って来るわけではないのです。政府に拉致被害者として相手方との交渉そして救出という行動に移っていただきたい、その一つのプロセスでしかないのです。(拍手)

 拉致認定されてから、それからもどんなに大切かは今この“家族会”の皆さんのお話を聞いても充分私にもわかります。大変道の厳しいこともよくわかります。しかし今、本当に本人を救出しないと時間がないのです。(拍手)私の母もまもなく89歳を迎えようとしています。了子本人は今年の1月で50歳になりました。しかし豊かな日本で50歳と、かの厳しいとうかがっている国での50歳と、どちらも同じでしょうか?32年間という、この妹の不在は本当に長いです。命は誰も同じだと思います。(拍手)

 先ほど鳩山先生からもお話がありましたように、何よりも命を救っていただきたい。一刻も早く命を救っていただきたい。たくさんの日本人を救っていただきたい。(涙ながらに、強く)それには日本国の代表である小泉総理に毅然たる態度をとっていただきたい。いいえそれよりももっと決断をしていただきたいのです。(大拍手)経済制裁も含め、あらゆる可能な限りの救出に向けた決断をぜひぜひお願いしたいと思っております。

 それには皆さまの支援のお力が、それが何よりの力になると思います。どうぞ今後ともよろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)

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*壇上の垂れ幕には「政府は拉致被害者追加認定を!」と書いてありました。

*特定失踪者 古川了子(のりこ)さん 昭和48(1973)年7月7日失踪
 調査会リストより

http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=60&mode=search3
*古川了子さんを救う会
http://2.furukawanoriko.michikusa.jp/
posted by あおいのママ at 06:33| 千葉 | TrackBack(2) | '05 4/24 第7回国民大集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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