2006年03月16日

'04 8/22 朝霞講演会 藤田隆司さん

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*特定失踪者「藤田進さん」の写真が北朝鮮から流出したすぐ後の講演会です。

*撮影したビデオカメラより文字化しました。
(多少読みやすいように変えております)

 皆さま初めまして。「藤田進」の弟の藤田隆司と申します。私の右におられますのが「藤田進」と同時期の昭和51年に失踪しました「高野清文さん」の妹さんです。

(高野美幸さん)
 調査会のポスターでもちょうど右と左に兄が並んでおります。「高野清文」の妹の高野美幸です。(拍手)

 高野さんには私の話の後にお話していただきますので、よろしくお願い致します。(高野さんは藤田さんの横でお話が終わるまでポスターを持って立っていました)

 まずですね、つい2週間ほど前から私もテレビに頻繁に出るようになりまして、うちの兄らしき人物の写真がですね、北朝鮮から流出して、その写真を私が見ましたのが7月6日(2004年)だったんです。

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*写真は、7月4日の増元さんの有楽町マリオン前での街宣演説に、応援に来られた藤田さんです。川口駅前で署名活動を終えてこちらに参加されました。

 ちょうど参議院議員の選挙期間中でしたね。調査会の荒木代表から「写真を持って来てくれ」と「できれば原板に近いものをできれば多く持って来てくれ」という突然の電話があったんですね。それで「何故急にそんな話をしてくるのかな?」と最初はですね、何の疑問もなかったんです。「新しいポスターでもまた新しく作るのかな?」というふうな軽い気持ちで調査会に行ったんですが。

 まぁ「夜でもいいからすぐ来てくれ」というふうな話だったものですから「これはもしかして何か新しい情報が入ったんじゃないかな?」ということで7月6日の夜にですね、東京にある調査会に行きましたところ、この写真ですね(写真を見せる)をTBSの方から「見てくれないか」と「もしかしてあなたのお兄さんではないですか?」という話がありまして、その時に初めて見たわけです。

*'04 8/1 TBS「報道特集」
http://aoinomama13.seesaa.net/article/4093824.html

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*写真は講演会後に撮らせていただきました。

 その時のこの写真の印象がですね、私が記憶している家の兄、こちらですね(学生時代の写真)今から28年前、まぁ撮った時は29年くらい前の写真なんですが、私が記憶している写真とはとても思えなかったんですね。まぁ人間何度か人生の中で人相が変わると言いますが。

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*写真は講演会後に撮らせていただきました。

 この写真はですね、聞くところによると「失踪して約10年ぐらい後の写真であろう」ということでしたから「人間10年くらい経てば多少の人相は変わるんではないかな?」というふうに思っていたもので、しかも私と兄の顔つきがですね、小さい頃からずいぶん違った顔だったんですね。だもんですから、とても家の兄がこういうふうなね、顔になるとはとても思えなかったんで、最初は「家の兄ではない」というふうに思ってしまったんです。

 ところがその後ですね、調査会の荒木代表とそれからTBSの記者さんにですね、“口の形”それから“鼻の形”“耳の形”“ほくろの位置”というところまで指摘されて、(写真を)同じ大きさにしたわけですね。で、こういう明かりのところにかざして、2つの写真をこう合成したわけですよね。それを見せられましたら見事にほぼ一致したわけです。

 その時に“目”がですね、私が記憶している兄というのは一重だったんですね。ところがこの写真、新しく出てきたこの写真の“目”というのは二重なんですよね。どう見ても二重なんです。ですから一重が二重になるなんていうことは、私は「ない」と思っていたものですから「兄ではない」というふうに思っちゃったんですね。

 ところがその後先生たちとか話を聞きますと、家の兄は「奥二重だった」と。「実は一重に見える奥二重で、年とともに二重になることはよくあるんだ」ということを指摘されたんです。

 その他にも家の兄特有の特徴、要するにケガの痕ですね。あの、左の眉毛のこの傷がですね、私が持っていた昔のうちの兄の写真、どれにも傷が付いているんです。そしてこの新しく出てきた写真の中にもですね、家の兄の特徴であるここの目の眉の傷が同じ位置にあるわけですよね。ということは「どう考えても本人以外にありえないだろう」ということで、私が思っていた兄貴ではなかったのですが。

 7月6日に初めてこの写真を見せられまして、東京医科歯科大学の橋本先生という専門の先生がおりまして、その先生に鑑定をお願いしました。そして7月28日に「ほぼ同一人物である」ということの中間報告をいただいたんですね。

 正式な(鑑定)書類はその時はまだもらっていなかったんですが、まぁ「専門家というのは100パーセント同一人物とは言わない」と「どんなに一致していても言わないもの」だということです。報告の中では「同一人物」まぁ色んな表現がありますが「同一人物とみて間違いない」とか「問題ないであろう」とか、あるいは「その可能性が高い」とか色んな表現がありますが、まぁとにかくもう「同一人物である」ということを口頭ではっきり言っているわけです。

