2006年03月02日

'05 11/13 第16回大宮講演会 山田文明さん(11)

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*11/13 第16回大宮講演会に参加しました
http://aoinomama13.seesaa.net/article/9366165.html
*講師「山田文明(やまだ ふみあき)」さんの自己紹介
http://aoinomama13.seesaa.net/article/9667106.html
*'05 11/13 第16回大宮講演会 山田文明さん(10)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/14007775.html

*撮影したビデオカメラから文字化しました。
(・・・は聞き取り不能です 多少読みやすいように変えております)

続き(*次回が最終となります)

 日本に戻ってからわかったことでありますが、結局(脱北者)全員が北へ送られたわけでありますし、さらにこの時の私と一緒に行動した7人の脱北者の他にもう1人脱北者が送り返されておりました。

 これはどういう人かというと、脱北して自分の家族が北にいることもあり、中国に留まっていてですね、脱北者を色々と助けていた人物なのです。この人が北京から上海への移動を手伝ってくれたんですね。上海から来てホテルに入ったところを捕まったと。・・ですから全部で8名であります。

 そのうちの2人の子どもと母親は早くに自宅へ戻されました。残りの申(シン)さんの息子さん2人と姪の3人、これは現在も所在不明であります。そしてこの脱北を手伝ってくれた1人は北に残っていた奥さん含めていなくなっています。どこかへ連れて行かれた。何の手がかりも、親族その他から探ってもらったりしていますが皆無であります。

 明らかにどこかの収容施設に入れられているし、そこで現在も生きているかどうかもわからない。向こうの収容施設はどんなレベルであろうと生き延びることが難しい所であります。ですから現在生きているかどうかはわからない。

*'04 11/2 国際シンポジウム 金 英順さん(1)〜(3)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/10712128.html

 そういう点では私も拉致被害者のご家族と同じとは言いませんが、自分の直接の関係者が生きるか死ぬかの状態で北にいる一員と私もなっております。そういう点では六者協議が長々と続くことを我慢して待っているような心境ではございません。一日も早く何とかしなければ、生きて出られるかもわからない状況でございます。

 失敗したおかげで申(シン)さん、そのお母様は私に対して非難の一言もこれまでに言ったことはありませんが、今どんな気持ちでおるかと。もちろんそれ以降も何度もお会いしておりますけれども、「あの時この男に頼まなかったら」というふうな後悔もずっと繰り返していらっしゃることと思います。

 その時の1人、つまり1人だけ別に女性がいましたが、もう一度脱北して来たんです。それで6ヶ月間捕らえられて拷問を受けたそうです。しかしこの女性が言うには「自分は食べ物を探しに中国に出ただけだ」と「そこで色んな人にこっちへ行け」と「この人について行けと言われて色々動いていたけれど、何をしているのかは知らなかったんだ」と言ったそうです。

 つまりその意味はですね、「日本人なんかと接触して『日本へ行こう』『韓国へ行こう』そんなこと考えてない」ということです。ただ「わからなかった。言われたままに動いていただけだ」ということですね。

 しかしそこで書類を見せられた。それは中国での調書です。その一番上はあんた(山田文明さん)の写真だったと。僕の写真も出して来たって言うんですね。そして思わず自然体で「日本人と一緒になって連絡を取って日本へ行こうとしたではないか?」と。しかし「自分は知らない、わからない」と言い通したんです。そのために「本当のことを言え!」と6ヶ月間に渡り色んな拷問を受けた、ということです。

 その一端はこれおわかりになるでしょうか。(写真を掲げて)ある時何日も眠らされずに尋問を受けたんですね。眠りかけると水をかけられたり色々したが、その時一つには焼けた・・・のようなものを腕にあてられた、それがこの記事であります。これは日本に来た時に話を、その時のことを色々聞きながら写真を見せてもらったものです。こんな程度の拷問は序の口のものであります。

 そしてもう立ち上がることもできない状態になった時、一旦治療に家に戻された隙にまた色んな手段で中国に行き、「今中国にいる、何とかしてくれ」ということでありました。

 今度捕らえられたら確実に処刑されます。どうするか。私たちは色んなところと連絡を取った時に、たまたまそこにベトナムまで脱北者を誘導している一グループがあるということがわかりまして、そこへ合流を頼みました。それが上手くいきまして、ベトナムまでたどり着きました。

 そして「『ベトナムの首都ハノイに集団で行け』と言われて行って『そこで次の人に合流しろ』と言われたけど、誰もいない。どうしたらいいのか?」と夜中に電話があって「それは日本にいる我々には今何もできない。ともかく待て。来なければ2時間後に電話をしてくれ」と言いました。

