*撮影したビデオカメラから文字化しました。
ただ今ご紹介にありました、北朝鮮に拉致された疑いが濃厚な特定失踪者「大澤孝司」の兄で大澤茂樹と申します。私はまだ北朝鮮問題に関しては無知で、本日このような先生方とパネルディスカッションできるような詳しい事情を知りませんので、私の弟が拉致されたと思われる内容について、それを中心にお話をさせていただきます。
私ども兄弟は3人兄弟で、一番上の兄は新潟市の方で家業を継いでおり、私は昭和40年から瀬谷区に在住、当地で大変にお世話になっております。その関係上、私の弟はまだ特定失踪者の身でありながら、さかい学先生と横浜相原病院長であります吉田勝明先生のご配慮で、私にまでこのように訴える時間を割いていただきまして本当にありがとうございます。両先生には厚く感謝を申し上げます。
拉致されたのが濃厚なのは一番下の弟・孝司(たかし)で、佐渡島に赴任中、曽我さんたちの(拉致の)約3年半前の事件でございます。弟・孝司も昭和50年から大学が小田急沿線にあり、私の家から約3年半通い、当地でお世話になりました。私はこのようにして瀬谷区民の皆さま方にお会いするのは昨年の集会に続き2回目となりますが、おそらく私の弟の拉致の内容についてご存知の方は少ないと思いますので、せっかくの機会であり、より多くの方々に弟の拉致の内容を知っていただき、ご支援をいただければ幸いと思い、弟が失踪した時の状況からお話をさせていただきます。また、昨年参加された方は重複する面もあるかと思いますがご勘弁の程、よろしくお願い致します。
弟・孝司は昭和49年の2月24日、1974年でございます、新潟県の佐渡島で曽我ひとみさん母子が拉致された現場から7〜8キロしか離れていないトキの保護センターのある新穂村という所で、北朝鮮に拉致された疑いが濃厚となっております。失踪時の身分は27歳の独り者で、新潟県庁の出先機関であります「佐渡の農地事務所」に勤務する新潟県庁の職員でございました。
事件当日は日曜日で、寄宿舎の食堂が休みで、夕飯を行きつけの飲食店に食べに行き、若干アルコールもとったようでございますが、そこの店を午後7時半頃出る時に店のおかみさんといつもと変わらぬ様子で挨拶を交わし、帰宅途中知人宅に立ち寄り2〜3分立ち話をした後帰ろうとしたところ、その知人宅も飲食店を営んでおり、その店に入ろうとしていた2〜3人のお客さんか、また弟の後を追ってきた2〜3人のグループか定かではございませんが、店に入るのをやめ弟の後を追ったようで、その後まもなくして車が急発進するタイヤの軋む音をそこのおかみさんともう1人近所のおかみさんが聞いたのが最後で、その後の足どりはつかめておりません。
翌日、車が急発進したと思われる周辺からハングル文字のマッチが1つ見つかっただけで、それ以外の証拠物は何一つありません。事件当時、佐渡の両津警察の大掛かりな捜索と新潟県と私どもの方でお願いした捜索隊も加わり、くまなく佐渡中捜索するも、弟を見つけ出すことも失踪する理由さえもつかむことはできませんでした。
私ども家族は、これだけ大掛かりな捜索していただいたのにも関わらず見つからないということは「神隠しにあった」ものと諦めもしておりましたが、その後の情報によりますと「曽我さんたちと同じような手口で北朝鮮に拉致されている疑いがある」という情報をいただき、新潟県警の方で再調査を要請、それと同時に特定失踪者問題調査会、これは民間の調査団体でございますが、そこに調査をお願いし調査をしていただいたところ、弟・孝司は「北朝鮮に拉致された以外に佐渡島から失踪する理由は何一つない」ということで、平成15年の6月、調査会の認定をいただき、また調査会の中の拉致の疑い濃厚なリストにも載せていただくことができました。
一方、日本政府は「証拠不十分」とし、今現在も新潟県警の方で再調査が継続されておりますが、同じく平成15年の10月16日の新潟県警の定例記者会見の場におきまして、弟は「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚」という新潟県警の異例中の異例の見解をいただくことができました。
その後、法律家の会の弁護士の先生方のご協力をいただき、平成16年の1月29日、その時点で特定失踪者の中の拉致の疑いが濃厚な16名、現在35名となっておりますが、その時点での16名が全国一斉に拉致されたと思われる各都道府県の県警本部に被疑者不詳のまま「国外移送目的略取容疑」で告発状を提出し、それと同時に日弁連の方に人権救済を求める手続きをしていただきました。その日弁連の方で調査していただいた結果、「16名全員が拉致の疑いが高い」とのことで、昨年3月29日、日弁連の方から日本政府・警察庁へ人権救済を求める訴えをしていただきましたが、未だに誰も日本政府の拉致認定には至ってはおりません。
*特定失踪者の一斉告発にあたっての要請(04年01月29日)
調査会ニュースより
http://chosa-kai.jp/shiryou/040129.pdf
私は拉致は人権蹂躙で、我が日本国土に土足であがり込み人をさらって行くという国家主権の侵害であり、人権蹂躙であり、北朝鮮のテロ行為である、と私は絶対に許すわけにはいきません。今拉致被害者は日本政府が拉致認定している11件16人の他に、ある日忽然と行方がわからなくなった現在480名のご家族が特定失踪者問題調査会の方に調査をお願いし、現時点でこのポスターのように約250名の方々が特定失踪者として公表されております。(ポスターを広げ掲げる)
私はこの内、実際には何人の方々が拉致をされているのか想像もつきませんが、北朝鮮の研究者によりますと「100名から150名の方が拉致されているのでは」ということであり、まだまだこんなにたくさんの拉致被害者がいるかもしれない、ということを知っていただきたいと思います。
今、日本政府の拉致の取り組み状況は、7月5日北朝鮮が弾道ミサイルを挑発的に6発も7発も発射して以来、何の進展もございませんが、今、世界中の国々が「北朝鮮の核武装と核の実験を断固阻止しよう」と包囲網をしいている矢先、北朝鮮はこの前核実験を強行致しました。その制裁措置として今朝も国連の決議が採択され、経済制裁が発動されます。
