あおいのママは4/12の午前10時から東京地方裁判所で行われた「よど号妻・田中協子被告」の第四回公判(旅券法違反)を傍聴してきました。(八尾恵証言によれば、田中協子被告は拉致された有本恵子さんの教育係だったということです)
*'04 12/24「よど号犯妻」第一回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3292611.html
*'05 1/27「よど号犯妻」第二回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3337465.html
*'05 1/27「よど号犯妻」第二回公判 傍聴記録
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3489719.html
*'05 2/24「よど号犯妻」第三回公判
http://aoinomama13.seesaa.net/article/3665096.html
*'05 2/24「よど号犯妻」第三回公判 傍聴記録(1)〜(18)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/4181628.html
*「よど号犯妻公判」カテゴリ
http://aoinomama13.seesaa.net/category/332216.html
救う会神奈川を始めとする支援者5人が集まりました。いつものように外で傍聴券を得るために並び、その後ボディチェックや手荷物を預けて法廷に入りました。この日はよど号犯妻やその子どもたち、そして田中(水谷)協子被告の実母がよど号支援者と一緒に来ておりました。
被告はすでに保釈金を払って保釈されていたそうで、入廷して来た姿を見て私は驚きました。今まではジャージ姿で化粧気もまるでなかったのに、この日はきれいに化粧をして、髪も染めてセットして、クリーム色のパンツスーツをピシッと着こなして、そしてブルーに光る大きめのネックレス・・・。
傍聴席の実母や子どもたち、支援者にいつものようにニッコリ微笑む田中協子被告。私は一瞬「ここはどこなのか」と、法廷であることがわからなくなるような錯覚に陥りました。別にどんな格好をしていてもいいけど・・・、私がとても目に付いたのは、そのニッコリ笑う唇にきれいにぬられた口紅でした。そしてブルーのネックレス。何故ブルーなの?なんて思ってしまいました。
いつも着ていたジャージも、よく考えてみたら、あるスポーツメーカー(多分アメリカ)のブランドでした。元々おしゃれ(支援者も?)だったのかもしれませんが・・・。しかし私はこの日の様子はやはり場違いのような気がしました。
裁判の間、メモをしながら被告の絵を書きました。下手で本当に恥ずかしいのですが、こんな雰囲気でしたという意味で載せます。(笑わないでくださいね〜)もう一度ちゃんと描き直そうかとも思ったのですが、やはり現場で描いたものが一番だと思いますので・・・。
この裁判もいよいよ最終段階に入ってきたようで、検察官が“懲役1年6ヶ月の求刑”を言いました。そして弁護士側は“無罪”を主張しました。(裁判用語はわからないので、自分の言葉で表現します)
その後は田中協子被告が色々と主張していました。それをメモしましたので、わかる範囲でレポートしたものが下記にあります。間違いやカン違いがあるかもしれませんが、どうぞご了承ください。
裁判終了後、被告はうれしそうに楽しげに傍聴席にいた家族や支援者たちと集まっていました。何ともやり切れません。この場に拉致被害者のご家族はいらっしゃいませんでしたが、どんな気持ちでいるのだろうかと思うと怒りの気持ちを禁じ得ませんでした。
次回5月30日は午前10時より429号法廷にて判決となります。この裁判が始まる前からある程度わかっていた結果になると思いますが、それでも少しでも彼らにプレッシャーになるように、私たちは胸にブルーリボンをつけて、ブルーリボンの気持ちを心を表して傍聴したいと思います。参加された皆さん、本当にお疲れさまでした。
【田中協子被告の主張】(あおいのママのメモより)
・私は無罪を主張します。この裁判が終了したら、両親そして3人の娘たちと一緒に住みたいです。
・裁判ではずっと拉致問題に絡めて検察側から責められ続けました。そのような関係の事実はありません。拉致問題はこの裁判の審議の対象ではありません。
・私は4ヶ月間勾留されました。帰国して4半世紀ぶりの日本、変わらないのは人情でした。故郷の皆さんは涙ながらに私の帰郷を喜んでくれました。それなのに、何故私が極悪人としてこのように裁判で裁かれなければならないのでしょうか?私にはわかりません。
・私が「旅券返納命令」を知った時(1988年8月)にはすでに返納期限が過ぎていました。ですから旅券を返納するのは無理なのです。その頃東海岸にいたのですから。それなのに日本国からは「テロをする恐れがある」と言われました。92年によど号犯(田中義三)の妻であることを公表した後、93年5月には国際指名手配をされました。
・私は今ここにいらっしゃる皆さんに3つのことをお話したいと思います。
@現時点の公正な判断をお願い致します。私たちがソウルオリンピックテロと関係があると思い込み、それが十数年に及びました。しかしそれらに関して何も証拠は出ていません。私は何でも誠実に答えました。
A皆さんは北の生活について理解できないのではないでしょうか。検察側も「旅券返納命令」を知らないはずはないと思い込んでいました。日本にいる感覚で言っていると感じました。
北は一般的に電話がありません。私たちの住んでいた村にも管理の方の所にしかありませんでした。当時そこは郊外でしたから、新聞などの情報手段がいつ到着するかわからない状況でした。88年8月にその記事の載った新聞が来たのかもしれませんが、遅れた可能性もあります。それに私はずいぶん後になって「旅券返納命令」の載った「かんぽう」が届いて知ったのです。
B意図的・政治的日朝の敵対に、私たちよど号関係者は利用されていると感じました。何故私たちが突然指名手配されなければならないのでしょうか?「旅券返納命令」は外務省がいち早く私たちに言ってくれればそれでいいのです。北=よど号という図式で広く国民に敵対感情を持たせるためだと思っています。北=ならずもの国家としたいのでしょう。ですから“チマチョゴリ切り裂き事件”などが日本で起きるのです。
夫・田中義三もアメリカ主導の偽ドル事件で捕らえられました。タイでアメリカのシークレットサービスの手によって、偽ドルに指紋をつけるという捏造によって捕まりました。よど号関係者が拉致問題に関わっているという言われなき証言によって陥れられていると感じています。イラクへの自衛隊派遣問題を含めて日本がおかしくなってきていると思います。夫・田中義三は本当に日本を愛する人なんです。私たちは何かと言えば「テロを起こす」とか「拉致実行犯」だとか言われ、困惑しております。
私は24年間の北での生活、共和国での生活を後悔しておりません。日本人としてとても貴重な体験をしたと思っております。この共和国での体験は、これからのアジアの平和のために活かせると考えています。現在、日本のアジアに対する侵略戦争を問い直すことが求められています。戦後60年の平和と歴史の再検証を求めていこうと思っています。私はテロを起こす危険分子だと、拉致した人間だというふうに利用されていると感じます。
傍聴席にいる皆さん、この裁判を最後まで見守ってください。よろしくお願い致します。
【裁判官】(敬称省きます)
小川正持(裁判長) 水上周 川尻恵理子 斉藤早苗(裁判書記官)
【検察官】
石井隆 遠藤伸子 大塚雄毅
*「よど号」ハイジャック事件 無限回廊さんより
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/yodo.htm
*'05 5/30 「よど号犯妻」第五回公判(判決)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/13665900.html
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