 しかしそれから電話はなかった。だからもう何とかなったんだろうと思っていましたが、それから全然連絡が取れない。しかしおそらくもう大丈夫だろうと思いました。そしたら去年7月、ベトナムから468人が集団で2台の飛行機でソウルに入りましたね。「あの時ソウルに来ました」って連絡がありまして、ホッとしたっていうことがありました。

 まぁそんなことで、私の力ない行動のために色んな人が色んな犠牲にもなり、被害にも遭いながらの実態でありまして、偉そうに言われる状況ではまったくありません。

 それで、この脱北者の人たちの実状については、資料の7ページ〜8ページに白明葉(パク・ミョンヨウ?)という方、これは仮名でありますが、この方もお母さんが日本にいた方でありまして、この女性が語ってくれた文章があります。

 (2003年3月9日)東京の集会の時です。この方たちが日本に来て10日間、「北の人権のために、みんな色んな話を実態を訴えて欲しいんだ」ということでありました。この方は当初、我々と連絡の特になかった人が急遽参加することになって来てもらい、本人も状況がわからずに来てですね、「北にまだ家族がいっぱい居るのに、そんなことするわけにはいかない」とか「何でこんなことをしなければいけないのか」ということで「どうしようか」と思っていながら、10日間みんなで色んな話をしている過程でですね、最後の日「東京での集会の時に質問に答える形でなら、何か話せるかもしれない」というふうなことを言っておりました。

 朝になって「皆さんの言っていることもわかった。私なりに何を言うべきか考えましたから、私は自分で言います」と言ってくれまして、その時に集会で語ってくれた文章です。ほとんどそのままであります。その方は朝鮮語で話しました。私は朝鮮語はわかりませんが、聞いていた人は「詩のように美しい言葉だった」と言ってくれまして、会場の多くの人がこの人の話に泣きました。

 ぜひ皆さん、一度お読みいただきたい。この中に脱北者の心情の非常に本質的な部分をこの人は語ってくれたと思っています。色んな経過でいたわけですが、この8ページの一部だけ読ませていただきます。

*脱北者の証言《資料より》(1)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/9685031.html
*脱北者の証言《資料より》(2)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/9701491.html
*脱北者の証言《資料より》(3)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/9727954.html

『思う様に泣くこともできず、心から笑うこともできない、あの国では生きていけず、私は脱北を決心しました。人間らしく生きられる地があるならば、この世の果てであろうとも探していきたい気持ちでした。』

 この言葉を私は非常に重く受け止めました。「人間らしく生きられる所があるのなら、地の果てまでも探して行くんだ」と語っていたんです。その人は・・これまでにどういうことを受けたか、どういう体験をしたかを知れば、その意味はわかっていただけるわけでございます。

『中国もまた私たちにとっては生き地獄となりました。』

 中国でこの人も色んな目に遭いました。

『人間が商品に転落してしまう中で、卑しめ、蔑視、恥を噛み締め、国なく、家なく、カネなき者として辱めを甘受する長い時間でありました。私がかつて経験し、今も私の同胞が中国で、北韓で味わっているこうした苦痛を私たちはただひたすら耐えて甘受しなければならないのでしょうか。』

 また全体をぜひお読みになってください。あの、私は脱北者の状況というのは“人権被害者”だという性格で、そして脱北という行為は中国の公安でも言いました、「何故守ってやらないのか?」と。彼らは「密入国じゃないか。捕らえられるのは当たり前だろう。日本だって密入国者を捕まえているじゃないか。中国から入ってきた者を送り返しているじゃないか。お前たちがやっているのに我々が何故やってはいかんのだ?」というようなことを言いました。

 しかしね、中国からの入国者と意味が違う。彼ら(脱北者)は“緊急避難の正当防衛”という性格を持つと思っております。

 それで、例えば国連の人権委員会で北朝鮮人権特別報告者が設置され、2004年7月に任命された“ウィティット・ムンタボーン”という方も先日9月、国連の方に報告書を出し、「脱北者は基本的に難民として保護すべき性格である」と明確に述べていまして、私もそういう立場で対応すべきだと考えております。

*拉致被害者の家族、国連が聞き取りへ 担当者が今月来日
 電脳補完録さんより

http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3607
*上海拘束事件とこれからの課題《資料より》
http://aoinomama13.seesaa.net/article/9764054.html

(12)に続く

*'05 11/13 第16回大宮講演会 山田文明さん(12)最終です
http://aoinomama13.seesaa.net/article/14073756.html
posted by あおいのママ at 21:56| 千葉 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | '05 11/13 日本再生フォーラム講演会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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