また、日本政府も日本独自の経済制裁で「北朝鮮のすべての船舶入港禁止とすべての輸入禁止」という厳しい措置が報じられておりますが、この拉致問題を即解決していただくには経済制裁をすべて発動していただき、金正日体制を崩壊しなければ私は北朝鮮の人権問題、または核問題、拉致問題がすべて解決するとは思えません。安倍新政権なら私ども特定失踪者の真相究明を含め、拉致されているすべての方々を奪還してくれるものと私は信頼しております。
それには皆さま方のお力で日本政府に応援していただき、またここにお出での国会議員のさかい先生、川口先生、小林先生他さらに頑張っていただき、この拉致問題を一刻も早く解決していただくことをお願いし、私の挨拶と代えさせていただきます。どうかよろしくお願い致します。ありがとうございました。(大拍手)
*大澤孝司さんと再会を果たす会
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/
*ワシントンDCらち連絡会
http://www.asanocpa.com/rachi/
*'05 3/13 TBS「報道特集」特定失踪者のご家族『時間がない』
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3552129.html
*新潟写真展のレポートご紹介
http://aoinomama13.seesaa.net/article/25616485.html
(パネルディスカッションの中で特定失踪者ご家族の紹介がありました)
本日、私の他にですね、特定失踪者二家族がこの会場に参加いただいておりますので、簡単に私の方からご紹介させていただきます。(ご家族が壇上にあがる)
私の隣のご家族は昭和51年7月30日、お兄さんが電気通信大学の2年生の時に、大学の寮生の仲間と東京都の神津島に遊びに行き、神津島の民宿から突然失踪した高野清文さんの妹さんの高野美幸さんでございます。高野さんは出身は長野県ですが、現在すぐ近くの磯子区に在住しております。
【高野清文さんの妹・美幸さん】
磯子区からまいりました、長野出身で神津島から行方不明になりました高野清文の妹・美幸でございます。今日は鼻声でこの場所に参加しております。何故かと申しますと、ちょうど「北朝鮮が核実験をした」ということで、各社報道の中で北朝鮮の核の工場に元働いていた脱北者の方のお話がありました。たいした施設もなく、遮断される洋服もちゃんと整えられないまま、核施設の中で働いている方たちの映像を皆さんも見たことがあると思います。嘘の情報を教えられた技術者たちが、核兵器の製造、もしくはそれの工程をさせられる、ということを目の当たりにしました。
その直後に、調査会の方が第7の“マッピング・リスト”、これは今まで看護婦さんの集まりであるとか、その中に曽我さんも入っています、そして地村さんとか蓮池さんのようなカップルの失踪などをまとめたものの発表がありました。そしてとうとう核・原子力・ミサイルに関係する失踪者の“マッピング・リスト”の中に「高野清文」という名がありました。
兄がこのような状態の中で核実験とか核の開発に従事させられていたら、そしてもしそれがあなたのだんなさん、あなたの息子さん、弟さん、お兄さんだったら、というふうに想像してみてください。私の昨日の号泣の様子がわかっていただけるかと思います。兄の作ったかもしれない核兵器が日本やアメリカを攻撃する前に助けて欲しい、助けてください。よろしくお願い致します。(大拍手)
*マッピング・リスト7 高野美幸さんのブログより
http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/25688462.html
*'05 8/31 テレビ朝日「スーパーJチャンネル」拉致疑惑(4)〜(5)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/6644348.html
一番左側のお二人は昭和54年8月10日、銀行の親睦会で鎌倉の花火大会に参加し、現地解散で戸塚の駅から自宅の最寄のバス停まで来られて、その最寄のバス停から帰宅途中に突然失踪した寺島佐津子さんのお父さんとお母さんでございます。一言よろしくお願い致します。
【寺島佐津子さんのお父さん】
私は皆さまと同じ横浜市内の戸塚区からまいりました寺島です。こちらは家内です。今、大澤さんからもお話がありましたように、私の娘・佐津子は昭和54年8月10日に事件が発生しました。勤めの帰り、夜遅く帰りまして、バス停から自宅までの途中で失踪したわけです。
あくる日になって「娘が帰って来ない」ということを知りまして、警察の方へすぐ連絡をしまして捜査が始まったわけですが、皆さまは同じ横浜市民の方ですから、事件当時の模様などはテレビ・新聞等でご記憶の方もおありかと思います。
早いもので、事件からもうすでに27年が過ぎました。私も一応高齢者の仲間に入る年齢になりました。これ以上は待てません。一日も早い事件の解決を願っておるわけです。それには皆さま方の温かい一層のご支援とご協力をよろしくお願い致します。(大拍手)
*特定失踪者「寺島佐津子さん」 昭和54(1979)年8月10日失踪
調査会公開リストより
http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=228&mode=search3
*6/28古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟 報告会
寺島さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/23065762.html
どうもありがとうございました。私どもは救う会神奈川の川添会長の下であちこちで救出活動をさせていただいております。私たちはこの拉致問題が完全解決するまで頑張っていく所存でございますので、今後ともよろしくお願い致します。(大拍手)
*救う会神奈川ホームページ
http://www.geocities.jp/sukuukai/
【'06 10/15 瀬谷区拉致問題を考える会講演会の最新記事】




