2006年01月04日

'04 1/12 茨城県民集会INみと 安 明進さん(1)

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*'04 1/12 「第3回茨城県民集会INみと」に参加しました
http://aoinomama13.seesaa.net/article/11258117.html
*'04 1/12 茨城県民集会INみと 蓮池透さん
http://aoinomama13.seesaa.net/article/11259785.html

*撮影したビデオカメラより文字化しました。

【通訳 西岡力さん】

 私は1997年頃からこの拉致問題について証言を始めて、そして今日に至ったわけですけれども、この間ずっと拉致問題について、そして北朝鮮の反道徳的犯罪行為についてたくさん告発して来たわけですけれども、今日このようにたくさんの方が話を聞きに来てくださったことを見ていると、大変うれしく思っています。

 最初に拉致問題について話をした時にですね、実は私自身北朝鮮の工作機関にいたものですから、その危険性についてよく知っていてですね、積極的ではなくて後ろ足に重心を置いたような形で発言を始めたのですが、その私の発言に対してですね、多くの人は「信じられない」という反論もありましたが、それを聞いて私はがっかりしました。

 しかし、ソウルに横田めぐみさんのご両親が私を訪ねて来て下さいまして、初めてお会いした時に、「娘を失くした両親の苦しみはこんなに深いものなのか」ということがわかって、「これは隠れながら証言するわけにはいかない」と「前面に出て証言しなければならない」と決意を致しました。

 また当時の日本の外務省の阿南局長が「亡命者の言うことを信用できない」という発言をなさったことによって、むしろそんな人の発言に負けてはならないと、逆に勇気を与えてくれました。(拍手)

 そしてですね、「家族会」の皆さん「救う会」の皆さんが一生懸命活動されて、私もそれに参加してきたわけですけれども、その成果として一昨年にキンショウニチが、9月17日に拉致を認めて謝ったわけです。そして結論は、いくら独裁者が真実を隠そうとしても時間が経って、そして国民が一生懸命告発すればその真実は必ず明らかになる、そういうことです。

 そして残念なことを言うと、キンショウニチが謝ったと言いますけど、それは本心からの謝罪ではないのです。拉致した人についても、たった13人しか認めなかった。その中でも「8人は死んだ」と一方的に何の証拠も示さずに言ってきた。傲慢なやり方なんです。「謝罪する」というその席においてでも、まだ謀略を仕掛けてくるそのようなキンショウニチを、絶対にここにいる皆さんは「絶対に信じてはならない」と思います。(拍手)

 拉致された日本人は、キンショウニチが明らかにした13人なんでしょうか?絶対にそうではありません。

 ここにいらっしゃる皆さんは、あまり国際的な脅威を感ぜずにずっと暮らしていらっしゃったから、韓半島の北と南の中で起きている色んなことをご存知ないと思います。

 韓国は北との対立があるために、すべての海岸に鉄条網が敷かれていて、夜になると軍人が見張りに立つわけです。そして海には船と飛行機で警戒しているわけです。ですから韓国に侵入するのは非常に難しいのです。

 ですから今まで数十隻の北朝鮮の工作船が、韓国と交戦状態になって沈没させられたり拿捕されたりして捕まったのです。また数十人の北の工作員が韓国の中で射殺されたり逮捕されたりしました。それだけ韓国侵入は難しいのです。

 そのような困難な韓国から何人拉致してきたかご存知ですか?4千人という人達を拉致していたんです。そして486人をまだ韓国に戻さないで抑留し続けているのです。私はキンショウニチ政治軍事大学で工作員教育を受けたんですけども、そこに韓国から拉致された、そして工作員を韓国人に化けさせるための教官が80人以上いました。

 しかし日本は、工作員達はこう言っているのです。「日本に入るのはごはんを食べてトイレに行くぐらい簡単だ」と。そのような所なのです。

 確かに日本の海岸に行ってみてください。鉄条網はないし、見張りの軍人はいないのです。日本のこの長い海岸線、この複雑な長い海岸線、そして漁船が数万隻も出入りしているような所を、日本の海上保安庁が全部守れると思っていたら間違いです。

 そしてまた私の立場から見て、大変嘆かわしかったのは、数年前まで日本は自分の領海に入って来た北朝鮮の工作船に対して、銃一発も撃たなかったんです。ですから北の工作員は工作船で笑いながら入って来て、時に見つかったとしても、ゆっくりと帰っていけば追っかけて来るだけで撃って来ない、そういうことです。

 ですから率直に申し上げて、実は工作員学校の中で大変成績の悪い、その卒業生が恥ずかしいと思いながら配属されるのが清津(チョンジン)連絡所、日本担当の連絡所なんです。

 そこの清津(チョンジン)連絡所で、拉致した日本人はキンショウニチが認めた13人なんでしょうか?絶対にそうではありません!!少なくとも1987年から93年の5月まで、私がキンショウニチ政治軍事大学に在学していた時に、その中には「30人以上の日本人教官がいる」ということは、学生達が全員知っている公然の秘密でした。

 しかし、その30人以上が拉致された日本人の全部かと言ったらそうでもないんです。拉致した人間の中で工作員の教師として使えるかどうか、選抜するわけなんです。学歴水準や精神の安定状態、思想状態を見て、そして選ばれた人が30人以上だったというわけです。

 ですから、キンショウニチが認めた13人、そしてその家族全員を取り戻すことが出来たとしても、キンショウニチとの拉致における戦いは終わらないのです。

(2)に続く

*'04 1/12 茨城県民集会INみと 安 明進さん(2)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/11325965.html
posted by あおいのママ at 08:18| 千葉 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | '04 1/12 第3回茨城県民集会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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