2009年01月13日

北朝鮮に「しおかぜ」は届いていた!現役市議会議員の北朝鮮旅行記(月刊ラジオライフ '08年7月号より)

*もう昨年(2008年)になってしまいましたが、5月末発売の月刊ラジオライフの記事(P32〜35)をテキスト化しました。東京都武蔵村山市の市議会議員・天目石要一郎さんの北朝鮮旅行記です。よろしかったらご覧になってください。なお写真は天目石さんのブログに多数掲載されていますので、ブログの方をご覧になってみてください。

*天目石要一郎さんのブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/amame1968
*特定失踪者問題調査会
http://www.chosa-kai.jp
*しおかぜ通信
http://www.senryaku-jouhou.jp/shiotsuu.html

【ラジオライフ 平成20年(2008年)7月号より】

近くて遠い国・北朝鮮。そんな北朝鮮を訪問し、特定失踪者問題調査会が放送を行う短波ラジオ放送「しおかぜ」を受信した人物がいる。東京都武蔵村山市の現役市議会議員の天目石要一郎氏だ。その受信時の様子を中心に北朝鮮旅行記を紹介する。(文・写真/天目石要一郎)

天目石要一郎とは
あまめいしよういちろう。1968年5月6日生まれ。1995年に東京都武蔵村山市議会議員選挙に出馬し初当選。1999年再選。2001年に東京都議会議員選挙に出馬するも落選。2003年に再度東京都武蔵村山市議会議員に転じ、2007年より4期目の任期に入る。2008年2月13日より3泊4日の北朝鮮ツアーに参加し、北朝鮮向け短波ラジオ放送「しおかぜ」の受信に成功した。なお、写真の万寿台にある金日成像では半ば強制的に献花(500円)を求められるが天目石氏はこれを拒否した。天目石氏の日頃の活動は「武蔵村山市議会議員あまめいし要一郎の活動報告(http://blogs.yahoo.co.jp/amame1968)でチェックできる。

 「孝司元気か?兄ちゃんだぞ。・・日本は強いんだぞ!必ず助け出すぞ」と、雑音交じり音声に、童謡「ふるさと」のBGM。

 北朝鮮向けの短波ラジオ放送「しおかぜ」。北朝鮮によるすべての拉致被害者を救出するため、特定失踪者問題調査会が1日2回(23:00〜23:30、5:30〜6:00)、日本から北朝鮮に向けて放送している、多くの人からのカンパによって運営している短波ラジオ放送だ。

夜な夜な試した短波ラジオ受信

 2008年2月14日23時15分頃、私は北朝鮮でこの「しおかぜ」の受信に成功した。その日、私は23時頃から日本から持ち込んだ短波ラジオのダイヤルや、アンテナの角度をあれこれと調整して、「しおかぜ」の受信を試みていたのだ。

 ここは厳冬の平壌、羊角島国際ホテル・29階の一室。日本の高級シティホテルを安っぽくしたような印象のホテルである。

 眼下に広がる平壌の街は既に漆黒の闇に溶け込んでしまっていた。街灯は消え、ビルやマンションの窓からは、ロウソクよりも暗いのではないかと思うような灯りがもれているだけ。

 夜が浅い時間は主体思想塔などのモニュメント類だけはきらびやかにライトアップされていたが、23時になる頃にはそれすらも完全に消えていた。

 ちなみに単なるラジオ受信といっても、場所は北朝鮮である。見つかったらどうなるか分からない。監視員に踏み込まれた場合に備え、部屋の入り口にバリケード代わりの荷物を置き、絶えず入り口に気を配りながらのラジオ受信となった。

 ちなみに今回使用したラジオは中国のTECSUN製の短波ラジオ。特定失踪者問題調査会の荒木代表から「これなら、北朝鮮国内でも手に入れることができそうだから」と託されたものだった。

初日に受信したのは妨害電波だった・・!?

