2006年11月03日

11/1 古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟 報告会 質疑応答(安明進さん)

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*11/1 裁判所に行ってきました
http://aoinomama13.seesaa.net/article/26627560.html

*撮影したビデオカメラから文字化しました。
(多少読みやすいように変えております)

【安明進(アン・ミョンジン)さん】 通訳:荒木和博さん
 一言申し上げます。最初からですね、日本政府が交渉する時に「拉致被害者を救出する」という事を目的としてやっていれば、もうちょっと違った展開が出ていたのではないかと思います。

 交渉する時に“日朝国交正常化”というものをおいてやったがために、その拉致被害者を70年代後半から80年代前半とか、そういうふうに縮小するような結果となったのではないかと思います。まぁそれは70年代末から80年代のですね、拉致をして場所としてもおかしくない、そして北朝鮮と日本側の両方が納得するところだけについてやった、という事だと思うんです。工作機関で働いた者の個人的な意見として、私は何か政治家たちが、この手でこう作業したような作り出したものであるような感じがするんです。

 実際にはもう60年代にはですね、北朝鮮の工作員は日本にばんばん入っていたわけですし、寺越さんなどの場合は60年代に起きたもう明らかな拉致であるにもかかわらず日本政府が拉致とは認めていない。何でそういうふうにするのか?という事です。あの、非常に責任が、そういうふうにしてきた事の責任が重いのでなかなか明らかに出来ない、という事ではないかと思いますが、被害者の方の立場に立てばもう少し別の対応があるのではないか、と思います。

 今、日本の方々が知っている北朝鮮の金正日体制の犯罪というのは100分の1、あるいは万分の1ぐらいにしかならないのではないかと。それが遠からず金正日政権が崩壊すれば大部分が明らかになる事だと思います。

【○テレビ局・Yさん】
 すみません、安さんに一つ聞きたいんですけども。脱北者の立場で日本の裁判所でこういうふうに証言されたという事は、やはり脱北者としての証言、この重みという事に対しても非常に大きな意味を持つと思うんですけども、その辺に関するご感想を一言だけお願いします。

【安明進(アン・ミョンジン)さん】 通訳:荒木和博さん
 今回はですね、私自身脱北者という立場も忘れて、ともかく可能な限り当時の記憶を取り戻すという事をして証言しました。あの、私自身はともかく「古川了子さんに間違いない」と思っていますので、出来るだけ一生懸命記憶を取り戻すという事が、その方に対する人間的な最大限の道義である、というふうに思います。(大拍手)

*ビデオカメラの音声が聞き取りにくかったので、聞き取りに間違いがある可能性もございます。どうぞご了承ください。

*「拉致認定訴訟」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/1097858-1.html
posted by あおいのママ at 20:10| 千葉 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致認定訴訟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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