*今回の真鍋さんの講演は一部オフレコの部分がありました。お忙しい中、ご本人と高野美幸さんにチェックをしていただいてこの文字化テキストを作成しました。お二方、本当にありがとうございました。
*7/1 『兄を捜して−拉致事件は終わらない−』集会レポート
http://aoinomama13.seesaa.net/article/21361471.html
*7/1 『兄を捜して−拉致事件は終わらない−』集会 真鍋貞樹さん(1)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/21939636.html
【真鍋貞樹さん・特定失踪者問題調査会専務理事】
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
続き
あとお時間がないのでもう一つだけ。お手元に三鷹市の周辺の地図が入っていると思います。三鷹市・調布市の地図があります。“武蔵野地域の失踪事件”というふうになっています。横浜の方たちにはちょっと地理的にわかりにくいかと思いますが、実は私の家がですね、この一番左の上の一ツ橋学園と書いてある、そこが私の実家なんです。私が生まれたのは広島なんですけれども、育ったのが久米裕さんの拉致のこの矢印がありますよね?そこの左に大沢ってありますね。ここのちょっと上が私が育った所なんですね。だから私には非常に地理環境わかるんですが、皆さんにとってはわかりづらいかもしれません。
この地図はとっても怖い地図です。普通こんなに出していいのかな?と思うくらいに実は怖い地図でして、怖さついでに全部怖い話をしちゃいますけど。(ボードで説明)ここにこう中央線っていうのが走っているんですね。布施さんの矢印と藤田さんの矢印の間に大学がありまして(1)、(2)、(3)、そしてここに三鷹市役所があって、という関係の図になっています。
これ(1)が藤田進さんが通っていた学芸大学で、これ(2)が布施さんというのは皆さんあまり知らないと思いますが、拉致濃厚な方が通っていた亜細亜大学。そして(3)高野清文さんが通っていた電気通信大学、という関係です。ここ(中央線右側)に三鷹駅があって、こちら(中央線左側)が立川駅です。三鷹駅の先は新宿方面です。そして真鍋がここに住んでいるわけですが。(会場笑い)
真鍋が住んでいる所にこだわる理由というのがですね、ここ(中央線左側)に国分寺駅というのがあって、その先は立川駅ですが、何と私の家から歩いてすぐの所に朝鮮大学校がございます。朝鮮大学校という大学校は日本に一つだけです。朝鮮小・中・高校は全国にあります、この近く(横浜市)にもありますね。大学校というのはここだけです。私が住んでいる小平市に朝鮮大学校があります。
「朝鮮大学校ってどういう大学か?」というと、もう明らかなんですけども、まじめに研究もしますよ。勉強もしますよ。ところがここでは裏の世界もあるんです。裏の世界というのが何かと言うと、当然こういう非合法的活動です。合法・非合法というのはもうすれすれなんですね。例えばオウムの事件と似たようなものです。科学者が集まってお医者さんが集まって「治療します」「薬品の研究します」で、それは「テロに使えます」「犯罪に使えます」ということは紙一重ですし、表裏の世界です。それが実はここでやられていたわけです。大変優秀な人物が集まっています。博士号を持った連中もここに集まってきます。馬鹿にできない学校です。
その科学者、いわゆるサイエンス・テクノロジーも含めてどんどんここに集まって、また日本中に広がって行くし、朝鮮にも帰って行くし、というしくみです。
そしてこの小平市からやや離れた所にこういう事件が存在している。もっとも有名なのが三鷹市の久米裕さんという方の拉致事件ですね。久米裕さんは市役所の警備員をされていました。市役所の職員ではなくて警備員です。そしてここ(1)の藤田進さんも実は学生であると同時に警備員のアルバイトをしていました。
それからこの(2)布施さんなんですけれども、布施さんは実はこの亜細亜大学を卒業した後、名古屋に行かれまして、名古屋に行った下宿先が朝鮮総連の幹部の家でした。(会場から「えー!」)よりによって。私もその朝鮮総連の幹部に会いに行ったんですけど、もう80歳くらいの本当に穏やかなおじいちゃんで、何を聞いても「知らない」「忘れた」。もっといかついおじいちゃんかなと思ったんですけど、ごくごく普通のおじいちゃんでした。そういう人がこんな活動したのかな?と思うくらいだったんですけれども。
何を隠そうその名古屋の朝鮮総連の幹部の奥さんがですね、北朝鮮に何度も行っているんです。それは何故かと言うと、その朝鮮総連の幹部の夫婦のお嬢さんが北朝鮮に帰っちゃったんです。だもんだから、その娘さんに会いに何度もお母さんは北朝鮮に戻った。で、最初の頃は周りの人に「北朝鮮に一緒に行こう」と言っていたそうです。布施さんが住んでいたアパートの住民にも言っていたんですね。だから当然、布施さんにも声がかかっていたということが簡単に推測できます。