 それでその時点で私は確信というか、もう正に私が「拉致ではないかな?」と疑っていた部分が確信に変わったわけですね。その後8月1日にTBSの「報道特集」によって、日本全国の方々にその「1枚の写真が出てきた」と放送されたわけですね。

 そして8月9日に改めて正式な鑑定書類をですね、橋本先生(橋本正次助教授)の方から説明とともにそれをもらってきた、という経緯でございます。

 それでですね、私が今日ぜひとも皆さまに訴えたいことは、あくまでも私の兄というのは、拉致被害者であろう多くの人たちの氷山の一角である、というふうに私は思っているんです。

 というのはこちら(ポスター)にもありますように、いわゆる特定失踪者なんですが、拉致以外に失踪理由が非常に考えにくい、だけども拉致被害者とは言い切れないその他の可能性も若干残っている方々ですね、そういう方々を今特定失踪者と呼んでいるわけです。そして今届け出がある、把握されている人数というのは日本全国で400名(2004年8月当時)にも及ぶわけです。その中の私の兄は1人なんです。

 調査会に兄弟や親がいれば届け出はできます。ところが届け出ができない方々もおそらく当然いるはずです。(親兄弟が)亡くなっていれば当然届けられない。そして身寄りのない人は届けようがない。現に「原敕晁(はら ただあき)さん」とか「田中実さん」みたいな方もいるわけです。家族がいなければ届けられないんです。ということは、この方々の他にもおそらく相当数の拉致被害者というのがいるんであろう、というふうに私は確信しています。

*原敕晁さん拉致の全容 電脳補完録さんより
http://nyt.trycomp.com/nenpyo/siryo03.html
*'05 5/1 TBS「報道特集」《16人目の拉致被害者》
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3276673.html

 ですからこの兄の件を突破口にしまして、ぜひとも拉致問題の全容を、とにかくこれからの日本の総力をあげてですね、解明していただきたいと思っております。それと同時に、今北朝鮮のどこかで助けを求めているであろう多くの拉致被害者を、何としても元の日本の国に戻してあげたい。家の兄も当然、失われた奪われた28年間を早く日本に戻って取り戻して欲しいんです。

 私の兄だけではなく、まだまだ多くの方々がいます。日本政府にお願いして何とか「拉致被害者として認定してもらいたい」と思っていますが、未だに日本政府は「まだ材料が足らない」と言っているわけです。

 これ以上私たちがどんなね、どんな証拠をこれから探すことができるんでしょうか?この写真にしたって、あくまでも国内からの情報ではないわけですね。脱北者からの、たまたまあるルートを通じて入手できた写真と、私が届けていた家の兄の写真が照合したらたまたま一致しただけの話なんです。

 ですから、これから我々一市民がね、「日本国内で拉致されたんだという証拠を突き付けろ」と言われても探しようがないんです。当然いなくなった当時に、その当時の警察の方々の総力をあげても探せなかったわけです。何の証拠も出てなかったんです。あれから数十年経って「もう一度証拠を探せ」と言われても探しようがないんです。これがほとんどの特定失踪者の家族の気持ちだと思います。ですから私の兄の件が大きく取り扱われていますが「まだまだ氷山の一角である」ということをぜひとも皆さんに知っていただきたいと思います。

 それと、ほとんどの“北朝鮮による拉致”というのは日本国内で行われているわけですね。で、ほとんどはまぁいわゆる完全犯罪ですよね。証拠を残さないで見事に人をさらって行ったと。それが成功したわけです。それでほとんどの方は、その消えた自分の家族に原因があったんじゃないか、自分から進んで家を出て行ったんではないか、自殺したんではないか、と自分自身をずうーっと責めてきたわけです。そして自分の家族をずうーっと責めてきたわけです。

 ところがその他の理由もいろいろ考えられましたが、数十年間拉致以外のことはほとんど考えたんですが、拉致だけは考えなかったわけなんですね。「まさかそんなことを北朝鮮という国がするはずないだろう」と思い込んでいたわけです。ところがその思い込みというのは大きな間違いであった、ということがここ2〜3年の報道によって明らかになったわけですね。

 今帰って来ているご家族5人(2004年8月当時)と言うのは、本当に「氷山の一角」でありまして、まだまだ拉致被害者というのは日本全国にありとあらゆる所にいるんだと、そして今も北朝鮮のどこかでひっそりと日本に帰れる日をおそらく待っているであろう、と私は思っております。

 ぜひとも今後とも皆さまの応援と支援と、それから協力をよろしくお願いしたいと思います。ありがとうございました。(大拍手)

*'04 4/4 第13回大宮講演会 藤田隆司さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/11530018.html
【'04 8/22 朝霞講演会の最新記事】
posted by あおいのママ at 01:30| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | '04 8/22 朝霞講演会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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