2006年07月22日

7/1 『兄を捜して−拉致事件は終わらない−』集会 大澤茂樹さん

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*7/1 『兄を捜して−拉致事件は終わらない−』集会レポート
http://aoinomama13.seesaa.net/article/21361471.html

*撮影したビデオカメラから文字化しました。

 皆さん、こんにちは。ただ今紹介にあずかりました私、高野清文さんと同じ特定失踪者「大澤孝司」の兄でございます。私どもは兄弟三人おりまして、一番上の兄は私の実家でもあります、新潟市の巻町という所に家業の跡を継いで在住しております。私は次男で今現在(横浜市)瀬谷区に在住しておりまして、神奈川救う会の皆さま方にご援助を受けましてですね、私も高野さんと一緒にこのように救出活動をやらしていただいております。

 簡単に私の弟の拉致の状況をご説明させていただきます。私の弟は昭和49年、1974年、今からちょうど33年前なんですけれども、新潟県の佐渡島で曽我ひとみさん母子が拉致された真野町の拉致現場から、距離にして7〜8キロしか離れていないんですね、あの天然記念物のトキの保護センターのある新穂村という所で、北朝鮮に拉致された疑いが濃厚となっております。

 失踪時の身分と致しましては27歳で、新潟県庁の出先機関であります佐渡の農地事務所に勤務する新潟県の職員でございました。佐渡島に赴任中の事件でありまして、また、曽我ひとみさん母子が拉致される約2年半前の事件でございました。

 事件当日は日曜日で、午前中は寄宿舎の仲間と卓球で汗をかいて、午後から一人で隣の金井町という所に遊びに行き、その帰りにですね、まぁ、寮に帰ってもたまたま日曜日で寄宿舎の食堂が休みということで、行きつけの飲食店に夕飯を食べてですね、その帰り知人宅に立ち寄って2〜3分立ち話をした後に拉致された疑いが濃厚となっております。その家を出てまもなく自動車が急発進するタイヤの軋む音をそこの友人宅のおかみさんと、もう一軒近所のおばさんが聞いたのを最後にその後の足どりがつかめておりません。

 翌日、その車が急発進した場所にハングル文字のマッチが一つ見つかっただけで、それ以外の証拠物は何一つ出ておりません。事件当時、佐渡の両津警察の方から大掛かりな捜索をしていただきましたが、弟を見つけ出すことも、また失踪する理由さえ知ることができませんでした。

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 その後ですね、母親は心労がもとで昭和63年に他界致しましたが、今現在96歳になる父親が実家におります。それでですね、弟は先月(6月)21日に満60歳になり還暦を迎えることができたんですけど、残りの余生を日本の自由な国に奪還して生活をさせてやりたく、私もこうして機会がある時に皆さま方にお訴えし、この拉致問題の解決に皆さま方のお力をお借りしたく、活動させていただいております。

 ですから今日本政府はですね、皆さま方の世論の後押しって言うんでしょうか、皆さま方のバックアップがないと何も動いてくれませんので、どうかこの問題が早く解決するためにもさらなるご支援ご協力をお願いしまして、簡単ではございますが、弟の紹介をさせていただきました。どうも今日はありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。(大拍手)

*大澤孝司さんと再会を果たす会
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/
*'05 3/13 TBS「報道特集」特定失踪者のご家族『時間がない』
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3552129.html
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