ちょっと余談の話になりますけど、そのお母さんはですね、最初は「北朝鮮はとってもいい国」だと、金英男(キム・ヨンナム)さんと同じようなことを言っていたそうなんです。ところがだんだん行くにつれて、そして死ぬ間際になって、ごく親しい人に言われたのは「私は北朝鮮に騙された」と。親しい友人に残した最期の言葉です。これはちょっと余談になりますけど。
「北朝鮮が素晴しい国だ」ということは1940年〜50年頃には日本では(北朝鮮は)「地上の楽園」というように称していたわけですね。今はそれを信じている人はもう日本の中で0.01%の方くらいしかいらっしゃらないと思います。けれども、未だに金英男(キム・ヨンナム)さんの記者会見の姿を見ていて「北朝鮮って素晴しい国だ」というマインドコントロールの世界が現に存在するというのを見てですね、「まぁ、そうかなぁ?」というふうに思いました。
話が横に反れましたけど、ここ(2)が布施さんの通っていた大学、そしてここ(3)が高野清文さんの通っていた大学なんですけれども、ここには多くのまだまだ関係者がいます。久米裕さんを拉致した犯人がこの辺に住んでいます。
それからちょっとマニアックな話をして申し訳ないんですけど、“在日朝鮮人科学者協会”というのがありましてね、それが警視庁にガサ入れされたっていうこと記憶にありませんか?あの西新井病院の中に入っている“科学技術者協会”がガサ入れを受けたんですが、そこの“科学技術者協会”の人物が住んでいたのが真鍋の家の近くのここと、高野さんの学校の近くのこの辺です。そしてその“科学技術者協会”の研究所が(三鷹市役所そばの)ここです。
*'05 10/14 北朝鮮系病院が捜索されました
http://aoinomama13.seesaa.net/article/8139260.html
という具合にですね、ちょっと大雑把な地図ですけどもまだまだたくさんあって、時間内には話しきれないくらい、実はこの朝鮮大学校を中心とした地域に色んなものが存在しているわけなんですね、北朝鮮の非合法活動に関連して。
ゆえにこの「高野さんが何らかのかたちで北朝鮮とのつながりもあったのではないか?」ということで、さっき美幸さんが言われたように、朝鮮大学校と高野清文さんが通っていた電気通信大学は寮があって、両方の寮生は交流会があったそうです。寮生同士の。この実態が判明しないんですよ。この実態が判明して、「明らかに高野清文さんがここ(朝鮮大学校)の寮生と実際に交流があった」ということが明らかになれば、この事件は(拉致事件として)決定的になっていく可能性があるんです。けれども、残念ながらこの件についてまだ明らかになっていないんです。
もしこの線がつながっていたとすると、(清文さんたち寮生が)「神津島に行った」という情報も知り得ているわけですし。さっき言った船に連絡をとって、別に高野清文さんでなくてもよかったかもしれないですよね、みんな頭の良い人たちばっかりですから。国立の電気通信大学の人たちですから。「その内の誰か一人でもいいから連れて来い」というようなことになっていたかもしれない。たまたま本当に、悪いくじを引いちゃったのがもしかしたら高野さん、というような状況なのかもしれません。まだこれは想像なんですが、そういうふうなことがございます。
高野さんについてはまだまだたくさん言わなきゃならないことがあるんですけど、これくらいにしておきたいと思います。
*「大町ルート」資料
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=120&no=30
《武蔵野地域の失踪事件》
●藤田進さん(1000番台リスト)
(新潟に同姓同名の公開済み失踪者あり)
昭和51年(1976年)2月7日(当時19歳)東京学芸大学1年生。春休み中、新宿のガードマンのバイトに行くと言って川口市の自宅を出たまま帰らず。後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが手がかりなし。
●高野清文さん
昭和51年(1976年)7月30日(当時19歳)電気通信大学2年生。夏休み中、帰省前に副寮長をしていた大学寮の合宿に17人で神津島に出掛け、一人別行動で山に登ると言って民宿より失踪。
●久米裕さん(拉致被害者)
昭和52年(1977年)9月19日(当時52歳)東京都三鷹市役所で警備員をしていた。能登半島の宇出津海岸から北朝鮮に拉致されている。政府拉致認定者。
●布施範行さん(1000番台リスト)
昭和52年(1977年)3月(当時24歳)失踪場所が不明であるが、高野・藤田と同時期に亜細亜大学に通学していたと思われる。失踪当時は名古屋のプレハブ工事現場で働く。昭和52年3月に妹に手紙で、2人で沖縄に行くと書いてあった。2ヶ月で帰るとあったが今日まで連絡なし。
*高野美幸さんのブログ
http://konaboration-ssq.seesaa.net/
(3)に続く 次回最終です。
*7/1 『兄を捜して−拉致事件は終わらない−』集会 真鍋貞樹さん(3)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/22124820.html




