2006年05月23日

4/16 神奈川県民集会 森本美砂さん(1)

100PENTX-IMGP2446_IMGP2446.JPG
*写真はあおいのパパが撮影しました。

*電脳補完録さんが神奈川県民集会にて撮影しましたビデオ映像から文字化しました。(許可をいただいております)

*救う会神奈川HP(森本さんの音声はこちらから↓↓↓)
http://www.geocities.jp/sukuukai/

 ご紹介いただきました、山梨から参りました、山本美保の双子の妹の森本美砂と言います。どうぞよろしくお願い致します。神奈川県から何人もの方が失踪されている中で、山梨の私がお話を申し上げるのは非常に僭越ではございますが、特定失踪者460人いる中で、なかなかちゃんと支援団体があるところが少ないんです。皆さん、家族だけで苦しまれている方がたくさんいらっしゃいます。

 その中で私も同じような立場でございますけれども、たまたま地元で同級生を始め、色々な先生方が多大な力を貸してくださいまして、いままでに政府に20万人の署名を持って姉の救出を訴えてまいりました。この私の事例は、その460名の特定失踪者の一事例としてお聞きください。そしてその事例は、他の460名それぞれの家族の思いと同じものと考えていただきたいと思います。

100PENTX-IMGP2442_IMGP2442.JPG
*写真は調査会理事杉野正治さんに紹介された特定失踪者ご家族の皆さんです。

*特定失踪者問題調査会
http://chosa-kai.jp/
*山本美保さんの家族を支援する会
http://homepage3.nifty.com/KOFUHIGASHI-3/

 私の姉は、今から22年前の昭和59年6月4日に当時20歳でしたが、「図書館に勉強に行ってくるね」と言って母に言い残し、ミニバイクで図書館に向ったきり帰って来ませんでした。当時受験勉強していまして、進学するための大学を目指して頑張っていた時です。何の失踪理由もございません。私が先に大学に進学していて、そういう差があったということもありまして、ちょっと姉には応援しきれなかった、という部分は未だに抱えております。

 実は私の2つ上の兄が事故で亡くなりまして、当時姉も東京の女子大に受かっていたんです。ところが兄の死をきっかけに私は美保ちゃん、美保ちゃんと言っていますけれども、美保ちゃんが一人で東京に行くことを賛成することができなかったんです。「どうか家族のそばにいて」っていうふうにお願いしまして、その思いを聞き届け、姉は地元に残りました。

 でもやはり青春真っただの中、自分の進学への思いが断ち切れず「もう一度挑戦したい」という思いで、二十歳からまた勉強し直していた時期だったのです。あの時応援していれば、という思いは未だに私は引きずっております。そして姉が失踪して以来、18年間何もできなかったという自分を未だに責めながら生きてまいりましたが、でもその思いを、こうやって皆さんが応援してくださる力をお借りして、姉の救出をずうっと訴えていきたいと思っています。

 地元で本当に大きな力を得まして、先ほど申し上げました20万人という本当に尊い署名を持って、政府に二度も訴えにまいりまして、これはすごいことだとまた改めて思っているんですが、こうした力をもしかしたら政府、今拉致被害者認定者は16名、その他に460人ももしかしたら拉致被害者であるという疑いを持って相談されている方、これがもし全員拉致被害者であったらとんでもないことだ、というふうに思った政府・関係者がいるんではないか?これをどこで線引きしようか?というふうに思った方がいるんだと思うんです。

 特に特定失踪者の中で、力強く運動していた私たちの団体を「じゃまだ」と思った方がいるのではないでしょうか。

 ちょうど2年前の平成16年3月4日に、その当時から21年前に発見された、山形で発見されましたご遺体が「山本美保さんですよ」というふうに急に言われました。「DNA鑑定が一致しました」というものでした。たぶんご存知の方、多いと思います。いきなりテロップで全国放送されましたので。私も本当に何のことか訳がわからない状態でした。もし、DNA鑑定をされるのであれば家族に詳しい内容が伝えられるべきなんです。