 実は無事に「しおかぜ」の受信に成功するまでには失敗もあった。最初に挑戦したのは北朝鮮に到着した当日の2008年2月13日のことである。

 私は夕食後すぐに部屋に戻り、23時の放送時間に備えていた。しかし、放送開始の23時に「しおかぜ」の周波数に合わせて受信するも、それらしき放送を聞くことはできなかった。聞こえてきたのは外国語による放送だった。帰国後、放送スケジュールを確かめると、その日は外国語放送だったのだ。恥ずかしながら初歩的なミスである。

 しかしめげることなく次の放送時間である翌朝5時30分から始まる回で再チャレンジ。聞こえてきたのは「ピッピッピッピッ・・」という気色の悪い連続音だった。特定失踪者問題調査会から話に聞いていた、典型的な妨害電波だと確信。その日14日の23時、ようやく、冒頭のように「しおかぜ」を受信することに成功したのだ。

 ちなみに翌日15日の夜も挑戦したが、再び妨害電波によって、「しおかぜ」を受信することはできなかった。余談になるが、妨害電波は、しおかぜの放送時間に合わせて発信しているようで、放送終了時刻の23時30分になると、ピタッと停まっていた。

 北朝鮮の電力事情を考えると、妨害電波工作は必要最低限にせざるを得ないのだろう。

 ちなみに滞在中、私が「しおかぜ」を受信した翌朝は必ず、ホテルに迎えに来る監視員兼ガイドの朝鮮国際旅行社の李課長に「天目石さん、夕べは朝鮮語の勉強はかどりましたか?」と冗談めかしていわれた。受信が、バレていたのかもしれない・・。

北朝鮮文化を知るため24万円のツアーに参加

 さて、なぜ私が極寒の平壌に来たかというと、「金正日党総書記生誕祝賀記念行事ツアー」に参加したからだ。費用は3泊4日で何と約24万円。こんな高いツアーに参加した客は、私を含め5人。実はせっかくの機会なので、「しおかぜ」の受信以外にもいろんなことを試した。

 まずは、旅行ガイドに書かれていた持ち込み禁止品が本当に持ち込めないのかを試してみた。ちなみに北朝鮮では、女性のヌード写真、双眼鏡、220mm以上の望遠レンズ、反政府文書などが持ち込み禁止になっているという。日本人の感覚としてはどこにでも手に入る普通のものばかり(反政府文書を除く)。それが本当だとしたら、北朝鮮は聞きしにまさる統制が厳しい国といえるだろう。

 私が持ち込んだのはヌードグラビアの袋とじがあった「週刊プレイボーイ」、「マンガ金正日入門」(反北朝鮮の書籍)、双眼鏡、特定失踪者問題調査会発行の拉致被害者救出のビラの4品。これらを強制送還覚悟で持ち込んだのだ。しかし、私の荷物は北朝鮮の空港では全く検査されることはなかった。

 ただ、北朝鮮に向かう飛行機内では緊迫した瞬間もあった。中国・瀋陽で高麗航空に乗り込んだ際に「これは誰のカバンですか?」とスチュワーデスが、飛行場で預けたビデオカメラが入った私のカバンを振り回していたのだ。

 私は「それ、僕のだけど・・」と手を挙げると、「チョッと来い!」とギャレー(スチュワーデスの作業スペース)まで呼ばれ、サッとカーテンを閉められた。するとそこには北朝鮮の政府関係者と思われる小男がいて、私に向かって怒りながら何やらまくし立て始めたのだ。おまけに、スチュワーデスまで怒り始めたのだが、私はハングルが全く分からない。おおかた私が持ち込んだいずれかのものが、やはり持ち込み禁止だったのだろう。しかし、しばらくすると何事もなく解放されたのだった。

 ちなみに北朝鮮は入国時に旅行者から携帯電話を取り上げる。私のケータイストラップの「RESCUE!」と「N.Korea」の単語を見て、北朝鮮支援者と勘違いしたのか、心なしか皆友好的だった。ちなみにストラップの本当の意味は、「北朝鮮から拉致被害者を救済しよう」というもの。全く逆の意味なのだ・・。

拉致しますよ!(笑)監視員の笑えない発言

 北朝鮮国内を観光する際には、各グループに2名ずつ監視員兼ガイドが付く。2人というのは監視員同士の相互監視の意味もあるのだろう。私たちのグループに付いたのは、朝鮮国際旅行社の李課長と、部下の金さん。金さんは、平壌外語大日本語科出身のエリート。あの大韓航空機爆破事件の金賢姫の後輩なのだそうだ。「皆さん、共和国について何でも聞いてください。日本と共和国の友好のために、本当の姿を知って下さい」といわれたので(彼らは自国を共和国と呼ぶ)、私はいろいろと質問をぶつけた。

 車が少ないことを指摘すると、健康のために皆が歩いているからだと答え、夜が暗いことを指摘すると、省エネのためで、しかも治安がいいから暗くても大丈夫なのだと主張した。

 時にはポロッと失言も・・。「日本は中国より自由がない国です。私が日本に行った時、タクシーに乗ろうと手を挙げたら、パトカーが止まるんですよ。パトカーの警察官は、李さんの行きたい所に案内しますよというんですよ」とうっかり口をすべらせたのだ。手を挙げるとタクシーの代わりにパトカーが止まるなんて、聞いたことがない。日本の警察にマークされていることを自らカミングアウトしたワケだ。

 他にも金日成・金正日親子に関する神話の矛盾点や、北朝鮮の問題点を指摘すると、「天目石さん、共和国は怖い国です。拉致しますよ」と滞在中、李課長から、1日最低5回はいわれた。私は冗談と思い「パンツと靴下は多めに持ってきましたからいいですよ。でも、そっちが拉致するのだから追加料金は払わないよ」とそのつど、笑いながら答えていた。

 ちなみに私が帰国する際に握手をしたら、李課長の手は妙にゴツゴツしていた。旅行会社で事務仕事をしている人の手じゃないだろうと妙に気になり、帰国後、この話をある筋にすると、実は、李課長、金正日直轄部隊である朝鮮労働党3号庁舎の人間らしいことが判明。

 李課長の「拉致しますよ」という発言は、あながち冗談ではなかったのかもしれない・・。

*写真1、ホテルの一室で実際に「しおかぜ」を受信した時の写真。また、しおかぜの本放送のみならず北朝鮮による妨害電波も受信した。
*写真2、北朝鮮南部にある開城市の風景。韓国政府が協力して作られた「開城工業地区」がある。
*写真3、平壌国際空港の様子。金日成の大きな肖像画が飾られていた。写真中央が筆者の天目石氏。
*写真4、電線、街灯、車をほとんど見かけることがない北朝鮮の街並み。写真は開城市。
*写真5、唯一の明かりは主体思想塔・・平壌市内は夜になると真っ暗で主体思想塔だけが夜になっても明るかった。
*写真6、北朝鮮屈指の最高級ホテル・・平壌市内にある最高級ホテルの羊角島国際ホテル。中は簡素で日本の老舗高級シティホテルを少し安っぽくした感じだった。
*写真7、旅行会社の課長のはずが・・ツアー中にガイド兼監視員を務めた李課長。旅行会社の課長という肩書きだが手はやたらとゴツゴツしていたとのこと。
*写真8、滞在中、唯一の暖房が効いた施設・・平壌市内観光で回った金正日花展示館。方々をまわったが暖房が効いた施設はここだけだった。恐らく花が枯れてしまうからだろう。
 「北朝鮮による拉致被害者の生存と救出を信じて」という意思表示を示すブルーリボンを付けて市内観光した天目石氏。
*写真9、驚くほど簡素な北朝鮮の暮らしぶりをスクープ撮!・・北朝鮮の宮廷料理のパンサンギ。キムチ類を小分けしたような内容だったそうだ。
 北朝鮮のデパート。酷寒の北朝鮮にもかかわらず暖房はついていなかった。
 ガイド曰く北朝鮮製の新車とのこと。左ハンドルで見た目はいたって普通。
*写真10、国際空港にもかかわらずガラガラ・・空港内の様子。極めて簡素で人もほとんどいなかった。また発着を表示する掲示板も2便分しかなかった。
 平壌国際空港の駐機場。北朝鮮の民間航空会社「高麗航空」の機体が見える。
*写真11、荒涼とした北朝鮮の大地・・北朝鮮の大地を機内より撮影。集落がまばらでどこか寂しげな雰囲気が漂う。

終わり
posted by あおいのママ at 17:26| 千葉 晴れ | TrackBack(0) | 記事テキスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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