*11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(1)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/10769196.html
*撮影したビデオカメラから文字化しました。
(・・・は聞き取り不能です)
続き
そしてこの問題はですね、「拉致」、今もそう「拉致問題」と言われていますが、当時は「拉致疑惑」だったわけです。そして「拉致疑惑」の前までは何の状況もなかったわけですから、私を含めて、私の家族を含めて、皆さま方も含めて、この北朝鮮とか拉致っていう言葉はまったく知られていなかったわけであります。
1977年の11月に拉致をされてから約20年間、私の家族においてでさえ、めぐみの情報、目撃証言、そして北朝鮮という言葉、一切周りにはありませんでした。それは政府の怠慢なのか、ジャーナリズムの怠慢なのかわかりませんが、どこかの一部ではこの状況は語られていたわけでありますけれども、世の中ではそれでついては来なかったわけであります。
その時期にもし、ジャーナリズムが正義感を働かせて動き、そして日本政府が国民を守るべき基本的な使命を果たしていれば、この問題が解決するのはもう少し早く図られていたんではないかなと思います。
そして1997年、約20年後に家族会が設立され、私たちは今でこそこうした大規模なかたちでお話をする機会を頂戴しておりますけれども、当時は本当に街頭で、たすきをかけて皆さまにお訴えしてもですね、誰もこの問題を知らないわけですから、これは当然のことだったのかもしれませんが、誰もが耳を傾けてくださらなかったわけであります。
私たち被害者(家族)は「どうして私たちの本当の声を聞いてくださらないんですか」と申し上げます。そうしてある時には、マスコミは有識者とされる、それもほとんど北朝鮮に利敵行為を働く方々がですね、「これは拉致疑惑である」と「誰も証拠はないんだ」ということを声高に叫び、私たちの活動を妨害しようとした方々も多くいたわけであります。
本当に苦しい、言葉にできないような情景が続いて、2002年まで私たちは生き地獄の中をさまよっていたわけであります。
しかしどうでしょうか、まぁ、小泉さんのお力もあるんですが、2002年にようやく平壌訪問、日朝首脳会談というのが図られたわけであります。この時に初めてご承知の通り「北朝鮮が拉致の問題を認めた」わけであります。「自分の国家が犯した罪である」ということを自らが認めた瞬間でありました。
その時の、日本中がひっくり返ったさまは皆さま方もご記憶にあるかと思います。当日の夕刊新聞、翌日の朝刊、もう、これはもう「ひっくり返るということはこういうことなんだろう」と思いますが、私たちも含めてもう頭の中が真っ白でしたし、本当に日本中がもう、パニックに陥ったわけであります。
今まで「そんなことはありえない」と言っていた方々は、本当にいつの間にか、テレビ画面や新聞のところからはいなくなってしまったわけです。自分たちが言ってきた余りにもくだらないことが、もう瓦解してしまったわけであります。
そうして初めて私たちが「拉致問題がある」ということが、世の中の皆さま方によって認められ、政府に認められ、そして国際的にも一歩進んだ瞬間であったわけであります。
しかし、諸手を持って私たちはそれを喜ぶことができなかったわけであります。ご承知の通り、“生存組”と“死亡組”というかたちで、北朝鮮は欺瞞情報を言い続けてきたわけであります。しかもその手で死亡とされた情報というのは、あくまでも彼らが言ってきた事柄を日本政府の外務省の方々が伝えただけであって、誰一人として、科学的にも、人対人で確認したわけでもありませんでした。
私たちは外務省に翌日詰め寄りました。「これではおかしい」と。「生きている人間が死んでいるという情報が、この状況、このボリュームで日本中に広がってしまうと、めぐみを始めとする被害者たちが殺されてしまうじゃないか!!」と「そういうような報道操作は止めてほしい」と「今すぐ大洋州アジア局長がテレビに出るなりされてですね、この問題を否定してほしい」ということを訴えました。
しかし、それは外務省は、今もあまり変わりませんが、まったく冷たい姿勢で私たちを相手にしませんでした。あたかも先ほど飯塚副代表、真鍋専務理事がおっしゃったように、「日朝の国交正常化を図ろう」というのが、目的があったように思えます。それをもって私たちの拉致問題がすごく邪魔だったのかもしれません。私たちに対してはまったくの、あの、冷たい姿勢を取り続けておりました。
しかし、皆さま方の本当に関心とお力添えによって、そして2002年9月17日、約1週間あまり前の9.11においては、アメリカにおける同時テロが起きたわけであります。北朝鮮としては、またアメリカがテロ国家、人権蹂躙国家の北朝鮮自国に対して「矛先が向いてくるのではないか」ということを心配して、そして「日本からの経済援助、多額な経済協力をもらいたい」ということが裏腹にあって、この拉致問題を認めたわけです。
そして皆さん方の本当に強い意志、態度、行動によってですね、日本政府を動かしたわけです。そしておかげさまで拉致をされた直接の被害者5人の皆さん方、蓮池ご夫妻、地村ご夫妻、そして曽我さんが帰って来られたわけであります。
今までの私たちの取り組みの中では、ここまで進むとは正直思っていませんでした。しかし皆さん方の、この民主主義のもとにある、この「常識を取り返すんだ!」と「日本人を取り戻すんだ!」という強い意志が、私たちの味方についてくれたわけであります。
こうした、譲歩ではなく圧力こそが、この北朝鮮問題を解決する道筋であるっていうことを証明した瞬間だったわけです。
(3)に続く
*11/19 第3回埼玉県民の集い 横田拓也さん(3)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/10827453.html