 「美保さんのところは特定失踪者ですね。これだけ力強く動かれていますね。あらゆる捜査をします。もしかしたら不幸にも国内で違ったかたちで見つかるかもしれません。そういう一つ一つをつぶしていく意味でも私(美砂さん)の血液を提供してください」というふうに言われました。

 私は「あらゆる捜査をしていただけるなら」ということで提供しました。誰も「山形のご遺体がそう(美保さん)かもしれませんので、最後の確認をするためにDNA鑑定をする」ということは伝えてくれませんでした。本当は伝えるべき、ということは後から聞きました。何の情報も伝えられないままいきなりDNA鑑定をされまして、「一致した」ということだけをいきなり携帯電話にかかってきたんです。もう頭の中が真っ白になりまして、訳がわからなかったんです。

 「それは、そのご遺体が姉ということでしょうか?」とやっとの思いで聞き返した私に「その可能性は高いです。でも詳しいことはまだわかりませんので、名古屋大学にかけてありますDNA鑑定の結果を明日持ち帰りますので、ぜひお母さんにお伝えしたいのでお会いしたい」という話でした。

 でも、私の母は精神的にかなりまいっていました。3年前に父を亡くしているんですが、ちょうど美保の問題が明らかになり「拉致かもしれない」ということで、当時あの、山梨県警にずっと勤めていた父でしたが、まぁ、姉の問題も抱えながら一生懸命に仕事をしてきたんですね。警察の大変な仕事のことを何よりも知っている父なんです。現場の人間です。上の人間ではありません。

 その現場の人間が姉の問題も抱えながら、姉が失踪した理由をひたすら言うことができませんでした。本当は「警察に伝えて捜索を願いたい」ということは思ったと思います。でも「自分の娘のことで、これだけ大変な思いをしている警察現場に迷惑をかけてはいけない」ということで、口をつぐんでいたんです。言わば警察は身内の人間でした。その警察に「裏切られた」という思いを未だに持っております。

 父はあの、美保の問題が勃発しまして、本当に20万人という署名を一緒に足を運んで政府に出した人間です。ところがやはりいろんな心労がかかりまして、脳腫瘍ということで3年前に他界しました。

 その父を亡くし、母はもうがっくりしていたんです。その間にも色んな情報が入ったり、北朝鮮からの情報が入ったり、また違う情報も入ったりして、一喜一憂している母はかなり精神的にまいっていました。その母に不確かな情報を伝えることはできないと思ったんです。

 ですから「待ってください。確かなことがわかるまで私が情報を聞きますから、母に伝えることは待ってください」と言ったんですが、もうすでにマスコミ関係はそのことを聞いていまして、全国のテロップニュースで流しました。母は、詳しい内容を警察関係者とか専門のDNA鑑定士から聞いたのではありません。いきなりテレビの画面から「自分の娘が遺体で発見された」ということを聞いたんです。こんなつらいことがあるでしょうか!!

 私は母に「この運動に参加してほしい」ってことは気持ちでは思いますが、「これ以上母を苦しめないでください」っていうことをまず言いたいんです。だから私が先頭に立つしかない。で、これは、こういう思いをしている人は私だけではないんですね。460名特定失踪者、もう色んなかたちで苦しんでいるんです。家族を何十年も待ち続けています。その失踪した理由も話すこともできず、ひたすら待つだけの生活で苦しんでいる、そういう方はたくさんいるんです。

 ましてや運動しているのに、まだ確かなことがはっきりわからないのに、いきなり「死亡しています。あなたのところは拉致被害者ではありません」っていうようなことで突きつけられた場合、もう母はもう二重三重の苦しみを負っているわけです。

(2)に続く

*4/16 神奈川県民集会 森本美砂さん(2)最終です
http://aoinomama13.seesaa.net/article/18294296.html
posted by あおいのママ at 14:57| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | '06 4/16 神奈川県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/18253022
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック